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なぜ東大からノーベル賞が出にくいか。日本の本当の経済学が育たないのかというと、マル経と米国経済学が合体してしまったためだ
http://www.asyura2.com/09/hasan62/msg/197.html
投稿者 TORA 日時 2009 年 3 月 23 日 15:42:22: GZSz.C7aK2zXo
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu188.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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なぜ東大からノーベル賞が出にくいか。日本の本当の経済学が育た
ないのかというと、マル経と米国経済学が合体してしまったためである。

2009年3月23日 月曜日

◆なぜ東大からノーベル賞が出にくいか  3月16日 黒川清
http://globe.asahi.com/meetsjapan/090316/01_01.html

08年秋、ノーベル物理学賞と化学賞を、日本で生まれ育った4人の科学者が受賞した。
米国籍の南部陽一郎氏を含め、自然科学分野で日本出身の受賞者はこれで13人。しかし、研究拠点を考えると、東大で研究した自然科学分野の受賞者は小柴昌俊氏しかいない。東大出身のノーベル賞科学者には、南部氏と江崎玲於奈氏もいるが、南部氏は大阪市立大、米プリンストン高等研究所、シカゴ大などで研究。江崎氏は民間企業で研究者としての道を歩んだ。

伊東乾氏が『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新書)でも述べているように、「専門的に高い業績さえ上げればノーベル賞が来る」わけではなく、国際政治や世界状況が反映する。しかし、当然ながら世界的なレベルの研究成果がなければ、可能性はない。
日本の最高学府と自他共に認め、歴史的な背景もあり、多額の研究教育基盤的な資金を国から受けてきた東大の受賞者がなぜ少ないのか。東大出身ながら、途中、日本を飛び出し、米国で医学、医師のキャリアを積み内科教授になった後、帰国して東大の教授になった筆者の経験をもとに考えてみたい。

東大では、この時代になってもいわゆる「四行教授」のステータスが高いという信じがたい現状がある。

四行教授とは、履歴書に「東京大学卒、東大助手、東大助教授、東大教授」(これからは准教授などが入って5、6行になる人も多いだろうが基本的には変わらない)の4行しかないという、純粋培養の道を歩んだ人のことだ。これが最も由緒正しく、付け加えるとしても2、3年の海外留学で箔(はく)をつける程度。東大に限らず、役所、企業にもある硬直化した日本の組織の特徴をよくあらわしている。
ちなみに日本で教育を受けた自然科学系のノーベル賞受賞者には、「四行教授」は1人もいない。


実は、こうした構造の根は深い。日本では、勉強のできる子供が中学生ぐらいで自我に目覚める頃から、親や親類、学校や地域など周囲の期待を感じるようになる。入試偏差値最難関とされる東大理科3類の場合、定員は100人足らずで、灘、開成などの全国的超有名進学校の出身者がほぼ半分を占める。残りは約40人〜50人で、年によっては合格者の出ない県もあり、郷土の期待を一身に背負う。「春の選抜高校野球大会の代表校」の様相だ。


いったん東大に入れば優越意識に駆られる。なぜわざわざ外に行くのか、とリスクをとろうとしない精神構造になりがちだ。しかし、チャレンジを避けるのは、世界のトップになれる可能性をつんでいることに等しい。ぬくぬくとした羊水にくるまれた、ひ弱な秀才で終わってしまう。残念なことだ。
私自身、医者一家に生まれ、東大医学部を卒業後、助手になってから、初めて米国に留学した。告白すれば、教授の指示通りに研究留学をし、2年たったら東大に帰るつもりだった。


研究のよろこび
しかし私の指導者から「君は私の仕事を手伝いに来たわけではない、2年後に君自身が独立した研究者になるため、自分で考えて好きな研究をしていい」と言われて衝撃を受けた。さらに「研究者としては対等だ。私が間違っていると思ったらどんどん発言しなさい」とも。
内心、「これは大変なことになった」と思った。しかし、それは、私がそれまでの東大の序列を離れ、個人として、研究のプロとして、自分で考えて研究する最初の機会だった。1年間はあまり成果が出せず、教授は冷たい態度だったが、面白いデータが出てくると、私の研究室に顔を出して議論し、アドバイスし、助け舟を出してくれるようになった。


