★阿修羅♪ > 外国人参政権・外国人住民基本法01 > 234.html
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(個)人のアイデンティティは所属する共同体の「それ」を通じてのみ発露される。
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/234.html
投稿者 仁王像 日時 2009 年 11 月 29 日 08:11:06: jdZgmZ21Prm8E
 

(回答先: 熱い論戦があるー当方の波長に合うコメントのみを抽出 投稿者 仁王像 日時 2009 年 11 月 28 日 21:49:16)

http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/140.html
 自分が何者であるかという問いは空虚である。地球人でいいと思う。
 沖縄人や日本人である前に地球人として存在しているのだ。
 外国人が来て揉め事が起こるのは排外主義者のせいであり外国人と仲良くしようと主張する 者のせいではない。これが私の答えだ。(ワヤクチャ)2009/11/21 23:25

 ワヤクチャさんの普段の言論には敬意を表するところ多なのですが、ことこの案件に関しては急に波長が乱れてくるように感じる。いや普段の言論のなかにも断片的にその兆候が現われていたことを思い出す。
 「袖触れ合うも他生の縁」。いささか所感を述べさせていただくが、お許しいただきたい。私の筆力では快刀乱麻を断つというわけにはいかないが、放ってはおけない気がする。

 冒頭に引用した部分にワヤさんのこの問題に対する深淵(しんえん)の一つがあると感じた(第四インターについては他の方が言及)。そこで表題に言及したいと思う。人のアイデンティティは地球人のと置き換えてもよい。共同体のそれは民族精神に置き換えられる。

 「鉄」という一般(抽象)名詞は、鉄骨、鉄板、鉄屑、砂鉄、鉄鉱石などありとあらゆる形で地球上にある鉄の集合体を象徴して「鉄」という語ができる。「鉄」という一般名詞での鉄は地球上どこにも存在しない。

 たとえはあまり良くないかもしれないが、人のアイデンティティもその個人が生まれ育ちたくさんの影響を受けてきた共同体に備わるアイデンティティを通してのみ具体的に発露されていくものだと思う。
 地球人一般などというアイデンティティそのものは存在しえない。地球上に無数に存在する共同体のアイデンティティの集合体としてしか存在しない。共同体から隔絶した地球人でありうるというのは錯覚であり、そんなことは実現不可能だ(と思う)。

 前稿でコメント氏が
「やがて港へと帰還する。おのれが立脚し生活する根拠地へと帰還する。実はそこから思想とは独自的な建築が開始されるのだが、氏は今だ「思想幽霊船」の乗客なのである」
 と述べているのには実に感心してしまった。

 以下余談になる。ワヤさんをこれだけ多くの方々が相手をして下さるのは皆に愛されているからだと思う。ワヤさんは自分は成長していきたいという気持ちを持っていて、自分を飾ることなく洗いざらい自分を投げ出していることに好感が持たれているからだと思う(私もその一人)。

 (さて、続きはコメント板にもぐりこんだ方がよさそうです。ワヤクチャさん。)

・共同体 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%90%8C%E4%BD%93

・民族 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%97%8F
 

 

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コメント
 
>共同体に備わるアイデンティティを通してのみ具体的に発露されていくものだと思う。

なぜならば、人間は脊椎アリだから。だから小沢一郎のような神輿に蝟集していくのは自然な帰結。仁王人のような他人と違う事を言えばそれが正義の実行になるというようなしょうもない勘違いにとらわれている香具師は、それにたいしてなにもできない。
2009/11/29 09:49

↑2009/11/29 09:49
 意味不明だが、激しい憎しみだけは伝わってくる。
 私の小沢批判に歯が立たず、ごまめの歯軋りしかできないのか。
 陰でこそこそと悪態をつく卑劣な男(女)だ!

 表舞台に出てきなさい(引導を渡した男は別)。(仁)
2009/11/29 19:42

ワヤさん

 補足します。ゆっくりお考えになるのがよいでしょう。
 第四インターを卒業したにもかかわらず、まだその母斑を引きずっているようです。それはそれとして、
 出自が沖縄という母斑がまったく消えているようです。そこが問題だと考えます。
 おそらく青年時代に何らかの理由によってその母斑を消し去りコスモポリタン人として生きていく決意を固めたのかもしれません。だとすれば、その決意・判断は間違っていたと断言したいです。

 人は一人で勝手に育って一人前になるわけでもないし、なれるわけでもない。母乳を飲み、おじいちゃんに抱かれ、近所の人に可愛がられ、地域の人々に守られ、帰属する共同体に全面的にお世話になって成人してきたのでした。そこにわれわれ一人ひとりの立脚点があります。

 小生も小さい頃、寒村で過ごしました。少年時代に駆け回った野山や里は忘れられるものではありません。そのような場所に郷愁を感じ、機会があれば戻りたいなどと夢想することがあります。このような個人史を抜きに自分自身を主張できるものではありません。

 ワヤさんは、ここのところが突然断絶してしまっているようです。本稿の冒頭に掲げたワヤさんの考え方は、きわめて異質・特異のもので、とても一般に受け入れられるものでは断然にありません。何度議論しても平行線のままでしょう。(相手をしてもらっているうちが華)。(仁)
2009/11/29 21:24

