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ハワイ伝統の秘法「ホ・オポノポノ」は幸せを呼ぶか?――イハレアカラ・ヒューレン博士 (ビジネスメディア誠)
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投稿者 passenger 日時 2009 年 6 月 07 日 12:43:29: eZ/Nw96TErl1Y
 

ハワイ伝統の秘法「ホ・オポノポノ」は幸せを呼ぶか?――イハレアカラ・ヒューレン博士 (ビジネスメディア誠)


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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090607-00000005-zdn_mkt-bus_all

ハワイ伝統の秘法「ホ・オポノポノ」は幸せを呼ぶか?――イハレアカラ・ヒューレン博士

6月7日12時14分配信 Business Media 誠


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イハレアカラ・ヒューレン博士
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嶋田淑之の「この人に逢いたい!」:「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」の4つの言葉を唱えるだけで幸せになれるというハワイ伝統の秘法「ホ・オポノポノ」。その伝道師であるイハレアカラ・ヒューレン博士に話を聞いた。

 現代のようなストレスの強い時代に生きていると、仕事であれ、プライベートであれ、人はさまざまな悩みを抱えがちだ。「何で自分だけこんな目にあわないといけないのか、理不尽じゃないか」――そうした思いが蓄積していくと、「自分には何か特別な原因があって、こういう境遇に陥るのではないか?」とその原因を探り、脱出法を模索するようになるもの。

 米国発の成功法則のプログラムをセミナーで受講する人もいるだろうし、在家信者として仏道修行に入る人もいるだろう。あるいは新興宗教における「奇跡」の実現に期待をかける人もいるだろうし、霊能者による浄霊、占い師や風水師からのアドバイスによって現状打破を目指す人もいるだろう。

 筆者自身もこれまでの長い人生で上記のほとんどを体験しているが、明確に言えることは、どんなことであれ、それにピタッとはまった人には劇的な効果をもたらすものの、そうでない大多数の人々にとっては、経済的にも時間的、精神的にも徒労に終わる場合が多いということだ。

 しかも科学的手法をうたったものでも、その効果や実績に関して、それを裏付けるデータが公開されることはほとんどない。いずれの場合も、その恩恵に浴した人々の「感謝の声」という形でしか表現されないものだ。そしてその感謝の声も“一時的な良い兆し”に感激したようなものが多く、中長期的に見た場合、本当にその人を幸せにしたのかどうかは分からない。

 そんな中、統計的・臨床的に実績を残し、比較的「裏付けのある成功法則」と呼べそうなものが登場した。それが、今回ご紹介する米国のイハレアカラ・ヒューレン博士(Ihaleakala Hew Len、Ph.D.)による「ホ・オポノポノ(Ho'oponopono)」という手法である。

 果たしてその裏付けとはどんなものなのか。そして、それは筆者のような人間にも有効なものなのか。筆者は2008年秋にホ・オポノポノに出会い実際に実践してみた。ゴールデンウィークに来日したヒューレン博士に対して行ったインタビューに、筆者自身の実践の結果も交えてホ・オポノポノを紹介しよう。


●ハワイ伝統の癒やしの秘法「ホ・オポノポノ」の伝道師

 ヒューレン博士は、1962年にコロラド大学を卒業後、ユタ大学を経て、1973年にアイオワ大学で博士号を取得。医大の学長なども経験した、いわばアカデミズムの世界で生きてきた人物である。

 そんな彼が、ハワイ古来の伝統の秘法「ホ・オポノポノ」(より正確には、故モナ・ナラマク・シメオナ女史が発展させた「セルフアイデンティティ・ホ・オポノポノ」)と出会い、当時勤務していた、殺人・強姦などの重罪を犯した精神障害者収容施設(ハワイの州立病院)で実践したところ、著しい効果をあげたという(1983〜1987年)。それ以来、彼は米国はもとより世界各国で、ホ・オポノポノの普及に人生を捧げているのである。

 上記のハワイの州立病院のケースについて補足すると、ホ・オポノポノの実践によって、それまで7年だった平均収容期間が4〜5カ月に短縮できただけでなく、最終的にその施設の収容者はゼロになったという。収容者1人あたりの経費が年間5万ドルかかっていたので、コスト削減効果という点から見ても、素晴らしいものがあったようだ。

