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JMM [Japan Mail Media]  日本の金融機関による米投資銀行への投資、その狙いとリスクは?
http://www.asyura2.com/08/hasan58/msg/840.html
投稿者 愚民党 日時 2008 年 10 月 09 日 18:48:02: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2008年10月6日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.500 Monday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/

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▼INDEX▼

 ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』

  ◆編集長から

  【Q:931】

   ◇回答(寄稿順)
    □金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
    □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
    □中島精也  :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
    □三ツ谷誠  :三菱UFJ証券 投資銀行本部エグゼグティブディレクター
    □水牛健太郎 :評論家、会社員
    □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
    □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
    □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
    □津田栄   :経済評論家

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        ■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:931への回答ありがとうございました。あるブログで、JMMが今週で50
0号を迎えるのを知りました。別に感慨のようなものはありませんが、ホームランも
生涯に500本を打つのはむずかしいし、サッカーでも現役時に500ゴールを決め
るのは極めてむずかしい、などと関係のないことを考えて、飽きっぽい性格なのに、
よく続いているなと思いました。ただ、継続の要因は、メールマガジンという媒体の
性格と、寄稿家のみなさんのご協力です。特に、山崎元さんからはついに500回連
続で回答をいただきました。ひたすら感謝です。

 JMMでのわたしの作業としては、このエッセイを書くのと、寄稿家のみなさんの
回答とレポートを読むことだけです。回答やレポートを読むのはまったく苦にならな
いどころか、楽しみであり、知識となって蓄積されていきます。JMMの今後につい
てですが、そういったことはあまり語りたくありません。何かアイデアがあったら、
さっさと実行すればよくて、わざわざ明かす必要はありません。

 雑誌のインタビューなどで、「今後の執筆の予定は?」などとよく聞かれます。
「別にないです」と答えるようにしていますが、内心では「予定はあるが、あなたに
言う必要はない」と思っています。将来的なアイデアを誰かに話してしまうと意思が
拡散するというコンセンサスがないので、「今後の予定」を聞いたり話したりするの
が日本社会ではいまだに当たり前になっているようです。

 冷泉さんが最新配信号で詳しく書かれていましたが、先週のアメリカの副大統領候
補二人のTV討論は、金融安定化法案を超党派で可決させるべきというバイデン候補
の姿勢がうかがえて、好感の持てるものでした。討論の一部をTVで見て、わたしは、
ウォーターゲート事件の際に、「アメリカをこれ以上分裂させてはならない」とつぶ
やいて辞任したニクソン元大統領を思い出しました。もちろん相当悪あがきした末の
辞任だったわけですが、それでも最後は「アメリカの結束」を優先したのだと思いま
す。

 日本の国会では、「政権を担当するにふさわしいのは我が党だ」と自民、民主両党
が言い合っていますが、決めるのは彼らではなく国民です。国民各層の利益を最優先
しているのか、それとも自党や自分の利益を優先させているのか、内外ともに今その
ことが、政府や政党や政治家に問われているのだと思われます。

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■次回の質問【Q:932】

 バブル崩壊後に日本ではさまざまな市場の規制緩和が謳われました。現在アメリカ
では、金融市場に対する政府規制の必要性が、おもに民主党から指摘されているよう
です。今後、金融市場への政府規制を、基本的にどのように考えればいいのでしょう
か。

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                                  村上龍
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■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く 
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 ■Q:931

 野村ホールディングスはリーマン・ブラザーズのアジア・太平洋事業、欧州・中東
地域の主要事業を買収し、東京三菱UFJフィナンシャルグループはモルガン・スタ
ンレーに、みずほフィナンシャルグループはメリルリンチに、それぞれ出資をしたよ
うです。買収と出資では性格が違うのでしょうが、基本的に日本の金融機関は、どう
いった利益を得ようとして、そのような投資をしたのでしょうか。またこの投資には
どのようなリスクがあるのでしょうか。

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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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 ■ 金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務

 投資銀行などによる増資要請に応じて20%程度の出資を行う場合、投資先の健全
性に関して大幅な見通しの誤りがなければ、結果的に純投資として十分な成算はあり
そうに思われます。ただし、出資に対して役員の派遣などの要求が実現したとしても、
グローバルな事業展開について経営に関与できる範囲は未知数です。将来の事業ノウ
ハウを取得する機会として活用する上での効果には疑問もあるでしょう。また、20
%程度の出資比率に留まる場合、将来の増資計画への拒否権も無く、経営権持分の希
薄化に対して影響力を保持する上では不十分である点には注意が必要でしょう。

 むしろ日本国内での投資銀行業務について、今回の出資を梃に、単なる業務提携を
超えた合弁設立などの踏み込んだ協力関係を要求することで、重要な事業展開の余地
が生じるのではないでしょうか。国内系列証券の投資銀行部門リストラと併せて、実
質的な事業ノウハウ取得と国内関連分野の強化の機会と捉えることも可能です。特に、
既存の顧客企業を中心とした日本企業による海外企業に対するM&A、海外企業によ
る日本企業買収や国内不動産投資、などの仲介による収益機会は双方に魅力的と考え
られ、合弁設立などに進展する可能性は十分あると思われます。

 なお、投資先の健全性を投資の成否についての前提条件として指摘しましたが、仮
に投資先の信用が悪化し追加の資本増強が必要となった場合、追加出資を提供する交
渉の優先権を得られたとしても、当然、そうした状況下で追加のリスク負担に応じる
には相当の覚悟が必要といえます。一方で、追加の出資に躊躇すれば、新たな出資者
の出現により、筆頭株主としての影響力はもとより、経営権持分の希薄化を余儀なく
される場合も想定されます。

