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富士山大爆発 不気味な予兆
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投稿者 taked4700 日時 2009 年 10 月 03 日 23:45:34: 9XFNe/BiX575U
 

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月刊 文芸春秋  2005年11月号, 156-167ページ

 富士山大爆発 不気味な予兆

 −「火山学」の権威が警告する、地震と火山の連関  

   鎌田浩毅(京都大学教授)

「ゴッ、ゴオッーー!」

 二〇××年十月×日午後一時。その瞬間、「日本中すべての人々の」と言ってもけっして大げさではない数の視線が、テレビ画面に釘づけになっていた。

 そこに映し出されていたのは、あの霊峰・富士が地鳴りのような轟音とともに火山灰を噴き上げる姿だった。灰色がかった噴煙の柱が、山の中腹から天の頂を目指して立ち登っていく。

「まさか、本当に富士山が噴火するなんて……」

 ため息があちらこちらで漏れた。

 しかしこの時、東京に暮らす人々の多くはまだ自分の身にやがて迫り来る「恐怖」には気づいていなかったにちがいない。その直後の東京都心−。

 超高層ビル屋上にあるレストランのガラス窓が、突如ガタガタと揺れ始めた。富士山火口の爆発がもたらした空振−空気の振動がここまで伝わってきたのだ。

 あわてて西南西の空を見やると、遠くから黒雲がこちらに向かってくるのが見える。台風の雲などとはまったく様子が異なる。黒い火山灰をたっぷりと含んだ雲が、偏西風に乗って、富士山から優に百キロは離れているであろう首都方面へまで流されてきたのだ。不気味な黒雲の周りでは稲妻が頻繁に光っている。火山雷と呼ばれる雷の発生だ。

  午後三時。いよいよ東京都心に火山灰が降り落ちてきた。

 首都高速道路を筆頭に、都内幹線道路を走る車群がその火山灰を次々と巻き上げるため、あたり一面、まるで大火災が発生したかのように黒煙が上へ下へと舞い上がる。

 陽が落ちるにはまだ早いはずなのに、すでに車はヘッドライトを点灯しなければ走行できなかった。火山灰はいまや通行人の目や喉にも容赦なく侵入し、とうてい前を向いて歩ける状態ではなくなっている。

  やがて奇妙なことが起こり出した。ビルの照明や信号機のランプが消え始めたのだ。と同時に、銀行のATMが停止し、クレジットカードの決済も不能となった。すでに地下鉄は異常信号によって運行をストップしている。ついにコンピュータの中に入り込んだ細かい火山灰が、誤作動を引き起こしはじめたのだろう。

 羽田空港の滑走路にも火山灰が積もり始めた。ジェットエンジンは火山灰を吸い込むと墜落する危険すらある。もちろん、その日の旅客機は全便欠航となった。自衛隊の厚木基地も同様だ。災害救援のヘリコプターが出動できないという前代未聞の事態が生じていたのだった。

  しかし、「平成の富士山大爆発」、後にそう呼ばれることになる未曾有の出来事はまだ始まったばかり。その後、何カ月間にもわたり、首都圏を大混乱に陥れた「恐怖」のプロローグに過ぎなかった。

気象庁会議室

  噴火から遡ること一カ月、九月×日の気象庁大会議室−。

 富士山噴火がもたらすであろう被害のシミュレーションを、火山学者たちが懸命に分析していた。

 前兆はあった。数日前から富士山の直下で、人が感じない程度の弱い地震が連続的に起き始めていたのだ。それだけではない。地震の起きる位置が少しずつ地表近くの浅い場所へ移動していた。

 傾斜計とGPS(汎地球測位システム)の観測結果は、富士山全体がごくわずかではあるが膨らみ始めていることを示唆している。集まってきたすべてのデータが、富士山地下のマグマが上昇し始めたことを物語っていた。

  緊急電話を受けて各省庁から官僚が参集した。いずれも危機管理のエキスパートたちだが、誰にとっても初めての経験だった。なにしろ三百年もの間、平静を保ち続けていた富士山が、これから噴火するというのだ。即座に信じろ、という方が無理かもしれない。

 最大の課題は、もちろんマグマがいつ地上に噴き出すかの予測である。広大な富士山のどの地点から噴火がはじまり、クライマックスではどんな規模の噴火になるのか?

