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終戦記念日に寄せてL
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投稿者 PCOG 日時 2009 年 8 月 14 日 08:53:07: QQblZfjbsVI.6
 

憲法改正は必要であり、その内容について日本国民はじっくり論憲して、21世紀国際社会の範とされるべき平和憲法を創るべきであり、天皇制廃止に係る議論も自由になされるべきであると言うこと。

憲法改正に係る具体的な方策としては、日本の有識者のエネルギーを結集して、先ずは政府をして、例えば、憲法9条の改正無くしては、今後の自衛隊の運用は不可能である旨の、問題提起を国民に為さざるを得ないように仕向けることにより、日本国民の政治的自覚を高め、憲法9条その他の憲法改正に係る、充分な熟慮期間つまり論憲の期間を設ける必要がある。次には政府が国際連合に強力に働きかけて、安全保障理事会の常任理事国になる事が必要不可欠である。そして、日本が国際的に孤立する事は絶対に避けなければならないので、憲法改正に係る国際政治的な根回しを充分に実施したのち、国会が憲法改正の発議をする必要がある。

ここに、戦後の日本に有利な条件でサンフランシスコ講和条約を締結(1951.09.08)した吉田 茂首相(1878〜1967)が日本国民に残したメッセージ「改革すべきことがまだまだある。甲論乙駁の間に適切な制度を生んでゆかねばならぬ。徐々に然も適切に時間をかけて。何事も永久不変に妥当な制度などがあるはずはない。」は正に洞察力のある名言である。

憲法1条(天皇の地位・国民主権)
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

憲法改正の議題としてはつぎのものが例示として挙げられる。
○ 天皇制に関する議論(提言4・提言15で詳述)
○ 憲法9条に関する議論(提言1で詳述)
○ 公金と私学助成に関する議論(提言7で詳述)
○ 環境権など新しい人権に関する議論
○ 大統領制に関する議論
○ 参議院廃止に関する議論
○ 憲法改正手続きに関する議論
○ 憲法裁判所に関する議論
○ 道州制導入に関する議論

提言15では上記のうち、「報道におけるタブーにより啓蒙活動が阻害されている天皇制」について詳述することにする。報道におけるタブーとは、本来言論の自由・報道の自由の下、法的に報道が禁じられているわけではないが、抗議や不利益を恐れて報道しづらい状況下におかれているものをいう。言論の自由・報道の自由は民主主義の実現には欠かせないものであるが、マスコミとて利潤を追求する企業である。読者・視聴者の離反は企業の存亡を左右するのでタブーを作ってしまうのである。各種の報道におけるタブーの中で、天皇制に対する批判は菊タブーとされている。

なお、報道におけるタブーには、政治に関するタブー(菊タブーなど)・宗教に関するタブー(鶴タブー、統一教会タブーなど)・マスコミに関するタブー(スポンサータブー、マスコミタブーなど)・国際関係に関するタブー(反米啓蒙タブーなど)等多くのものが見受けられる。

吾人が恐れなくてはならないのは、20世末の民主主義国家における経済体制は、資本主義経済と社会主義経済との混合体制であったものが、今日では資本主義経済が台頭して資本主義経済に傾斜したため、極端な弱肉強食の格差社会が醸成されたことである。更に、企業は利潤追求が至上目的とされるため、一応内部告発により企業倫理が保たれているかの如き様相を呈しているとは言え、報道のタブーの弊害に留意する必要がある。

今日の日本の民主主義は、事実上自民党独裁下の形骸化した民主主義に過ぎない。そして今日の政権は、侵略戦争の反省という立脚点を欠き、メディアを加担させることにより、平和憲法の精神を尊重する人々を異端視するバックラッシュ(逆流)によって、日本国民をマインドコントロールしようとする姿勢が見られる。今日の世論は主として政治権力とマスメディアの連携により醸成され操作され加工されている。

議会中心の民主政治を理想的に運用して行く根本は、国民の政治的自覚を高め、責任ある選挙によって議会の内容の向上をはかり、正しい世論をもって議会政治を督励・鞭撻・制御して行くほかにはない。主権者である日本国民の政治的自覚の向上・思想の進化が希求される所以である。

さて、米国首脳は日本を仮想敵国と定め長年研究してきたオレンジ計画を1924年に最終決定したことは周知の事実であるが、決定以前から日本の歴史・文化・政治・経済・宗教・風俗等日本の国情についての全ての情報を収集・分析・検討して、日本の国情については通常の日本人以上に精通していた。孫子の兵法「彼を知りて己を知れば、百戦して殆[あや]うからず」を実践したわけである。

米国首脳は、日本の歴史を深く研究分析した結果、日本を統御する最善の策は天皇(玉)を懐柔して手中に収めることであると確信するに至った。更に、終戦前の特攻隊の出現は、日本軍の勇猛果敢さを立証し、米国首脳を驚愕させた。そこで米国は日本を再び戦争の出来ない国とするため、天皇を日本国の象徴であり国民統合の象徴とする平和憲法(1946.11.03公布)を押し付けた。