仁王像さん 

色々と気にかけて下さりありがとうございます。

ワヤクチャ改め「地には平和を」です。

私は一般にはあまり理解されにくい思想に到達してしまったようです。

つまりアイデンティティそのものが権力者のワナであるという考えです。

こんな考えを持ってしまったら今更後戻りはできないのです。

例えば沖縄の米軍基地の撤去を求めるのは支配という事に対する反対であり沖縄人としてではありません。

個別のアイデンティティを認めてしまったら争いが無くなる事は無いと考えております。

だから平和の為にアイデンティティ解体を求めるのです。

第4インターはここまでの思想は無かったと思います。

第4インターを辞めてからの25年ぐらいの間にこの思想を形成してきたのです。

人は人に助けられて生きていくというのはその通りです。

しかし、人は相手が同じ共同体の構成員だから助け、異なる共同体の構成員であれば敵対するという思想から脱却すべきだと考えております。

帰るべきは母なる地球であって地球の部分を言葉で表した様々な共同体ではないと思います。

因みに私は沖縄系ですが沖縄に行ったのは1975年の海洋博の時1回だけです。

もはや沖縄が故郷とは言えないでしょう。

どこに住んでいるかの方が血よりも重要だと考えています。

地球に住んでいるという事です。

悪しからず。
2009/11/29 21:41

過去に自己の過去を赤裸々に語つてゐた事があつのですが、
其れを讀んで彼を端的に表現するならば、

フアザー・コンプレツクス
精bの砂漠
ニヒリズム
破壞主義

でせうか。
一部の猶太人、朝鮮人、極左のやうな精b状態です。

彼は自己と眞劍に向き合う覺悟、勇氣が一切無い。
ゆゑにコスモポリタンにうつとりするしかない。
其の幻想に逃げる事しか出來ない譯です。
其處にしか心の安寧が無いゆゑに。
自分から逃げ續けてゐる限り、
此の病氣は完治しないでせう。
自分から逃げ切れる譯など無いのに。
もつとも其處に氣附くかだうかは本人次第なのですが。


石工の都仙臺市


2009/11/29 21:58

>表舞台に出てきなさい(引導を渡した男は別)。(仁)

あの文章から憎しみしか感じ取れぬような不要存在とはこれ以上かかわらない
この隔離板でくさっておれ
2009/11/29 22:16

2009/11/29 21:41を讀んで

>つまりアイデンティティそのものが権力者のワナであるという考えです。
>個別のアイデンティティを認めてしまったら争いが無くなる事は無いと考えております。
>しかし、人は相手が同じ共同体の構成員だから助け、
>異なる共同体の構成員であれば敵対するという思想から脱却すべきだと考えております。

一見尤もらしい美しい事を言つてゐるが、
詰まり、人は蟲になれと。
此の思想は、
イルミナテイの創始者アダム・ヴアイスハウプトの、
ビーナン・オルデン
蜂の秩序の思想其の物だと。
ズビグニユー・ブレジンスキーの云ふところの、
テクネトロニツク・エージ其の物だと。
地球と云ふ蜂の巣箱に住む蜂になれと。
個としてばらばらに成れと。
其のばらばらに成つた個の單なる集合體だと。


いやなこつた。
御免こうむる。


石工の都仙臺市



2009/11/29 22:24

>石工の都仙台市

>蜂の秩序の思想其の物だと。
キモアニヲタという人類の最底辺に生成された家畜の完成形たる藻前がそれから離れられるわけがない。どうせ大陸から来たイルミナテイならいやだが半島から来た天皇ならいいという程度の話だろう。

しかし、ワヤクチャとかいう御仁もどうにもならない軽躁的なお人だ。あの考察者Kと仲良くしている時点で駄目だとは思っていたが
2009/11/29 22:38

ここでのアイデンティティをめぐるコメント論議は思考を能動的にしてくれる内容がある。わたしは仁王像さんには文学性を感じるがワヤクチャさんには文学性を感じない。それは何故なのだろうか。ワヤクチャさんは地球人として地球思想者であり「アイデンティティの解体」を目指している危険人物である。世界権力がめざしているのも「ワンワールド」の「アイデンティティの解体」だ。

人間とは地球の場所に地に住んでいる。そこが人間の根拠地である。そこからおのれのアイデンティティが発生する。おのれが座りあるいは立っている地点こそが「根拠たるラジカル」と「根拠たるオリジン」である。オリジンとは独自的なアイデンティティが内在しているという意味だ。

ワヤクチャさんは地球の地には住んでいない。ワヤクチャさんは空を飛ぶ鳥なのだ。しかしその翼は想像力の翼ではない。人間が座るあるいは立つ地点を掘り下げればやがて地球の裏側へと想像力は到達するだろう。鳥でさえ翼をやすめるためにはやがて樹木のおのれの巣へと帰還する。


2009/11/29 23:17

「アイデンティティそのものが権力者のワナ」
「平和の為にアイデンティティ解体を求める」
「第4インターを辞めてからの25年ぐらいの間にこの思想を形成してきた」


2009/11/29 21:41
-----------------------------------------

人間とは文化によって自分自身を機械として認識しないようにブログラムされた機械である。思考を忘れること、思考なき思考が新しい「思考」の形態となる。

このような文章が東京新聞11/29朝刊読書欄に載っていた。
粉川哲夫さんによる文で題名は「人間概念の変容」。

ワヤクチャ氏が象徴しているものは人間概念の変貌である。

人間の文化とはアイデンティティこそが根拠となる。
ワヤクチャ氏とはインターネットが誕生させた機械であり「新思考」である。

たしかソ連を崩壊させたゴルバフチョフも「新思考」を唱えていた。

ワヤクチャ氏も「新思考」で日本を解体するのだろうか?