  同時に、この事実をどのように地元住民に伝達すればよいのか。幸い、富士山を取り巻く市町村の全戸には、ハザードマップ(火山災害予測図)が既に配布されていた。あとはパニックを引き起こすことなく、いかに安全に避難誘導するかである。情報は事前にマスコミにも連絡する必要がある。

  いや、問題は富士山を管内にもつ静岡・山梨両県だけではなかった。富士山が三百年前のような大噴火に見舞われた場合、その火山灰は南関東全域にまで達し、あたり一面を覆ってしまう可能性すらある。首都圏の機能を麻痺させることがないよう、事前に火山灰対策を取ることが急務だ。

  二時間に及ぶ討議の結果、確認事項が官邸、中央省庁、東京都へと伝達された。それからの一カ月間、霞が関と永田町は「富士山噴火」というキーワードで忙殺されることになる。噴火災害を事前に迎え撃つという、世界でも例を見ない防災プロジェクトがはじまったのだ−。

富士山の現在

  何も読者の皆さんを脅かすつもりで、富士山噴火のシミュレーションを描いたわけではない。

 あらためて言うまでもないが、富士山は歴史記録で確認できるだけでも十回もの噴火をしてきた活火山なのである。古くは『万葉集』に噴火を指し示すと思われる記述がある。

「燃ゆる火を  雪もて消ち  降る雪を火もて消ちつつ」(巻第三長歌)

  たしかに江戸時代の宝永年間(一七〇七年)に最後の噴火をしてから、富士山の活動は長い休止期にある。しかし、平安時代には数十年間隔で噴火していたことが記録されている。記録に残るものから考えれば、おおよそ百年に一度くらいは噴火する計算になる。

 したがって前回の噴火から既に三百年も経過している事実は、けっして安心材料にはなりえない。逆に、三百年間平穏だったがゆえに、現在の富士山は次にいつ噴火しても不思議がないと言わざるをえない。

 富士山が活火山であることを忘れてはならない。われわれ火山学者は、来るべき富士山の噴火に備えて現在観測を強化しつつあるところなのだ。

  では現在、肝心の富士山の地下はどのような状態になっているのだろうか。

二〇〇〇年秋から二〇〇一年春にかけて、富士山の直下十〜十五キロのところで地震が頻発した。人にはまったく感じられないほど弱いものだったのだが、それは低周波地震と呼ばれる実に奇妙な地震で、地下にある液体や火山ガスがゆっくり動いたことを表している。液体というのは溶けた岩石、つまり富士山のマグマである。

  マグマが蠢き始めたということは、すなわち地表の噴火に移行する可能性が生じているということである。もちろん、だからといって明日や来週というタームで噴火するというわけではない。マグマが十五キロの距離をせりあがってくるには、数カ月程度の時間がかかるかもしれないし(ちなみに宝永噴火の時は約一カ月かかったと考えられている)、二〇〇二年以降、低周波地震の増加は観測されていないので、いきなりマグマが上昇してくる可能性は高くはないだろう。

 だがだからといって、これまでの噴火の周期を考えると、富士山のマグマがこのまま永久に上昇せずに済むとは私には到底思えないのだ。

地震と火山噴火の連動

  もし富士山が噴火すれば、日本の政治経済を揺るがすような一大事となることは疑いようがない。これについては後述するが、私には今もっと気がかりなことがある。それは地震と噴火というダブルショックによる最悪の事態が首都圏を襲いはしないかという危惧だ。