 そうした事態も見越して、今回の出資の成果として日本国内での投資銀行業務の合
弁設立で実を確保するつもりであれば、国内合弁事業での主導権を確保できるよう合
弁比率の交渉が重要となります。ただし、投資先の投資銀行としても、日本での事業
の持分の半分を譲りわたす以上は、合弁による相応の増収が見込めなければ、筆頭株
主となる出資者からの要請とはいえ、簡単に合意できるものではありません。他の株
主を納得させられる具体的な事業計画を早急に策定する必要がありますし、条件の交
渉は決して簡単なものではないでしょう。

 一方、破綻した投資銀行の部門買収などを行う場合については、資産・負債を引き
継がず、人員のみの獲得に絞った事業買収であれば、いわゆる「時間を買う」投資と
して、人材とノウハウの獲得が可能になります。買収額については、最近の事例につ
いての報道などを見ますと、買収価額自体は2百数十億円程度と比較的小額となる場
合でも、継続的な人件費負担が年間5百数十億円発生することを前提とした投資とな
ります。

 ここで、従業員を引き受ける権利(本来は義務というべきでしょうが)に対する2
百数十億円のコストについては、一見割高にも思えますが、通常のエージェントを利
用した人材獲得の際の年収相当の手数料と比較して半額、との見方もできます。原則
全ての従業員を引き受けるといった条件の場合、当然必要以上の人員を負担すること
にはなりますが、一方で、現在の金融業界の状況を考えれば、優秀な人材の流出は少
ないとも見込めるでしょう。

 もちろん実際の事業としては、人件費だけではなく、活動拠点となるオフィスの賃
料、さらに投資銀行業務を展開する上で必要な資本の提供が必要になります。資本に
余裕のある現状では、新たな資本調達の問題は生じないかもしれません。さらに、M
&A仲介、株・債券などの売買取次ぎなど、資本を多く必要としないコミッションビ
ジネスに当面は集中することも戦略上の選択肢にはなります。しかしながら、収益率
を高め優秀な人材を引き止めておくためには、自己投資や証券化など資本を活用した
ビジネスへのコミットメントがいずれ必要となるでしょう。

 従って、いずれは破綻に追い込まれた投資銀行が負っていた資本調達の課題を引く
継ぐことにもなるといえます。日本の金融機関全体にとっても、こうした将来の資本
調達には課題が多く残されています。現在、サブプライムローン問題の影響が比較的
少なかった日本の金融機関は、目先の資本調達に迫られておらず相対的に安泰な状況
となっていますが、信用格付けの面では有力な欧米の金融機関を下回っているのが実
状です。

 この問題は、米国の金融行政が銀行・証券の分離政策から転換したこととも、今後
関わってくる可能性があります。日本の金融行政においても、業際の垣根が引き下げ
られる動きが加速される中で、証券会社が本業である証券業務・投資銀行業務を強化
した次の一手として、どのように資本面での強化に取り組んでいくのかが注目されま
す。

              外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎

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 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 わが国の金融機関が、最近、相次いで米国の大手投資銀行の買収や出資を行ってい
ます。その背景には、1990年以降のバブル崩壊の後始末の学習効果もあり、わが
国の銀行・証券部門が世界的な不動産バブルに巻き込まれず、今回のサブプライム問
題に端を発する金融市場の混乱で大きな痛手を蒙ることがなかったことがあります。
わが国の金融機関には、それだけの余裕があるということです。

 今回の金融市場の混乱によって、米国の有力投資銀行が経営悪化に陥ったことは、
ある意味では、前を走っていた米国の金融機関等に追いつくチャンスともいえるで
しょう。わが国の金融機関は、今回の買収や出資によって、国際金融市場への展開と、
投資銀行業務等に関するノウハウを蓄積することが出来ると思います。

 わが国の銀行・証券部門の海外展開の歴史を振り返ると、1980年代後半のバブ
ル期には、国内の堅調な経済活動と証券市場の動向を背景に、積極的に海外展開を行
いました。それによって、一時期、欧米の金融市場でも、そのプレゼンスを高めるこ
とが出来ました。ところが、90年代初頭に国内の資産バブルが崩壊すると、一挙に
情勢が変わりました。国内景気の低迷に加えて、株式市場が長期に亘って下落トレン
ドを辿ったこともあり、日本の銀行・証券部門の企業は体力を消耗し、結果的に、海
外部門のビジネスから撤退、ないしは縮小することを余儀なくされました。

 その間、95年から、米国ではITバブルと呼ばれた株式バブルが発生しました。
2000年には一旦、株式バブルは収束したのですが、その後、住宅バブルがバトン
を受け継ぐ格好で、経済活動は堅調な展開を示しました。この時期、米国を中心に、
日本を除く世界の主要国の金融市場は安定した成長プロセスを歩み、金融部門の企業
は、総じて高い収益を上げることが出来たのです。

 国際展開の遅れたわが国の主要金融機関は、基本的に、そうした状況から多くのメ
リットを享受することが出来なかったと思います。2000年台初頭になって、漸く、
主要な金融機関の再編が進み、景気回復に合わせて業況が回復し、わが国の金融機関
は、再び、国際展開に力を入れ始めたと考えられます。ただ、このときの国際展開は、
グローバル型の展開というよりも、むしろ、地理的に身近であるアジア中心の展開が
多かったと思います。

 そこへ、今回の金融混乱が発生しました。日本の金融機関にとって、今までの遅れ
を取り戻す好機が訪れたとも考えられます。野村證券は、破綻したリーマン・ブラザ
ーズのアジア・中東・欧州のオペレーションを受け継ぐことで合意しました。同社の
主な買収内容は、主に旧リーマン・ブラザーズの従業員を引き受けると報じられてい
ます。投資銀行部門業務などのノウハウを持った人材を確保することが主な狙いと見
られます。

 また、三菱UFJグループは、モルガンスタンレーに対して多額の出資を行うこと
によって、モルガン社が保有している、有力投資銀行の業務の中身を知ることが出来
るはずです。それは、モルガン社が持っている、物理的な業務ネットワークに匹敵す
るほど価値のあるものだと思います。わが国の有力金融機関が、買収などによって
狙っているのは、将来的な国際ビジネスに対する先行投資と言ってよいのではないで
しょうか。今回のわが国金融機関の行動は、買収金額や出資の案件を見ると、それな
りに有利な条件にみえます。相応の説得力があると思います。

