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「エコロジーという洗脳」
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投稿者 新世紀人 日時 2008 年 10 月 12 日 15:07:32: uj2zhYZWUUp16
 

http://www.snsi-j.jp/boyaki/diary.cgi

「980」 私たちSNSIの論文集、第3弾『エコロジーという洗脳』が、いよいよ20日に発売になります。「地球温暖化サギ」の真相と「エコ利権」の真相に切り込みました。副島先生の「二酸化炭素がかわいそう」という前書きを載せます。環境本の決定版です。2008.10.12

SNSI・副島隆彦を囲む会、中田安彦です。本日は2008年10月12日です。

 アメリカの金融恐慌は世界に波及して、とうとう「世界金融恐慌」となりました。

 今、ワシントンではG7財務大臣・中央銀行総裁会議がワシントンに集められて、ブッシュとポールソンの前で整列させられて、アメリカの金融サギ商品が作り出した、バブル経済の尻ぬぐいをさせられることが告げられた。ポールソン財務長官は、先週成立した金融統制法案である、「緊急経済安定化法」の財務長官裁量規定に基づいて、アメリカの大中小の金融機関に公的資金を投入することまで決めた。

 そのポールソン資金注入は、アメリカでは「ポールソン・バズーカ」と言われている。「ヘリコプター・ベン」がドルをヘリコプターでばらまいて、ポールソンは地上で次々にバズーカ砲を発射する。それでもウォール街の下落は止まらない。

 それは、レーガン政権時代以来の金融革命で急激に膨れあがった世界の「あぶくマネー」が収縮するまでに時間がかかるからです。そのマネーの膨脹(ぼうちょう)現象を生みだしたのは、金融工学(ファイナンシャル・エンジニアリング)、特に証券化(セキュリタイゼーション)という手法です。

 ここで、ウォール街の大暴落が無く、バブル経済が続いていれば、この証券化や金融工学という「ポンチ・スキーム」(金融ネズミ講、金融ババ抜き)は、おそらく、二酸化炭素の排出権の証券化にも使われたでしょう。

 それほど、この証券化というのは危ない技法なのです。サブプライムの証券化の場合、いろいろなクオリティの住宅ローンを破綻リスクのレベル(これをトランシェという)ごとに分割して、バラバラに切り刻んで組み替え直して、別々の住宅ローンと一緒にまぜこぜにしてそれを一つの金融商品として売っていた。

 証券化の潜在的な危険性は、「ミスター不吉な予言(ドゥーム)」と呼ばれた「カウフマンの予言」でしられる、銀行家のヘンリー・カウフマン・ジュニアも古くから予言していたようです。

 それが住宅ローン担保証券とかCDO(債務担保証券)というものです。あるいは、企業の倒産可能性を予測する「賭けゲーム」のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)のような商品もある。(これがアメリカの保険名門のアメリカン・インターナショナル・グループを危機に追いやった)

 これらのデリバティブを排出権に取り入れることも可能だった。たとえば、二酸化炭素削減プロジェクトを達成可能性ごとに分類して、それをトランシェごとに切り分けて、いろいろな「エコ・プロジェクト」を丸めて一つの金融商品にしただろう。

 そうやって、投資銀行はマネーを生みだしていったはずだ。それはマネーの自己増殖になって、環境マネーのバブルが生まれていただろう。

 そういう意味で、この9月のウォール街大暴落は、そのような危ない、地球を環境保護の名の下に金融ゲームの対象とする、排出権取引ビジネスに行き止まりが見えた記念すべき出来事であった。(排出権取引を手がけていたのがリーマン・ブラザーズであり、リーマンのカーボン・トレーディング・デスクはリーマン破綻で一旦停止したといわれる)

 私たちが、今回上梓(じょうし)する、『エコロジーという洗脳』(成甲書房)と言う本は、カバーに付けられたオビにあるように、「環境税は悪魔の新税/排出権取引はデリバティブ(金融派生商品)だ」というメッセージを日本の読書階級、一般サラリーマン、その他の全ての皆さんに訴えた本である。

 環境本には様々な切り口があって、それぞれ面白いが、私たちSNSIが問いかけたのは、上のテーマであり、そのようなプロパガンダや騙しの構造の中で私たちが、いかに賢く、個人として、あるいは日本という国レベルの国家戦略として、生き残っていくかを説いた本なのです。