 今話題となっている東海地震などの巨大地震に触発され、つまり連動した形で、富士山の噴火が起こるかもしれないのである。

  これには前例がある。実は、江戸時代に起きた宝永噴火の際には、その四十九日前に宝永(東海南海)地震というマグニチュード八クラスの巨大地震が発生していたのである。地震被害の復旧で忙殺されている最中に、富士山噴火が追い打ちをかけたわけだ。

  それだけでなく、われわれはさらに恐ろしい事態をも想定している。二千九百年ほど前、富士山の西方にある富士川河口付近で、マグニチュード七を超える直下型地震が発生したことがある。そして、この大揺れがまさに引き金となって、なんと富士山の東斜面が一挙に大崩壊してしまったらしいのだ。

  崩壊量約一立方キロという莫大な量の岩石と土砂が、富士山の東に位置する静岡県・御殿場方面へ流れ下った。富士山を作っていた岩石が砕けながら高速で流走したのである。その速度は時速百キロに近かったと考えられており、瞬く間に十五キロ四方の広い範囲を埋めつくした。現在でもこの地域には厚さ十メートルを超える当時の土砂が残っている。

  これは火山学で「岩なだれ」と呼ばれる現象であり、その被害は甚大である。たとえば、明治二十一年に福島県の磐梯山がこの岩なだれを起こしているが、このときの犠牲者は四百七十七名にのぼっている。

  マグマの活動とは関係ない巨大地震によっても岩なだれが発生する、というのが実に厄介な点だ。もし、現在警戒中の東海地震が大きな揺れを引き起こした場合、富士山の一部が崩れる恐れがなきにしもあらずである。

  岩なだれが起きる確率は、火山灰や溶岩の噴出に比べればずっと低いのだが、可能性としては考えておく必要がある。富士山はけっして永遠に美しい円錐形の山であることを保証されているわけではないことを忘れてはならない。

溶岩流の被害

 噴火の話に戻ろう。現実に富士山が噴火したらどのような事態に見舞われるのだろうか?

 まず直接的被害に晒される危険性が高い、富士山周辺のケースを見てみたい。 富士山は噴火のデパートとよく言われる。現在の富士山の年齢は約一万年。富士山はその時々に様々なタイプの噴火を経験してきた。火山灰による被害が甚大なケースもあれば、溶岩流による被害の方が遥かに大きかったケースもある。一つだけ言えるのは、富士山周辺に居住する人々にとっては、どちらの被害も避けて通ることができないということだ。

  富士山から流れだす溶岩は、玄武岩と呼ばれるサラサラした粘性の低いものである。静岡県三島市の中央を埋めている三島溶岩がその代表例だ。富士山の南側から流れ始めて、東海道本線の三島駅を横切っている。三島溶岩は長さ三十キロの長大な溶岩流である。薄く広がる溶岩が次から次へと何十枚も積み重なり、全体では厚さが五十メートル以上にも達する。

  三島溶岩のほかにも、富士山の北麓には長大な溶岩流の跡がある。この猿橋溶岩と名づけられた山梨県大月市に見られる溶岩は、四十五キロ以上も流れ下ったものだ。富士山は日本有数の長大な溶岩を噴出する火山なのである。

  長い距離というだけでなく大量の溶岩を流し出すことでも、富士山は特筆に値する。代表例は北麓の富士五湖にある青木ヶ原溶岩で、現在は青木ヶ原樹海に覆われている。

  青木ヶ原溶岩は、平安時代初期の貞観年間(八六四年)に噴出した。大量の溶岩が出現した結果、もともとあったセノウミという大きな湖が分断されて、現在の精進湖と西湖ができた。一連の噴火活動は貞観噴火と呼ばれており、富士山の歴史の中でも最大級の噴火であったといわれている。

  近い将来、もし富士山が噴火した場合、南の方向に溶岩が流れ出れば、東海道新幹線と東名高速道路を横切って太平洋まで流れ込む可能性がある。溶岩は摂氏千度近くの高温の液体なので、常温に冷えるまでには少なくとも一カ月以上かかる。