 ただ、そうした判断には、大きなリスクもあるでしょう。投資銀行部門の人材は、
一般的にかなり流動性が高く、特に有能な人材は、何かあれば、直ぐに別の企業に
移ってしまいます。リーマン社に経営懸念が発生してからかなり時間が経っています
から、果たしてどれだけの人材が残っているかは、やや疑問の余地があるように思い
ます。また、有能な人材が残っているとしても、そうした人たちを有効に活用するこ
とが出来る否かについても、難しい部分があります。

 多額の出資をする場合にも同じことが言えるでしょう。大株主になって、役員を送
り込んだと言っても、M&Aなどの守秘義務の高い業務では、情報やノウハウを簡単
に手に入れることは難しいかもしれません。日本の普通銀行と米国の投資銀行では、
かなり企業文化=カルチャーが異なることもあり、簡単にシナジー効果が発揮できる
とは考えにくい部分もあります。

 さらに、日本流のリスクに対する考え方、特に経営首脳陣のリスク感覚が、米国の
投資銀行流のアプローチ手法と上手く融合できるかどうかは、実際にやってみなけれ
ば分からない面があると思います。そうした障害を、一つずつクリアーしなければ、
本来の買収や出資の経済効果を得ることは難しいと考えます。それだけ大きなリスク
も抱えているということです。

  信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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 ■ 中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト

 9月15日のリーマン・ブラザーズ破綻、バンク・オブ・アメリカによるメリルリ
ンチ買収、そして22日のFRBによるゴールドマン・サックス、モルガン・スタン
レーの銀行持ち株会社化承認と、わずか1週間で投資銀行という形態の米金融機関が
忽然と消えてなくなったのはショックでした。私も30年近くマーケットに(主に為
替市場ですが)係わっているので、マーケットは怖いものとの認識はあったのですが、
ここまでドラスチックな動きに直面すると、開いた口がふさがりません。

 諸般の情勢を勘案すれば、金余りと証券化・金融工学の発展を背景にバランスシー
トを膨張させて巨額の利益を生み出してきた米投資銀行のビジネスモデルはひとまず
終焉したと言ってよいでしょう。もちろん、商業銀行に買収されても、投資銀行業務
は継承されますが、これからは伝統的な企業再生、M&Aに関するアドバイスなどの
業務に回帰していくことになるでしょう。よって、投資銀行業務からあがる収益はこ
れまでに比べて大きく縮小せざるをえないでしょう。

 さて、このような状況を前提にしますと、9月22日に三菱UFJがモルガン・ス
タンレーへ9500億円相当の出資を行うとの報道を耳にした時、これは相当な賭け
になるのではないかと思いました。当面、モルガンスタンレーの大幅減益は避けられ
ないでしょうから、投資に見合うリターンが満足行くものになる可能性は小さいと予
想されるからです。

 更に、それよりも気に掛かるのはモルガン・スタンレーのバランスシートの中身で
す。三菱UFJは4日間不眠不休で資産を精査したとメディアで報道されていました
が、はたして十分な精査の上に出資を決断できたのか否かは部外者には預かり知らぬ
ところですが、ここが一番気にかかるポイントです。また、三菱UFJはモルガンス
タンレーに役員を派遣すると報じられていますが、狩猟民族型の投資銀行の経営に農
耕民族型の邦銀が乗り込むわけですから、乗り越えなくてはならないカルチャーの違
いはかなり大きいかと思われます。

 その一方で、これは長期的視点から投資銀行のノウハウを取得するまたとないチャ
ンスではあると思いました。事実、10月3日早朝に三菱UFJが傘下の三菱UFJ
証券とモルガン・スタンレー日本法人を合併させることで基本合意し、野村に匹敵す
る国内トップクラスの証券会社が誕生する、とNHKニュースが伝え、また、各メ
ディアも両者が経営統合を検討中とのニュースを流しましたので、ようやく三菱UF
Jの今回のモルガンスタンレーへの出資の背景につき合点もいきました。

 これは一言で言えば、三菱UFJによる本格的なユニバーサルバンキング宣言と言
えます。日本の金融業界の地図を大きく塗り替える試みであり、正に三菱UFJに
とってモルガンスタンレーへの巨額の出資は将来を見据えた大きな決断、そして賭け
であったことが分かります。

 野村のケースは三菱UFJのケースとは様相をかなり異にしているかと思われます。
まず、リーマンの人員は継承しますが、資産・債務は継承しません。投資銀行業務を
やれる人だけが欲しいのです。それと、買収は欧州・中東部門とアジア・太平洋部門
に限定しており、米国には触手を伸ばしていません。ここが味噌かもしれません。米
国はこの95年以降、ITバブルや住宅バブルを背景に経済成長が加速し、それを背
景にM&A,LBOなどの企業再編も活発化してきましたが、住宅バブル崩壊を受け
てしばらく高い経済成長は望めなくなりました。

 これに比べますと、アジアは今後の世界の成長センターであることから、世界の多
くの企業が引き続きアジアに進出するでしょうから、企業買収などが益々活発化する
ことが期待されます。一方、欧州では当面はスペイン、英国などの不動産バブル崩壊
で景気低迷が予想されますが、欧州統合の流れは長期的に続いていくことから、東欧
を含めた企業買収、産業再編の動きは活発化していくものと推測されますし、資金面
でのサポート役が中東マネーでしょうから欧州・中東部門の重要性は相当なものだと
思われます。そういう意味では野村のリーマン買収も極めて戦略的であるように見受
けられます。あとは野村がいかに有能なリーマンの人材を引き止めることができるか
が課題です。