 「地球環境問題」という大きな問題は存在するか?私たちはその疑問にそれぞれのアプローチで切り込みました。副島先生と私、吉田(Y2J)の三名は「排出権取引」について論じています。その他にも、「沖縄のサンゴ絶滅問題は温暖化が原因ではない」という切り口から「地球環境問題など存在しない!」と論じたり、ネオコンの戦略の視点から「エコ・カー」について論じた古村研究員論文、「副島隆彦を囲む会」の須藤よしなお代表による「厳選・環境映画(良い環境映画/悪い環境映画)」のリスト、関根和啓研究員のロックフェラーによる「緑の革命」の真相を暴いた「エコ利権」を巡る論文など、全部で12本の論文があります。まとめて読むと、どういう風に「地球環境問題」というプロパガンダが仕掛けられているのか、十分に分かる仕組みになっています。

 本書の発売日は10月20日の予定ですが、18日の「囲む会講演会(定例会)」の会場でも、先行してお求め頂けるようになっております。(予定)(なお、18日の講演会のお申し込みは会場定員に達しましたので、終了させて頂きました。ご了承くださいませ)

 本書『エコロジーという洗脳』(略称:エコ洗脳)の具体的な内容を少し紹介したいと思います。副島先生は、巻頭論文「排出権(税)とは『空気税』であり、環境税は悪魔の新税である」を書いていますが、それは本書をお求め頂いてお読み頂くとして、ここでは先生の「まえがき」を以下に載せます。

(貼り付け開始)

私たちは「エコロジーという洗脳」を疑い、警戒する 序文 副島隆彦

 本書『エコロジーという洗脳』は、地球環境を守ることには誰も反対できないはずだ、と思い込む考えの背後に潜む危険なものを白日の下に晒け出す。その偽善と欺瞞に対して正面から戦いを挑む本である。この本は『金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ』(祥伝社)、『最高支配層だけが知っている日本の真実』(成甲書房)につづく、私たちSNSIの三冊目の論文集である。エコロジー、環境保護思想という一見きわめて崇高な理念であっても、決してキレイごとではない。官製(官僚主導)エコロジーは私たち人間(人類)をまんまと騙すための「洗脳」の道具であるとして、諸真実を暴きたてる本である。
 
 私たちはここで声を大にして言う。現在、日本の新聞・メディアで大々的に繰り広げられている官製エコロジー運動のほとんどは、私たちが前二著でも批判してきたとおり、最高支配層が仕組む地球規模の人類への洗脳キャンペーンの一種である、と。
 
 この論文集は、私と弟子たちがインターネット上で運営する「副島隆彦の学問道場」で、この国で最先端を自負する知識・思想・学問の研究のために集まった「副島国家戦略研究所」(SNSI)の若い研究員たちが、「地球環境問題という騙(だま)しの構造」と「日本にとって本当に大事な環境問題はこっちだ」を詳しく論じた、合計で一二本の論文によって構成されている。
 
 本書の冒頭にあたって、私はまず断言する。地球環境問題を大ゲサに仕組む者たちが、ある日突然、二酸化炭素は悪である。これを以後、悪者にすると決めたのだ。
 
 二酸化炭素は悪ではない。害毒でもない。私たちの生存にとって必要なものである。酸素を作る植物の光合成にも二酸化炭素は不可欠だ。こんなにいじめられて二酸化炭素がかわいそうだ。世界の最高支配層が、資本(お金)の法則を通じて操(あやつ)る各国のメディア(テレビ・新聞)、広告代理店を使って、「大気中の二酸化炭素の量が増加すると両極地の氷が解けだして、地球の主要な大都市が水没する」という大ウソの近未来の地獄絵図を、膨大な量のキャンペーンで一般国民に浸透させている。そうやって、まさに今、私たちを洗脳しているのである。そして本当の狙いは、原子力発電(ニュークレア・パワー・プラント、核施設)を“クリーンなエネルギー”だとして居直って、大復活させる策謀である。どう考えても危険なエネルギー設備である原発を、善良なエネルギー源として推進するために、そのために二酸化炭素を悪者にすると決めたのだ。
 
 それでは人間が工業化して起こしたと言われる地球温暖化によって、本当は、気温はどれだけ上昇したのか。本書第八章の下條論文では、東京大学工学部名誉教授の西村肇(にしむらはじめ)氏が次のように書いている。「この数百年間でも地表温度への二酸化炭素の増加による影響は〇・五度程度の上昇にしかならない」と研究発表した。おそらくこの数値が真実であろう。

