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中谷巌も、アメリカ帝国洗脳教育のプログラムの一環で、計画的に育てられた人材だったのだろう。電通に洗脳されている日本国民
http://www.asyura2.com/09/hasan61/msg/328.html
投稿者 TORA 日時 2009 年 1 月 30 日 15:16:16: CP1Vgnax47n1s
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu184.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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中谷巌も、アメリカ帝国洗脳教育のプログラムの一環で、計画的に
育てられた人材だったのだろう。電通に洗脳されている日本馬鹿国民

2009年1月30日 金曜日

竹中平蔵 だけが、今も、アメリカの全面後押しで、テレビに出て、
田原総一郎のどす黒くなった顔の横に並んでいる。NHKニュース9より


◆経済学者、中谷巌の転向  〜新自由主義は死んだのか?〜 1月16日 カトラー
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2009/01/post-01db.html

佐高:12月15日に出された新著のタイトルが興味深いですね「資本主義はなぜ自壊したのか」という
中谷:懺悔の書です(笑)。
佐高:なぜ考えが変わったのですか。
佐高:新自由主義的な考え方は、日本の伝統に合わないのです。日本は縄文時代から1万2000年も島国の中でお互いに折り合いをつけ、配慮しながら生活する知恵をつけてきました。つまり社会を重視してきた国です。それに対し、新自由主義は、歴史を断ち切ったアメリカ人たちが、個人個人で市場の中で折り合いを付けていく、という流れから出てきています。かつてアメリカに留学して経済学を勉強したとき、あまりにも見事な理論体系に魅了されました。・・・・論理の美しさに惹かれて私はアメリカかぶれになった。一方、日本では談合や系列、癒着など負の面が目についた。構造改革が必要と思い、旗振り役になってしまった。

ここまで、身も蓋もない自己批判を行っているのだから、その新著には、米国流から脱却した新しい経済理論や経営論が展開されているのだろうと半分期待しながら、正月の休みにその本を読んでみたのだが、全くの期待はずれだった。
かつては、内閣のブレーンとして日本経済の舵取りに大きな影響力を与えた人物が、それまでの自分を全否定して著した本がこの程度のものでは、中谷を信用して後をついていった人々は正に裏切られた思いだろう。

借り物の理論から別の借り物にジャンプしているだけ

中谷の立場は、上に紹介した週刊金曜日のインタビューの内容に全て集約されている。要は、米国流の新自由主義的経済理論にかぶれたが、市場原理に基づく米国資本主義が沈没しそうだから、この際、自分はその泥船から乗り換えると言っているに過ぎず、そこには自分の頭で物事を考えた痕跡が何も見えない。借り物の理論から別の借り物の理論にジャンプして見せているだけという意味で、この本に書かれている「転向」論は、論理的にも倫理的にも全くお粗末極まりないものとしかいいようがない。欧米のアカデミズムの世界でこんな形の「転向」を表明したら、軽蔑されて一顧だにされないだろう。しかし、よくよく考えて見ると、海外でもてはやされている「理論」を輸入し、それを流行の服を着替えるように鏡の中の自分にあれこれ合わせてみるというのは、日本の人文系アカデミズムが明治以来疑いもなくずっとやり続けてきた「伝統」でもあった。理論の背景にある本質は、とりあえず横に置いて、表層的な「技術」だけを真似するというのが「和魂洋才」という言葉のそもそもの意味でもある。
私などは、ここで表明されている「日本の伝統に合わない」から、それまで信奉してきた考え方を捨てるという中谷の言い方にはひどく違和感を覚えるが、彼にとっては、海外から持ち込んできた理論やイデオロギーをスイスイ乗り換えて見せることは不自然なことでも何でもないのだろう。もっといえば、「懺悔の書」としてこの本を書いたことで、米国の理論に「かぶれていた」段階から、「日本の伝統」を重視するという、日本人としてより地に足のついた自分に脱皮できたと中谷は考えているふしさえある。