 更に、上記のごとく、三菱UFJ証券とモルガンスタンレー日本法人の合併が実現
すれば、これにより野村に匹敵する証券会社が誕生するわけですから、野村もそれに
対抗してユニバーサルバンキングを目指す、すなわち、どこかの銀行と合併する方向
に動かざるを得ないのではないでしょうか。これはまたまた大きな金融業界再編に進
展することになるはずです。サブプライムローン問題の波及効果は当初の想像を大き
く越えて金融業界の大再編にまで広がりを見せつつあるようです。

               伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也

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 ■ 三ツ谷誠  :三菱UFJ証券 投資銀行本部エグゼグティブディレクター

「可視化される<帝国>」

 前回、私は今回の米国金融危機の問題について、最終的にそれは「ドルの帝国」が
護られるかどうかの問題だ、と書きました。また、同時にモンロー主義的な米国内部
の内向きの議論が、もしかしたら「ドルの危機」を拡大させる可能性がある、という
ようなニュアンスの議論も展開しました。そこが、ポイントだと思うのですが、だか
ら、実は国家としてのアメリカと「ドルの帝国」とは微妙にずれた位相に存在してい
るという事実があるのだと思います。

 ネグリ・ハートの『<帝国>』は、ここ10年程度のスパンで考えても、必読の書
物の一冊に数えられる示唆に富んだ本だと思いますが、そこで彼らは、<帝国>は領
土を持たず、国家を越えた場所に立ち上がる、というような表現で、この新しい権力
形態を表現しています。

 今回のMUFGグループのモルガン・スタンレーに対する出資、野村證券のリーマ
ン・ブラザーズのアジア・中東・欧州部門の買収、などの動きは、<帝国>の可視化
という文脈で把握することが可能な現象ではないかと思います。

 他にも三井住友とゴールドマン・サックスの結びつきの深さや、先行したシティの
日興の吸収なども、<帝国>の可視化という視点で眺めてみることが可能だと思いま
す。

 貨幣経済はその進展に伴い、金融の優位を生み、金融の権力は国家を凌駕していき
ます。貨幣が自由の護符であり、株式会社を駆動させるものが、王の号令でも人民の
前衛としての党の計画でもなく、資本増殖である以上、<帝国>を最後に束ねるもの
は、金融に他なりません。

 その金融は、国家を離れ、G7のように国家を越えた形で、無限の襞に生息する胞
子のように膨大な企業群を統制していきます。また、市場を含むそのような金融の要
請によって、国境を越えた様々な企業合併が繰り返され、グローバル企業が各セクタ
ーに誕生することも、<帝国>の現われとして考えることも可能だと思います。

 勿論、<帝国>は、文化や、我々の生そのものをも呑み込む巨大な機構であり、単
純にそれだけが<帝国>であると考えられるものではないでしょう。しかし、危機に
あって、互いに支えあう金融権力は、既に国家を超えた新しい世界の統治者としての
自身をどこかで自覚しているのではないでしょうか。

 企業会計原則が統一され、市場が事実上、世界を一つに呑み込んだこの世界におい
て、金融はたぶん最も分かりやすい<帝国>の発現形態なのです。

 ところで、かなり限定的な話になりますが、私が小学生の頃、「怪傑ライオン丸」
という特撮時代劇がありました。そこでは獅子丸という忍者が変身したライオン丸と
いうヒーローが、戦国を力で支配しようというゴースンという悪の忍者とその配下の
変身忍者たちと戦うのですが、悪の首領、ゴースンはその姿を見せず、ゴースン島と
いう島の洞窟で、配下の忍者怪物たちに、その指令を巨大な口によって伝えていまし
た。

 物語が佳境に入り、ライバルのタイガージョーも出てくる段になって、初めてゴー
スンがその姿を現すのですが、なんと、想像を越えて、実は洞窟の奥の巨大な口が怪
物ゴースン自身の口で、ゴースン島はゴースン自身だった(なんじゃそりゃ!)とい
う話があります。

 姿が見えないうちは、ゴースンは倒す手段のない敵でしたが、姿が見えれば、なん
とか戦う手段はあるということで、ライオン丸は、最後には巨人ゴースンの口から体
内に入り、自爆してゴースンを倒します。

 <帝国>も、戦争機械でしかない国家と比べ、倒す必要のある相手かどうかは分か
りませんし、私自身は<帝国>は個々人が自覚的に巧く距離を取れば、なんとかなる
相手だと思うのですが、少なくとも或る程度制御したいのであれば、<帝国>が可視
化された部分を、巧く使うことではないか、と思います。

      三菱UFJ証券 投資銀行本部エグゼグティブディレクター:三ツ谷誠

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『<帝国>』アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著(以文社)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4753102246/jmm05-22 )
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 ■ 水牛健太郎 :評論家、会社員

 野村ホールディングス、三菱東京UFJ、みずほといった大手金融機関の人たちは、
この投資から得られる利益とそれにまつわるリスクについて、それほど具体的に知っ
ているわけではないのではないか、と思います。報道を見ていると、投資目的として
「人材とノウハウを得たい」ということが書かれています。大手金融機関の人たちは
取材に対して一貫してそう答えており、真面目な、本音に近い答えなのではないかと
思います。

 つまり、彼らはこれから投資する投資銀行業務について、人材もないしノウハウも
ない、ないしは極めて乏しいと自認しているわけです。人材もノウハウもないのなら、
具体的に何が得られ、どんなリスクがあるのか知っているわけはないと思います。も
ちろん大手金融機関には専門家がそろっているのですから、それなりの経験と知識に
基づいて、できる限りの目算を立て、試算をしていることは確かです。しかし、その
試算が詳細に、確実にできるぐらいなら、投資銀行業務について人材とノウハウは充
分あることになるので、逆説的ですが、投資の必要はないのだと思うのです。

