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【国際通貨物語(その2)】 通貨の興亡
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投稿者 ミスター第二分類 日時 2009 年 9 月 29 日 21:22:06: syFUAx3Wc1pTw
 

(回答先: 通貨覇権を巡る駆け引きと策略、かくしてドルは機軸通貨となった・・・・【国際通貨物語】----(世田谷徒然日記) 投稿者 ミスター第二分類 日時 2009 年 9 月 29 日 21:20:46)


http://ameblo.jp/chikarablog/entry-10095394172.html#main

 【国際通貨物語(その2)】 通貨の興亡
                    2008年05月10日(土) 00時25分42秒

  ケインズが提案した英国案は、世界の手形集中決済所のようなものをつくろうとするものだった。
 各国公的当局の持ち込む収支尻を相殺させあう場所である。その際の決済通貨として、「バンコール」という新通貨を創設することが提案された。

 一時的な残高不足の場合、加盟国は当座貸越を受けることができた。この「清算同盟(Clearing Union)」は、信用創造機能をもつ銀行とまったく同じで、世界の中央銀行であることを意味していた。

 一方、ホワイト案で提案されたIMFは拠出に基づく機関で、その出資割当額は、戦前の貿易額を基礎として算定することを求めたケインズの提案を入れず、結局各国の金保有高、国民所得額を基準とする米国に有利なフレームワークとなった。

 当時の世界通貨体制は「ポンド経済圏」と呼ばれていて、ポンドが金本位制から離脱して、世界中にポンドが流通し、今と似たような一種の過剰流動性が起こっていた。
 そして、国際的な資金の不均衡が問題となっていた。そこに、まさに現在のドルのだぶつきの対応策に苦慮している過剰流動性状況とのアナロジーを感じる。

 当時、スターリング・ブロックの通貨・金融・貿易の結びつきは強固で、ポンドはその基軸通貨であった。一方で、第二次対戦後、経済力をつけてきていた米国のドルはその巨額の金保有を担保に対外投資能力をもっていた。

 しかし、ドルは依然として国際的信用制度という世界システムをもたない地域通貨にすぎなかった。まだその段階では、ドルは民間の対外投資、貿易金融どちらのルートからも、ポンドと交替して直ちにグローバルな国際通貨に発展するといった展望はもてなかった。

 当時国際経済での大問題は、ポンド決済圏各国にだぶついたポンド残高をどう始末するかであった。当時、英国はインドに対しポンド建て債務を、インドは英国にポンド建て債権を持っていた。

 いまでいえば基軸通貨国の米国が多額のドル建て債務を中国に有していることに類似している。このまま、インドが英国に対して有しているポンド建短期債権をすぐに取り立てられたのでは、英国が債務不履行に陥ることが目に見えている。

 英国にとって必要なのは、短期債務をすぐに履行しなくてすむように長期化することであった。他方インドのような債権者サイドにとって望ましいのは、減価しつづける通貨の債権を、安定した価値を持つ通貨にスワップすることで、ポンドからドルへの移行は債権国インドの希求でもあった。

 そこで、IMFに、ポンドの債権債務関係を建て直しする役割を務めさせることとなった。

 基金は英国とインドの間に介入し、インドからポンド建て・英国向け債権を買い上げ、代価をドルで支払う。英国はインドに対する短期債務から解放され、代わりに、IMF向長期債務を負うことになった。

 この仕組みにはポンドの膨大な流通量をそっくりドルに入れ替えてしまうマジックが隠されていた。
 インドはこの仕組みを利用することによって自動的にポンド経済圏を離脱して安定的なドル圏へ入ることができる。

 新たに手にしたドルの商品購入先は、当然ドルであるため米国へも向かう。米国は巧妙でかつ英国以上に狡猾であった。
 老獪な英国を相手にかくも高等な外交交渉を展開しても米国の手腕はすぐれていた。

 英国に救いの手を述べるように見せながら、ポンド経済圏をドルで換骨奪胎しようとするものにほかならなかった。

 かように、ポンドからドルへの基軸通貨の交代は、米国が周到な仕掛けをして奪取したものである。かくて、ドル基軸通貨体制は、合理性や理念の巧拙よりもむしろ権力バランスを背景につくられた。


 付言ながら、こうした、基軸通貨の世代交代を決定つけた背景には、1つの「借款」の存在が大きい。

 当時米国は第二次世界大戦で戦火にまみえていず、経済的にも無傷であった。一方英国は戦費調達で疲弊して資金的にも困窮していた。
 その英国に対して米国は、37.5億ドルの借款供与を内容とする「米英金融協定」を締結していた。この金融支援と引き換えに米国は英国を押さえ込んで自国に都合の良い案を押し通したのである。

 ようは、米国から借金をしていた英国は米国対して強い立場をとれず、ケインズのホワイト案に対する抵抗にも限界があったのである。

(ここに掲げた多くの史実は先日お逢いした谷田大兄のご教示に拠るところ大です。お礼と敬愛を込めて付記しておきます。)

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(コメント)
 ここで上げられた「借款」は現代では「米国債」と言えるのでないのでしょうか。
 そして当時の英国は現在の米国、そして当時の米国は現在の・・・・・・・・(投稿自粛)と言えるのですが・・・・
 

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