新自由主義に対する非難の大合唱

米国流の行き過ぎた金融資本主義、そして、それを推進した新自由主義的な考え方に対する批判が、世界的な経済危機をきっかけに噴出し、日本では大合唱のようになっている。米国流金融資本主義を批判するところまでは、良しとしても、問題はその先である。グローバル化する世界の中にあって、破綻した米国流の金融資本主義に代わる強力な理念、ヴィジョンを打ち出せるかどうかが、知識人には求められているのだが、中谷が提出している答えらしきものは、単なる「日本回帰願望」に過ぎない。この本の第6章では、「今こそ、日本の『安心・安全』を世界に」というタイトルが掲げられ、島国で侵略を受けて来なかったという歴史のもとで日本人がいかに平和友好的な民族であったか、また長期の互恵戦略にいかに長けた国民であったかということが強調され、日本文化、日本人のメンタリティの素晴らしさを世界に提示していくことが今後のヴィジョンとして臆面もなく語られてている。新自由主義的な「自由と挑戦」を唱えていた人物が、今度はその正反対の「安心・安全」という旗を掲げているわけだから、中谷の後を追ってきた人々にして見れば、悪い冗談でも聞かされているような気分だろう。(中略)

「安全・安心」とは砂漠の蜃気楼のようなもの

私自身も自分の人生ができれば「安全・安心」に満ちたものであって欲しいと願っている弱い人間の一人にすぎないが、それ自体を人生の目標にしようなどとはさらさら思わない。
中谷の「転向」論の決定的な欠陥は、「安全・安心」という、砂漠の蜃気楼のようなゴールを示し、それが、あたかも「日本回帰」することで手に入れられるかのような錯覚をふりまいている点にある。そして、こうした中谷の議論は、二重に人々をミスリードするものだろう。
第一に、この世界は、次の時代に向けて脱皮するための新たな産みの苦しみの時代に入っていて、特権的な「安全・安心」な場所などは、日本はもちろんのこと、もはやこの世界中のどこにも存在しえないのであり、安全・安心という蜃気楼は、そうした厳しい現実を隠蔽することにしかならないということだ。加えて、日本回帰という安易な方向性を示すことで、ただでさえ内向きなこの国をさらに自閉させ、結果的には閉塞感をますます募らせることになるだろう。

国境を越えて動き回るグローバルマネーの流れは、もはや誰にも押しとどめることができない。今更、鎖国時代に戻ることなどできず、グローバル資本主義以外の経済体制を選ぶというような選択肢そのものがありえない。そして、今、世界を覆っている経済恐慌の根本的な要因は、そうしたグローバルマネーに対して、国家単位の対応では、それが例え米国のような巨大国家であっても対処できなくなったことにある。今回の危機を10年後にふり返った時、歴史は、リーマンブラザースが破綻した日をグローバルマネーというモンスターが米国という超大国のパワーを凌駕した日として記憶にとどめられることになるだろう。

新自由主義が中産階級崩壊の元凶か?

前回のエントリー記事でレポートした年越し派遣村は、マスコミも大きく取り上げ社会問題化したが、マスコミの論調にも「新自由主義」対する批判が目についた。具体的には小泉内閣時代に施行された派遣法の改正など、規制緩和に批判の矛先が向かっていたが、日本の中産階級が小泉構造改革によって崩壊し、格差が拡大したかのようにいうのはお目出度すぎる結論だ。
ここでも根本的な要因は、経済のグローバル化にある。中国をはじめ新興国が世界の製造業の中心地となり、工業労働力の需要も国外へと大きくシフトした。世界競争に晒されている製造業は、コスト競争に打ち勝つためには、工場を海外にシフトするか、国内の労働コストを下げるしか道はない。その帰結として中産階級が従事していた仕事が減少するということが、先進諸国に共通した現象として生まれたのであり、日本では最低賃金を現在のようにワーキングプアを生み出すようなレベルに設定したり、日雇い派遣を認めるなど、明らかな政治の失敗もあったが、国内の経済政策の如何に関わらず、格差の拡大や中産階級の崩壊は避けようのない現実であったとまず認識することが必要だろう。

大きな問題は、この間、政治の対応が余りにお粗末だったことだ。前回のエントリー記事でも触れたが、厚生労働省が雇用のミスマッチを解消するためにおこなったことといえば、「私の仕事館」のような役立たずのハコモノを580億円もかけて建設し、毎年10億円もの赤字をたれ流すようなことであり、本来、セーフティーネットの整備に使われるべき税金が、ゼネコンの懐を肥やしたり、役人の天下り先の確保に使われてきたといっても過言ではない。派遣労働者の人々が、その身分ゆえにに、先ず最初に雇用を切られてしまう悔しさは痛いほど理解できるが、年越し派遣村のような事態を招いた根本要因は、派遣切り=ホームレスという図式を生んでしまった政治の無策にある。