2009/11/30 05:26

言葉の概念創造機能を駆使して世界平和を実現するのが私のイデオロギー闘争戦略だ。
様々な概念を信じる事によって人間は殺し合いをしてきたのだから殺し合いを正当化する概念を無化すれば殺し合いはなくなる。
日本人が中国や朝鮮の人と対立しているのであれば東アジア人として統一すればいい。
日本人という概念に愛着を持っている者は反発するだろう。
これが闘争である。
アイデンティティとは帰属意識の事であり各集団の支配者は構成員の帰属意識を高める為に他の集団と異なる特徴をことさら強調し他集団を劣った支配すべき対象として認識させるように誘導する。
この事は支配者の支配基盤を強化する。
このイデオロギー装置の解体を私は目指しているのだ。
このアイデアはジョン・レノンのイマジンから得た。
日本を解体というと物騒だが平和の為の新しい人間の誕生と捉えて欲しい。
人間は言葉によって世界を良くも悪くもできるのだ。
言葉を発明した以上、世界をよりよく導く倫理体系を創造する義務が人類にあるのだ。
(地には平和を 元ワヤクチャ)
2009/11/30 13:54
「新しい人」によるイデオロギー闘争戦略

ワヤクチャ氏の根幹がようやく現出した。

わたしのイデオロギーとは「根拠地」である。
その思想をわたしは70年安保闘争のなかで発見した。ラジカルとは根拠地からの闘争である。

イデオロギー闘争を継続するワヤクチャ氏の存在は阿修羅にとって必要不可欠である。わたしは日本の根幹を探究している人間である。「日本とは何か」を掘り下げている人間である。わたしとワヤクチャ氏の思想は彼岸の距離がある。

いまや日本でダイナミックな街頭闘争は消滅した。
もしかしたら阿修羅とは街頭であるのかもしれない。

ワヤクチャ氏の根拠地とは「地球平和」である。

地球イデオロギーの体現者こそワヤクチャ氏である。

その地球とはすでにインターネットによる機械生命によって末端神経細胞が支配貫徹されていることも事実である。

ワヤクチャ氏とはその機械生命インターネットと地球意識が誕生させた「新しい人」なのである。今後も大いに阿修羅での活躍を期待しようではないか。

「1995年の衝撃」とはインターネットの誕生だった。
わたしは地球意識と機械生命の誕生を予感し恐怖に震えていた。
阿修羅におけるワヤクチャ氏の現出とは「1995年の衝撃」である。

ワヤクチャ氏のアイデア創造とはインターネットのデジタル驚異的進化と連動している。ゆえにワヤクチャ氏のイデオロギーはすでにトロツキーの「インターナショナル世界同時革命」を超えているのである。

ワヤクチャ氏のイデオロギー闘争とは永久革命である。

大江健三郎が文学で予感した「新しい人の誕生」とはワヤクチャ氏なのだ。


2009/11/30 22:11

あっしら氏以後の人間がワヤクチャ氏であろう。

あっしら氏が阿修羅から退場してから阿修羅を活発にしてきたのはワヤクチャ氏だった。ワヤクチャ氏はアイデアを提言し、新たなる板が次から次へと阿修羅に誕生した。わたしは書き手が減少しているのにそんなに板を増やして大丈夫なのかと思ってきた。

ワヤクチャ氏は「書き手と投稿者」が減少するなか、ひたすら投稿してきた。その努力と営為の前には誰も非難できないだろう。

ワヤクチャ氏が開設したブログには圧倒的な阿修羅の転載記事がある。このような真似は誰もできない。ワヤクチャ氏のエネルギーの爆発は驚異的だった。ワヤクチャ氏のエネルギーはインターネットの驚異的発展に貢献してきた。


2009/11/30 22:31

2009/11/30 22:11さん お褒めに預かり光栄です。

言葉は存在を正確に再現しない。
しかし、言葉は存在を創造できると考えております。
これは一見観念論の主張に見えるかも知れません。
しかし、言葉もまた音や文字という存在形態を持つ物であるから存在の一部なのです。
存在か意識かの二項対立図式を私は批判します。
意識自体が存在であると。
人間の思考は概念を生み出しその概念は表現されさえすればより物質的な形で存在する可能性があると思います。
「思考は現実化する。」というのはこの事です。
ビル群も建築家の思考が実体化したものであり社会制度も先人の思考が実体化したものなのです。
人間の作った物で解体できないものはありません。
解体させまいとする人々が「こんなものは変わらないよ。」というデマを吹聴しているだけです。
戦争の原因である全ての虚偽意識は解体可能です。
大阪府と兵庫県が戦争をする事がないように全ての国家間戦争も終結させる事ができます。
もちろん、テロ組織なる実態不明の組織と国家との戦争も終わらせる事ができると考えております。
意外と簡単でしょ?
(地には平和を 元ワヤクチャ)
2009/11/30 22:48

2009/11/30 22:31さん どうもです。

阿修羅掲示板は正に私にとっての根拠地なのです。

中核派に殺されるかも知れないという恐怖感から私は第4インターから逃亡しました。
第4インターへの帰属意識はその程度のものでした。
正直「この組織の為に命を捧げる気持ちは無い。」という事でした。
それは世界をよりよくする方法として第4インターの活動で前進できるのか?という疑問を持っていたという事です。

現在における主要な闘争の現場とは言論活動ではないか?という思いがありました。

ネットは様々な人との対話ができる主戦場だと。

その中で自分の思想も進化させて社会もよりよくしていこうと思っていました。

このアイデアはデカルトの方法序説の中から得ました。
デカルトが真実を求めて多くの人と対話をするというくだりです。

ネットではその対話自体が蓄積されるので非常にやりがいがあります。

あらゆるテーマで様々な人と対話する中から何か動きを作れないかと考えております。

ではでは。
2009/11/30 23:02

2009/11/30 23:02の投稿は「地には平和を(元ワヤクチャ)」でした。署名を忘れました。
2009/11/30 23:06
「人間の思考は概念を生み出しその概念は表現されさえすればより物質的な形で存在する可能性がある」