 そしてこれと並んで重要なのが、ハワイ大学での臨床データだ。同大学で高血圧患者を2つのグループに分け、片方のグループを、ヒューレン博士のホ・オポノポノ半日コースに参加させたところ、このグループの患者だけ血圧の改善が認められたというのである。

 実験を担当したハワイ大学のキキパ・クレツァー博士(Kikipa Kretzer、Ph.D.)の論文によると、ホ・オポノポノ受講2カ月後の測定値は、最高血圧で平均11.86mmHg低い数値を示し、最低血圧でも平均5.44mmHg低い数値だったという。クレツァー博士は、次のように結論づけている。

 「ホ・オポノポノには統計的にも臨床的にも平均血圧を顕著に低下させる効果が認められた。また生活の中に簡単に取り入れやすく、低コストで内容を理解しやすく、肉体的、社会的なリスクを伴わない。高血圧症、高血圧前症患者の血圧安定に効果があると同時に、実践する人にいっそうの安らぎを与えることができる。高血圧症に対する効果が期待されるだけでなく、ほかの健康状態にも有益な効果をもたらす可能性がある」(『豊かに成功するホ・オポノポノ』139〜141ページより。河合政実、ソフトバンク クリエイティブ)

 精神障害を持つ重大犯罪者と高血圧患者、双方に対して明確な効果をあげたことは疑う余地がない。このように一定の効果が期待できるホ・オポノポノであるが、では、人生の成功法則として、一般の人々の人生を好転させることもできるのだろうか? その点こそが、我々にとっての最大の関心ごとだろう。


●人々に「自由」を与えるホ・オポノポノ。実践法は簡単!?

 我々は大人になり、社会生活を営む中で、実に多くの「常識」や「分別」、各種の知識、情報を身に付けていく。そしていつしか、それらを駆使して日常生活を送ることに慣れ、それらを組み合わせてモノを考えたり、行動したりすることが、社会人としての主体的な生き方だと思っている。

 しかし、そうした生き方は、自分という人間の本来あるべき生き方とイコールなのだろうか。自分の魂は本当にそのように叫び、そうした人生や行動スタイルを切望しているのだろうか。ただ単に自分の心や頭にまとわりついた世間の常識や分別や各種情報が、そうさせているだけなのではないだろうか。そんなものに振り回されていて、自分らしい人生は歩めるのだろうか。

 長く生きている中で、ふと思うことがあるこうした疑問。ホ・オポノポノとは、そうした現代人の心や頭にこびりついた常識、分別、知識などの各種「情報」から解放されて、人間が「自由」を手にし、自分本来の人生を取り戻すための方法なのである。

 そして、それは実に簡単に実現できると説く。

 例えば、仕事であれプライベートであれ、何か不愉快な出来事に遭遇すると、我々は「あの野郎、ふざけやがって!」などと他人に責任を転嫁して、怒りの感情に打ち震えるものである。

 しかし、ホ・オポノポノでは、「自分の潜在意識の中のどの情報が原因となって、彼は私にあのような言動をしたのだろうか?」と自らの心に問いかけ、そしてこの「不愉快な出来事」という「情報」に対して、「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」という4つの言葉をかけることで、この「情報」を消去するのである。それはあたかもPCのDeleteキーを押すのと同じで、いちいち心を込める必要もなければ、何回何十回も繰り返す必要もない。ホ・オポノポノが教える手法には付帯的なテクニックも多少あるものの、実質的にはこれに始まり、これに終わると言ってよい、実にシンプルなものだ。


●ホ・オポノポノの基本的な考え方

 ホ・オポノポノではこうした行為を「クリーニング」と呼び、これを通じて自分の心をプラスマイナスゼロのフラットな状態にすることが可能になるのだという。そして大切なことは、こうしたクリーニングは不快で不幸な「情報」に対してだけでなく、将来への「夢」「憧れ」、あるいは感動的な出来事といったハッピーな「情報」に対しても適用され、これらも「消去」していく必要があるという。

