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民が民を襲撃する 進歩の涙さえ踏みにじる極右の暴力とほくそ笑む政府(かけはし)
http://www.asyura2.com/09/asia13/msg/364.html
投稿者 ダイナモ 日時 2009 年 7 月 18 日 13:02:06: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.jrcl.net/web/frame090720j.html

 2009年、ソウルのどまん中で民が民を直接断罪するという初耳の事態が起きた。6月24日未明、保守性向の団体である愛国機動団(国民行動本部傘下)と枯れ葉剤戦友会所属の50人余りがソウル・徳守宮大漢門にしつらえられたノ・ムヒョン前大統領に対する市民弔問所を破壊した。わずか4分の出来事だった。警察はただ見守るばかり、午後2時すぎになってソウル・中区庁の職員は壊されたテントを回収し、きれいさっぱりと片付けていった。

弔問所「4回、攻撃された」

 ついに保守、いや守旧が「先制攻撃」を始めた。(1945年後の)解放政局や韓国(朝鮮)戦争の時期、極端に理念を異にする民間が左右のそれぞれにそって勢力化するとともに、法の枠組みを越えて互いに応酬しあった時以来、初めてのことだ。
 公権力に信をおかず自分たちの「正義」を自ずから具現しようとする人々の態度は、米国の人種差別暴力団KKKやヨーロッパの新ナチがほしいままに行った「白色テロ」に通じる。最近の様相は、1960年代から民主化のために闘っていた民間勢力が火炎ビンを投じ鉄パイプを振り回したとはいえ、それがひたすら公権力のみを相手として抵抗していたこととは全く異なる。
 今年5月が進歩勢力の涙によって濡れたとすれば、6月は保守勢力の暴力によって染められた。6月20日、仁川・中区の東仁川駅広場に用意されたノ前大統領の市民弔問所も攻撃された。この日、正午ごろ市民常駐者がちょっとその場を離れたすきに横断幕やテント内の物品などが弔問所の眼前1メートルの所で燃やされて発見された。前大統領の遺影だけが残っていた。
 弔問所を再び作り直したが、その翌日、またズタズタに引き裂かれていた。5月25日から自費を投じて弔問所を作り見守ってきたチョン某さん(54)は「合計、4回の攻撃を受けた」「常々、通りがけに何だかだと文句を言う保守勢力が少なくなった」と語った。チョンさんは警察に届けたが、それ以降、何の音さたもない。
 当初、保守・既得圏は街頭にはいなかった。路上には権力や利益がありはしなかったからだ。保守が家の外に出て決起し始めたのは、キム・デジュン政府の「太陽政策」に対する反発からだった。「反核・反キム」は肉体化した本能であり、理念だった。ところが対北対決の構図を明確にしているイ・ミョンバク政府が発足しても路上の保守は家に戻らなかった。今や(公権力)なり変わって「常識」や「法」まで先取り・支配しようとする。
 さらに進んで保守勢力は何はばかることなく公権力を自任しつつ物理力を行使する。しかし「先制攻撃」はもともと怖じけている者が仕掛けるものだ。相次ぐ攻撃はノ・ムヒョン前大統領逝去の政局以降、守勢に追い込まれた保守の反撃だという話だ。
 オ・チャンウン・テーアン知識研究会研究委員は「基本的に現政府を自分たちの政府だと考えてきた人々が、キャンドル・逝去政局を経ながら政権が力を失った時を適宜と判断した」と評価する。ハン・ホング聖公会大教授(韓国史)も「(進歩陣営が静かになった時)功を挙げようという短期の算法」だと語る。