ワヤクチャ氏は何かすごい思想を持っている。


ワヤクチャ氏は「地には平和を」というハンドルネームに変えたが、やはり「ワヤクチャ」ネームで貫徹してほしい。

人間、まして表現者というものは、人から嫌われなくてはならない。

嫌われて恐れていては何もできない。


2009/11/30 23:08

17世紀フランスが生んだ大喜劇作家モリエールの生涯とその時代の人々の生活を浮き彫りにする。製作は「愛と哀しみのボレロ」の監督クロード・ルルーシュ。監督・脚本は『太陽劇団』の主宰者アリアーヌ・ムヌーシュキン、撮影は「夢追い」のベルナール・ジツェルマン、音楽はルネ・クレマンシック、美術はギイ・クロード・フランソワ、編集はフランソワーズ・ジャヴェとジョルジュ・クロッツ、衣装はダニエル・オジエが担当。出演は『太場劇団』のフィリップ・コーベール、ジョゼフィーヌ・ドレンヌ、ブリジット・カティヨン、クロード・メルリン、ジャン・クロード・ブールボール、マリー・フランソワーズ・オードラン、ルーバ・グエルチコフ、セルジュ・クールサン、ルチア・ベンサソンの他、「緑色の部屋」のジャン・ダステ、舞台演出家のジャン・クロード・パンシュナなど。1977年1月から撮影を開始し、翌年に完成。この映画に参加したスタッフ、キャストの数は6000人、出演俳優は120人、新調された衣裳が1300点、組まれたセットが220で、戦後フランス映画史上もっとも製作費のかかった作品といわれている。なお、この作品は劇場公開とTV放映の両方が製作され、TVでは上映時間七時間のヴァージョンが放映された。

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD11452/comment.html

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デカルトが方法序説で対話しているシーンがある。それが太陽劇団主宰者のユダヤ人アリアーヌ・ムヌーシュキンが監督した映画「モリエール」だった。


2009/11/30 23:22

白村江

ワヤクチャ氏は沖縄に遺伝子があるという。

沖縄とは最後まで抵抗した百済残党が漂流した場所である説がある。

新羅・唐の連合軍と百済残党・日本連合軍の「白村江海戦」。

沖縄とは百済残党によって建設された王国であった可能性がある。


2009/11/30 23:45

「革共同」のイデオロギー闘争

革命的共産主義者同盟「革共同」の創設者は第4インターだった。

そこに盲目の哲学者黒田寛一が入り、本多延嘉が入った。

60年安保闘争総括めぐり、革命的共産主義者同盟は第4インターから自立する。やがて黒田寛一派(革マル)と本多延嘉派(中核)が分裂する。



2009/12/01 00:00

「自分とは何か?」と問うのは自分には何か意味があると思っているからだ。
「自分の存在に意味が無い」などという事が耐えられないのだ。
しかし、人間に意味など無いのである。
ただ生きているだけだ。
生きているのなら自分なりに楽しく生きればそれでよろしい。

http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/187.html

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ワヤクチャ氏のイデオロギー闘争の一環でもある。

ワヤクチャ氏の思想なるものを把握することは困難である。
「彼は人間に意味はない」と宣言している。まるでインターネット機械生命そのものではないか。

インターネット機械生命との遭遇がワヤクチャ氏によって果たされた。

人は「ワヤクチャ氏=地には平和を氏」の言葉とはインターネット機械生命族の言語であり「インターネット機械生命族からの呼び声」であることを認識すべき段階にようやく到達した。


2009/12/01 01:09

>こんな考えを持ってしまったら今更後戻りはできないのです。2009/11/29 21:41
>私自身沖縄系だ。別に日本人でなくてもいい。2009 年 11 月 15 日
>自分に対して尊敬の念があまりにも少ないのでこういうハンドルを付けたのかも知れません。(ワヤクチャ)2009/11/25 23:26

 なにか内面の悲痛な叫びがこだましているようにも思える(空耳か)。なにが彼をこうさせたのか。
 これまでの歩みのなかで、必要な栄養素の供給が絶たれてきたのか。それは「ふるさと」ではなかったのか。ゆえに「思想幽霊船」からいつまでも降りられないでいる。このまま「船上(戦場)のピアニスト」として生涯を過ごすのか。分からない。

 彼に共感する人々の一部にも「ふるさと」という栄養素を欠かされた方々がいるのかもしれない。

 HNの改変だけは、祝福しておきます。(仁)
2009/12/01 07:17

自分自身にここまで意味を求める事を他の生物はしているのだろうか?
人間ほど自分に意味を求めたがる生物はいないのではないか?
他の生物は淡々と生きているように見える。
犬に感情を読み取る事はできるが自己保存本能が人間ほど強く無い気がする。
私は他の生物のように淡々と生きれた方が幸せだと思う。
よけいな事を考えるから苦しむしよけいな事もしてしまう。
意識が過剰なのだ。
言葉を生み出した事が人間の原罪なのだ。
自分が生み出した言葉によって人間は苦しみ様々な悪行を行う。
幸せという言葉は人を支配してでも幸せになろうという欲求を生み出した。
「足るを知る」という言葉は人間の無限の欲望を制御しようとして発せられたのだろうが言葉による欲望の増殖圧力の方がはるかに強力だ。

仁王像さん

私は自分に対する尊敬の念が少ないと書きましたが尊敬の念というのは何等かの価値観に基づいて抱かれる感情なのであってあらゆる価値観を否定する為に尊敬の念を抱く根拠を解体してしまったと捉える事ができます。

この状態をワヤクチャと表現したのかも知れません。

これは世間から見てワヤクチャに見えるだろうという事であって私自身は楽です。
すなわち開放された人間として存在しているのです。

従いまして「内面の悲痛な叫び」とは逆だと思います。
2009/12/01 12:24

ワヤさんをこれだけ多くの方々が相手をして下さるのは皆に愛されているからだと思う。ワヤさんは自分は成長していきたいという気持ちを持っていて、自分を飾ることなく洗いざらい自分を投げ出していることに好感が持たれているからだと思う(私もその一人)。