 要するに、正月の福袋を買うような一面が、この投資にはあるのでしょう。中から
どんな奇抜なデザインの服が出てくるかわからないが、「五万円相当の品」と書いて
あるから損はしないのではないか。そう考えてとりあえず買ってみる、というような。
殊に話を難しくしているのはこれが海外案件だということで、独自のカルチャーと専
門性を持つ集団を海の向こうからコントロールするのは極めて難しいものがあります。
相手は、その業界におけるお金のもうけ方や使い方を日本の金融機関の何倍もよく
知っているわけですから、日本の金融機関にお金をできるだけ出させ、一方でもうけ
はできるだけ手元に残して渡さないように画策するのは別に悪意でも何でもなく、ビ
ジネスマンとして当然の行動と言えます。

 かつて松下電器産業はハリウッドのMCA/ユニバーサル・ピクチャーズを買収し
ましたが海千山千のハリウッド業界人に手を焼いた末、五年後にカナダ企業に売却し
て撤退しました。一方ソニーはコロンビア映画を買収し、現在ではソニー・ピクチャ
ーズとしてハリウッドの一角を占め、ヒット作も多く、成功していますが、初期はや
はり相当の苦労をしたようです。ヒットの可能性の乏しい大企画を出して、業界人こ
ぞって投資資金を食い物にするといった話もあったといいます。ハリウッドの映画製
作における金の流れを適切にチェックし、また作品のクオリティを管理するノウハウ
を獲得するまでに、日本屈指の国際企業ソニーといえども、十年近くかかったわけで
す。

 日本の金融機関は、その根幹では極めてドメスティックな価値観に貫かれた組織で
す。ソニーとかつての松下のどちらに似ているかと言えばやはり松下の方だろうと思
います。相当の苦労を強いられることは確実だと思います。

 そうは言っても、私は実はこの投資にそれほど否定的ではありません。あるいは損
をするかもしれなくても、外の世界を知るために投資をすることはやはり必要なのだ
ろうと思うからです。もし失敗しても、誰の職を奪うわけでもなく、むしろ気前よく
人を救うというわけですから、馬鹿にされることはあっても、憎まれることはありま
せん。

 もちろん成功できればそれに越したことはありません。かつてバブル期には大して
国際業務のない地方銀行までニューヨークに支店を出すなど、日本の金融機関の「国
際化」をめぐる無意味な浮かれ騒ぎがありましたが、あれ以来、日本の金融機関もバ
ブル崩壊など様々な経験を経て、学んだことも多かったはずです。どのくらいの進化
を遂げたのか、外の世界に示すいい機会だと思います。

                         評論家、会社員:水牛健太郎

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 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 買収すると株式の100%を保有し、必要とあれば自社の組織のなかに吸収してし
まうことが出来るでしょう。自分の会社ですから、買収した会社の社員を使って自ら
経営しなければなりません。

 野村は、リーマン・ブラザーズの米国以外の主要事業を買収したので、自社の組織
に統合を果たすととともに、これらの地域のビジネス基盤を強化することをねらった
ものだと思います。もちろん両者のシステムを統合したり、ノウハウを共有するのは
並大抵のことではありませんが、旧リーマンを野村にしてしまうのですから、従業員
にとってだれがボスであるかは明確です。

 50%以下の出資だと株の一部だけの取得にとどまるので、取締役程度は送り込め
るでしょうが、株主総会で重要な議案を力づくで通すことが出来ないので支配力は弱
まります。三菱UFJの場合は、出資比率21%で筆頭株主になると伝えられると伝
えられていますが、どこまで経営に関与し最重要のビジネスノウハウにアクセスでき
るかといったことに関しては疑問符がつきます。

 かつても、90年代には住友銀行はゴールドマンサックスの資本増強のために出資
をし、逆に2000年代には住友銀行が金融危機を乗り切るためにゴールドマンから
出資も受け入れていました。お互いに証券投資としては、大いに儲かったのではない
かと思われますが、当初目論まれたノウハウの吸収や業務提携の実は、あがらなかっ
たのではないでしょうか。

 投資銀行のノウハウは神秘的に思われてしまいますが、金融工学などのテクニカル
面にかんしては、特に秘密はありません。いまとなっては大学やMBAなどで学べる
ことの応用であり、お勉強の出来る日本の銀行員には何の問題もないと思われます。

 難しいのは、構成員のインセンティブとリスク管理をどう有機的に統合するかとい
う企業組織上問題です。投資銀行の会社組織や意思決定方式は、日本の伝統的なもの
とほとんど180度違っていると思われます。

 投資銀行は、下っ端からマネージメントまで各個人がリスクをとって利益をあげる
ことに深くコミットします。稼いだときの個人にたいする成功報酬は、日本の組織か
らみると非常識なものに映るでしょう。日本の組織は、銀行はもちろん証券会社とい
えども、稟議書を回して構成員の合意形成を重んじる組織です。成果比例型の報酬体
系が広がったとはいえ、投資銀行ほど差をつけるのは困難です。

 このような、組織を日本型組織に統合しようとした時の困難さは、想像を絶するも
のがあります。既存の日本の組織は旧来の日本方式を守ろうと必死の抵抗を試みるで
しょうし、日本方式にあまり配慮していたのでは、ただでさえ流動性の高い投資銀行
部門の人材は蜘蛛の子を散らすように居なくなってしてしまうかもしれません。本気
で統合を行おうとするのなら、日本側の組織も大きく変わることを要請されることで
しょう。

 リーマンの主要部門を買収した、買収ということで完全な主導権を握った野村はそ
れをあえてやろうという試みであるとおもいます。もともと、日本の証券会社のなか
では、良くも悪くも外国の投資銀行に一番近い体質とみられていましたので、野村證
券の挑戦には目が離せないものとなるでしょう。

 三菱UFJは傘下の証券子会社をモルガンスタンレーの日本法人と合併させる可能
性があるようですが、経営の主導権をとれないまま日本の営業組織を献上するように
も見えます。三菱UFJのどちらかというと管理型の体質から言うと、外資の投資銀
行との合併は決して得策ではないという気がします。

