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れんだいこのカンテラ時評484 【れんだいこの植草ブログ閉鎖事件考】
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投稿者 こげぱん 日時 2008 年 11 月 01 日 23:37:59: okIfuH5uFf.Lk
 

れんだいこのカンテラ時評484 れんだいこ 2008/11/01 19:32

【れんだいこの植草ブログ閉鎖事件考】

 松本哲さんの「ご意見を聞かせてください」にお答えいたします。この場合は著作権問題になりましたが、何でも良いです。トピックスな話題についての判断に関わること、その他分からないことについてお尋ねください。れんだいこが分かる範囲でお答えしようと思います。未考察の場合にはそういう風に返答いたします。れんだいこの生をそうい形で燃焼させて見たいのです。参考意見になるぐらいのできにはしたいと思います。実は、そういう掲示板にしたいんだ。皆さん、よろしくお願いますね。

 れんだいこの「植草ブログ閉鎖事件」見解は、植草氏無罪です。でも、当人が「メールを見損なった」とか言い訳しておりヨタヨタしているみたいですね。誰か、このれんだいこ見解を届けてあげてください。

 植草氏は無罪である。なぜなら、推測するのに植草ブログの原文は、1・自身の主たる文章に対する従たる引用転載にして、2・出所、出典を明らかにし、3・何らの改竄、歪曲加工もしていないからである。著作権法上許容されている時事評論の引用転載要件を全て満たしており、これが著作権法違反とされるには及ばない。これを正式の受け止め方とすべきです。

 しかしながら、毎日新聞社は、次のような妙な抗議をしている。その1は、「毎日新聞の記事が全文転載されている」と云う。毎日よ、ちょっと待て。同じ利用されるのなら、全文転載は却って望ましいのではないのか。部分引用転載の場合こそ、よほど上手にしなければ趣意違反になる恐れがある。れんだいこは、そういう引用転載を見てきた。そもそも 著作権法では、引用転載につき「主たる自身の文章、従たる引用」という規定はあっても、「される側の文章の全文引用転載不可、部分引用可」というような規定はない。つまり、毎日新聞社側は、法に拠らず恣意的解釈による批判をしていることになろう。

 その2は、「前後の脈絡から掲載する必然性もなく、著作権法上認められた引用にあたらない」としている。毎日よ、ちょっと待て。「前後の脈絡から掲載する必然性」判断は主観的なものであり、毎日新聞社から見ればそうであっても、する側から見れば必然性があるかも知れない。実践的には、必然性はなくても参考、補強として引用転載する場合もある。そもそも著作権法では、「引用転載必然性あれば可、参考補強的引用転載不可」というような規定はない。つまり、この場合も法に拠らず恣意的解釈による批判をしていることになる。

 こうなると、毎日新聞社の批判の源泉を訪ねねばならない。れんだいこ調査によると、毎日みならず新聞各社、のみならずマスコミ各社が著作権狂いしている。その原点は、「1997.11月付け日本新聞協会編集委員会のネットワーク上の著作権に関する協会見解」である。ナベツネ派のマスコミ支配と共に導入されたものであり、それだけで胡散臭さが分かろう。

 彼らが何故に著作権法違反までして「引用転載制限」に興じているかを問題とせねばなるまい。この流れは1980年代に入って強められたもので、それから30年になるが決して長い間認められていると云うほどのものではなく、歴史に定着したものではない。否、戦後日本政治がハト派からタカ派へ転換した1980年代初頭の中曽根政治の登場と共に強められている政治現象でしかない。そう弁える必要がある。

 ジャスラックの場合は、対価制による収入源として強権的著作権を弄んでいるのだが、メディア各社の場合には必ずしもそうではなく偏に情報規制の観点から導入しているように思われる。そもそも強権著作権論の登場は、ヒトラーの在りし日の人格識見についてやや好意的に言及していた文章に対する弾圧から始まった。そういう極めて政治性の強い規制であることが知られねばならない。

 れんだいこに云わせれば、言論は自由であるべきなのではないのか。仮にヒトラーは望ましくないとしても、ヒトラー関連記事そのものまで規制すべきであるのかは疑問とすべきだろう。でないと、我々の知の欲求が扁平なものにされてしまうではないか。政治も、歴史も、文化も、学問となれば異論、異端がつきものであるべきであり、通説しか学ばせないとするのはオカシイのではないのか。善意面で規制論を説く者は思い上がりも甚だしいと云うべきではなかろうか。

 これを思えば、我々は、「情報規制」に対する反対、粉砕、打倒を掲げて闘わねばなるまい。何やら安保問題と通底していることが分かろう。ややこしいのは、安保反対、粉砕、打倒を掲げる政党が著作権問題では強権派に位置して推進派になっていることであろう。

 しかし、これでさえ、れんだいこにはいとも容易く解ける。安保反対、粉砕、打倒派にして著作権強権派なる存在は有り得てならず、それが存在すると云うことはニセモノだということに他ならない。そういう意味で、著作権問題はまさに左派識別のリトマス試験紙的地位を占めていることになる。日本左派運動が長らく、このニセモノによって主導されていることが日本左派運動の貧困をもたらしているのであり、一刻も早く人民大衆の利益に立脚する左派運動へ転換させねばなるまい。そういうことになる。

 最後に補足しておく。著作権法は税法並みの膨大且つ難解な法規にされている。そういう意味で、じっくりと目を通すこともなく安逸に時代迎合している強権著作権派が多い。実際の著作権法は、旧法は憲法との絡みを留意しており、新法はかなり強権著作権派の主張を取り入れているが、全体的には旧法の精神を受け継いでいる。

 故に、近時の強権著作権派が説くような「要事前通知、要事前承諾、要対価制」など記していない。新法になって規制しているような規定も挿入されたが、依然として骨格は「引用転載できる」立場から諸規定している。その条項が圧倒的に多い。いずれにせよ、論議の対象となるべきである。この時点で、「解決済み」などと云うおめでたい輩が登場して著作権棒振り回すのはよほどの事大主義者と云うほかなかろう。このことを知っておく必要が有ろう。

 参考までに、れんだいこの労作を示しておく。

 著作権考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/tyosakukenco/

 植草ブログ閉鎖事件考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/tyosakukenco/webtyosakukenco/uegusabrogheisazikenco.htm

 「ヒトラー古記事問題」で見えてくる著作権の本質
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/tyosakukenco/tyosakukennohonshituco.htm

 著作権法考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/tyosakukenco/lawco/lawco.htm
 
 「日本新聞協会編集委のネットワーク上の著作権に関する協会見解」考
 (http://www.marino.ne.jp/~rendaico/tyosakukenco/kigyotyosakukenco/shibunkyokainokenkaico.htm) 

 2008.11.1日 れんだいこ拝

 

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