 西村教授が算出した「二酸化炭素の増加影響による数百年間で〇・五度の気温の上昇」という数値は、日本の環境科学者たちの間で尊重され信頼性の高いものだとされている。私もこの数値を信じる。西村肇教授は一九七六年に『裁かれる自動車』(中公新書)を毅然(きぜん)として世に問うた日本の環境工学の草分けであり、第一人者である。

 詳細はこのあとの私の論文で明らかにするが、地球温暖化問題への対策の一つとして鳴り物入りで登場した、いわゆる「排出権取引」(日本政府はなぜか「排出量取引」と呼ぶと決めた)というものも、本質は、金融工学(高度な数理的モデルを使った人騙(だま)しの投資技術)を駆使して築き上げた、デリバティブ(derivatives, 金融派生商品、元々が「似せもの」の意味)の一種である。そしてこのデリバティブは、二〇〇七年八月一七日にサブプライムローン危機がアメリカの金融市場で爆発して、それ以来世界は金融恐慌に突入したのである。本当はこのときCO2排出権取引も爆発して崩壊したのである。この事実を皆に気づかせないようにしているだけだ。

 恐ろしいのは、このCO2(地球温暖化ガス? 温暖化などしていない)の排出権取引の思想もまた金融資本家たちが人工的に作った新式の宣伝工作であるという点だ。

 地球温暖化問題をさかんに煽ったアル・ゴア元米副大統領の背景にあるものも、ヨーロッパの国際金融資本家(インターナショナル・バンカーズ)たちの策動である。ここには「排出権取引の市場」という新手のデリバティブのための取引市場をつくりあげる思惑がある。

 日本政府は、日本独自の排出量取引の実証実験をすると公言している。しかしこの路線自体も大きくは、日本国内の環境官僚たちの体面を保つための動きに過ぎない。その裏に金融官僚たちが隠れている。

 恐ろしいのは、排出権取引とは、実は「排出税」であるということだ。国家官僚という顔のない特殊な人種(現代人類の神官たち)は、何でもかんでも国民に税金を掛ければいいと思っている奇怪な生き物である。全ての税は悪である。必要悪でさえなくて、ただ単に悪なのである。

 税金は人間にとって悪そのものだ。「仕方がないから払う」と考えるべきものではない。税金は全廃すべきものであり、国税庁は解体消滅させるべき諸悪の根源である。世界史をひもとけば、税金は、まず山賊や海賊が徴収した通行税(トールゲイト・タックス)として始まり、やがて「窓税」や「ひげ税」、「処女(しょじょ)の初夜権(税)」というような信じられない課税までも課して権力者たちは取り立てた。だから排出権=排出税なるものは、さらに大きく謎解きをすると、それは人間が呼吸することそのものに税金を掛けるということである。即ち「空気税」である。このまま放っておけば、そのうち「平和税」や「愛情税」まで掛けるようになるだろう。こんなに危険な動きを私たちが許して良いはずがない。

 だから環境税もまた新手の増税の一種なのである。私たちはこの事実を暴きたて、徹底して反対しなければいけない。徴税官僚たちは、財務省(旧大蔵省)が消費税の税率上げの方を目指し、総務省(旧自治省。戦前の内務省。“国家の神経”と呼ばれ、特高警察(とっこうけいさつ)を束ねた)の子分である環境省が、環境税という「美しい名前の税金」を法案として通すという動きに出てくる。この動きは、日本にも出来るべきである民主党政権の樹立を目指す政治家(国会議員)たちの動きとは別個独立のものである。環境税の導入は官僚たちだけの暴走である。国民の代表である政治家たちの知らないところで、ずっと画策されてきた。私たちは警戒しなければならない。

 繰り返すが、全ての税金は悪である。「環境を守るために必要な税金」などと、誰もそれに反対できないようにしておいて、私たちを騙す。地獄への道は、(私たちの無垢で軽率な)善意と税金で敷き詰められている。「環境を守ろう」といういかにもきれいに見えるキャッチフレーズを打ち出して、最終的には環境税でむしり取ろうとしている。官僚たちのこの悪辣なる動きを白日の下に晒(さら)すべきだ。