仁王像さん

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ワヤクチャさんは阿修羅で愛されている人間である。がんばってほしい。

おそらく阿修羅の歴史を「ワヤクチャさん以前」と「ワヤクチャさん以後」に分節することは可能であろう。

ワヤクチャさんは「中核派に殺されるかもしれない」という非日常を生きてきた人間である。その日常からの疎外が自分を尊敬できなくなったのかもしれない。

しかし表現者というものは、おのれに根拠地をもっている。表現者とはおのれの尊厳を愛している。

ワヤクチャさんは非日常からおのれを解体させた人間だ。これは共同体からの疎外である。

戦前からの日本と共産主義者の共同体と疎外をめぐる物語にある。

ワヤクチャさんはおのれと日本共同体への根拠を解体させながら「地球思想」を選択したのだと思う。

わたしも疎外された人間である。なぜなら共産主義者だったからだ。

共同体から疎外された共産主義者が「どこへむかい何と出会い、何を根拠地とするのか」これは1989年以後の世界的人類史課題でもあった。

ワヤクチャさんの内なるものとは世界的な課題であり人類史の過程なのだ。

過去に共産主義者であった人間はワヤクチャさんのようにおのれを吐露し暴露し批判にさらされていく必要があるだろう。


2009/12/02 09:19

ワヤクチャさんの対話情熱は驚異的だ。尊敬にあたいする。
ワヤクチャさんの対話情熱には礼節がある。

礼節こそ古代道教ではなかったか?

「タオへの道」である。

ワヤクチャさんの遺伝子には「道教」と「儒教」があるのだ。孔子である。

ワヤクチャさんは古代遺伝子をもっている。

やはりワヤクチャさんの遺伝子は沖縄に流れついた古代百済残党である。

百済残党は最後の最後まで唐帝国と戦った。

沖縄には帝国と戦った百済よりの「抗拒」の遺伝子があるのだ。
抗拒の王国こそ東アジア共同体の沖縄だった。


2009/12/02 10:02

否、ワヤクチャ氏の遺伝子は騎馬民族であろう。韓国の任那にあったという「日本府」そこが東アジア共同体の源態であったのだ。


2009/12/02 10:11

ワヤクチャさんの情熱から学ぶものは東アジア共同体の復讐である。

わたしは宣言した。

いま始まった。
セックス誘導記事によってわたしのブログをつぶしたものどもよ

いま復讐が開始されたのだ。わたしには狂気がある。



2009/12/02 10:55

みなさん、ありがとうございます。
殺されるかも知れないと思っていたら今まだ命がある事を喜び大事な事をなるべくして生きていこうとするのかも知れません。
その意味では中核派に感謝すべきなのかも知れません。
25以上経っているので今更殺される事は無いだろうという気持ちもありますが。
生きている内に1人でも多くの人と対話したいという気持ちです。
今後ともよろしくお願いします。
(地には平和を 元ワヤクチャ)
2009/12/02 12:27
 >アイデンティティそのものが権力者のワナ
 >平和の為にアイデンティティ解体を求める

 地に平和氏に好感を持つ人たちがかなりいることは分かった。同時に非常に嫌ったり見放している人々もたくさんいる。これが公平な見方。

 上に引用した教義は非常に危険な道だ。あなた方(共鳴者)も石工の都仙臺市さんの一連の警告に心を開きをよく吟味した方がよい。
 阿修羅共同体が共同体らしい力を発揮し、ここにいる同胞たちを守っていけるかどうか、それが問題なのだ。(仁)
2009/12/02 15:03

対話こそがワヤクチャさんの「共同体」であり「根拠地」なのだと思う。

また仁王像さんが定性した「阿修羅共同体」という言葉もすばらしいと思う。

ワヤクチャさんの内部問題とは「1989年東欧社会主義崩壊」から人類史における共産主義経済建設の破綻と西欧マルクス主義世界観の後景がある。共産主義者がどこに向けて転向するのか、それは人類史課題でもあり、今も深部において進行している。

また「中核派に殺されるかもしれない」という日本の深部で進行した「内ゲバ」問題は深刻であった事実である。日本思想史の重い課題でもある。市民社会の深部には思想実践者の暗黒の河が流れている。表面は砂と石しか見えないが地下には河が流れているのだ。

ワヤクチャさんは過酷な現代史を生きながらも「人を信頼する」原始の裸像を失わなかった人間である。ゆえに対話ができる能力を維持している。過去に共産主義者であった人間の大多数が沈黙したままでいる。日本の現在には深部に沈黙の河がどくどくと流れている。暗黒の河だ。人を信頼していれば世界と人類史から疎外された元共産主義者であっても市民社会で労働し生活できる。


2009/12/02 22:13

元共産主義者の「内面の悲痛な叫び」を聞ける仁王像さんは文学的想像力を持っている。そして仁王像さんは「阿修羅共同体」の可能性を信じている人だ。このような人によって人類史と世界史そして日本史から疎外された共産主義者たちは救われるだろう。

ワヤクチャさんはおそらく「転向論」をくぐりぬけなかった人であろう。共同研究「転向」は「思想の科学」が編集した全3冊である。平凡社から発行されている。さまざまな分野で活躍した人物の転向の過程が分析されている。

わたしはここでのコメント集を読みながら中野重治の転向を思った。

吉本隆明は「共同幻想」をもって日本古代史に言及していった。加藤周一は「日本文学論序説」において日本古代からの美術と文学の体系化を試みた。共産主義者が転向する場合、文学的想像力が必要となる。