 一方で先方からは株主ということで、今後とも金の出し手として大いに期待されて
いることでしょう。下手をするとリスクマネーの供給元として都合よく使われてしま
うだけに終わるかもしれません。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 買収と出資は明らかに異なります。企業の支配権があるかどうかの違いです。買収
には最低、議決権株式の過半数を取得する必要があります。または取締役の過半数を
支配する必要があります。日本は元々、対等合併の精神が豊富で、どちらが買収者で、
片方が被買収者と明示するのを回避する傾向があり、M&A会計でも、パーチェス法
ではなく、持分プーリング法が広範囲に使われてきました。M&Aの定義も曖昧で、
資本提携との言葉が使われることが多くあります。特に電機会社でみられる事例です
が、蛸足のような提携や合弁が多く、権利や経営責任の関係が明確でない事例が少な
くありません。

 三菱UFJフィナンシャル・グループの9月29日のプレスリリースも、モルガン
・スタンレーへの戦略的資本提携とのタイトルでした。三菱UFJフィナンシャルは
モルガン・スタンレーの議決権の21%を90億ドルで出資するほか、出資比率10
%以上を維持する限り取締役1名を派遣する権利を有すると書かれています。21%
の出資はいわゆる持分法適用会社になるという意味であり、モルガン・スタンレーの
利益の21%を今後、三菱UFJフィナンシャルの連結決算で認識されることになり
ますが、資産・負債を合算する必要は生じません。

 大きくは報道されませんでしたが、三菱UFJフィナンシャル・グループは10月
2日にも、英国資産運用会社であるアバデディーン・アセットマネジメントへの9.
9%出資を発表しました。三菱UFJ証券とモルガン・スタンレーの日本法人の合併
報道に対しては、来年6月に向けた検討事項であり、現時点での決定ではないとプレ
スリリースしました。三菱UFJフィナンシャルは商業銀行としては強みがあります
が、グローバルな証券業務や資産運用業務は相対的な弱さがありましたので、今回の
出資は弱点を補う意味合いがあります。

 欧米金融機関が苦境に陥る中で、サブプライム関連の損失が少なかった日本の金融
機関は世界で業務拡大の攻勢に出ています。信用収縮が厳しくなる中で、欧米金融機
関は増資の必要性が強まっていますので、日本の金融機関は中国・中東マネーと並び
重要な資金の出し手とみられています。マクロ的にも日本は世界最大の債権国ですか
ら、資金供給の余裕があるとみなされます。

 倒産したリーマン・ブラザーズの買収と報じられた野村ホールディングスのいわゆ
る買収も、同社のプレスリリースでは、アジア・パシフィック地域部門の継承、欧州
・中東地域の株式部門及び投資銀行部門の継承と発表されています。引き継ぐのは雇
用の大半のみであり、トレーディング等に関連する資産と負債は継承の対象外として
います。完全な買収ならば、資産と負債を継承しますが、リーマン・ブラザーズのト
レーディング等の資産と負債はリスクが大きいと判断したのでしょう。これは事業の
部分買収の事例です。

 私は大和証券に14年とメリルリンチに8年勤務していますが、日本の証券会社と
米国の証券会社または投資銀行とでは、大分、企業文化が異なると感じられます。金
融機関はIT部門も重要ですが、人が資本ですので、人事管理が最大の課題になりま
す。企業はグローバル化すると、社内の公用語を何にするか、取締役会を何語で行う
のかが問題になります。メーカーであれば、ボディランゲージで物作りを外国人労働
者に教えることも可能でしょうが、金融機関はそうは行きません。過去に行った日本
の金融機関の海外金融機関の買収・出資は必ずしも成功といえませんでしたが、今回
のM&Aは日本の金融機関が真にグローバル化できるかの試金石になるでしょう。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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 ■ 山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 買収や出資の「狙い」は、本当のところは、当事者でなければ分かりません。たと
えば、企業を買収するにあたって、建前では「優秀な人材と技術の獲得」が目的であ
ると言っていても、本当の狙いは、単に「不動産」であったり「顧客」であったりす
る場合がしばしばあります。第三者としては、使ったお金に見合ったリターンを相当
程度確実に得ることが出来るかどうかという観点から、こうした投資(買収も出資も
共に「投資」です)の成否を判断せざるを得ません。

 私は、今回の二つの投資は、共に、優秀な人材やノウハウを買ったつもりなら失敗
するだろうと思っています。

 野村ホールディングスによるアジア・太平洋事業、欧州・中東地域のビジネス買収
は、それぞれの地域で旧リーマンブラザーズが持っていた顧客をどの程度引き継ぐこ
とが出来るかがポイントでしょう。野村證券は日本では最大手の証券会社としてビジ
ネス上の地位を持っていますが、たとえば、今後経済発展が見込まれるアジア地域に
あっては、それほど大きなプレゼンスを持っているようには見えません。今回の買収
で、旧リーマンの顧客層を引き継ぐことが出来れば、この買収は成功ではないでしょ
うか。敢えて推測するなら、これが野村の狙いでしょう。

 リスクは一重に人的なマネジメントにあると思います。アジア、欧州地域の顧客と
結びついた旧リーマンの社員は「しばらくの間は」是非引き留めておきたいところで
すが、一つには彼らはより条件のいいところがあれば自分の顧客を連れて転職するで
しょうし、もう一つには彼らに好条件を与えて好き勝手にさせておくと、コストが嵩
むばかりでなく、野村の経営資源が思わぬリスクに晒される可能性があります。

 また、旧リーマンの人材が優秀であるとかないとかはここでは論じませんが、率直
に言って多数の不要な人材がいるはずです。野村の既存の機能と重複していている人
材、能力の劣る人材、野村の支配に対して素直に従わない人材は、企業買収のセオリ
ーからすると明確に不要のはずです。野村證券の各レベルのマネジャーが、こうした
社員を選別することができるか、さらに、出来たとして、断固とした処置を取ること
が出来るか、加えて、そうした処置を取りながら、残す人材のモチベーションを落と
さないマネジメントが出来るかどうか、という点が問題です。