 要するに、昔から仏教で説いている「執着のない」心を実現しなさい、ということなのである。「アイツのせいで自分はこうなった、絶対許せない」……などといった感情は、結局、個々の人間の「顕在意識」の中にある「情報」を再生させているだけのこと。しかし、人間には、そうした顕在意識層とは比較にならない情報量(ヒューレン博士によれば1100万倍)を有する「潜在意識」層がある。

 人類の誕生以降、数千年の間に、人間は数十億人を数えるまでになった。現代を生きる我々は、誰しもが、そうした人類の歴史(記憶)を、自らのDNAの中に刻印しているのであり、そういう意味では、世界の人類がほぼ同じ記憶を有しているとすら言える。そしてそれは、個々の人間が明示的に自覚することもなく、1人1人の潜在意識層にひっそり存在している。

 多くの人間を巻き込む集団的な災厄であれ、個々の人間の幸不幸であれ、それは結局、人類の誕生にまで繋がる、そうした「潜在意識」層に存在する過去の「記憶」(情報)の再生なのだ、というのがホ・オポノポノの基本的な考え方なのである。だからこそ、「自分自身に起きた出来事は良いことも悪いこともすべて自分の「潜在意識」の中の「情報」が引き起こした」と考えなければいけないということになる。

 それゆえ、そうした記憶(情報)を消去し、クリーニングするに当たっては、既に述べたように、「自分の潜在意識の中のどの情報が原因となって……になったのだろうか?」と心に問いかけた上で、その情報に対して「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」という言葉をかけることが重要になるのである。

 ここで注意しなければいけないことがある。それは、「自分の潜在意識層の中の情報に原因がある」と思うことは、自責の念に駆られることとはまったく異質だという点だ。何か不幸な出来事が発生した際に、「自分の能力が足りなかったから……」「自分に魅力がないから……」などと自分自身を責め、人生を諦めてしまう姿勢は一見潔いが、「アイツのせいでこうなった」という他罰的姿勢と結局は同じことで、自分の「顕在意識」の中のわずかばかりの記憶を再生させて物事の決着を図っているのに過ぎない。


●ホ・オポノポノで一体何が実現するのか?

 こうした「クリーニング」によって何がもたらされるのだろうか?

 「それは“インスピレーション”(ホ・オポノポノでは「霊力」と呼ぶ)である」とヒューレン博士は断言する。いわゆる「直観」はこのインスピレーションとは全く異なるという。というのも、「直観」は過去の記憶の中にある情報を組み替えて再生しているに過ぎないからであり、それに対してインスピレーションは過去の記憶とは無関係な、あたかも光が降り注ぐかのように、「自然」に「努力なく」立ち現れるまったく新しいものだからだ。自分自身の生き方が宇宙の流れと同期したときにインスピレーションは降り注ぎ、自分にとって最もふさわしい「本来あるべき」力を発揮できるようになるのだという。

 このプロセスこそが、自分を取り巻く困難な諸問題を解決に導くとともに、人生に光明を与えてくれるのである。誰もが願うであろう、そうした人生。それゆえに我々は、日々の生活の中で「クリーニング」を通じて、過去の記憶(情報)の消去に励まなければいけないのだ。


●「引き寄せの法則」との整合性は?

 しかし、筆者にはいくつかの点で理解しにくい部分があった。世界的によく知られ、広く実践されている成功法則に「引き寄せの法則」がある。ポジティブでハッピーなイメージを抱き続けることで、それは自然に引き寄せられ、ハッピーな出来事が次々に起こるとされ、逆にネガティブでアンハッピーなイメージを抱いていると、それをさらに増幅するような不快な出来事が次々に発生するとされている。日常生活の中で、比較的よく経験することであり、この手のノウハウ物を好まない人にも受け入れられやすい内容である。

 ところが、ホ・オポノポノでは、ネガティブなイメージはもとよりポジティブなイメージも持ってはいけない、「クリーニング」を通じて、あくまでも自分の心をゼロの状態にしておくことが必要となっている。

 この点において、「引き寄せの法則」と「ホ・オポノポノ」とは対立していると考えられる。ホ・オポノポノで人生を好転させた人々がいる一方、それとは真逆の考え方の「引き寄せの法則」で人生を好転させた人々も存在する、という事実をどのように受け止め、理解したらよいのだろうか?