 CO2の排出権(量)取引と環境税が喧伝される現状に対して、私たちは強い疑念と警戒心を持たなければならない。

 私たちは「科学」(サイエンス)なるものによっても洗脳されるのである。偉そうにしている理科系の科学者たちが政府の審議会の答申とかで何か言うと、それには反対できない、と思い込まされている。おかしな御用学者たちが「人類の経済活動によって排出される二酸化炭素が地球温暖化の大きな原因である」と書けば、私たちは何となく信じてしまう。

 本書の各篇が重視しているのは次のことだ。「科学的な実験結果であるとか、科学的に証明されている事実と簡単に言うけれども、それが学問的に証明されているかどうかは本当はわからないのだ」ということである。このような疑問は、どんな人にでもふっと湧き起こる。この私たちの疑念を必死になって打ち消そうとするのは、私たちのはるか上の方に存在する権力者たちや体制である。あるいは私たちに試験問題や教育、学習というものを与えて押しつける人々である。私たちは果たして彼ら支配者に逆らえるのか、という大きな問題がある。大勢に順応するというのが、ほとんどの人々の習性である。自分たちに教育を与える人々を疑うということはなかなかできることではない。しかし私たちは早くそこまで到達すべきだ。それが人間が真の自由の精神を勝ち取るということである。現状では異義申し立てをする人間は大体、はぐれ者として制度の枠の外に置かれるし、会社員や学生であれば異端者(エイセイスト)として排除される。

 だがしかし、大きな真実はやがて少しずつ剥がれ落ちるように明らかになっていく。「科学的に証明されたこと」として私たちに押し寄せてくる、得体の知れないものがある。それらは法律作用、権力作用、そして官僚たちからの命令として執行される。これらを私たちは疑い、疑問を抱き、そして一歩引いて身がまえるべきだ。それらにどっぷりつかることから逃れて抵抗するという態度を身につけなければいけない。人間の精神が自由であり真に賢いということは、まず疑い警戒するということである。

 疑うということは、あることを信じるか、信じないか、という問題において、一歩躊躇してみるということだ。「何十万人ものサイエンティストや科学者たちが一致して行っていることをあなたは否定するのか」と言われたら、たいていの人はどぎまぎして立ちすくんでしまう。しかし、それでもなお、やはり疑い、警戒し、あるいは信じない、と言い切ってみせる力が私たちに生まれるべきだ。このことが大事なのである。

 エコロジーや地球環境を守れという、見るからに正しい命題で、誰もそれにあらがうことができない、反対することができないだろうという仕組みをあらかじめ作っておいて、向こうは私たちに問答無用で、無条件に「正義」を押しつけてきている。これらの大衆洗脳に対して私たちは大きく別の考えと対策を敢然(かんぜん)と提起していくべきだ。

 私たち筆者陣の多くは文科系知識人である。文科系の立場から、この地球環境問題及びエコロジーに異論を唱える。この分野での優れた先駆的な環境問題学者である武田邦彦(たけだくにひこ)氏と槌田敦(つちだあつし)氏のお二人の現下の果敢な闘いに、私たちは声援を送る。お二人に連帯を表明し、その戦列に私たちも大きな決意をもって文科系知識人として加わる。本書各篇を読んでいただき、「エコロジーこそ、現代の最先端の洗脳なのである」という冷厳なる事実に多くの皆さんがハッと気づくことを、私たちは強く望む。
                                   副島隆彦 

=====

あとがき 中田安彦
 
 本書『エコロジーという洗脳』は、『金儲(もう)けの精神をユダヤ思想に学ぶ』(祥伝社)、『最高支配層だけが知っている日本の真実』(成甲書房)につづく、三冊目である。エコロジーなるものは、ここでは、「地球環境の保護を重要な課題として考える思想」という意味だが、このようなすばらしい思想を、「洗脳とは何事だ」と思う人がいるだろう。

 しかし、私たち一二人の書き手による本書を読んで頂ければ、このような大胆な主張が決して的はずれなものではないことを理解して頂けるだろう。

 現在、日本の新聞・メディアで大々的に繰り広げられているエコロジー運動のほとんどは、私たちが前二著で批判してきた、世界の最高支配層が仕組んだ地球規模の洗脳キャンペーンなのである。

 私たちはそれぞれの立場で環境問題について論じているが、共通するのは、「テレビや新聞で報道されていることの裏側にある真実を見抜く目」である。私が本書(第二章)で書いたように、地球環境問題の本質とは、実は「それ以外の何か」なのである。