だれかほかの先輩のためにではなく、自分のためにする研究が苦しいけれど楽しくなり、退路を断って「四行教授」への道を捨ててしまった。
それ以来、米国内で場所を3回変え、世界中のプロを目指す研究、さらに教育者として開かれた相互評価の中に身を置いて腎臓の研究と内科の教育に参加した。医師免許、専門医資格など、米国で必要な資格を獲得し、診療にも従事。内科の教授になった。


明治以来、東大は効率よく国家に必要な人材を供給してきた功は確かだ。ノーベル賞は一つの例だが、他大学に比べてはるかに優位な立場で、優れた可能性を持つ若者を受け入れながら、どのような責任を果たすのか、パラダイム転換が求められている。若い時から「他流試合」を重ね、世界の一流の学者や多くの競争相手と出会い、次世代の仲間のグローバルなネットワークをつくることが欠かせない時代だ。


若い学生、研究者は世界の舞台で活躍できる素地、可能性を十分に持っていると確信している。しかし、まだまだ「四行教授」が幅をきかせているのが実情だ。優秀な学生を大学に残し、自分の研究の手足として、後継者として、自分の業績に貢献させようという発想から抜け出ていない。次世代の創造性、独創性を引き出すのではなく、「つぶしている」教授もいる。研究でも教育でもなく、東大教授という看板にすがり、地位の保全にきゅうきゅうとしている人すらいる。


東大では、研究や教育の現場で「ときめく」経験に出会うことが、世界の一流大学に比べるとはるかに少ない。東大型の土壌につかっている限り、多かれ少なかれ、「権威のクローン」になってしまう。根と幹はどんどん太くなって、効率的にたくさんの論文など果実が収穫できるようにはなっても、魅力溢(あふ)れる新しい芽、そこからの新しい樹とその果実をもたらすことはない。


人づくりこそが日本にとって最も重要な課題だ。たとえノーベル賞には届かなくても、若いうちから世界の一流に身近に接し、薫陶を受け、多様な優れた若い研究者と切磋琢磨(せっ・さ・たく・ま)する環境で研究する。富士山だけではなく、エベレストやK2について知り、到達できるかどうかは別にして、チャレンジする。自分はどの程度の位置にいるのかを知り、自分を探すのだ。若者は荒野を目指さないのか?


優秀な学生は多くてもチャレンジ精神が薄いように感じる。グローバル時代のいまこそ「既得権」を持つ方々の英断と、若い人々の勇気に期待したい。日本の将来はここにかかっている。

◆東大から経済学のノーベル賞が出ないわけ 2008年5月30日 書道家の日々つれづれ
http://pub.ne.jp/Indianinkworld/?entry_id=1435451

東京大学というのは、学校秀才ばかりが集まるところだ。
要するに、東大に入るための勉強は「名人」だが、さて、学問はと言うと疑問符がつく。
いやしかし、東大でも実績を残しているではないかというと、色々なカラクリがある。
それは、どこか地方の大学で良い研究をしてる人物がいたら、即東大の大学院なり研究生として引っ張り込む。
そして、その研究の「共同研究者」として教授などの名前を連ねてもらう。
大学院生でそのまま修了して出で行ってしまえば、その研究成果は教授の物。
そうして、数多くの研究に「共同研究者」として名前を連ねたお陰で、学会賞などをもらう。
又、その研究を取られた人物も、東大という権威を盾に、元の大学の教授にデモしてもらえれば文句もない。