「国家が葛藤を増幅させる」

 このように「保守先鋒隊」の後ろには公権力というバックが存在する。公権力は最近、進歩勢力の集会については完全封鎖し、保守勢力の攻撃は事実上、放任してきた。シン・グワンヨン中央大教授(社会学)は「政府が特定集団は強く統制し、ある集団には暴力さえ許容するかのような態度を示すならば、社会の葛藤はさらに大きくならざるをえない」と語る。パク・チン・タサン人権センター活動家は「国家が保革の葛藤を助長・増幅させ結局、国民運動本部が愛国機動団まで発足させた時から予想されていたこと」だと付け加えた。政府は結局、何にもせずにただ傍観している、というわけだ。
 政府は、はなから戦争を辞さない。公安政治と文化統制を同時多発的に推進しつつ、軍事政権時代への回帰を露骨化する。現政府は「政権のラッパ手」大韓ニュースを15年ぶりに復活させた。国民的反対に直面している「4大河川再生事業」の広報内容を盛り込んだ大韓ニュースは全国190カ所の上映館で上映される。
 以前の大韓ニュースは政府の広報メディアとの非競争力を理由として一九九九年に廃止された。文化体育観光部(省)は「呼称を同じにしただけで、内容や形式は全く違っており上映期間も1カ月にすぎない」と言いわけをする。けれども市民らは内容や形式が何であれ、同じ名称、同じやり方の政府広報の姿勢に失笑する。
 保守知識人イ・サンドン中央大教授(法学)さえ「われわれが大学に通っていた時も、大韓ニュースが終わるころ映画を見に行った」「政府とは考え方が違って、何を考えているのか分からない」と語る。軍事政権への回帰ではなく、軍事政権でのとどまりだ。かの世界の想像力の決定体が「大韓ニュース」なのだ。
 一方、政府は偏向広告を武器として批判的メディアの飼いならしを越え、批判的メディアの兵糧攻めの水準へと突入した。文化放送は政府の対国民新型インフルエンザの広報広告を1回も手にすることができなかった。放送3社の中で唯一だ。このように政府批判の放送に対して内的には広告差別を通じて「窮地」に追い込み、外的には「経営陣の辞退」を要求しながら「出口」を提示している。やはりこれも保守勢力がそれほどに危機に直面していることを示しているものだという分析が多い。説得を放棄し、説明と強迫の方式だけを変奏・強化している背景だ。
 そればかりでなく、自信感を失った政府は民間を通じた間接統制までしている疑惑を受けている。延世大はノ・ムヒョン大統領逝去関連のコンサートを拒否した。ノ・ムヒョン大統領弾劾反対、米国産BS牛肉輸入反対集会が祝祭や文化祭の形を帯びていたということを認めない。十中八九、騒じょうに転じたという1980年代の記憶にのみとどまっているのだ。
 ノ・ムヒョン前大統領が逝去した後、ずっとふつふつとしながら行われた6・10集会も、歌い笑いの祝祭だった。パク・キス漢陽大教授(文化コンテンツ学)は「国民は無視され、疎通のできないことに怒っているのに、時代の流れを読むことのできない政権は親衛隊を押し立て一方通行をしながら、さらに孤立していく」と指摘する。
 パク・チン・タサン人権センター活動家は「現在、集会に催涙弾や火炎ビンが登場しないのは、それが1つの象徴であり、それを投じる瞬間、過去に戻ったという意味であるがゆえにやらない」のであり「文化行事の弾圧は、この政権が独裁政権という最後の象徴さえ示している」と語った。
 結局、公権力の沈黙に依拠した弔問所の撤去やメディア締めつけは通底していた。大漢門前の弔問所が撤去された当日、直接撤去に加勢した枯れ葉剤戦友会はソウル・汝矣島にある文化放送本社に駆けつけた。「もみ合いもなかったし、傷ついた人もなかった」のに、歪曲放送をしたというのだ。社長に面会するとして本社への進入を試みていた会員らはもみ合いを敢行し、ある会員は「放送社に撃ち込む」としてガス銃を取り出した。彼らは、報道内容が事実と異なる場合には訂正するという趣旨の役員らの約束を手にして集団訪問行動を3時間余り繰り広げてから解散した。

ガス銃を「放送社に撃ち込む」

 6月23日、大韓傷痍軍警会会員3千余人も文化放送本社前で抗議デモを展開した。「ノ・ムヒョン前大統領国民葬期間に国論分裂を煽る偏向報道をした」という理由だ。本社進入まで試みた後、抗議文を手渡してから2時間余で解散した。
 保守勢力の「公権力自任」は「真実と常識の自任」でもある。そしてこの間、しっかり待遇を受けられなかった極右の「認定闘争」でもある。ただし、歪曲報道に抗議するという趣旨は同じだが、やり方において違いが出る。進歩勢力が問いつめると、極右保守は開き直って手を出す。そのようにして路上で権力をまもろうとする。
 2004年の弾劾反対の市民、2008年の米国産BSE牛肉反対の市民、2009年ノ・ムヒョン前大統領逝去に怒った市民たちの手に握られていたキャンドルが反既得権の常識であり、進歩陣営の新たな「権力」となっていくことを分かっている理由だ。(「ハンギョレ21」第767号、09年7月6日付、イム・インテク記者)