2009/12/03 20:47

ここでのコメントを読みながら自分もまた仁王像さんのように元共産主義者たちの「内面の悲痛な叫び」を聞いたように思う。1989年のベリリンの壁崩壊とは東欧共産主義の瓦解であり、1991年にはソ連が崩壊した。日本の共産主義者たちも世界史的展望を喪失し、それそれが「内面の悲痛な慟哭」をかかえ日本市民社会の深部へと転向していったに違いない。その転向の過程を日本社会の言論界は無視してきた。90年代から21世紀ゼロ年代、徹底して日本市民社会から疎外されてきた人間こそ共産主義者たちであった。徳川幕藩体制時、百姓一揆の指導者は打ち首になるか、被差別の<非人>と落とし込められてきた。白土三平「カムイ伝」には百姓一揆の過程が描かれている。日本の国家権力とは近世から現代まで、反抗者は徹底して社会の底へと叩き落してきた。共産主義からの転向者はこの社会の底から復活するのだが、おのれにとっての「もうひとつの日本」を構築できるかどうかが鍵となる。日本への憎悪のみの場合、彼は<日本解体>を叫ぶはずである。

2009/12/03 21:11
個別的なものに自己を同一化しようとする事が権力者のワナなのだ。
個人を世界と直接結び付けないようにする為に「身分相応」なる個別的アンデンティティを勿体ぶって支給するのだ。
飢えた人々に汁椀一杯のスープを勿体ぶって与えるように。
飢えた人々はそれだけでもありがたがるからだ。
スープを与える者が彼等の支配者となる。
そのスープがどこからきたのか誰も問わない。

世界にご馳走がある事など教えてはならない。
そんな事をすればこの一杯のスープのありがたみが無くなるではないか。
オレの立場はどうなる?

人民には少しづつ与える事だ。
そうすればそのわずかなエサを求めて延々としっぽを振り続けるだろう。

人民の世界観や歴史観は様々に異なる個別的なものにするべきだ。
そうすれば世界観や歴史観をめぐって延々と争い続け真理に到達できないだろう。
真理からいかにして人民を遠ざけるかが支配の為には必要な事なのだ。

(地には平和を)
2009/12/03 22:29

白土三平<カムイ伝>

百姓一揆の指導者<正助>は舌を抜かれ、百姓一揆が鎮圧された村に放置された。村人は<なんでお前だけ生き残った、この裏切り者>と認知され、復讐心に燃えた村人から虐殺される。幕府によって舌を抜かれた<正助>は何も説明できないまま村人に虐殺されていく。これが現実である。日本の共産主義者とは<正助>だった。

日本の市民社会とは徳川幕藩体制のように冷酷である。日本国家権力に反抗した共産主義者は<正助>のように舌を抜かれ、市民社会の底で生きていかなくてはならい。そして支配体制維持の方法は徳川幕藩体制から今日まで発展進化しながら継承されてきた。そこでかつての共産主義者が<日本への憎悪>という落とし穴に入る。その落とし穴こそ世界権力が掘ったことに共産主義者たちは気づかない。<日本への憎悪>は世界権力に奉仕する感情である。共産主義者からの転向者は日本史民社会の底で<虚無と暗黒>をかかえ、けして癒されない<内面の慟哭>をかかえ生存するしかないのである。舌を抜かれたまま・・・


2009/12/03 22:38

<共産主義転向者復活の諸問題>

地には平和を氏は<真理>の存在を希求している。

絶対的<真理>こそ、ヘーゲル哲学から継承したマルクスとエンゲルスが全世界の労働者階級を洗脳するために打ち出した<科学的共産主義>イデオロギーだった。その<真理>とは絶対的宗教でもあった。世界権力イルミナティが<キリスト教>に変わる絶対的真理イデオロギーを創設したのは科学的共産主義だった。キリスト教とはローマ帝国が創造した宗教である。マルクス・エンゲルスの科学的共産主義の<真理>とは、イルミナティの王国イギリス帝国が創造した宗教であった。マルクスに資本論を書かせマルクスを援助してきたのはイギリス帝国というイルミナティの王国だった。

日本における<共産主義転向者の復活の諸問題>とはヘーゲル哲学から再度解明していく必要がある。しかし日本の元共産主義者たちは<世界権力イルミナティ陰謀論>を拒絶するであろう。なぜなら<彼・彼女>らは支配者によって舌を抜かれたからである。おのれの舌とは世界思想のための舌ではない。その世界思想の舌とは機械生命のための舌である。おのれの舌とは日本古代からの遺伝子によって誕生したことに元共産主義者たちは永遠に気づかないであろう。これが<内面の悲痛な慟哭>である。



2009/12/03 23:10

「ああでもない。こうでもない。」と対話する事の中にしか希望は無いと思う。
私はこれを阿修羅でやりたいのだ。
阿修羅にはよく考えよく調査をする人々が集まっているからだ。
対話はこのような環境、このような人々の中で公然と行われてこそ成果が出ると考える。
日本にはまだあまりも対話の蓄積が少ないという思いがある。
かと言って外国の事を知っているのではないのだが。
53年以上生きてきても私がなした対話はあまりにも少なくあまりにも薄っぺらであったと思う。
対話には相手があるので相手に対しても失礼な話だが私の心の中では寂しい限りの感想がある。
相手が言う意味を理解できないという事も含めて貧しいのだ。
もっともっと読み対話をしたいと思う。
(地には平和を)
2009/12/04 22:53
人間は他者と対話していると同時に自己と対話している。

なぜなら人間にとっての世界とは自己を貫通することによってしか成立しない。

対話とは自己を発見することである。自己の遺伝子を発見することである。

一番つまらないのはアイデンティティが欠如した人間との対話だ。

彼は一般論しか語らないからである。


2009/12/05 01:43

 地に平和氏の率直で飾り気なくまっすぐで善的性格には今でもホレています。だが、ある壁から先は対話が成り立たなくなっていると、今ではギブアップしています。もっと多くの時間を置く必要がありそうです。