セーフティネットの未整備、雇用のミスマッチ、政治の失敗

雇用のミスマッチの問題もある。派遣労働者の中には、工場を渡り歩くような生活に見切りをつけて、農業に従事できないかと考える若者も出てきた。一方、農業の現場は、これまで問題を先送りしてきた農政の無策によって、後継者不足と高齢化のために崩壊寸前だ。しかし、現状では、若者が農業に飛び込む道筋は全く見えてこない。驚いたことに、都会の若者が身ひとつで農村に飛び込んで農民になろうとしたら、当面の生活費や肥料、種、資材の費用として1000万円近くの資金が求められるという。電車賃も無くて遠隔地から日比谷の年越し派遣村まで歩いてきたというような若者たちにとっては、農業は、今や高値の花である。仕事と共に住む家まで無くして路頭に迷う若者が都会にはあふれるで一方で、農村や介護の現場では人手が足りなくて悲鳴が上がっている。こうしたミスマッチを埋めることができないのも政治の無策がもたらしたものである。(後略)

◆中谷巌(なかたにいわお)の転向のことをどう考えるか。 1月28日 副島隆彦
http://www.snsi-j.jp/boards/bbs.cgi?room=sample1

副島隆彦です。 一橋大学の経済学の教授で、小泉改革までの20年間ぐらいずっと、日本の改革経済政策 の旗振り人のひとりだった、中谷巌(なかたに”がん”)が、転向して、懺悔(ざんげ)の本を書いた。と、聞いて、私は書店で買って、ぱらぱらと読んだ。2週間ぐらい前だ。『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル刊、2008年112月)。
 つまらない本だった。こんな甘いことを書いて、反省の書、自責の念に駆られて、懺悔(ざんげ)の書 というのか、と、私は、改めて、この中谷という学者を軽く見た。 自分が日産自動車の社員だったときに、ハーヴァード大学に留学するチャンスがあって、それで、向こうの大学のカリキュラムに合わせて、しっかり勉強すれば、4年間とかで、きちんと理論経済学の枠組みを習得できる(できた)ということを、得々とずっと書いている。

 彼も、このように、アメリカ帝国(属国群)洗脳教育のプログラムの一環で、計画的に育てられた人材だったのだろう。

 すでに、15年前に、「中谷巌の経済学の教科書を勉強しても、日本の現実とは合わない。中谷が言うことは、ハズレばかりだ」と、1995年ごろに、1990年日本バブルが崩壊したあとに、中谷は、日本の財界人たちから、捨てられていた。 中谷にしてみれば、アメリカ経済学を一所懸命に、勉強して、それを日本に応用して活用して、日本経済の建て直しに、役立てようとしたのだろう。

 そして、1992年からの、”ゴジラ”・ビル・クリントン・チームの日本上陸、と日本の金融叩(たた)きのめし計画が始まった。ロイド・ベンツエンと シュルツの二大キャリア官僚大御所 をさっさと降ろして、ロバート・ルービンと、ラリー・サマーズが出てきた。

 そして、それを、2000年からのブッシュ共和党 が引き継いで、さらに露骨に、アメリカ主導の官製不況(上からのクーデター・不況)を、日本に、まるで、焼き鏝(やきごて)を当てるようにして、実行した。「ゼロ金利、財政赤字、円高」の3本セットでの、日本脅し、日本たたきであった。

 そして、2007年4、5月ぐらいから、アメリカ自身がついに金融崩壊を開始した。 その前の2000年2月のネット(IT)バブル崩れも激しかったが、それは、2001年「9・11」の捏造の大進軍ラッパで、戦争経済(ウォー・エコニミー)への突入で、一旦は、乗り切った

 ”マエストロ(巨匠)グリーンスパン”と、皆で熱狂してグリーンスパンを褒め称えて、一本20万円(2千ドル)のブルゴーミュ・ワインを開けて、ニューヨークで金融人間たちが、毎日、乱痴気騒ぎをしていた。日本でも、ソロモン・スミスバーニー、モルスタ、リーマン、メリル、ゴールドマン、シティなどに勤める「外資の手先、年収4千万円から2億円」の、馬鹿どもが、30台ぐらいの感じだった、汐留(しおどめ)あたりの高級ホテルで、外資金融ユダヤ人どもの手先となって、日本企業を乗っ取るたびに、大盤振る舞いの大宴会をやっていた。それは、2006年中はやっていた。いや、2008年の夏までは、やっていた。