 それは、「空気をお金に変える錬金術」であったり、「国際政治のパワーを巡る争い」(第六章、古村治彦論文)であったり、「石油に代わって原子力発電を増やそうという思惑」(第九章、相田英男論文)であったりする。国民大衆がこれらの真実に気づいてしまうと、最高支配層(権力者)たちにとっては困ったことになる。だから環境保護の思想(エコロジー)とは、絶対的に正しいものだ、と決めつける。疑いを抱くことさえ許さずに頭ごなしにその大正義を大衆に押しつけ、下げ渡すのである。本当に一切の疑念や批判を許さないのである。エコロジーを徹底的に共通善とし、絶対善とすることで、正義の環境問題というメッセージを使って国民の情緒に訴えるのである。

 しかし、日本以外の諸外国では、そのメッセージのいかがわしさのメッキが剥がれている。むしろ、開き直って「環境問題をお金儲けに利用したほうがよいのだ」という論調が増えている。例えば、米人気ジャーリストのトーマス・フリードマンは次のように書く。「アメリカは危機にある。アメリカが今後も世界の主導権を取っていくためには、アラブの石油王たちの非民主的態度に罰を加えなければならない。そのためには、アメリカには石油以外のエネルギー源を開発する“グリーン・テクノロジー・レボリューション”が必要だと次期大統領は理解しなければならない」と、今年の秋に発刊した新著"Hot, Flat and Crowded : Why we need a green revolution-and how it can renew America, 2008"で力説している。

 今年の九月一五日に起きた「リーマン・ショック」(米大手証券会社のリーマン・ブラザーズの破綻消滅の衝撃)でウォール街の金融大崩れが続いており、金融工学に支えられた「排出権市場取引」が出遅れる可能性が出てきた。メディアの論調が変わってきた。公的独占事業である電力業界に原子力や風力発電などのお金を回すことを目的に、「環境技術革命の推進」が喧伝(けんでん)される方向に変わってきた。ここには環境問題を軸にして危機に立つアメリカの世界覇権を持続させようとする政治的メッセージがある。政治家や財界人が訴える環境問題にはこのように常にお金の臭いがする。困った問題があってお金が使われる必要が出てくるのではなく、お金儲けの必要があって、環境問題が作り出されているのだ。

 日本でも環境税を導入することで、従来の道路関係税を自分の省庁の利権として確保しようという動きがある。本来の人間の善意を悪用した「たくらみ」が至る所にある。一九九七年に採択された「京都議定書」は、かつての「軍縮条約」の現代版である。第二次世界大戦前に、大国間の論理むき出しで、各国の保有軍艦の数を割り当てた「ワシントン軍縮協定」の環境版に他ならない。それをありがたがる日本人の姿勢は問題だと誰もが気がつかなければならない。

 また、沖縄のサンゴ死滅問題を取り上げた廣瀬哲雄論文(第五章)が指摘したように、「地球規模の問題」と大々的に宣伝される問題には必ず裏があり、それは実は単なる地元の利害関係であることも多い。だから、私たちはその裏側を見抜いた上で、冷静にこれらの問題を解決するためには、私たち国民に絶対善や「必要悪としての原発」の負担を求める人々に対して冷静に立ち向かわなければならない。

 エコロジーや地球環境を守れ、という見るから正しいことで、誰もそれにあらがうことができない、反対することができない仕組みをあらかじめつくっておいて、問答無用で、無前提、無条件に正義(善)であるものとしてエコロジーを押しつけてくる。これが地球温暖化問題の正体だろう。これらの動きに対して私たちは大きく、まず疑うこと、そして疑いながら考え続けること、そしてその中からよりすぐれた対策を公然と提起していく生き方を学び取るべきだろう。

 地球環境問題のウソやいかがわしさを暴いた本としては、近年、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』や『偽善エコロジー』という優れた本を発表している武田邦彦氏と、古くは槌田敦氏らの優れた業績がある。