 ヒューレン博士の答えは、「(他の法則について)発言できる立場にはありませんが、ホ・オポノポノの考え方の中には『引き寄せ』は存在しません」という控え目なものだった。

 これをあえて「理解」しようと試みるならば、引き寄せの法則とは、人間の可能性に限りない信頼を寄せようとする米国型の成功哲学にもとづき、時としてエゴや煩悩に見えるものであったとしても、とにかく「夢」「ビジョン」を手繰り寄せようというチャレンジであろう。

 それとは逆に、ホ・オポノポノとは、それが本人のそれまで望んでいたことか否かによらず、徹底して煩悩や執着を捨てて、「自分本来のあるべき人生」を実現することこそが真の幸福である、という実践哲学なのであろう。


●「人生の成功者」たちの見解をどうとらえる?

 筆者は仕事柄、いわゆる「人生の成功者」を取材する機会を多く持ってきたが、そういう人々の中には社会的に成功し、地位・名誉・富を得ながら、同時にプライベートでも心豊かに暮らしている魅力的な人々が確かに存在している。

 そうした人々に、彼らのような素敵な人生を歩む秘けつを聞くと、ほぼ全員から以下のような同じ答えが返ってくる。

 「仕事でもプライベートでも、自分が他人から理不尽な仕打ちを受けた時に、その相手に腹を立てたり、恨んだりしてはいけない。そうしたネガティブな感情を抱くのではなく、『自分に一体何を学ばせたくて、こういう不愉快な出来事が自分に降りかかったのだろう? ひょっとしたら、自分自身も知らないうちに、これと同じことを他人に対して行ってしまっているから、それに気付かせるために、こうした出来事が自分の身に起きたのか?』と振り返り、その出来事が自分に伝えようとしている『メッセージ』を正しく受け取って、それをその後の人生に生かすことが大切だ」

 しかし、ホ・オポノポノでは、このような場合、不快で理不尽な事件から教訓を得ようとするのではなく、そうした「過去の記憶」を消去することの必要性を説いている。「人生の成功者」たちの生き方とは逆であり、我々はこの差異をどう理解したらよいのだろうか?

 ヒューレン博士の答えは、「ホ・オポノポノにおいて、過去の情報は消去の対象です」というものであった。筆者の印象では、「人生の成功者」たちが語る成功の美学は、どちらかと言えば、既述の「引き寄せの法則」に近い、米国型のポジティブなイメージを大切にする哲学のように感じる。そういう意味で、目指している方向性(=「人生の成功や幸せ」の意味)が、そもそも違うということなのだろう。

 それを裏付けるように、インタビューの後半でヒューレン博士は筆者に次のようなことを述べた。「私は、あなたがこれまでに出会った最も魅力的なビジネスリーダーよりも、私の日本でのセミナーに参加した1人のお婆さんの方が好きです」と。そのお婆さんは、過酷な境遇にありながらも、筆者のように多くの質問をヒューレン博士にぶつけたり(筆者はもちろん、それが仕事だからそうしているのだが……)、理屈を唱えたりすることはなく、“ただひたすら”ホ・オポノポノを実践して、セミナー会場の満場の喝采を浴びていたとのことである。


●仏教の「因縁」(カルマ)をどうとらえるか?

 米国型の成功法則の数々とは目指す方向性が異なるホ・オポノポノであるが、「物事に対する執着を断ちなさい」と説くその思想は仏教的であり、ヒューレン博士の発言や著作の中にもその関係性・共通性は明白に表れている。しかし、そうすると筆者には大変分かりにくい部分が出てくる。それは「因縁(カルマ)」をどう捉えるか、という問題だ。

 筆者は以前、仏教の有力宗派のしかるべき立場の人物から次のような趣旨のことを言われた。「あなたのこれまでの人生が公私にわたって過酷を極めてきたのは、あなたが、あなたの先祖の因縁を背負って生まれ、それをこの世で清算することを運命づけられているからです」。

 人は誰しも、程度の差こそあれ、何らかの因縁(カルマ)を背負って生まれ、その影響の下に人生を送るものだという。しかし、ホ・オポノポノではそうした過去の記憶は「すべて消去すべきもの」としている。とするならば、仏教との共通性を明確に表明しているホ・オポノポノではあるが、この点において両者の考え方は対立するのではないか。「因縁」というものを、どのように扱えばよいのだろうか?