東大というのは、権威づけの元だからそれを笠に着て実はやりたい放題だ。
しかも、お役所は東大のお友達だから、特別研究費などいくらでも出る。
駅弁大学では到底及びも付かないことになるから、そこで研究を完成させるわけだ。
いわゆる理系というのは、科学立国を目指した時期もあったから、駅弁大学に工学部がある。
しかし、経済学部というのは駅弁大学にはあまりない。
あっても、東大の系列だったりして教授が同じパターンならどこも同じだ。学問の世界、特に経済などは芸術とは違って「出藍の誉れ」は少ない。
経済学は、元々マル経というマルクス経済学を主としてやっていたために何十年も遅れたし、その後の近代経済学とて今も続く米国経済学た。
ならばなぜ、日本の本当の経済学が育たないのかというと、マル経と米国経済学が合体してしまったためである。
そして、経済の原則を常に無視するというのはなぜなのかと不思議にいつも思うではないか。

日本経済を見てみれば、「需要と供給」の関係を無視。経済の指標に日本人の70%が資産として持つ「不動産」を無視して資産と認めない。「貯蓄」という金融資産を無視して、その貯蓄を他の金融資産へと誘導。

なぜそうなのかと言えば、不動産は米国市場では「資産」に入らず、かつマル経の共産主義では、土地持ちは貴族の象徴であって、攻撃の対象であること。
又、「貯蓄」は米国ではほとんどされていないから、貯蓄を無視する。
「需要と供給」の関係を無視するというのは、社会主義的傾向から消費を攻撃し、かつ「金持ち優遇」と直ぐ言い出すように資産に対する攻撃性を示している。

何やら経済を論じてくると、日本というのは本当に社会主義国だと思えてくる。
ハブル崩壊のメカニズムなどから、日本経済を分析すれば、経済学でノーベル賞とまでは行かぬが良いところまで行くはず。

しかし、絶対そんなことはしないだろう。
なぜなら、大学の教授は未だにマル経か米国的な経済学しか頭にないからだ。
そして、もっと悪いのは、その理論によってその先生達の経済失敗が明らかになると言うことだろう。

財務省や日銀経験者などその考え方は推して知るべしだろう、為替や何やらの数字を並べ立てても、それから何が予測出来るのか聞いたためしがない。
見てみれば、株の値幅のチャートの様に見えるもので、株に関して言えば、そんな物を見てもほとんど無意味だと誰でも知っている。
そんな図表で株の価格が予想出来るなら、インサイダー取引などの冒険をする必要がない。

「日銀副総裁を3月に退任した武藤敏郎氏(64)が、6月2日付で東大先端科学技術研究センターの客員教授に就任する。」
これは、ほとぼりが醒めるまで、しばらく置いておくという東大と官僚のお約束とは誰でも解るだろう。

しかし、日本経済に関して失敗の連続ヒットを続けている官僚機構の人間を又、日銀総裁にするなど日本に余裕があるのかと言うものだ。


(私のコメント)
昨日は日本が進んだ社会主義国家であると書きましたが、新自由主義の学者から見れば日本はまさしく社会主義であり、所得の再分配が進んで高額所得者は90%もの税金が取られた。なぜこのような社会主義国が出来たかと考えると、東大はマルクス経済学を教えていたし、東大を出た官僚たちはマルクス経済学的な発想で行政を行なった。

累進税率は所得の再分配であり、日本には大金持ちもいなければ貧乏人もいないと言う最も進んだ社会主義国になった。それで高度成長が実現できたのだからアジア諸国や発展途上国の手本にもなった。それが小泉内閣になってからはアメリカの新自由主義や市場原理主義が取り入れられるようになって、累進課税が緩和されて、赤字財政で福祉が切られるようになり、日本にも格差社会がやって来た。

確かに90年代のバブル崩壊で、日本経済は長期の低迷時代を迎えて閉塞感に満ち溢れていましたが、新自由主義経済を取り入れることで経済を活性化させようと試みたのだろう。しかし本家本元のアメリカ経済がバブル崩壊とサブプライムによる金融危機を迎えて、日本は再び社会主義的政策に戻ろうとしている。