 さすがに、2008年の7月13日の、ポールソン財務長官の、自己暴露、のファニーメイ、フレディマックの合計530兆円の世界中への負債の公表、そして、2ヵ月後の、「9・15のリーマン・ショック」のあとでは、この大騒ぎは消えた。この男どもの周りに群がっていた、「外資大好き女(実態は、売春婦ども)」も消えていなくなった。

 私は、彼らの姿を、しっかりと目撃している。 今は、彼らが住む品川や汐富(しおどめ)の2億円のタワーマンションが、大暴落している。外資金融人間どもは、ほとんどが解雇されて、会社の実態は無くなった。上司だった金融ユダヤ人どもは、さっさと辞職してアメリカに消えていなくなった。

 日本の年金運用団体や、共済組合の幹部たちの、地獄が今から始まる。運用資産の元本(がんぽん)吹き飛ばしで、自殺する、では済まない。 外資の手先の金融人間どもは、転職もきかず、家の中でぶらぶらしているらしい。

 さて、そういう中で、2009年に入った。11月、12月、年末から、この1月は、オバマ当選のお祝いぐらいで、何もなかった。世界中の大金持ち(スーパー・リッチ)たちは皆、バカンスで帰ってくるはずがない。ようやく、今日からのダボス会議(ずっと山の上の、奥の方らしい。ふつうの人間たちは近寄れない)で、スイスに集まってスキーをするのだろう。 自分の会社が破綻したり、投資で大失敗したりした人間たちは、もう消えていない。ナスダックを作った詐欺師のハーバード・マドフが集めていた4兆円はもう一円(1ドル)も返ってこない。

そうやって、2009年の2月を迎える。副島隆彦は、そろそろ次の金融本を書く。

 中谷巌は、本気で反省しているのだろう。この本の中で、6箇所ぐらいで、本気で反省していた。あとは、自分だ、若い頃からどんなに経済学を勉強したかと、ブータン国は貧しいが国民は仕合せだ論を、ずっと書いているだけで、読む方は疲れる。 この男には生活の苦労がない。いい人なのだろうが。

 中谷が、転向すると、他の、馬鹿の一つ覚えの、日本でしか通用しない×新自由主義(ネオリベ)という愚かなコトバで動いた、小泉・竹中改革で、温度を取った、連中も逃げを打って、静かになって、奥に引っ込んで、出てこなくなるものか。

 竹中平蔵 だけが、今も、アメリカの全面後押しで、テレビに出て、田原総一郎のどす黒くなった顔の横に並んで、「日本は改革を進めないから景気回復しないのです」とまだ言っている。テレビ・新聞(すんわち、電通)に 洗脳されている日本馬鹿国民の方も、そろそろうんざりして来ている。

 もっともっと、大損して、自分で痛みを感じなければ、今の自分たちの愚かさを自覚するものか。もっともっと多くの金融人間が、崖から落ちればいいのだ。私、副島隆彦は、冷ややかに見つめ続ける。愚か者は、すべて自業自得で滅んでしまえ。

 以下の日経BPの記事には、中谷のことを、「変節」と見出しで書いている。変節と言うのは、日本語では、相当にきつい言葉だ。政治転向、思想転向、宗旨変え、変心、改心 などを、英語でも、 recantation リキャンテイション、とか、conversion コンヴァージョン と言う。他にも、10とおりぐらいある。転向して人間的に成長すれば、mature up マチュア・アップ とも言う。

 私は、思想転向の研究もやってきた人間だ。本多秋五(ほんだしゅうご)や、中野重治(なかのしげはる、優れた文学者、思想家だった)、吉本隆明(よしもとりゅうめい)たちを、追いかけて、日本左翼(社会主義者、共産主義者)たちの、政治警察による拷問にあう恐怖の中での凶暴な政治弾圧による転向と、敗戦後の日本右翼、民族主義者たちの、ハレンチな転向(世界反共人間への転進)の二通りの転向を、ずっと研究してきた知識人だ。

 人間が、時代の変更、流れの変化に合わせて、生き延びようと思えば、転向する。 このことの重さを、私は、ずっつ自分の研究課題として背負ってきた。本当の知識人、思想家というものの持つ重みを、ここに集まる皆さんに身をもって教えたい。 副島隆彦拝