 したがってもし次の噴火で溶岩が南方に流れ出した場合には、わが国の東西をつなぐ基幹動脈が何カ月もの間、寸断されることになることは間違いない。

 では次に火山灰による被害について論じてみたい。

都市を麻痺させる火山灰

  首都圏をはじめ、富士山から離れた地域で警戒すべきなのが、火山灰による被害であることは言うまでもない。少し長くなるが、いかに火山灰が恐ろしいものであるか説明しておきたい。

 宝永噴火について江戸にいた新井白石は、『折たく柴の記』にこう書き残している。

「家を出るとき、雪が降っているように見えるので、よく見ると、白い灰が降っているのである。西南のほうを見ると、黒雲がわき起こり、雷の光がしきりにした。西ノ丸にたどりつくと、白い灰が地をおおい、草木もまたみな白くなった。(中略)やがて御前に参上すると、空がはなはだしく暗いので、あかりをつけて進講をした。」(日本の名著『新井白石』、中央公論社)

  火山灰は十日以上も降りつづき、その間、昼間でもうす暗くなったという。宝永噴火では火山灰の大部分が東の方角に飛んでいった。大量の火山灰が上空十五キロまで達し、偏西風に乗って横浜や東京方面に降り積もったのである。

 古文書を読み解いてみると、横浜で十センチ、江戸で五センチほどの厚さだったと推測される。

火山灰とは何か

  火山灰というのは、タバコや炭が燃えて残る灰とはまったく異なる。その実体は軽石が砕かれたものである。軽石とは、液体のマグマが引きちぎられて冷えて固まったもの。気泡をもつ軽石が細かく砕かれたものが、火山灰なのである。宝永噴火で江戸に降った火山灰は粟粒大。史料では「砂が降った」と書かれている。

  マグマが急に冷やされて固まると、ちょうどガラスのような物質になる。つまり、火山灰の噴出は細かく砕かれたガラスが空中に撒き散らされるようなものだと考えていただければ相違ない。

  そしていったん空中に浮かんだガラスのような火山灰は、なかなか落ちてこない。地面に落ちても再び風に乗って舞いあがってしまうからだ。たしかに新井白石も「火山灰は三週間も舞っていた」と書き残している。

  また、火山灰は石のかけらなので、降り積もった火山灰は水に溶けることがなく、いつまでも消えることがない。雨が降ればセメントのように固まってしまうことさえもあるし、火山灰が膨潤性の粘土鉱物を含む場合には、城の壁に使われているしっくいのように硬化する。

 乾いた状態で何週間も舞いあがるのも厄介だが、濡れても始末に負えないのが火山灰なのである。

人体への被害

  この火山灰を顕微鏡で観察すると、角が刃物のように鋭く尖ったものが見られる。それが肺の中に侵入してくるのだから恐ろしい。

 一九七七年の有珠山噴火の直後には、火山灰が降った地域の半数以上の生徒がのどや眼の痛み、鼻づまりの症状を起こした。一九八六年に起きた伊豆大島噴火の後にも、のどの痛みを訴え咳きこむ子どもが続出。一九九一〜九四年の雲仙普賢岳では、火山灰が降った後に喘息発作の患者が急増し、気管支が狭まり呼吸がしにくくなるという症状の患者も多数発生した。

  昨年九月一日におきた群馬県・浅間山の噴火では、火山灰が二〜三ミリ積もっただけで、しばらくの期間マスクなしでは歩けなかった。かつて江戸で五センチ降り積もったことを思い出してほしい。先の新井白石も「このころ世間の人で咳になやまされない人はなかった」と書き記している。

  細かい粒子が肺に入って炎症を起こす例としては、古くから塵肺が知られている。石炭鉱山の坑夫たちがしばしば被災したものだ。その炭塵同様、火山灰も長い間、肺に吸い込んでいると、肺の機能を低下させる恐れがある。

