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ノ前大統領とキャンドル 当選の決定的契機、任期中の「市民メディア」、追悼の炎(かけはし)
http://www.asyura2.com/09/asia13/msg/273.html
投稿者 ダイナモ 日時 2009 年 6 月 12 日 21:49:20: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.jrcl.net/web/frame090615h.html

 5月23日午後、ソウル・徳寿宮大漢門前にキャンドルがともされた。生前の笑顔姿のそばに誰かが芳名録を置いた。すでに多くの市民らの書き込みがあふれている。ふるえる手の痕跡が、跳びはねる魚の群れのように飛びかっている。
 「チョン・イネ」という名前が、こみあげる耐えきれない思いをつづる。「20歳の時、キャンドルをかかげて守りぬきました。再びキャンドルをかかげて、今や逝かれる道を守ることとなりました」。キャンドルはノ・ムヒョン前大統領の生涯の最後の7年を共にした。それを掲げ、上げたり、または下げたりしながら、今再び彼の下に集まっている。

既成の政治構造への不信

 すべてはキャンドルから始まった。下校途中の道で2人の女子中学生が死んだ。米軍の装甲車両にひかれた。2002年の6月だった。「アンマ」というネッティズン(ネット市民)が、みんな一緒に集まって追悼しよう、と提案した。指導部がなくとも人々は集まることができるということを、その前までは知らなかった。ソウル市庁前広場に4万5千人余が集まった。キャンドル、心もとなく揺らいでいる小さくてかぼそいそれを、人々は懐にかき抱いた。事件、無名氏の提案、インターネット上の討論、広場のキャンドル、既成の政治を圧倒する市民の力……。この時から「キャンドル政治」の文法が形を整えた。
 「反米では、どうですか」。民主党大選(大統領選挙)候補ノ・ムヒョンが語った。燃え上がっている数万個のキャンドルの前に立った。「米国に対して、わが政府がもっと自律的でなければなりません」。キャンドルが拍手を送った。大統領候補が「反米集会」に参加してもいいのか、と大選の陣営内からもさまざまな批判の声があがった。お節介呼ばわりも何のその、キャンドルの現場を訪れた時、彼が念頭においていたのは反米ではなく、市民だった。2002年6月以降、「市民としてのキャンドル」は決定的局面のたびごとに彼を支援する力となった。
 2002年12月の大選敗北に際してハンナラ党は「(米軍装甲車両によってひき殺された)ヒョソン、ミソンを追悼するキャンドル集会による反米の情緒」を敗因として挙げた。反米の情緒までは分からないが、キャンドル集会が(ハンナラ党)イ・フェチャン候補の敗北、ノ・ムヒョン候補の勝利と密接な関係があったのは事実だ。右派の「キャンドル・コンプレックス」も同時に始まった。甚だしくは、2008年のBSE牛肉輸入反対のキャンドル集会の背後にノ・ムヒョン前大統領がいる、と右派の人士らは疑いの目を向けた。賢明な「疑いの目」ではない。キャンドルの作動方針を依然として理解できていない。ノ前大統領がキャンドルを動かしているのではなく、既成の政治構造全体に不信の目を向けている市民たちがキャンドルをつけ、消し、そしてまたつけたのだ。
 「政治は依然として特定政治家階級の職業的高位であり、これに進入する経路自体をまさにその階級が独占している」。『愉快な政治反乱』(ノサモ)でノ・ヘギョンが、そう書いた。同じ本には「政治嫌悪のぬかるみに花咲いた政治を愛する蓮の花」という表現も登場する。「市民たちの連帯」を通して政治改革を企てていたノ・ムヒョン路線に対する詩的概念化だ。実際に2002年12月19日、彼が大統領になった時、各メディアは「ノサモ(ノ・ムヒョンを愛する人々の会、の略称)の勝利」だと書いた。民主党の勝利だと記録したならば不正確な表現となったことだろう。民主党に先立って地歩を築いていた「ノサモ」は政党の秩序に服属しない平凡な市民たちを代表した。
 貧しい家に生まれ高等学校を卒業しただけのノ前大統領にとって、最高のエリートたちが掌握する政党・官僚組織の障壁は高かった。彼は既成の政党・官僚政治と常々、緊張する関係だった。彼が闘ったのは地域主義以前に、「エリート主義」だった。「名門家、名門学校出身の人々は深く反省してみなければならない。機会主義的処身術によって個人的利益を図り、その中で不当に特権を享受してきた過ちや誤りが余りにも多すぎます」。大選直前に出版された『ノ・ムヒョンのカラー』という著作で、彼はエリートとして表象される既成の権力の作動方式を批判した。
 この点で彼は「両キム」とは断絶する。キム・ヨンサム、キム・デジュン両元大統領は既成政党の力学構造で誕生した。両元大統領は共に民主主義を標ぼうした。だが保守政党または分派の力を借りた。
 大統領キム・ヨンサムは1990年、3党合同を経た民自党創党の産物だった。大統領キム・デジュンは終生の宿敵キム・ジョンピルと手を握った「DJP連合」の結実だ。政治権力の上層をどう分割し統合するのかが彼らの核心的問題だ。ノ・ムヒョン前大統領は反対側に目をこらした。政治勢力の底辺、政治構造の外郭から政治的資源をくみ上げた。