(私のコメント)
日本の経済学界のレベルの低さは、バブル崩壊を招いた後の迷走からも伺われるのですが、アメリカのハゲタカファンドに日本の株式市場は荒らされ、金融工学を駆使した投資戦法になすすべが無かった。彼らは日本の株式持合いの構造をよく知っているから、株式を売りたたけば銀行が自己資本を失い、貸し渋りや貸しはがしをしてくるだろうと読んでいた。

ヘッジファンドの金融工学といっても貸し株を利用した空売りであり、それまでの日証金から借りて売るのとは違った掟破りの方法で売り崩してきた。さらに企業スキャンダルも次々と暴露されて証券不祥事も相次いだ。これでは株式も立ち直るはずもなく銀行経営を直撃して企業は体力を弱らせて行った。

日本の資本主義はアメリカの金融資本主義によって撃破されて1997年の金融ビックバンで全面降伏する形になった。テレビでは竹村健一氏が金融ビックバンでロンドンのように金融センターになって景気が良くなるという事を言っていた。しかし金融ビックバンで行われた事は銀行の整理統合であり、長銀や日債銀は外資によって買われていった。

モルガンスタンレーやゴールドマンサックスといったアメリカの投資銀行のやり方は最近になって分かってきましたが、投資銀行はアメリカの金融国家戦略の中核でありアメリカ政府と一体であった。財務省の長官はポールソンやルービンのようにゴールドマンサック煮のCEOであった人物であり、MSやGSを敵に回すことはアメリカを敵に回すことと同じであった。

カトラー氏のブログに書かれているような中国などの新興国への投資はゴールドマンサックスの投資戦略であり、日本は中国の30分の1の人件費の国と輸出競争を強いられる事になり、日本の輸出企業の工場は次々と中国へ移転して行った。これはゴールドマンサックの戦略でも有りアメリカ政府の戦略でもあった。クリントン政権は親中反日政策で日本経済を弱らせてハゲタカファンドは日本企業の乗っ取りを企んでいた。

アメリカの投資銀行の悪辣なるやり方は、最近の金融危機を扱った本が沢山出るようになって明らかになりましたが、日本の経済学者たちは何一つ明らかにする事ができなかった。私自身も不動産の証券化について上手いやり方があると思う程度であり、サブプライムローンやCDSやCDOなどについては業界内部の人間しか知らない事だった。

日本の経済学者やエコノミストは政府の御用学者が多く、アメリカやイギリスのような金融立国を目指せと言った言論が主流を占めるようになり金融ビックバンが行なわれた。しかし日本の銀行や証券会社が投資銀行の真似をしろと言っても出来ないことは暴露された金融本を見ればよく分かる。ホリエモンや村上ファンドがやっていたような事を日本の金融機関が出来るわけがない。言って見れば国家的規模の詐欺師なのだ。

最近ではテレビでもサブプライムローンの悪質な手口が明らかになって紹介されていますが、日本のマスコミはアメリカの投資銀行のアナリストを神のごとく崇め祭ってテレビや新聞などによく登場した。WBSによく登場していたモルガンスタンレーのフェルドマン氏は今どうしているのだろうか? 竹中平蔵氏と親密だったから上手く立ち回るだろう。

副島氏も中谷厳教授の転向について厳しく書いていますが、日本のエリートたちは自ら進んでアメリカに洗脳されに行く。確かにアメリカのような世界一の経済大国に行けばその豊かさに圧倒されるだろう。戦後の日本から多くの学者もアメリカに留学したり移り住んでしまった人も多い。中谷氏もその一人であり、アメリカの真似をすればアメリカのように豊かになれると思ってしまっても不思議ではない。

しかし日本がアメリカの真似をして新自由主義を取り入れたところでアメリカのようになる訳に行かない事は明らかだ。文化も歴史も違うし価値観も異なる。今年の正月は派遣切りでテレビでは大報道をしていましたが、契約から言えば派遣切りされてもアメリカでは当然のことであり、会社にいったら自分の机が無かったというのは珍しくも無い。日本人がそれに絶えられるだろうか。小泉・竹中構造改革一派はそれで上手く行くと思ったのだろう。

日本の官僚も国会議員の卵たちもアメリカに留学してアメリカ流の価値観を身に付けて帰ってきますが、日本の事をもっとしっかりと勉強してから行くべきなのだ。日本経済はいつの間にかアメリカを追い抜いて15年早くバブルの崩壊を迎えた。日本のバブル崩壊を誰よりも研究したのがクルーグマンやバーナンキなどのアメリカの学者だった。日本が経済学者は何をしていたのだろうか?


 

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