 火山灰が舞っている間に戸外に出るのであれば、防塵マスクが必須だし、むろん、室内に止まっていた方が無難なのは言うまでもない。

  また、舞いあがる火山灰はしばしば目に入る。痛くて目を開けていられないだけでなく、ガラス質の破片からなる火山灰は角膜の表面を傷つける。よって、スキーのゴーグルのような防塵眼鏡をつけることをお薦めしたい。

  しかしながら、火山灰は家の隙間からも簡単に中に入ってくる。戸外で火山灰が舞っていたら、窓や戸を締め切って火山灰の侵入を防ぐ必要がある。台所やエアコンの換気口から容易に入ってくるので、長期的にはテープで目張りをすることも重要である。

  おそらく火山灰は人体に対して花粉症どころではない悪影響を長期間にわたって及ぼすのではないだろうか。その結果、富士山が噴火してから何年もの間、医療関係の出費を押し上げる可能性が考えられる。

日常生活の被害

  火山灰の重量が被害を大きくすることも肝に銘じておきたい。降灰が止んだら、まず屋根に積もった火山灰を下ろさなければならない。宝永噴火と同じ量の火山灰が降った場合、半数の木造家屋は崩れるという計算がある。

  だが、火山灰は下水を詰まらせてしまうので、排水溝に洗い流すわけにはいかない。桜島では一九五五年以降、毎日のように火山灰が降ってきたため、鹿児島市民は袋に入れて運び出した。火山灰の処理は力仕事なのである。

  また、火山灰の降ったあとに雨が降ると、さらに危険な状況が現出する。水を含んで重くなった火山灰が屋根にこびりつき、火山灰に雨水を足した重さが屋根にかかる。たとえば、一センチの厚さの乾いた火山灰が屋根の上に降り積もったとする。この場合、一平方メートルあたりの重さは、十キログラムになる。

 これに対して、雨で濡れた火山灰では、一平方メートルあたりの重さが二十キロ以上、つまり倍以上になる。この結果、雨が降った直後に家屋がつぶれることが頻繁に起こるのだ。

  フィリピン・ピナトゥボ火山の一九九一年六月十五日の噴火では、このタイプの災害が発生した。噴火の当日に台風が襲ってきて大量の雨が降ったのである。

 火口から四十キロの範囲まで、屋根には厚さ十センチの火山灰が残っており、台風の雨水を含んだ火山灰が重量を増した結果、避難所となった建物までもが倒壊し、総計七百人以上の犠牲者が出る惨事となった。

  大きな噴火の直後には、しばしば強い上昇気流が発生する。ピナトゥボ火山の例のように噴火当日に台風が来なくても、火口の上に立ちのぼる雲から大雨が降ることがよくある。ここでも火山灰と大雨による複合災害が発生するのだ。

コンピュータへの被害

  火山灰はコンピュータにとって思わぬ伏兵となることを冒頭で述べた。空中をコンピュータの吸気口から入りこんだ微粒子は静電気によって吸い付けられ、コンピュータ内部に付着し、結果、ごく少量の火山灰であってもコンピュータが誤作動を起こす。

  実際、一九九一年に起きた長崎県・雲仙普賢岳の噴火では、地震の観測機器に取り付けられたコンピュータが、火山灰のせいで停止してしまい、その後の火山観測に支障をきたした。

  コンピュータの機能が停止するとどういう事態が起こるか。新幹線は運休、航空機も離陸許可がおりず、高速道路も使用不能になる。通信、運輸、金融をはじめとして、ほとんどの産業に損害を与えるだろう。ひどい場合には電力、ガス、水道などライフラインにまで支障が出かねない。しかし、どの企業も官庁も、コンピュータの火山灰対策までは手が回っていないというのが現状である。

空港も閉鎖に

  富士山が噴火を始めて最も被害をこうむる交通機関は航空機であろう。富士山の周囲には航空路がひしめいており、東には首都の玄関口としての羽田空港と成田空港がある。少量の火山灰でも首都圏の人と物流を担う空港が長期間にわたって使用不能となる恐れがあるのだ。