一昨年の参院選では民主党の「生活が第一」という選挙スローガンは、小泉内閣の新自由主義を否定するものであり、国民の支持を受けるものとなった。この事によって新自由主義と市場原理主義の失敗は明らかなのであり、アメリカの金融立国を真似た事も金融破綻によって明らかになった。

即ち、日本やヨーロッパで行なわれている社会民主主義こそが政治経済の正しい道であり、それをアメリカは敵視した。バブル崩壊のような経済危機が訪れれば政府が主導して対策を打たなければなりませんが、アメリカは今回の金融危機であっさりと市場原理主義や自由放任経済を棄てて社会主義的政策を行なっている。

世界が直面しているバブル崩壊を日本は18年前に体験したのですが、日本の経済学者は「書道家の日々つれづれ」にも書かれているように、バブル崩壊に際してメカニズムを解明できなかった。結局はケインズ政策で公共事業で手を打つしかないのだろうか? ゼロ金利政策も日銀が編み出した政策ですが、こうなると金融政策も効果が無くなる。

黒川清氏の「なぜ東大からノーベル賞が出にくいか」という記事がありますが、東大にはエリート中のエリート学生が集められているにもかかわらず、ノーベル賞学者は極めて少なく小柴氏ぐらいで、自然科学分野の研究である。人文科学系の研究レベルはノーベル賞とは無縁の体たらくであり、世界的に注目されるような研究とは無縁のようだ。

去年のノーベル経済学賞はポール・クルーグマン教授が受賞しましたが、日頃から新聞のコラムを書きまくり、政策提言など積極的ですが、日本の大学教授にはこのようなタイプはいない。科学論文や研究論文などではどれだけ引用回数があるかで評価されますが、精神医学・心理学、社会科学、経済学は0%だった。つまり誰も日本の研究論文は注目されていない。

なぜこのようになるのかと言うと、レベルが低いとしか言いようがないのですが、竹中平蔵氏が慶応大学の教授になれるのだから、日本の経済学のレベルが分かるだろう。「株式日記」でも日本のバブル崩壊の事を調べようと思っても、ろくな経済書も無くこれと言った研究もなされていないのに愕然とします。むしろ日本の経済学者には評判の悪いリチャード・クー氏やリチャード・ヴェルナー氏の本などが大きな影響を与えている。彼らは大学教授ではなくエコノミストだ。

日本の大学教授は、黒川清氏の記事にもあるように純粋培養された閉鎖された社会で、社会に背を向けて生きている。彼らの研究論文は誰に読まれることも無く研究室のゴミとなっていくのであり、彼らの書く著書は一般には全く売れず大学の教科書として学生に売りつけるだけだ。

日本の大学はサラリーマンの養成所であり、研究者を養成する場所ではない。理系の学部ならば研究成果は世界でも注目を集めていますが、結果が出やすくて研究成果を評価しやすいが、人文系の研究は情報を広範囲から集めて分析していかなければならないから、大学と言う象牙の塔に閉じこもっていては最先端の研究などできるわけが無い。

また大学教授になれば一生安泰であり研究論文を書かない大学教授は日本には沢山いる。せいぜい海外の研究論文をパクって発表するだけでも勤まる職業であり、日本の大学教授ほど優雅な仕事は無いのだろう。だから未だにマルクス経済学が大手を振っているのであり、マルクス経済学など世界では博物館に行かなければ見ることが出来ない。

日本において人文科学が低調なのは、未来社会を予測したり、世界をどのようにしていくべきかと言った事にカネと人材をかけないことが原因なのだろう。海外の有名な科学雑誌に記事が出たりすれば評価もされるのでしょうが、日本の人文系の学者は英語で記事を書いたりはほとんどしない。日本という蛸壺にいれば大学教授として一生食っていけるのだから海外に出て行く必要も無いからだろう。

 

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