 「あなたにそう言ったという僧侶が、どういう意味合いでカルマという言葉を使ったかが分からないので何とも言えませんが、少なくともホ・オポノポノにおいては情報は消去すべきものです」と、ヒューレン博士はほかのすべての質問に対するのと同様に、ごく控え目にホ・オポノポノの考え方を述べるにとどまった。

 ホ・オポノポノには仏教と共通する部分があるので、日本人には比較的近付きやすい面があることは確かだろう。しかし、そもそもホ・オポノポノは、ハワイ古来の伝統的な技法として唯一無二の存在なのであって、仏教からの類推でその全体像をとらえようとするのは、当然のことながらムリがあるということなのかもしれない。


●本当にそんなに簡単なのか――ホ・オポノポノ体験記

 筆者がホ・オポノポノと出会ったのは2008年秋である。『ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ』(櫻庭雅文、徳間書店)というヒューレン博士を取材した書籍が発売された時、私がハワイ好きであることを知る友人が同書を紹介してくれたのだ。

 そして、その内容にいたく共感した私は、直ちに「ホ・オポノポノ」を毎日、実践した。仕事面でもプライベートでも悩みを抱えていた筆者としては「人生に明るい兆しがもたらされるかもしれない」という淡い期待があった。

 しかし、残念ながら事態が好転することはなかった。それどころか、年明けには体調をすっかり崩して、家で寝ている日も多くなった。基本的には4つの言葉を唱えるだけのシンプルな技法であるはずのホ・オポノポノであるが、筆者のやり方に問題があったのか、それとも、そもそもご縁のない技法であったのか、その効果を自覚できるような状況には一切ならなかったのである。

 世の中には「シンプルなことほど難しいものはない」ということも多々存在する。毎日料理を作っている筆者から見れば、日本料理など良い例だ。そういう意味で、ホ・オポノポノは簡単なようでいて、実は非常に難しいのではないだろうか? 一切の執着を断ちなさいという教え自体、仏教の僧侶が長期間に及ぶ修行を重ねてもなかなか到達できない境地(=悟り)であり、そういう点から見ても難しいとは言えないだろうか? それに対して、ヒューレン博士はこう述べる。

 「ホ・オポノポノは、本を読んだだけでスッと理解できる人もいます。その一方、本をきっかけに、私のセミナーに参加することで理解できるようになる人もいます」

 そうすると、筆者も、ヒューレン博士のセミナーに参加すれば何とかなる可能性があるということなのだろうか。


●ホ・オポノポノをどう受け止めるか?

 人は誰しも、時に自分の力ではどうすることもできないような状況に置かれる。そんな時、閉塞状況を打破し、人生を良い方向へと導いてくれる何らかの指針が欲しいものだ。しかし、万人にフィットする成功法則などというのは、きっと幻想に過ぎないのだろう。偶然にもそうした技法に出会えた人は幸いだ。出会えない人は、それを求めてさまよい続けることになるのかもしれない。

 ホ・オポノポノはそうした「成功法則」の1つとして、しかもその実績を学術論文などを通じて世界に示すことができる稀有な例である。しかし、少なくとも筆者には縁の薄い手法だったようだ。これはあくまでも個人的な感想ではあるが、「ホ・オポノポノといえども相手を選ぶ」と言うべきか、「フィットする人もいればそうでない人もいる」ということなのではないかと思う。

 ホ・オポノポノを支持する人々からは反駁(はんばく)されるであろうが、これが筆者の現時点での結論である。それでも本稿をお読みになり、もし興味を持たれた方がいらっしゃるならば、ヒューレン博士に取材した2冊の単行本に目を通し、実践されてみてはと思う。やり方は、既に述べたようにシンプルそのものであり、お金もほとんどかからず、日々の生活を圧迫するようなものではないのだから。それで、万一フィットするようであれば、こんな素晴らしいことはないし、効果が判然としないようならいつでも中止すればよい。

 誰にとって効果的な手法なのか?――それはやってみない限り分からない。しかし、これをきっかけに人生を好転させる人が、もし1人でも現れるならば、筆者としてはまさに望外の幸せである。

最終更新:6月7日12時14分
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