  火山灰の粒子は飛行機やヘリコプターのエンジンを止めてしまう。エンジンの吸気口から入り込んだ火山灰は、いったん高温のエンジンの中に入る。火山灰は摂氏五百五十度を超えると軟らかくなりはじめるが、エンジン燃焼室の温度は摂氏千度以上もあるので、火山灰は完全に溶けてしまう。

 溶けた火山灰は岩石が溶けたマグマと同じ成分であり、燃焼室から出ると一気に冷やされる。冷えたマグマは再び固まって岩石となって、燃焼ガスの噴射ノズルをふさいでゆく。完全にふさがれた時にエンジンが停止するのである。

  実際に、インドネシア・ガルンガン火山の一九八二年噴火やアラスカ・リダウト火山の一九八九年噴火で、こうした事故が起きたことがある。ジェット機の四つのエンジン全てが止まってしまい、あわや墜落かという危機に直面したのだ。

  また、火山灰が操縦席の外窓のガラスに当たれば、ひび割れを作ったり、細かい傷をつけて擦りガラスのような状態にしてしまうだろう。空中に火山灰が舞っている間に飛行機やヘリコプターが飛行するのは、大変に危険なのである。さらに、航空機の運航が地上のコンピュータによって制御されている点は、新幹線とまったく同じなので、航空管制に異常が出る恐れもある。

  そのために現在、火山から噴き出し空中に拡散する火山灰の状況は、人工衛星画像を用いて二十四時間態勢で監視され、火山灰が漂う上空に航空機が進入しないよう警告が出されるシステムが構築されている。

異常気象をもたらす火山灰

  火山灰による被害を挙げ出したらきりがないのだが、最後に火山灰は長期的な気象にも影響を及ぼすということを述べておく。

 異常気象の原因となるのである。地上に出たマグマは周囲の空気を暖めるので、それにより軽くなった噴煙が持ちあがる。中でも柱のように立ち上がったものを噴煙柱というが、噴煙柱には火山ガスとして二酸化硫黄と二酸化炭素が含まれている。

 大噴火であれば高度三万メートルの上空まで達するといわれる噴煙柱によって上空に持ちあげられた火山灰は、対流圏を突き抜け、高度十一キロより上の成層圏に突入する。そして、ある高度まで達した噴煙柱は、横へ広がりはじめる。

 このとき水平方向に伸びた火山灰を含む雲を、噴煙の傘(アンブレラ)というが、一九九一年のピナトゥボ火山の噴火では、傘の広がりが気象衛星「ひまわり」の写真で捉えられた。噴煙柱が成層圏へ突きぬけて拡がる様子が撮影されたのである。

  北半球の成層圏では強い西風が吹いているため、この風に乗って火山灰は東方へ流される。この結果、富士山からでた火山灰の多くは京浜地帯を含む関東地方南部へ拡散してゆくのである。

  さらに、火山灰とともに放出された火山ガスが、全地球規模の異常気象をもたらす。成層圏に達した噴煙に含まれている二酸化硫黄は、大気中の水と反応して微細な硫酸の液滴となる。直径一ミクロン以下のエアロゾルと呼ばれる硫酸滴が成層圏に拡散するのだ。これが太陽光エネルギーを吸収することにより、対流圏や地表の温度低下を招く。

  かつて大規模な火山噴火が、地球全体の気候変動をもたらした記録がある。歴史を振り返ってみると、十八世紀のアイスランド・ラキ火山の噴火が、江戸時代の気温低下を招いた。

 二十世紀では、一九八二年のメキシコ・エルチチョン火山が大噴火したあとに異常気象が観測された。貿易風に乗って西へ流れていったエアロゾルが、ほぼ一年後には地球を一周し世界中で観測されたのだ。この噴火では、北半球の平均気温が〇・五度ほど下がったと報告されている。