 言いにくいことですが、「日本人につべこべ言われるのは不愉快だ」と思う外国人
社員が社内には多数居るだろうということも予想できます。人種に対する差別意識が
マネジメントの障害になることもあり得ます。

 リーマンの日本法人には、1300人の社員がいます。彼らを野村證券がどう処遇
するかも、興味深いところです。機能的には明らかに相当の重複があるはずです。
ヘッジファンドの顧客など一部にリーマン独自の顧客基盤があるとしても、顧客にも
重複が多いはずです。

 加えて、ニッポン放送株に絡むライブドアとの取引、元丸紅の社員に絡む詐欺事件
でリーマンが大きく引っ掛かり、個人ばかりでなく、丸紅まで訴えるに至った事件の
経緯など、リーマンの日本国内での「評判」は、私の知る限り芳しいものではありま
せん。他方、野村から見ても「使える!」と思う優秀な社員も多数いることでしょう。
彼らを、短期間で(ここが大事です)、的確に選別して、野村にとって望ましい形に
処置することができるかという点で、野村の実力が問われます。

 この買収が成功であれば、2、3年後には、顧客はしっかりと引き継がれた上で、
買収したそれぞれのビジネスのマネジャー・クラス(特に命令系統上の要職)の大半
から旧リーマンの人材が居なくなっているはずですし、担当者クラスもあらかた野村
が雇った人材に入れ替わっているはずです。

 三菱東京UFJグループのモルガン・スタンレーへの出資は、端的に言って、今後
のモルガン・スタンレーの株価で評価すべき「純投資」でしょう。相当のリスクを
取った投資なので、たとえば2年後にモルガン・スタンレーの株価が50ドルを超え
ている(先週末は23.92ドル)ような状況なら、一応の成功と見なせるでしょう。

 巷間言われるように「投資銀行のノウハウを獲得する」ことに出資の目的があるな
ら、この出資は最初から失敗したも同然でしょう。「投資銀行のノウハウ」の多くは、
その気になると外部から解析できる知識であり、それ以外のもの(金融に絡む技術と
知識、人脈ネットワーク、情報、判断方法など)は殆どが個々の業務を担当する個々
のプレーヤーが持っているものです。モルガン・スタンレーの社内事情を見物するの
に9千億円を巨大なリスクに晒すのは非合理的ですし、逆に、個々のプレーヤーが
持っているノウハウを20%程度の株主が「出せ」といって、手に入れられるもので
はありません。

 たとえばリーマンの株主が、リーマンの社員にさんざん資金とリスクを使われて、
多額のボーナスを稼いだ挙げ句に株式価値の殆どを吹っ飛ばされてしまったことから
も分かるように、投資銀行とは、資本家をもカモにする仕組みです。三菱東京UFJ
が提供した9千億円がカモでない保証はありません。

 現時点での大きな心配は、三菱東京UFJから、モルガン・スタンレーの資産と負
債に対する精査がどの程度十分に出来ていたのかです。

 たとえば、米国SEC(証券取引委員会)が9月30日に発表した時価会計に関す
るガイダンスでは、「価格設定が困難な資産を評価する際に、金融機関は著しく低い
価格で評価する必要はない」(ロイター、10月1日の記事による)として、内部的
な想定価格を幅広く公正価格として使うことを認める方針を確認しました。ある意味
では、時価評価を手加減することで決算数字を操作する裁量が公的に認められている
わけです。こうした環境下で、モルガン・スタンレーの査定がどの程度厳しく出来た
のかが心配です。モルガン・スタンレーには複雑な取引や商品が多いはずで、たとえ
ばSIV(特別目的会社)を使った取引のリスクと現状を正しく評価できているのか、
といった点を心配するときりがありません。

 いまのところ最大で21%とされる出資比率も微妙です。経営権を左右できるシェ
アでないことは明白ですし、一方、出資額はそれなりに大きいので、今後、三菱東京
UFJがこの出資を無駄にしないために、融資や追加出資などに応じる可能性もあり
ますし、顧客の一方的紹介などビジネス上過剰なサービスをする可能性も考えられま
す。

 加えて、金融安定化法案が何とか通ったとはいえ、米国の不動産価格下落はまだ続
く公算が大きく、これは、モルガン・スタンレーの資産や業績をさらに劣化させる可
能性があります。1銘柄に9千億円、という巨額の株式投資(半分以上は優先株です
がそれでもリスクは大きい)は、三菱東京UFJグループの巨大さと財務的健全性を
考えるとしても、「大きな賭」だと思います。

 今回は、野村と三菱東京UFJの両社について、心配面を多く述べましたが、日本
の大手金融機関の多くは、時期的に、不良債権処理を終えた後で、且つサブプライム
関連の損失額が米欧のライバル金融機関よりも小さいので、他社に出資するにせよ、
自分が直接進出するにせよ、国際金融の世界でプレゼンスを大きくする「チャンス」
を持っていることは確かでしょう。

 かつて日本がバブルの頃、国際金融界では、日本の大手金融機関の存在感が非常に
大きく、その後、バブル崩壊後の時期には後退が相次ぎ、米欧の金融機関が存在感を
増しました。しかし、今回、少なからぬ数の米欧の代表的な金融機関の経営が傾き、
日本の金融機関がささやかながら「攻勢」に出る様子を見ると、当事者達には申し訳
ないことながら、「金融機関の判断などというものは、洋の東西を問わず、所詮たい
したことがないものなのだなあ」という感慨を覚えます。お互いに「たいしたことが
ない」ことを前提にしながら、経済システムを改善していかなければならないという
点が重要でしょう。

              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 ( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )

