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水の透視画法  辺見庸
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投稿者 きすぐれ真一 日時 2009 年 2 月 04 日 09:32:44: HyQF24IvCTDS6
 

(回答先: 作家、辺見庸さんが、いまじっと見つめているのは、世界規模の金融危機に端を発した大恐慌の実相である  投稿者 愚民党 日時 2009 年 2 月 03 日 20:55:43)

水の透視画法 辺見庸

どうしたのだろうか。この夏は雨のふりかた、雷のなりよう、風のふきぐあいが、なみひととおりでなく、あまりに激越であった。レストランに行ったらパスタ料理が一皿二百円も値あがりしていた。駅前の不動産屋がずっとシャッターをおろしたままだ。大通りの百円ショップが廃業した。知人の息子が会社をやめて引きこもりになった。公園に若い新顔の無宿人がいついた。いくつかの月刊誌があいついで休刊をきめた。「寄稿者の皆様方へ」という書状がとどく。「鋭意努力するも部数減に歯どめがかからず、断腸の思いで、・・・」。新聞社の友人と話したら、うめき声で「新聞はつぶれないという神話はとっくにおわっている」。社内のエレベーターを一基とめ、トイレ用ペーパータオルもなくして経費節減だという。
なにかの兆しがつづいている。テレビ各局がパチンコ、競馬、ロトシックス、膣カンジダ治療薬、競艇、・・・のCMを流していた。ニュース時間帯に。あぜんとする。CMの質をとやかくいえるほどテレビ局の台所は楽ではないのだとか。休刊をきめた月刊誌の十月号が送られてきた。誌面に悲壮感はない。おためごかしというか、ちゃらけた感じさえする。ことばが心にさしこんでこない。長年つづけてきた雑誌をやめざるをえない悲嘆や経営母体への怒りがない。その雑誌のインタビュー記事のなかに「ファストフード化するジャーナリズム」という小見出しをみつけた。ある人物が米国のジャーナリズムを批判して語っているのだ。日本にはそうなってほしくない、と。苦笑してしまう。日本のメディアだってとっくにファスト(ジャンク)フード化しているのに。
なにかがおかしい。世界同時株安と未曾有の景気後退が進行中である。米国の株価大暴落(一九二九年)にはじまった大恐慌よりもさらに根のふかい“経済の破滅”がこのさきにまっている、と予測する専門家もすくなくない。だがこの国ではさほどの危機感はない。明日は今日のつづきという精神のイナーシア(慣性、惰性)が支配している。お笑い番組全盛のよし。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて・・・である。政治家たちは平気で笑う。気候にせよ経済にせよ国際政治にせよ、百年来はじめてという大変動が兆しているにもかかわらず、きたるべき破局の相貌を誰も知らず、おそらく、あまりにも怖いものだから思いえがこうともしない。そぞろ虚しいうたかたの日々を、テレビとともにただ他人事のようにヘラヘラ笑って生きるのみなのである。
これまで自明とされてきた欧米的な価値概念の基本も、じつは、一部ではつとにうたがわれはじめている。たとえば「民主主義」。巨額の資金が投入されなければなりたちゆかない米大統領選の虚妄にみちたプロセス、日本の首相辞任、自民党総裁選の茶番と謀略、マスメディアの加担・・・これらが民主主義とするならば、その真価とはいったいなんなのか。民主主義とは“権力のレトリック”以上のものではないのではないか。民主主義とセットにされ、うたがうべからざるものとされてきた市場と競争原理という基本概念についても、一部の学究たちが批判的再検証をしはじめた。現代資本主義がまきちらす狂った幻想をひっぺがえす作業に、おくればせながら、若い学者らも参加している。
しかし、うたぐりと検証が根源的であればあるほど、表現が隠喩にみちていればいるほど、そして思考の射程が長く曲折すればするほど、ファストフード化し、頭脳が退化したジャーナリズムはその存在を無視する。結局は資本の意を体するのである。うちつづく月刊誌の休刊決定とは活字媒体のおわりのはじまりであるとともに、資本の運動へのメディア側によるいまだかつてなく従順な投降でもある。「売れないものは悪いもの」「売れればよいもの」という世の中の狂(たぶ)れ心(=常軌を逸した心)と暴力に、闘わずして屈したのである。
たのんでいた本が家にとどけられた。イマニュエル・ウォーラーステイン著『ヨーロッパ普遍主義』(山下範久訳)。装丁などないも同然。新刊なのに帯がついていない。経費をぎりぎりまできりつめたようだ。著者の発想には正直ついていけない。自明性のおおかたをくつがえすこの本も売れないだろう。私は、しかし、これを読む。まずかろうが、思念のスローフードとして。

2008.10.07 神戸新聞  

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