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明るい庭−−三島由紀夫没後39年    西岡昌紀
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投稿者 西岡昌紀 日時 2009 年 11 月 25 日 03:47:11: of0poCGGoydL.
 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1346956408&owner_id=6445842

昨年(平成20年)の大晦日の事です。私は、京都を訪れました。


大晦日の京都は、観光客も少なく、静かでした。そのそれほど寒くもない晴れた大晦日に、私は、京都の妙心寺を訪れたのでした。

そこは、本当に人気(ひとけ)が有りませんでした。ただ、風が吹き、冬の光が降るばかりでしたが、その妙心寺の庭の一つを訪れた時の事です。その誰も居ない庭の前に一人立った時、或る小説の終はりの部分が、不意に頭に浮かびました。それは、次の様な一節です。


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 一面の芝の庭が、裏山を背景にして、烈(はげ)しい夏の日にかがやいている。
「今日は朝から郭公(かっこう)が鳴いておりました。」
とまだ若い御附弟が言った。
 芝のはずれに楓を主とした庭木があり、裏山へみちびく枝折戸(しおりど)も見える。夏というのに紅葉している楓もあって、青葉のなかに炎を点じている。庭石もあちこちにのびやかに配され、石の際に花咲いた撫子(なでしこ)がつつましい。左方の一角に古い車井戸が見え、又、見るからに日に熱して、腰かければ肌を灼(や)きそうな青緑の陶(すえ)のとうが、芝生の中程に据えられている。そして、裏山の頂きの青空には、夏雲がまばゆい肩を聳(そび)やかしている。
 これと云って奇功のない、閑雅な、明るくひらいた御庭である。数珠(じゅず)を繰るような蝉(せみ)の声がここを領している。
 そのほかには何一つ音とてなく、寂莫(じゃくまく)を極めている。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。
 庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。・・・・・


『豊穣の海』完。
昭和四十五年十一月二十五日


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(三島由紀夫『天人五衰』(新潮文庫第46刷)341〜342ページより)

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三島由紀夫の小説『天人五衰』の終はりの部分です。


この情景は、もちろん、私が訪れた妙心寺の庭とは、何の関係も有りません。そして、御読みの通り、この小説のこの一節は、真夏の庭の光景を描いて居ます。ですから、その時、私の目の前に在った大晦日の妙心寺の庭とは、全く無関係なのですが、その時、何故か、私には、目の前の庭と、この小説の終はりの部分に描かれたこの庭の光景が重なって仕方が無かったのです。


* * * * * * * * * *


この小説のこの終はりを読み返す度に、私の目を捉えてやまないのは、この末尾の日付けです。


昭和45年11月25日。


それが、作者が、この小説を結末とする四部作『豊穣の海』を書きあげた日なのですが、この日(昭和45年(1970年)11月25日)の午後、作者(三島由紀夫)は、東京市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で檄文を撒き、決起を呼びかけた直後、割腹自殺をして居ます。

つまり、この日付けを文字通り受け止めるなら、この最後の箇所は、彼が割腹自殺する日の朝か未明に書かれた可能性が高いのです。


彼は、この日、市ヶ谷に行く前に、この小説の原稿を投函したそうですから、この日、彼は、自身のライフワークと見なされるこの四部作『豊饒の海』の最後の部分である『天人五衰』を書きあげ、そして、その数時間後に(?)市ヶ谷で命を絶った事に成ります。


自らの決意による死の数時間から十数時間前、彼は、一人でこの文章を書いたのだろうかと思ふと、『天人五衰』のこの最後の部分に秘められた物が何であるのか、特別な思ひを持たずには居られません。

そして、この日付けに私の目が奪はれるのは、この日が、私自身の人生の一日でもあるからに他成りません。そう。この日(1970年11月25日)は、私の人生の一日でもあります。(この日、中学生だった私は、或る理由から、この日、自分が何をして居たかを鮮烈に記憶して居ます。)ですから、この小説(『天人五衰』)のこの終はりの部分を読む度に、この日付けを目にして、私は、中学生だった自分のこの年(1970年=昭和45年)の事に思いを馳せずには居られません。この小説の最後のこの箇所は、私の人生の一日に書かれて居た事を、私は、この箇所を読む度に、強く意識するのです。まるで、この小説に流れる時間と、私が生きて来た時間が、この明るい庭の光景の中で、交差して居る様な錯覚を抱くのです。


39年前の今頃、今私を包んで居るのと同じ様な夜の静寂の中で、彼は、上の情景を書いたのだでしょうか?


そんな事を思ひながら、私は今、病院の静けさの中に居ます。


平成21年(2009年)11月25日(火)

                西岡昌紀


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