 そこで「文学的想像力」という言葉は気恥ずかしいのですが、この言葉に込められた「含意」があるのではないかとハタと思い当ったのです。人は左脳だけ使い論理的思考のみしていては、自らに課したマインド・コントロールから抜け出すことはできないのではないか。
 右脳を開き、感覚的・情緒的な直観力を働かせると、全脳が働き物事の本性を直に感じとることができるようになるのではないかということです(小生がそうだと言っているわけではありません)。

 瞑想など良いかもしれません。ご参考までに。(仁)
2009/12/05 08:44

人は個別的なものに魅了される。
しかし、個別的なものは危険を伴う。
個別的なものは非和解的である。

自国を愛するあまり他国をないがしろにする事を何とも思わない。
アイデンティティなるものがこの個別的なるものへの洗脳である事を多くの人は理解していない。
もし、平和を望むのであれば個別的なものに対する愛は抑制されなければならない。

自由を制限させると思うかも知れない。
が、他者の自由を奪う自由は抑制されなければならないのだ。
他者との共存というスローガンでは弱い。
そのようなスローガンは守られない。
他者を抑圧する行動や思想に対する抑制が必要なのだ。

そのイデオロギー闘争の一環としてアイデンティティ批判はある。

右脳は自分にとって居心地がいい論理を作ろうとする。
しかし、その論理は得てして他者に対する抑圧となる。

ある文学に感動しない者に対する侮蔑などがそうだ。
右脳は個別的であり、個別的なものを他者に押し付ける事は抑圧である。

この世から抑圧を無くす為には左脳が生み出す普遍的価値観が必要であり右脳の個別的価値観は抑圧を生み出す。

平和と面白さのいずれを選択するのか?という問題でもある。

(地には平和を)
2009/12/05 18:41

アイデンティティなるものがこの個別的なるものへの洗脳である事を多くの人は理解していない。
もし、平和を望むのであれば個別的なものに対する愛は抑制されなければならない。

地には平和を氏

-------------------------------------------

アイデンティティを否定する人の文にわたしは驚嘆している。
個別的なるものを否定する未来図は「1984年」でしかない。

地には平和を氏にとっては「平和」が絶対的真理なのであろう。

しかしその「平和」とは個別的人間によって維持されていくのである。

また地には平和を氏が「右脳」を否定していることにも驚嘆した。

「右脳」を否定する人間にわたしはこれまで出会ったことはない。

人間は「左脳」と「右脳」によって、かろうじてバランスを保っている。

日本近代からの思想は文学が担ってきたきたと言っても過言ではない。

地には平和を氏の文を読みながらやはりと思った。

日本の元共産主義者には愚かにも文学には興味がない文学的想像力が欠如した人間が多くいたのであろう。悲しき内面の悲痛な慟哭がここにある。

ゆえに彼らは鮮やかに次から次へと「論理」への移転を反復してきたのであろう。

おのれの生活のなかに日本古代以来の遺伝子があることを、彼らは永遠に発見できないばかりか、外国にも行ったことがないので、日本も相対的に発見できない。

成田空港の反対闘争を闘った彼らは、成田空港を否定しているために、成田から外国へ旅をすることを内面的に禁じているのだ。しかしそれは共産主義者の不幸である。外国の人々で出会わなければ日本を相対的に発見できないことは自明である。


2009/12/05 21:16

私は外国に行った事があります。
その国の食べ物は長くいると苦痛になったと思います。
日本はうまい食べ物が多いと思います。
しかし、それはたまたまそうなったのであってそれで日本主義者になって帰っては来ませんでした。
むしろ、その国の人々の貧しい暮らしぶりに心が痛み何とか彼等が豊かになれる方法は無いものかと思いました。
そういう国に行って「オレは日本人に生まれて良かった。」なんて思う人が私は嫌いです。
それが排外主義者なのです。

因みに成田空港反対闘争は国家の暴力に対して暴力で立ち向かったと思うのだけれど多くの日本国民の支持は得られなかったと思います。
農民が土地を奪われるという事は大変な事ではあるけれども何も持たない労働者が何故農民の土地死守の闘争に協力しなければならないのか理解できなかったと思います。
情の部分では非常に理解できるけれど労働者の支持を得る闘争としてはどうだったのか?と思っています。

暴力を使った闘争というのは間違いだと今では思っています。
弾圧されて終わりだからです。
勝ち目はありません。
勝ち目が無い闘争に人民を動員する事の意味を問わねばなりません。

これは共産党の主張であったと思います。

(地には平和を)
2009/12/05 22:25

42 2009 年 12 月 06 日 20:25:24
「地には平和を」氏よ。

あなたはなぜ「オレは日本人に生まれて良かった。」という発言を排外主義的に捕らえるのだろう。

誰しも恵まれた環境に生まれおちれば運が良かったと感じるだろう。しかし、これが他人を迫害する精神かどうかとは無関係である。

あなたは、過剰な意味を自分で付け足している。


43 2009 年 12 月 06 日 22:21:10
42 2009 年 12 月 06 日 20:25:24さんへ

「日本人に生まれて良かった。」というのは
「外国人に生まれたら不幸だった。」という意味である。
外国人を蔑んでいないだろうか?

外国の貧しい人々を見て「日本人で良かった」と感想をもらすのは「自分さえ良ければいい。」という考えではないか?

外国の人々を助けようという発想はそこには無い。
だから排外主義だと言っているのだ。

例えば「金持ちの家に生まれて良かった」と言って貧乏人を助けようともしない人間を我々はどう思うだろうか?
「自分さえよければそれでいいのか?」と思わないだろうか?