右派の根深い恐怖

 「ノサモ」は2002年の大選以前から主権在民と直接民主主義を標ぼうしていた。政治人ノ・ムヒョンは、その意志を表現する人物として考えられた。彼らが「自律性を尊重する穏やかな連帯」を具現し、インターネットを基盤とする疎通と地域の小さな集まりという形の草の根組織を整えた時、キャンドルの進化は予定されたレベルだった。
 2004年3月から3カ月にわたって燃え上がった大統領弾劾反対のキャンドルは、その頂点だった。最大13万人が雲集したこのキャンドルは、議会の決定を無力化し、憲法裁判所の判断を事実上、圧迫した。政党の外郭、街頭と広場とインターネットに偏在した市民の力を信頼していたノ前大統領の判断は正しかった。政治人ノ・ムヒョンと彼が表象している価値を守ってくれたのは政党ではなく、市民だった。
 その恐るべき威力を右派は早くから恐がっていた。キャンドルを指す右派の用語は別にある。「ポピュリズム」だ。「ポピュリズムは大衆の感情を支配するために、がむしゃらに叫びたてる興行だ。いくつかの特徴はある。『反エリート』『反知識人』『復活論的道徳主義』のようなものほどだ。今日のわが社会にあっては大衆にせよ、大統領志望者にせよ、そのような荒っぽいポピュリズムの風土にどっぷりと染まっている」(2002年4月6日、「朝鮮日報」リュ・グニル・コラム)。
 一応、批難の脈絡で語られてはいるものの、間違った物言いではない。興味深いことにこの保守の論客は、ポピュリズムにどっぷり浸った大統領志望者が反エリート主義と道徳主義を目指していることを分かっていた。2002年のキャンドル市民と2004年のキャンドル市民は、まさにその反エリート主義と道徳主義を強力に支持するために広場に出てきた。
 だが、キャンドルは絶えず揺れ動く。2003年6月、イラク派兵反対を主張する市民らがソウル市庁前広場でキャンドルを掲げた。2007年3月には韓米自由貿易協定(FTA)反対を叫ぶ市民たちがキャンドルをともした。キャンドルは大統領ノ・ムヒョンと疎通している「市民メディア」だった。その風景は、もはやなじみのないものではなかった。
 ただ4年の間隔をおいて燃え上がった2つのキャンドルは、「ノ・ムヒョンがどこに向かっているのか」を問うた。キャンドルは彼の歩みに疑問符を投げかけたのだ。ノ前大統領は、そのキャンドルに賢明に答えることができなかった。むしろ政治システムの上部構造へと退行した。ハンナラ党との大連政(連立政府)を実現して、払底した政治資源を補充しようとした。直接・参加民主主義に対する彼の信念は揺らぎ、市民らのキャンドルは消え去った。
 百万人が集まった2008年のキャンドルは、ノ・ムヒョン前大統領を思い出す場ではなかった。「反イ・ミョンバク政府」を掲げた。イ・ミョンバク政府に反対することが、イコールでノ前大統領を支持するものではない。だがイ・ミョンバク政府は誤った判断をした。市民らが不信を抱いてるのは既成の政治構造全体だということも見抜けなかった。キャンドルを見て、またもやノ前大統領を思い浮かべた。そして世間に存在する「ノ・ムヒョンのすべての遺産」を一掃しようとした。その中にはノ前大統領を直接、ねらった検察の捜査も含まれる。彼の死はキャンドルに対する右派の根深い恐怖と関連がある。そしてその恐怖は、再びキャンドルを呼び集めている。

今、何を守るのか

 引き続き燃えあがるのだろうか? いつまで、どこまで広がるのだろうか? 昨年のような大規模なキャンドルの再来を楽観している人は多くはない。政権の弾圧があるし、キャンドルが掲げるスローガンも、いまいちハッキリしているとは言えない。キム・ミニョン参与連帯事務処長は「ノ・ムヒョン前大統領の死が、キャンドルが再び起きあがる起爆剤とはなるだろうが、キャンドルの波がどれほど広がるかは予測しがたい」と語った。
 5月23日、大漢門前の芳名録に書かれた文章は大部分が後悔と反省の苦痛に満ちていた。守ってやることができず、すまない、今になって懐しいのが口惜しいと書いた。「チャンヒョク、チャヒョンのアッパ(父ちゃん)」も一文を残した。「あの時、なまじっか彼らをさえぎらなかったなら、と思いました。あなたを弾劾するという人々からあなたを守るためにこの場に来たときには、まさかこんなことになるとは想像もできませんでした。切ないです」。チャヒョク・アッパが「あなた」に再び会うことはないだろう。「あなた」は、この世を去った。「あなた」を愛し、時には憎んでキャンドルを掲げた人々は、それでもなお「あなた」のいないこの世相を生き抜かなければならない。再びキャンドルを持ったチャヒョク・アッパは今こそそのキャンドルで何を守るのか、苦しみ悩まなければならない。そこに人々は進む。(「ハンギョレ21」第762号、09年6月1日付、アン・スチャン記者、イム・インテク記者、チョン・ジョンフィ記者)

 

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