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五月雨の向こうにあるや 6/14フェスタ <三上 治>
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投稿者 クマのプーさん 日時 2008 年 5 月 16 日 23:29:05: twUjz/PjYItws
 

http://chikyuza.net/modules/news3/article.php?storyid=346

<08.05.15>五月雨の向こうにあるや6/14フェスタ<三上 治>


<みかみおさむ:社会運動家・評論家>                              
                              
1)広島からウォークしてきた女の子と話をしながら新緑の箱根路を歩いた。「今まで歩いてきた中で一番美しい景色だわ」、「確かに素晴らしいな、秋の紅葉の時もいいのだろうね」、「4月から仕事をすることになっていたんだけど、幕張まで行きたいので延ばしてもらっているの」、「また、幕張でも会えるね」。幕張で5月4日から6日まで開かれ「9条世界会議」の前段を飾るピース・ウォークでの一齣だ。連休前の箱根路は確かに美しかった。桜が山々を彩る一方で、微妙に色の違う若葉が全山をハモっていたのだ。

 ピース・ウォークと「9条世界会議」は僕らがこの春に取り組んだものだが、僕らが主体として構想し、提起したものではなかった。僕らはこれに参加する形で取り組んだのであるが、その中で幾分かの主体性を持って展開したのは5月2日の国会集中ウォークくらいであった。ただ、僕らはこの参加の中でトラブルも含めていろいろな手掛かりを得た。それをまず少し振り返っておこう。

2)「9条世界会議」がどういう経過を経て開催にこぎつけられたのかを僕らは知らない。僕個人のことをいえば2006年にアメリカで「憲法9条の集会」を準備しに行った。こういえば聞こえはいいが、アメリカの大学などにその機会がないか調査に行ったのである。この段階で今回の世界会議の共同代表である吉岡さんとか、ゲストスピカーであったコーラ・ワイズさんたちと話し会いの場を持てた。コーラ・ワイズさんの話はイラク戦争下のアメリカの状況を語っていて興味深かった。でも、そこは9条世界会議のような話は出なかった。別、サイドで準備が進められていたのかも知れない。

 このアメリカ行きを企画した「主権在民の会」は運動グループでなかったからこの構想は立ち消えになった。ただ、昨年、コーラ・ワイズさんを呼んで講演会でもやろうという企画は立てられたらしい。これも立ち消えになった。ただ、「9条世界会議」も含めていえば、今後は憲法9条を世界に向かって広げていくことと世界的視点において見直す機運は強くなると思う。アメリカの反テロ戦争の行き詰まりや、中国問題の浮上の中で改めて戦争や権力の問題が問われることが背景にある。日本はこれらの動向の中で、戦後政治のあり方が問われる。

 そのとき、憲法9条は大きな媒介というか、契機になる。憲法9条の普遍性というか、世界性が指南力を喪失していく状況の中で出てくる。憲法は一国の法であるけれど、アメリカやフランスの憲法が世界史の中で持ったような機能を持つことができる。この9条の世界性がその存在を生かすというか、再生していく契機になるのだと思う。

 僕らとしては東アジアの諸国(韓国・台湾等)を対象にした「9条国際会議」を構想すべきではなかろうか。憲法9条の世界化、あるいは世界的視線からの「9条」のとらえ返しなどを含めてこうした運動を積極的に検討すべきである。9条改憲阻止の会だけこうした運動や会議を実現するのは難しいだろうから、組む相手も含めて検討すべきであろう。

3)ピース・ウォークはこの「9条世界会議」のプレ・イベントとして一橋大学の教授らによって企画された。憲法に関心のない若者たちを参加させるという趣旨はよかったが、9条改憲阻止の会で以前から検討されていた「全国キャラバン」と関連させて考えていた。ピース・ウォークはこの原型のようなものと考えていいのだろう、と思う。国民投票の動向(憲法審査会も含めて)を睨んで全国キャラバンは今後の大きな運動形態になる。ピース・ウォークを原型にしながら、多くの構想をそこに加えていけばこれはもっと生き生きとしたものになるだろう。僕らは新聞などの調査によってしか改憲についての国民の意識を知らないのだがこれには疑問を抱いている。国民の9条についての意識や認識について知ること、あるいは人々と対話することがこうした運動の重大な契機であるがその構想を含めてこれは検討されていくべきである。そこでは僕らの政治的力量や対外的な諸関係が問われるし、そこでの与件を満たさなければこうした構想は実現できない。その政治的力量とは日常の場における9条の存在を想像する力である。対話は自己問答と重なるのであり、従って僕らの9条への想像力が対話を生き生きしたものにするのである。その意味で今回はいろんな教訓をもたらしたのだと思う。各地方での憲法9条を取り組んでいるグループとの提携やあるいは運動の掘り起こしも含めて方針化されるべきである。

4)次は6/14フェスタであるが、こちらは進行形である。こちらは準備のための会合が重ねられている一方で、呼びかけ人を集める作業も進んでいる。フェスタ(祭り)の準備などは昨年の経験もあるから手抜かりもないと思うが、ここでの最大の問題はこうしたフェスタ(祭り=集会)の位置づけがもう一つはっきりしないことである。9条改憲阻止の会の3月合宿で6月14日の提起はなされたが、その位置づけや認識については各人各様の観がした。これは<9条改憲阻止>で運動を構成すると行ったところで、そのイメージや構想が様々であるところに起因するのであり、それ自身は必然である。6/14の位置づけが各様であることはいいのだが、それを討論し検討しあえる契機が重要なのだと思う。