  地震と噴火は地球のもたらす自然災害の筆頭に挙げられているが、これまでの説明でおわかりのように、実は地震よりも火山の噴火の方がはるかに影響力が大きい。

 地震の被害によって文明が滅びることはないが、巨大噴火はかつて文明をまるごと滅ぼしたことがある。

 たとえば、ギリシャのクレタ島などに栄えていたミノア文明が、三千六百年前のサントリーニ火山の大噴火によって滅びてしまったといわれているのはその一例だろう。いわゆるアトランティス伝説である。日本列島は一万年に一回の割合で巨大噴火を被ってきた。高度な文明を謳歌していたというアトランティス伝説は現在の日本とけっして無縁の出来事ではない。

政治経済への影響

  富士山の噴火は直接的な被害だけでなく、間接的にも広い範囲に災害をもたらす。これがひいては政治と経済に影響を及ぼすことが予想される。

 ピナトゥボ火山の噴火は、国際情勢にも大きなインパクトを与えた。火山灰が大量に降ったため、風下にあった米軍のクラーク空軍基地が使用不能となり、これをきっかけとして米軍がフィリピン全土から撤退、太平洋の軍事情勢が変わってしまったのだ。富士山が噴火すれば、厚木基地をはじめとする在日米軍の戦略が大きく変わる可能性だってある。

  二〇〇四年の六月、富士山が噴火した場合の災害予測が内閣府から発表され、「もし江戸時代のような噴火をすれば、二兆五千億円の被害が発生する」という試算結果が出た。ちなみに本稿冒頭のフィクションは、まさに宝永クラスの大噴火を想定したものである。

  この内閣府の行ったシミュレーションでは、富士山噴火は首都圏を中心として関東一円に影響が出ると予想された。現代の都市は江戸時代とは異なり高度の科学技術に依存しているからだ。

 都市機能にどのくらい被害が出るかに関しては不明な点も多いのだが、富士山から降ってくる火山灰への対策が首都圏の危機管理としては第一の課題であろう。たとえば、コンピュータが麻痺してもバックアップ機能が働くなどの設備を事前に用意すべきではないか。重要な機能を東京に一極集中させることなく、可能なものから分散する施策を今のうちにとることも急務といえよう。

  現在私が委員をしている内閣府・災害教訓継承委員会の富士山宝永噴火分科会では、富士山で起きた過去の災害についてまとめている。来年三月に公表予定の報告書には、富士山の火山防災に関する貴重な提言が述べられているので、ぜひ参考にしていただきたい。

富士山の火山防災

  それでは、富士山の噴火被害を最小限にするために、われわれは具体的に何をしたらよいのだろうか。

 二〇〇四年六月にハザードマップ(火山災害予測図)が作られた。これは富士山の地図上で、どこからどのような噴火が起きるかを表現したものである。

 このハザードマップからは様々な事実が読みとれる。たとえば、富士山では山頂噴火だけでなく、中腹でも割れ目噴火が起きることが図示されている。長さ数百メートルもの割れ目ができ、そこから噴火が始まる恐れが今後もあるのだ。

  最近の研究では、富士山から高温・高速できわめて危険な火砕流も噴出していたことが分かってきた。このような新しい知識もハザードマップに盛りこまれている。ハザードマップは、避難区域の設定や避難施設の整備などの危機管理のために、非常に貴重な情報を与えるものである。これらをどう活用するかが今後の課題となっている。

富士山の噴火予知

  現在、富士山の地下十五〜二十キロの深さにマグマだまりがある。富士山の低周波地震が報道されて以降、富士山の噴火に対する人々の関心が急速に高まった。富士山のハザードマップが急遽作られることになったのも、低周波地震が起きていることが周知の事実となり大問題になったからだ。

