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「USエア1549便の奇跡」 (冷泉彰彦 USAレポート)
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投稿者 もみの木 日時 2009 年 1 月 17 日 19:13:16: 7jMSCDqL4TVIk
 

 ■ 『from 911/US 「USAレポート』第392回
   「USエア1549便の奇跡」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第392回
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「USエア1549便の奇跡」

 今週のアメリカ東北部は大変な冷え込みとなっています。15日の木曜日はこ

ニュージャージーでも朝から小雪が断続的に降る中、気温は最高でも氷点下4度
とい
う寒さで、ここのところずっと冷凍庫に入ったような状態が続いています。そん

中、用事で外出した先で、クルマのラジオをつけた私は耳を疑いました。150
人近
くが搭乗したUSエアウェイズのエアバス機が、ハドソン川に墜落したというの
です。

 この週末に飛行機に乗る予定のある私には人ごとではなく、しかもこの厳寒の
中と
いうことで思わず身の凍る思いがしたのでした。また、同じ厳寒期の東北部の事
故と
いうことでは、1982年のワシントンDCで、着氷したまま離陸を試みたボー
イン
グ機がポトマック河に墜落、橋上の自家用車などを巻き込んで多くの犠牲者を出
した
事故が思い起こされました。私は当時はまだ日本におりましたが、凍てついた河
に浮
かんだ生存者としてTVに映っていた人がその後救出に失敗して落命したエピソ
ード
など、悲惨な事故という記憶は鮮明なものがあったのです。

 また、2001年11月、911のテロ事件から僅か二ヶ月後に起きたNY郊
外で
のアメリカン587便の事故のことも一瞬記憶をよぎりました。ですが、今回の
事故
は少々様子が違いました。時を経るに従って、ラジオの報道が刻一刻と明るい方
に転
じて行ったのです。どうやら墜落ではなく、意図的な緊急着水行動で、しかも成
功し
たらしいこと、そして少なくとも乗客の全員は機外に脱出しているというニュー
スに
続いて、今のところ犠牲者は確認されていないという報道がされました。

 着水の時刻は15日の午後3時31分だそうですが、約一時間後の4時30分

は、恐らくは全員無事というニュースとともに、現場からの記者の声は、機長の
判断
が奇跡を呼んだというようなハッキリ明るいトーンになっていきました。同時に
原因
は「バードストライク」つまりジェットエンジンが大柄の鳥を吸い込んで故障し
てし
まったためであり、不運な事故だということも報じられていきました。

 夕方から夜にかけては、各局は特番を含めてぶち抜きで大きく報道して行きま
した
が、情報が増えるに従って、全員生存ということ、そして機長の判断をはじめと

て、多くの「奇跡」が重なったことで最悪の事態を免れることができたというこ
とが
明らかになって行ったのです。この晩は、東部時間の午後8時から退任するブッ
シュ
大統領の「お別れ演説」がホワイトハウスのイーストウィングで行われたのです
が、
13分という短いもので内容がほとんどなかったこともありますが、この「奇跡
の生
還」というニュースに完全にかき消された格好となっています。

 事故を起こしたのはUSエアウェイズの1549便で機材はエアバスのA32
0−
200、ニューヨークの国内線専用空港ラガーディアからノース・カロライナの
シャ
ーロット目指して離陸直後に異常事態に巻き込まれています。CNNでルウ・ダ
ブス
のインタビューに応じていたフレッド・ベレッタさんという乗客によれば、大き
な音
とショックがあって左のエンジンから煙が出たそうですし、恐らく同時に右のエ
ンジ
ンも故障したようです。一部にはエンジンから出火したとか、ガソリンの焦げる
匂い
がしたという証言もあります。