 素朴にいえば何故6/14なのか、イメージがばらばらなのかを諸個人が自己の内部で深めていくことと、対話が重なればいいのではないか。呼びか人が主催者であることは、その個人なりに持つイメージが深化していかないと面白くはない。これはある意味で既に呼びかけ人になった人の相互で、呼びかける人の間で対話を深めていけばいいのだ。そこで生き生きとした関係ができれば6/14は成功ということになる。

 僕は何年かぶりに6月15日の集会に参加した時点でこれはどのように位置づけられるのかということを考えた。憲法の改定(とりわけ9条改定)反対の意思表示として大きな枠組みではあるのだろう、と思った。これはこれでいいのだが、当然にも憲法改定に反対する運動はどのように構想されるか、という自問がある。ここにはかつての安保闘争の総括(対象化)も含まれる。僕は「憲法問題を理解するための討論素材」や「あの日の船はもう来ない」などとして自分の現在の見解を提出しておいた。でも、僕は分からないと思っていることや、悩んでいることも多いわけで、議論が進むことの期待はある。

 6/14のようなものが提起されるとき、そのめざしているものなどについて公的な位置づけがいる。それはこうした集会などが何らかの形での公的表明=公的行動であるからだ。9条改憲阻止の会は「党」のような集団ではないし、6/14も呼びか人が主催者となる集会である。だから、「政治党派」がやるような位置づけは不可能であるし、いらない。諸個人が自分なりの提起をして意見交換や交流をしていくのがいいし、それが望ましいのだと思う。

5)安倍晋三の退陣によって、憲法問題に対する関心は退くのではないかという危惧を越えて憲法問題への関心は継続しているように思える。これは6/14についても力強い契機といえる。今、考えていること披瀝しておきたい。

 憲法問題、とりわけ9条問題については自衛隊の海外派兵に注視、その恒久法の制定に反対すべきであり、秋の国会ではそれが出てくることを想定して闘争を構想すべきことである。国際貢献=海外派兵=9条改定は憲法の条文改定としては仕切りなおしの観がするが、そのかわりに9条の実質改定が恒久法による自衛隊の海外派兵として進められようとしている。集団自衛権の行使の研究も立ち消えてわけではない。これに対して自衛隊の海外派兵=憲法9条違反としてだけでなく、憲法9条を現実化する運動として推進すべきである。例えば、恒久法に対して、自衛隊の海外派兵を禁止する法案を成立させる運動を提起してもよい。

 憲法9条の精神を生かし、現実化することとしてこの闘争を組むべきである。憲法をめぐる闘争が<政府による憲法の改定>に反対し対抗するだけでなく、憲法(憲法精神)を現実化する運動としてあることが大事だ。非戦という理念の現実化でもいいが、僕らがどのような構想を持って戦うかは重要である。

 僕らが昨年の国会前座り込みなども含めて模索してきたのは憲法改定に反対する運動の構築である。憲法の改定に反対する運動は国民投票での勝利から、国会での発議を阻止する改憲反対派議員の確保という選挙運動など多様である。

 意思表示のための様々な運動もある。僕らはこの多様な運動を掘り起こしていくべきである。多様な運動こそが総体としての反改憲の政治的意志の表現であるのだ。政府が一番恐れているのは反改憲の多様な運動の登場である。そしてこの多様な反改憲の運動が憲法の現実か憲法の存在化のような運動に進展することだろうと思う。いま、僕らに不足しているのも多様な運動である。運動には自然発生的な契機が重要であるが、それを構想する存在も必要である。9条改憲阻止の会が期待されているのは運動に対する鋭敏な感覚とそれを構想する力である。6/14フェスタも全国キャラバンも9条バンク運動も多様な運動というところに位置づけられながら、個々の運動としての特質を深めていければよいのだと思う。これは憲法闘争における多様な運動ということであるが、現実には様々な領域でまた多様な運動がある。格差問題、エネルギー問題、老人問題などである。憲法の条項との関連でも多様であるが、現実の多様性がこうした運動を生み出す。ここではこれは論じないが、僕らは多様な運動の輩出の動きに注目すべきである。

 日本においては運動の存在意味が本質的には理解されずに、政治党派のための運動として政治的に利用されてきた伝統があって、運動者の側からの政治党派(政治グループ)に対する不信や警戒心は強い。僕らがピース・ウォークの一部の構成部分から政治グループと見なされて警戒されたのもこの伝統の問題である。僕らがこの間、指導型の組織を否定し、個々人の自発性を重要視してきたのも、結局にところ運動(多様な運動)を重視してきたからであり、さしあたり、そこに現在の政治的性格を認識しているからである。しかしながら、理念は運動には必要である。運動が自己の位置を確認し、運動が発展していくための媒介とし理論(理念)は不可欠だ。運動を支配するための理念ではなく、運動を開き発展させる媒介として理念(例えば憲法の理解など)は必要である。9条改憲阻止の会は政治党派のような組織ではないのだから、運動が中心であり、それでいいのであるがこの理念の機能を何処かにもたなければならない。それは現在では個人で提起されながら、対話の中で深められていくしかない。対話の楽しみが運動を楽しいものにする。酒のおいしいところにいい運動もある。

6/14フェスタの呼びかけ人を求めています。6/14フェスタは6月14日に日比谷小音楽堂で開かれます。集会の後にデモも予定されています。このフェスタは呼びか人が主催者になって行われるものですが、賛同される方は呼びか人になってください。ちなみに昨年は668人が呼びか人でした。あなたも呼びかけ人になってください。そして友達を誘ってください。連絡先は3356−9932(9条改憲阻止の会事務所)。                                  5月10日


■関連投稿
9条改憲を許さない6・14フェスタ(日比谷小音楽堂)呼びかけ
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投稿者 木村愛二 日時 2008 年 5 月 16 日

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