電子メールを押収捜索されたYTN記者
「さんざ調べて公開してもよいと考えた残忍に怒り」

気の抜けたビール

 #場面1

 チョン・ピョンドゥ・ソウル中央地検第1次長検事が文化放送の番組〈PD手帖〉の捜査結果を発表していた日、実際には捜査結果は既に少しずつ伝えられてきていたために気の抜けたビールのようなものでした。
 この日のハイライトは、ほかならぬ〈PD手帖〉制作陣の電子メールの公開でした。チョン次長検事は作家の電子メールを何はばかることなく公開しました。「〈PD手帖〉捜査結果」の発表ではなく、「〈PD手帖〉制作陣の電子メールの内容」発表の場となってしまいました。検察は制作陣が顕著に公平性を失ったことが妥当なのかついての国民の判断に重要な根拠の資料となると考えたと言います。〈PD手帖〉制作陣の思想や良心を国民の皆さんが審判してくれ、という話なのです。

なんの捜査なのか?

 法定で証拠能力を認定されるかどうかも分からない内容を、捜査結果発表の場で公開したのは全く理解できないものです。1年ぶりに捜査結果を示しながら、世論に訴えなければならないほどに切迫したのかと思うあわれみさえ感じました。公開をめぐって内部的に悩みも少なくなかったと言います。当然、そうでしょう。私生活侵害の批判はもちろん、通信秘密保護法に反するものであるかも調べてみなければならないはずですから。大韓民国の検察が捜査結果を発表する場で実定法に違反する場合があってはならないはずですから。
 けれどももっと根本的な問題は、検察に陳述した内容でもない個人の電子メールを捜査機関がさんざ調べた後、これも思いのままに公開してもよいと考えた残忍さと軽薄さです。電子メールの押収捜索というたやすい方法によって被疑者の精神世界をむやみに解体し、都合のいい部分だけをマスコミに公開するだなんて……。私にもその状況が起きかねないとまるで胸のしめつけられる思いです。

 #場面2

 私は今年2月からソウル中央地検に出入りしています。毎日ここに出勤して記事を書いています。ところで去る6月、私の電子メールを検察がのぞいたという話を聞きました。調べてみると検察ではなかったですね。警察でした。警察が押収令状を申請し、検察はその必要性があると判断して裁判所に請求してやっただけだということでした。ちなみに私は(YTN落下傘社長反対闘争の過程で)先輩、後輩ら20人と共に業務妨害の容疑で会社から告訴されたことがあります。それはともかく、私の問題は5月に終結しました。そして1カ月後、電子メールを捜査機関が漁ったという事実を知るところとなったのです。
 話には聞いていた電子メールの押収捜索。自分でも知らないうちに誰かが私の電子メールをのぞき見していったのです。「なぜ? いつ? どんな内容を?……」。何とも知りようがありませんでした。1匹のゴキブリが私の頭の中をほじくり回った感じだとでも言えるだろうか。警察が漁った私の電子メールは昨年7月から今年3月まで。ざっと9カ月分にもなります。

いずれは記事原稿も押収か

 彼らは私の人生の9カ月をあたかも録画した閉鎖回路テレビ(CCTV)の画面を再生するようにのぞき見たのです。
 そもそもどんな内容に興味をもって見たのでしょうか? 面白い内容がありはしたのでしょうか? 警察は私の電子メールの中でどんな部分を見たかったのでしょうか? 誰かとこっそり指令を交わした証拠を捕捉するためだったのでしょうか? それともさしたる関心はないけれども、ひょっとして何か1つぐらい引っかかるかも知れないからと、あてずっぽうに私の人生の9カ月の記録を一応、押収しておいたのでしょうか? 特別に捜査に必要なものではないが、あまりにも簡単にYTNの記者たちの行動や思想を追跡できるがゆえに電子メールを押収したのではないでしょうか? 
 ひょっとして分からないから、ともかくまとめておいたのではないのかということです。私の考えや私の私生活や私の取材情報や私のスケジュールなどを、です。
 捜査機関におたずねしたい。大韓民国国民の人権をこれほどに簡単に無視したのであれば、それにふさわしい理由があったのでしょう、何ですか? それとも誰かのように電子メールの内容がマスコミに公開されたわけでもないから、まだましだと考えなければなりませんか? 検察や警察が余りにも当然のごとく被疑者たちの電子メールをマスコミに公開する人権侵害の時代がいつまで続くのでしょうか。電子メールで送るこの原稿もいつか押収捜索の対象となるのか心配です。(「ハンギョレ21」第768号、09年7月13日付、シノ/YTN社会部記者)

 

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