  年に十数回、ほぼ定常的に発生している低周波地震の発生場所が浅くなってきたら要注意である。それはマグマが地表に近づいてきたサインである可能性大だからだ。

  マグマが上昇しはじめると、それと同時にごくわずかな量だが山が膨らむという現象が起きる。富士山の斜面の傾きを傾斜計という装置で精密に測ってゆくと、山が膨張を開始したことがわかる。もっと事態が進むとGPS観測でも富士山の地形が変化してきたことが観測される。

  さらに、マグマが無理やり地表近くに入り込んでくるようになると、別のタイプの地震が発生する。地下の岩石をバリバリと割るような高周波地震である。このとき富士山の近くでは、体に感じる有感地震が頻発するようになる。ここまできてようやく一般の人々も富士山が活動を始めたことを認識するのだ。

  噴火予知は、時々刻々と変化してゆく自然現象に対して、いかに臨機応変に対処できるかが勝負である。現在、地震計や傾斜計を増設して、データの量と質を高める方策がとられており、気象庁地震火山部に置かれた火山監視・情報センターは、観測で得られた情報を適宜発表し、きめ細やかな対応を行っている。

  ところで、膨張や地震が起きれば必ず噴火に至るのかといえば、ことはそう簡単でない。マグマが地表近くまで上がってきても、そこで何十年も休んでいることもありうるからだ。それを事前に予知する技術は残念ながらまだ確立されてない。

  しかし、東海地震などの巨大地震と異なり、火山の噴火はある日突然やってくるということはない。宝永噴火の際にも地震や鳴動などの前兆があったことが知られているが、今後、大災害を招くような噴火が起こるならば、現在の予知技術は、その数カ月前に発生する前兆現象を見逃さない。日本の火山噴火予知技術は世界でもトップレベルにある。

  つまるところ、現在の富士山の状態が直ちに噴火につながるものではない、と私たち火山学者は考えている。もし仮にこれから噴火するとしても、江戸時代の宝永噴火と比較すれば小さな規模のものである可能性が高い。

 もちろん、だからといって安心してばかりはいられない。噴火が小規模であればあるほど、前兆現象もまた微弱なものしか顕れないおそれがあるからだ。それゆえに、連日連夜、観測機器から送られてくる情報をもとに火山学者は富士山の地下の状態に目を光らせているのだ。

  自然災害では何も知らずに不意打ちを食らったときに最大の被害をもたらす。昨年末に起きたインド洋の大津波、米国南部を襲ったハリケーン・カトリーナがそうであったように、火山灰が降ってきてからでは遅い。何もない平時のうちに準備するというのが火山防災の要諦である。

火山の恵み

  これまで富士山噴火がもたらすマイナス面だけを論じてきたが、実は経済効果の観点から考えると噴火にはプラス面もある。

 火山噴火のあとには美しい地形が残り、それが有益な観光資源となるのだ。日本の国立公園の九割は火山地域である。たとえば、鬼押し出し溶岩で有名な長野県・浅間山周辺のリゾート地も噴火の賜物だし、裏磐梯の美しい湖沼群も明治の大噴火によって生じたものだ。

 近いところでは、一九九五年に噴火が終息した長崎県・雲仙普賢岳では、火砕流や泥流の跡地をそのまま保存して火山博物館が造られ、二〇〇〇年に噴火を終えた北海道・有珠山でも噴火口がエコ・ミュージアムになった。

 すなわち、噴火災害を乗りきった後には、噴火による恵みも訪れるのである。あえていえば、噴火災害は短く、その恵みは長い。噴火予知など科学の力を用いて、災害をやり過ごすことができれば、その後長期間の恩恵を享受することができるのだ。

  富士山噴火後のプラスの経済効果に対する試算はまだ出ていないが、日本最大の活火山である富士山だけに、当然日本一にふさわしい額となるのではないか。ちなみに宝永噴火の翌年には富士山の登山客が二倍に増えたらしい。

  近い将来起こるかもしれない「富士山大爆発」をただただ恐れるばかりでなく、「短期の災害と長期の恵み」という観点で、富士山噴火に向けて前向きに今から準備することをあらためて提言したい。  

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