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「保守論」談議総括。
http://www.asyura2.com/08/idletalk32/msg/188.html
投稿者 Ddog 日時 2008 年 6 月 22 日 11:05:00: ZR5JcjFY1l.PQ
 

(回答先: ↑上記標題の訂正:[誤]現憲法による現憲法擁護発言⇒[正]現天皇による現憲法擁護発言 <本文なし> 投稿者 彼岸楼 日時 2008 年 6 月 19 日 05:45:41)

『一体何を論じ、何を主張しようとされているのか、よく判らない』貴殿が理解できないと言うならが、説明側に問題があると謙虚に受け止めます。再度一連の議論を総括します。

『可能ならば「保守主義」も含めて説明していただければ幸甚に思います。』との問いに対して「保守主義」に関して日頃の断片的な考えを纏めて投稿しました。私の稚拙な文章力は、江藤氏の保守主義と、概念としての保守主義と、私自身が保守したい保守主義の区別が曖昧であった点があったようです。彼岸楼殿に理解していただけなかったのは当然であったかもしれない。また、保守主義の定義と、諸氏との議論は区別すべきでした。

影の闇殿、彼岸楼殿の江藤淳保守論について論評するにあたり、江藤淳氏の著作を読み直させていただきました。おかげさまで思わぬ江藤淳Weekとなってしまいました。影の闇殿はいったい何を読まれて江藤淳の保守について彼の江藤淳像を構築されたのか、余計に疑問と思った次第です。

「南洲残影」「南洲随想」「閉ざされた言語空間」「保守とはなにか」「天皇とその時代」「日米戦争は終わっていない」「妻と私」以上江藤淳。「この国の仇」福田和也、「アメリカ」村上春樹と江藤淳の帰還:坪内祐三著を読む限り、江藤淳氏の主張に変節は無い。また、彼岸楼殿や影の闇殿が主張するような、今上天皇即位後の憲法擁護発言を、私も江藤淳も問題視していない。「今上天皇即位後の憲法擁護発言」に江藤淳が衝撃を受け「南洲残影」を書いたとする主張は虚妄である。

「妻と私」にみせた、淡々とした妻の発病から死、とり残された現実を生きなければならない孤独な1老人としての江藤淳。4歳半で母を失い、誇り高き日本海軍を失い、祖母を失い、昭和天皇を失い、妻を失う。そして美しき日本が崩れ去ろうとしていた。江藤淳は「守るべきものを失った」のは確かかもしれない。しかし、奥様が元気であるならば、彼の自殺は無かったであろう。彼の死は、彼の思想が破綻したとする、影の闇殿が主張する江藤淳思想破綻説は虚妄(嘘偽り)である。

彼岸楼殿のご指摘『“保守とは、気分であって思想ではない。” と、Ddogさんは再三繰り返されているが、そもそもそれが江藤淳の文脈(思想)を毀損せしめることになってしまうことにお気づきではないのだろうか、』とのことだが、江藤自身が「保守とはなにか」P28において、「保守とはイデオロギーではなく一つの感覚だからそれはやむをえない」と自ら書いています。私が「江藤淳の思想」を毀損しているのでなく、彼岸楼殿の認識不足である。

私は、時代や立場その保守したいとする思想家の対象によって、様々な保守主義が成立するのであって、共通の思想を持ち得ない。影の闇殿はそのことを理解したうえで、『保守主義とはだからそれは空念仏であり、空疎なスローガンに過ぎないって』と主張し、保守主義を否定する理論付けをしている。彼は反保守主義を主張する者として、保守主義は一つの思想体系ではないと、「空念仏」だの「空疎」だと主張されている。

時代により社会情勢により保守の定義は異なってくるのは当然だろう。バーグの保守主義と日本での保守主義とは異なるものである。バーグの保守主義と例えば江藤淳の保守主義の共通する思想は、「守りたい気分およびその美意識」という点に集約されるだろう。

江藤氏の「南洲残影」の主題は、「西郷隆盛の滅びの美学」であったと思う。西郷隆盛の意識にある「滅びの美学」は太平記に記されている湊川の合戦における楠木正成公を意識していたのであろうと私は推測します。

勝機のない戦と知りながらも守ろうとするものを守る。現実主義者でありながら、覚悟を決めたからには死力の限り戦い、最後は潔く散る。文字通り玉砕である。玉砕すると知りながら奮戦し「今やこれまで」と言って死にいくとき、正成と弟の正李が残した「七生報国」=「七たび帰って仇を報じたい」という言葉を残した。

太平記以後1946年以前の日本人の美意識に強く作用した事跡で、その後の武士道や日本人の価値観に多大な影響を残したと思います。

「七生報国」は神風特攻隊員や、自決した三島の鉢巻にも書かれた。楠公と三島には思想的繋がりというより「七生報国」の美意識、つまり「気分」を共有していると考えています。特攻隊員や、226の青年将校も「七生報国」の美意識は共有していたに違いありません。

戦後の「保守」で反米保守と、親米保守と区別されても「七生報国」の美意識は共有されているはずです。戦後日本にかけられた呪縛である「東京裁判史観」は、「七生報国の美意識」を破壊するのに部分的に成功したといえよう。

日本の保守主義を表明する思想家が共有する美意識は、「護憲団体」や所謂「腐れ左翼」の持つ「七生報国の美意識を否定するような腐臭」に対して抱く激しい嫌悪であるかもしれない。

私が影の闇に殿に限らず、「七生報国の美意識を否定するような腐臭」を感じるものに対しては徹底的に論破していきたい衝動に駆られているのはその為かもしれない。

最後に、『「現天皇による現憲法擁護発言」はDdogさんの[>>]に応答したものでしたが、それにたいするレスが[>]なのでありますか。ご自分では事実確認をされないおつもりなのか、』とのことだが、事実確認したところで、何も驚きはしません。事実であっても何等不思議でも矛盾でもありません。

江藤淳「天皇とその時代」P20〜P21において、『いわゆる「象徴天皇制」が最初から破れ目を露呈しているというのは、ほかならぬ現行一九四六年憲法の第一条と第二条の規定が、いわば超論理的に分裂しているからである。つまり、現行憲法は、その前文において「主権が国民に存すること」を謳ったのち、第一条において「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定している。したがつて、前文と第一条を見る限り、いわゆる「主権在民」を規定した目本は本質的に共和政体の国であり、天皇とはその上に乗っている帽子の羽根飾りのような余計ものという印象を与えられざるを得ない。ところが、同じ現行憲法は、第二条においては一転して「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところによりこれを継承する」と規定している。この条項で「世襲」を定めているからには、皇位は皇統の維持によっておのずから継承されるもので、別段国民投票などによる承認を必要とするものではないと読むことができる。つまり、第二条の規定は、はじめから共和政体にはまつたく馴染まない。明らかに立憲君主制にふさわしい条項と解釈できるのである』以上、江藤氏は主張している。私もまったくそのように考えている。

当然今上天皇陛下が「現憲法擁護発言」をしても何等不思議でもなく、理論的矛盾も生じえない。ですから、私が新聞の縮刷版をわざわざ検索する必要が無い。

影の闇殿が、私と議論するに及ばないと言い放つのは、自らの理論の菲薄さをこれ以上指摘され、虚妄な理論であることをこれ以上露呈したくないという、「保身」でしかない。
 

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