同じ事である。

これが分からないようでは感受性が乏しいとしか言いようが無い。

(地には平和を)


44 2009 年 12 月 06 日 22:46:20
元共産主義者というのは私にはあてはまりません。
資本論もロクに読んでいないのに共産主義者と言えますか?
まあ、結果的に共産主義的かも知れませんが少なくとも共産主義のなんたるかを知らない私にはそれは判断できません。
確かに私は左翼と呼ばれている組織を転々としてきました。
しかし、それは、否定する事ができないのなら一度一緒にやってみようという軽い気持ちからです。
理解して入っていったワケではありません。
まあ、軽薄と言えば軽薄でしょう。
結果、中核派に殺されるかも知れないという所まで行ったのですから。
従って、共産主義者としての苦悩なるものも私とは無縁でしょう。
苦悩するほどのめりこんではいなかった。
農民が国家に土地を奪われるのは可哀想だとかその程度の考えしかなかったのですから。
私の実態が少しでもご理解いただけましたでしょうか?
この社会にある問題を少しでも解決したいという程度の考えしか持っておりません。
(地には平和を)

45 2009 年 12 月 07 日 02:32:47
「地には平和を」氏よ

>外国の人々を助けようという発想はそこには無い。
>だから排外主義だと言っているのだ。

もし、ほんとうにそうだとしたら、
「私は充分に恵まれているのでユニセフや国境無き医師団に寄付する」と言う人は、皆排外主義者になってしまいますよ・・・

改めて問いますが、

>例えば「金持ちの家に生まれて良かった」
という台詞を何が何でも

>貧乏人を助けようともしない人間
と結びつけて考えるのは、どうしてです?

金持ちの家に生まれて人を助ける人は居るでしょう。彼は恐らく、私は恵まれていると言うでしょう。それは、自分が恵まれていることを自覚しているからであって、他人を蔑んでいるのではないでしょう。

ある特定の結びつきを想定することは良くも悪くもありません。ただ、そうでないこともあるのだという指摘を否定し続けるのは、一種の排外主義のようなものではないですか。。。


46 2009 年 12 月 07 日 13:29:59

45 2009 年 12 月 07 日 02:32:47さんへ

お金を寄付する人は排外主義者ではないでしょう。
博愛主義者だと思います。
そういう人は「自分は金持ちの家に生まれて良かった。」等と考えるのでしょうか?
「自分には金がある。だから困っている人を助けよう。」と考えのであって
「良かった。」なんて考えないと思います。
困っている人もいるのに「良かった。」なんて思わないでしょ?
「良かった。」というのはその時点で一旦思考が終了しているのですよ。

逆に「良かった。」と思う人は「自分はあんな連中のように貧しい家に生まれなくて良かった。」と思っているのであって、そこからどうやって貧しい人を助けようという発想が出てきますか?
金持ちである事に後ろめたさがあるのなら「良かった。」なんて考えないでしょう。

もちろん、中には自分が金持ちである事に後ろめたさを感じ寄付をする人もいるでしょう。「自分がお金持ちになれたのは皆のお陰だ。」などと考えて。
そういう人はもはや「お金持ちになれて良かった。」という思考から卒業している人ではないですか?

言っている事分かりますか?

それとも屁理屈にしか聞こえませんか?

人間は変化をするのであり排外主義者から博愛主義者に変わる人も中にはいるでしょう。めずらしいとは思いますが。でも少なくとも「自分は金持ちになれて良かった。」と考えている内は排外主義者なんです。ちょっとこの排外主義の使い方は差別主義に近い使い方で通常の外国人排除とは違う意味ですが。自分とは異なる者に対する冷酷な振る舞いぐらいの意味です。思考の核は同じです。他者に対する思いやりの欠如です。この資本主義社会では思いやりは努力目標でしかありませんからこういう人間がいるのは当然の事です。無くても罰せられませんから。法律ではなく人生では罰せられるのですが。つまらない人生だとして。

(地には平和を)


47 2009 年 12 月 07 日 13:37:16
中核派に殺されるかも知れないと思いながら結婚できる人なんているのでしょうか?そんな人がいたら無責任でしょう。殺されたら残された人はどうなりますか?だから結婚できませんでした。その事によって私の人格が未成熟になっていたのだとしても仕方が無い事です。私にはどうする事もできませんでしたから。まさか中核派に私を殺すつもりかどうか確認なんてできませんから。ご理解いただけましたでしょうか?何でこの私が武装反革命なのか中核派には説明をして欲しいと思います。中核派は言葉を大切に使う党派らしいですからね。自称ですけど。(地には平和を)

48 2009 年 12 月 07 日 15:47:49
「地には平和を」氏よ

>言っている事分かりますか?

>それとも屁理屈にしか聞こえませんか

言われていることは、ちゃんと分かっている積りですし、全く屁理屈とは思いません。ただ、氏が他の考え方を無理やり見ないようにしているのではないかと感じます。

私には、この討論を続けることは厳しいようです。ちょっと間を置かせてください。


49. 2009年12月07日 23:13:18
本欄を閉じましょう。中段で私が言及したように、もはや本件での対話は成り立たなくなっています。ご本人は「ふるさと体験」という”りんご”をかじってその味を知っているという意味を言っていますが(この下のスレッドで「共同体の文化は染み付いていると思いますよ」を指す)、そこのところが基本的に疑わしい。「りんごの味を知っている」という共通した土俵がないのでこれ以上の対話は不可能なのだと思います。向こう一年単位でみても見通しは容易ではないようです。

 >元共産主義者というのは私にはあてはまりません。

 というのは私は額面どうりに受け止めたいと思います。「元共産主義者」というくっきりした言い方は、元ワヤさんにはかなりの違和感を覚えます。「元左翼活動家」ぐらいが穏当なところではないでしょうか。


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