 私たちは先人であるこれらの人たちの優れた業績を高く評価しながらその上で、あくまで文科系知識人という構えから、この地球環境問題及びエコロジーに対する異論を唱えた。

 本書刊行にあたっては、成甲書房・田中亮介氏に、私たち執筆者一同が文章指導をして頂いた。大変ありがたく思っています。重ねてお礼を申し上げます。

 また、この本を読んでくださる皆様に、全ての執筆者を代表して、私から深くお礼を申し上げます。ありがとうございました。私たちの活動に興味をお持ちの方は、インターネット・サイト「副島隆彦の学問道場」(http://soejima.to/)をご覧になり、ぜひ会員となって活動をご支援いただけますようにお願い申し上げます。          

二〇〇八年九月末日 
                                    中田安彦

(貼り付け終わり)

 以上、新刊『エコロジーという洗脳』のまえがきとあとがきでした。

 これまでの論文集、『金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ』『最高支配層だけが知っている日本の真実』、それから、『日本の真実』と今回の「エコ洗脳」の私の論文のテーマである「プロパガンダとビジネス」についての先駆的な入門書である『プロパガンダ教本』(エドワード・バーネイズ)は、本サイトでも取り扱っております。(『エコロジーという洗脳』だけは20日以降の取り扱いになります)

 また、古村論文(アメリカの「プリウス人気の裏に何があるのか」)に登場する、ネオコン派と非常に関係が深い、『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(訳書:ジョン・ミアシャイマーとスティーブン・ウォルト共著/副島訳)も当サイトで取り扱っています。

 繰り返しますが、本書の発売前の18日に、都内・三宅坂ホールで開催します、私たちの講演会に本書は用意しております。会員の皆様におかれましては、この機会に是非お求めください。

 最初に書きましたように、排出権は、一言で言えば「金融派生商品」です。ウォール街の大崩れによって、過去のレバレッジを駆使した投資銀行のビジネスモデルが崩壊していったように、この排出権取引によるマネーゲームもしばらくは足踏みを強いられるでしょう。

 しかし、私たちは、なぜ「突然二酸化炭素が悪者にされたのか。放射性核廃棄物のほうがずっと危ないのに」という疑問を忘れては成らないでしょう。「あれっ、何かおかしい」というところに騙しの構図が隠れているのであり、それを読み解き、暴き、理解することで何事も先が見えてくる、対抗する戦略も立てられるのです。

 本書は、私たちによる「温暖化・エコプロパガンダ」に対する反撃(カウンター・アタック)です。

 是非、入手してお読みください。

中田安彦拝

====

 なお、講演会に関する事務連絡です。

 上に書きましたとおり、講演会の受付は終了致しました。

 ただ、皆様に重ねてお願いがございます。お申し込みのご案内を差し上げた際に、「会場の社会文化会館にお問い合わせ頂きましても詳細はお答えできません」とお伝えしましたが、何件か会場に直接問い合わせがあったと会場から連絡頂きました。今後の自力主催講演会の運営をスムーズに行いますためにも、「会場への直接問い合わせの電話」に関してはご遠慮いただくようにお願いします。(会場では内容に関する情報を持っておりません。これは以後の講演会につきましても同じです)

 以上、よろしくお願いします。

中田安彦 再拝


2008/10/12(Sun) No.01


[新世紀人コメント]
そうです。放射性廃棄物のほうがはるかに危険なのですが、大量の核兵器を必要としなくなったが為にその一部を廃棄する必要が出てきました。
理由は米国バブル経済が必然的に萎んできた為に(空気の減圧を調整しつつ萎ませてきました)、大量の核兵器は不必要となったからです。
それで廃棄する核兵器を原子力発電の燃料として”転用”して”金儲”けをしようと考えた訳です。要するに不要核兵器を発電用の燃料としてリサイクル再利用してそこで金儲けを使用とたくらんだ訳です。
その為に世界的に二酸化炭素を悪者にでっち上げて、燃料を売る為にそれを消費する原発の拡大売り込みを図ったわけです。
その為のキッシンジャー達の「核兵器廃絶を目指す発言」だったのです。
お目出度いのは騙された背景の読めない善人達でした。塵(ゴミ)を売りつけて金儲けをする為には綺麗な口上が必要です。商売の常識ですよ。
実体に裏打ちされない米国バブル経済は『核兵器本位制経済』であり国民経済とはいえない代物です。
この経済が萎めば当然ながら本位をなす核兵器は減少するに至ります。
金本位制経済が衰退すれば金保有が減少する事に等しいのです。
「米国の覇権の維持」とは最終的には金儲け目的であり、維持が不可能となれば簡単に転換を図ると私は考えます。

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