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■ 津田栄   :経済評論家

 今回、サブプライム問題によるアメリカの金融機関の危機的な状況に際し、野村ホ
ールディングスや東京三菱UFJフィナンシャルグループは、今後のグローバルな事
業の展開において事業買収や出資をするのはチャンスだと判断したのだと思います。
ただ、両社は、買収先や出資先から、優秀な人材と欧米の先進的な金融ノウハウを獲
得したいという目的で乗り出したのでしょうが、果たして思い描いた通りそううまく
いくのか、いささか不安を感じています。

 さて、買収と出資とでは、大きな違いがあります。今回の野村のリーマンの地域事
業買収は、そこにある事業そのものを取り込み、経営することになりますから、そこ
にかかるコストおよび損益はそのまま企業の収益状況に反映されることになります。
一方、東京三菱UFJのモルガン・スタンレーへの出資の場合、あくまでもモルガン
・スタンレーの事業展開の結果の果実を配当と将来の株価で受け取り、それが損益に
反映されるのみとなります。つまり、投資ですから、経営の決定権を持つモルガン・
スタンレーの経営の良し悪しで収益が左右されることになります。

 野村の場合、両地域の約5500人の従業員の大半を引き継ぐことで雇用維持に重
点が置かれたため、買収金額がアジア・太平洋事業で2.25億ドル、欧州・中東地
域の主要事業でわずか2ドルの破格の価格で済み、一方でリーマンの持つ債券や株式、
不動産などの資産は下落リスクがあるとして引き継がなかったことで、今後の資産の
劣化による損失の影響はなくなります。結局、野村は、優秀な人材と彼らが持つ先進
的な金融ノウハウ及び多様かつ優良な顧客を得ることで、今後の有望な地域での事業
展開を急速に進め、収益の拡大と世界的な証券になるチャンスを得たといえましょう。

 東京三菱UFJの場合は、モルガン・スタンレーに90億ドル(約30億ドル分が
普通株、約60億ドル分が優先株)、21%を出資し、取締役を1名派遣することと
なり、モルガンが強みとするM&Aや資産運用、株式・債券の引き受けなど、国内外
で戦略的な協力関係を構築するとしています。そして、国内では、三菱UFJ証券と
モルガン・スタンレー日本法人の経営統合が早くも検討されているとのことで、出資
における優秀な人材と先進的な金融ノウハウが得られようとしているかに見え、今後、
優先株の普通株への転換で持分法適用会社になれば、筆頭株主として経営への関与が
強くなることも想定されます。

 一方、この買収や出資にリスクも考えられ、そう喜んでばかりいられません。野村
の場合、リーマンから引き継いだ多数の従業員の中にも、優秀な人材がいればそうで
もない人材もいますので、それを見抜き、人材の登用の仕方をどうするかが大きな課
題となります。それを間違えれば、現在の高い給与を払うことによるコスト(数百億
円)の割には期待したほどの収益につながらない可能性があります。

 まして、扱いを間違えて、先進的な金融ノウハウ及び優良顧客を持つ優秀な人材が
野村を辞めて他社に移ることがあれば、事業買収による当初の目的は達成できず、無
駄になってしまいます。その点で、リーマンという外資系に勤めていた高額の人材を
うまく取り込み、野村のグローバルな事業展開に寄与できるような人事管理、経営参
加ができるかということが問題といえ、その観点から今回3人の外国人を執行役員と
して登用して、リーマンの人材の定着を図ろうとするのは、その解決の第一歩と捉え
るべきかもしれません。

 東京三菱UFJの場合のリスクは、今回モルガン・スタンレーへの出資の際の財務
調査を5日で終えて決めたことは性急すぎたのではないか、またサブプライム問題に
よる金融危機が近いうちに収束に向かうという判断があったと思いますが、果たして
その判断は正しいのかという問題があり、その結果として将来不良資産の浮上で思わ
ぬ損失を蒙ることもあり得ることです。今回、モルガン・スタンレーが東京三菱UF
Jの要求を呑んで、合意を急いだ点、どこか問題が隠れているのではないかと危惧し
ます。

 もう一つ、出資の場合では、優秀な人材と先進的な金融ノウハウを得られるかは、
野村の事業買収と異なり、期待できないように思います。やはり経営の決定的な支配
権である51%以上の出資でなければ、たとえ筆頭株主といえども、将来のライバル
になりうるかもしれない銀行グループに、わざわざ優秀な人材や競争力のある先進的
な金融ノウハウを伝えるほどモルガン・スタンレーはお人好しではありません。まし
て、出向させて学ばせようとしても、肝心なところは教えてくれないでしょう。その
点で、リスクは野村より大きいように感じます。

 最後に、両社に言えることですが、今回のサブプライム問題で、投資銀行ビジネス
モデルは、破たんしており、レバレッジの縮小で大きなリターンは望めません。それ
にもかかわらず、投資銀行ビジネスモデルという金融ノウハウをどういった形で取り
入れ、収益につなげようとしているのか、いまだ描けていないのではないかと感じま
す。とりあえず安いから、あるいは要請してきたからということで、それでは人材や
金融ノウハウを得ようと安易に決めたとしたら、80年代後半に日本がアメリカに進
出して、アメリカにタダ同然で資金を提供し、手痛い損失を出して、撤退した時の二
の舞を演じないとも限りません。

 また、私の外資系企業での経験から言うと、優秀な人材は確かにいましたが、優秀
でない従業員もいて、なのに自分たちが優秀だという意識が強く、やりづらいところ
がありました。その意味で、今回の買収や出資から、外資系だから優秀な人材という
考えは持たないほうがよく、日本人にも優秀な人材は多数いますからそうした人たち
を平等に扱うような環境に整えるべきでしょう。そして、外資系金融機関の企業文化
は、時間ほどコストが高くつくという意識から、会議は短く、交渉はある程度の責任
を持たせてその場で即断即決し、行動するというところにあるように思いますから、
今後のグローバル展開を進める上でそうした企業文化を取り入れることも検討するべ
きでしょう。

                             経済評論家:津田栄
                    
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 ●○○JMMホームページにて、過去のすべてのアーカイブが見られます。○○●
          ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                 No.500 Monday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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