 恐らくグース(日本でいう「雁」)の群れが飛行機に突っ込んできたのでしょ
う。
非常に珍しいことですが、双発機といってエンジン二基の構成である320の二
つの
エンジンがほぼ同時に「死んで」しまったのです。報道によれば、チェスリー・
サレ
ンバーガー機長はラガーディアに引き返すことも、ニュージャージー側のテター
ボロ
という小さな空港に向かうこともあきらめて、一瞬のうちに自分にはハドソン川
着水
という選択しかないことを悟ったのだと言います。

 その判断のスピード、そして以降着水に至るまでのコントロールは神業に近い
とい
うのが多くの専門家の見解です。まず、エンジンの推力を失ったジェット機は、
風に
流され重力によって地上に引きずり下ろされるだけ、つまりグライダー以下の状
態と
なります。その状態の機体を、方向舵、昇降舵、ラダーやフラップといった動翼
だけ
の操作でコントロールしなくてはなりません。ですから、もはや上昇することの
でき
ない機体を、正しい角度でしかも障害物のない水面へと誘導するのは困難を極め
るの
です。

 特にこうした大きな機体の飛行機の場合は、着水の角度が急だと機体を損傷し
て沈
没が早くなる、万が一片側の主翼が引っかかるように着水してしまうと機体が横
転す
ることもある、かといって頭から突っ込むとそのまま仰け反るようにひっくり返
る危
険もということで、着水というのが非常に難しいのだそうです。そもそも、通常
の着
陸時にはエンジンの推力を徐々に絞っていって、着地の瞬間に下降速度をゼロに
する
という芸当をするのが普通なのですが、今回はエンジン推力なしにこれと似たよ
うな
微妙な操作をしたということも言えると思います。そんな過酷な条件をクリアし
て、
見事に航空史上に残るような着水をサレンバーガー機長はやってのけたのです。

 奇跡を生んだのは、機長の手腕だけではありませんでした。何人もの搭乗者が
言っ
ていたのですが、クルーも実に沈着冷静だったそうですし、脱出への手順もスム
ーズ
だったと言います。映画『タイタニック』にあったように(あの海難事故も厳寒
の北
大西洋で起きており、今回も万が一乗客が水中に投げ出さされた場合は海水温と
の戦
いになったと思います)「女性と子供」が整然と優先されたそうですし、写真な
どを
見るとネクタイ姿の男性達が最後まで沈みそうな主翼に残っていましたから、映

『タイタニック』とは逆に、ファースト・クラスの乗客が他の乗客を先にボート
に乗
せたりしていたようです。

 NBCの取材に応じていた元アメリカン航空の機長トム・ケーシーという人が
語っ
ていた、「航空業界の人間はパイロットもクルーも、911以降は安全面での特
別な
プレッシャーを受けて仕事をしてきたし、更に最近では経済的なプレッシャーも
受け
ていたわけで、そうした中で働いているクルーがこうした素晴らしい仕事をした
とい
うことは、業界の人間として誇りに思います」というコメントも印象深いものが
あり
ました。

 さて、乗客は、一旦機外に出たものの、左の主翼に大勢が乗ってしまって機体
が傾
きそうになると右側に移動したりしながら救助を待ったそうですが、幸いなこと
に通
勤用のフェリーボートやNY市消防局の消防艇、沿岸警備隊などの船舶が急行し
て無
事に全員を保護したのです。この間、気温は氷点下5度、水温は摂氏5度という
厳し
い寒さの中で、かなりの人が低体温症で治療を受けたのですが、重症者は報告さ
れて
いません。

 NBCのレスター・ホルトがいみじくも言っていましたが「大惨事というのが
、細
かなエラーの積み重ねで起きるものならば、今回はその正反対。最初に起きたの
は最
悪の事件だったが、それ以降は全てが正しい判断が積み重なっていったのが生還
の理
由」というのが、アメリカでは共通の理解になっていっています。というのも、
アメ
リカ人はこうした「例外事態に実力を発揮して奇跡を生む」というヒーロー像が
大好
きなのです。その典型は、映画にもなった「アポロ13号」の物語でしょう。月
へ向
かう飛行中に、水素タンクの爆発で電力を失った宇宙船を、前例を無視してあり
とあ
らゆる創意工夫を重ねた結果、無事に地上へと帰還させたストーリーは、アメリ
カ人
の琴線に触れるものがありました。今回のUSエア1549便の「奇跡」もこれ
から
長く語り継がれるでしょう。

