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「深い加入戦術」を実践 フランス ピエール・ランベール(1920〜2008)、死去 = 週刊かけはし
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投稿者 ダイナモ 日時 2008 年 3 月 07 日 23:14:13: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.jrcl.net/web/frame080310f.html


アラン・クリヴィンヌ/ダニエル・ベンサイド

 [フランスのランベール派は、一九五二年〜五三年の第四インターナショナルの分裂後、セクト主義と既存大衆組織の官僚機構への依存を深めていくことになった。一九六八年五月のフランスの学生大衆の反乱に対して、街頭でのバリケード闘争を批判した。また、現実の運動と結びつく形で既存の労働者組織内部で左派潮流を形成し、発展させるということではなくて、むしろ社会党ならびに労働組合の官僚機構の中にもっぱら潜り込んでその指導的ポストを獲得するという組織活動を主要に展開することになった。こうして、社会党やFO(フランスの主要労働組合ナショナルセンターのひとつ)や学生共済組合などの既存の大衆組織の官僚機構の中に入り込んで、そのポストを獲得したり、これらの機構の官僚を獲得することが、彼の組織の活動の中で決定的な比重を占めるようになっていった。その結果、ランベール派は、次第に、現実の大衆運動との生き生きとしたつながりを失い、官僚機構との癒着を深めていくことになる。その典型的な例がジョスパン元首相である。彼は、社会党内にあって、社会党の指導部でありながら、長年にわたって密かにランベール派に所属していた――編集部]

 ピエール・ルッセは、「ランベールが八十七歳で死亡した」ことを明らかにした。かつてのレジスタンスの闘士であり、ごく若い頃からトロツキスト運動の隊列に加わった。彼は、「前世紀の暗黒の時期に」社会主義を目指す闘いとスターリニズムに反対する闘いに加わった。一九五二年〜五三年、第四インターナショナルは、伝統的な労働者運動の組織、特にフランスでは共産党への加入戦術を擁護する人々と、マルセル・ブレブトル、ミシェル・ルケンヌ、ピエール・ランベールのように加入戦術に反対する人々との間の分裂を経験した。ランベールが自らの独自組織を形成し、それがランベール派になるのは、この危機を受け新たな分裂を経てからのことであった。
 彼の潮流は、いくつのケースでは、社会民主主義系の政治機構や労働組合に順応し、それらを支持するという政策を発展させていった。彼の派は、一九七〇年代末にフランソワ・ミッテランが政権に向かっていた時に、ミッテランを支持した。この派は、FO(労働者の力=フランスの主要労働組合ナショナルセンターのひとつ)を直接に支え、その中で重要な役割を果たすまでに至った。歴史の皮肉か、加入戦術を拒否した人々が、フリーメーソン団のように、組織内部へのとりわけ社会党内への、「深い加入戦術」を実践したのである。その最も有名なのは、元首相のリオネル・ジョスパンのケースであった。
 われわれは、彼の組織の政治のあり方とその方法に対してわれわれが抱いている根本的批判をいささかも放棄することなく、全生涯を活動に捧げたこの人物に対して追悼の意を表明する。(『ルージュ』、08号1月24日)
 

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