 思えば、アメリカは来週火曜日に迫ったオバマ新大統領の就任へ向けて、祝賀
ムー
ド一色となっていますが、この異常な「オバマ・ブーム」というのも、オバマと
いう
人物こそ「イザという例外的な事態に奇跡を呼ぶ」種類の人間として期待されて
いる
からに他なりません。。合衆国大統領というのは、元首として「国民統合の象徴
」と
いう位置にありながら、常にジャーナリズムや反対党からは厳しい批判に晒され
る、
またそれを「良し」とするのが合衆国大統領ということであり、そうした実務的

「大統領制」にアメリカ人は親しんでいるといって良いでしょう。ですが、今回
のオ
バマ就任という事件は少々トーンが違うようです。

 ここへ来て、町には「オバマグッズ」がかなり登場しています。例えば複製画
を額
装して売っている店(アメリカではインテリアの一部として重要なのです)では
、イ
エス・キリストの肖像と並べて同じように神々しく描かれたオバマの肖像画を何
枚も
売っていましたし、スーパーや書店では「オバマ就任記念ポスター」や各雑誌の
「オ
バマ就任記念特別保存版」などのコーナーができています。今週の水曜日に郵便
受け
に入っていた広告チラシにあった「オバマ就任記念のタピストリー」や、スーパ
ーで
売っていた「18金の縁取りのついたオバマ就任記念プレート」に至っては、ま
るで
どこかの君主国の戴冠式記念グッズという風情です。

 オバマの写真とメッセージを12カ月に編集したカレンダーというのもよく売
れて
いるそうなのですが、考えてみれば大統領の肖像をかたどったカレンダーを掲げ
ると
いうのは、ここ何十年もなかった現象なのではないかと思います。もしかしたら
、レ
ーガン時代にはそんなこともあったかもしれませんが、私の思い起こすのはフレ
ッド
・ジンネマン監督の傑作中の傑作映画『ジュリア』で、主人公の劇作家と元作家

カップルが家に「フランクリン・ルーズベルト」の肖像のついたカレンダーを掲
げて
いたシーンぐらいです。ですが、この映画はFDR時代からはるかに下った19
77
年の作品ですから、本当に30年代のアメリカでFDRのカレンダーが普通に使
われ
ていたかは確かではありません。ただ、FDRのカレンダーというのは何となく
「サ
マ」になるわけで、それと同じようにオバマのカレンダーも「サマ」になるとい
うこ
とは言えるでしょう。要は「危機において例外的なリーダーシップを発揮する」
こと
が期待されているということです。

 いずれにしても、まぶしいほど脚光を浴びて就任するオバマにとって、今のと
ころ
懸念材料は天候ぐらいでしょうか。このUSエアの事故も厳寒の中でしたが、週
間予
報によれば20日の当日の最高気温は摂氏5度と「暖かく」なるようですから、
行事
に支障はないでしょう。レーガン二期目の1985年1月には日中の気温が摂氏
マイ
ナス12度という厳寒のためにパレードが中止になったそうですが、そうした事
態に
は至らずに済みそうです。

 思えば、ブッシュの8年間は膨大なテロ犠牲者、戦死者、ハリケーンの被災者
、そ
して巨大なインパクトを与えた金融危機というように、マイナスのイメージを残
す事
件が余りにも多すぎました。そのブッシュの時代が終わり、オバマの時代が始ま
る丁
度その時代の潮目に、丁度911の舞台でもあったハドソン川で奇跡の生還劇が
起き
たということは、漠然とではありますが「希望」を実感させるエピソードに違い
あり
ません。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビ
ア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わ
った
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(日経プレミアシリーズ)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532260159/jmm05-22 )
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