終戦当時の米国首脳・トルーマン大統領(1884〜1972)の指示により、連合国軍最高司令官であったダグラス・マッカーサー(1880〜1964)は、日本占領政策を平穏裏に且つ効率的に実施するため、昭和天皇(1901〜1989)を懐柔利用する計画を実行した。よって、最高戦争責任者である昭和天皇は、極東国際軍事裁判(東京裁判・1946.04〜1948.11)では起訴されることもなく証人として出廷することもなかった。

米国が昭和天皇の戦争責任を追求しなかった行為は、未だに天皇崇拝・天皇教の呪縛(マインドコントロール)から解放されていない日本国民の大多数を、親米派に取り込むことが出来た。米国の日本統御は成功の第一歩を踏み出したことになる。因みに日本統御に成功して自信をつけた米国は、ベトナム更にはイラクにも覇権主義の触手を伸ばしたが何れも失敗に終わった。

その後、朝鮮戦争(1950〜1953)の勃発により、軍産複合体に係る国益のみを最優先させる米国の覇権主義は、理不尽にも自ら押し付けた憲法9条を侵蝕するに至った。即ち、朝鮮戦争の勃発は米国の対日占領政策の転換をもたらし、日本に再軍備を強要するに至った。朝鮮戦争における米軍の被害の増加は、新しい日本軍を創って、防共の砦の主力とする必要性を生んだ。因みに、沖縄戦での米軍の死傷者数は約8.5万人であり、朝鮮戦争では約14万人であった。

日本政府は憲法9条2項を改正して再軍備をなすべきであったが、当時の国情では硬性憲法を改正出来ないことが明白であったため、「自衛隊は戦力なき軍隊である」「自衛の為の戦力は憲法の禁ずる戦力ではない」等詭弁を弄して米国の要求に応えざるを得なかった。そして遂に、米国の傀儡政権と化した政府(小泉政権)は、米国の意のままに動く軍隊(自衛隊)を創り上げてしまった。

さて、明治新政府は当時の欧米列強の東洋侵略に対して、日本を防衛し且つ国運の隆盛を図るため、天皇を中心とした国家神道(天皇教)と富国強兵(軍国主義)との政教一致の国策遂行目的で、蒙昧な日本国民に幼少の頃から、明治新政府が天皇を神格化するために平田神道を基にして創設した、現人神である天皇崇拝・天皇教を、義務教育などを通じて徹底的に叩き込んだ。この国策は終戦に至るまで、極めて巧妙に且つ強力に継続して推進された。

当初は学校の講堂や職員室・校長室に、天皇・皇后の写真と教育勅語を納めた「奉安所」が設置されていたが、関東大震災(1923.09.01)以降は学校正門横に耐火構造の「奉安殿」が設置された。戦前・戦中の全ての小学生・中学生・教職員は、登下校時や単に前を通過する際にも、服装を正して「奉安殿」に最敬礼をすることを義務付けられた。小学生さえも教育勅語の暗誦を義務付けられた。軍隊に入隊した軍人は、「朕は汝ら軍人の大元帥なるぞ、軍人は忠節を尽すを本分とすべし。死は鴻毛よりも軽いと覚悟せよ」の文言が記載された軍人勅諭の暗誦が義務付けられた。

更に、日本の国策に反対する者は即ち天皇の命令に背く国賊である。国策が思うように遂行出来ないのは天皇の赤子である国民全体の責任であり国民の努力が足りなかったからである。いかなる不測の事案が発生した場合であってもそれは人間の姿をして地上へ降臨された神である天皇・現人神の責任ではない。「天皇は神聖にして犯すべからず」の存在である。天皇の意を戴して国民は最善の努力をなすべきである。このように、戦前・戦中の国民はあらゆる機会を通して、骨の髄まで教え込まれた。

如かして、神権天皇主義(天皇教)に基づく神道(神社)国教制を国体の根本義とし、他方富国強兵策に基づく軍国主義とを車の両輪とした政教一致の義務教育を徹底して実施した結果、日清戦争・日露戦争に勝利することが出来たが、薬が効き過ぎて、太平洋戦争開始前には、澎湃として興った国家主義・軍国主義・ファシズムは、天皇以外は、政府・軍部をはじめとして、何人たりとも押さえる事ができない物凄いエネルギーに迄高まってしまった。マスコミも挙って、鬼畜米英撃ちてし止まんと書き立てて戦意高揚に協力させられた。当時の日本で戦争反対を唱える事は、とりも直さず、一家眷族が抹殺される事を意味した。

日米開戦に反対の立場を採っていた当時の海軍次官(海軍中将)山本五十六は、東京におれば暗殺されること必至の状況下に置かれていたため、海軍首脳は彼を連合艦隊司令長官(1939年8月任命)として、テロの手の及ばない海上に逃がした。

教育による洗脳・マインドコントロールの怖さを思い起こすと共に、人間が如何に心理的に弱い面を持っているかの証左とも見る事が出来る。そして遂には、神国日本・神州不滅のかけ声のもとに、現人神(あらひとがみ・living god)である天皇を頂点に戴く選民である日本民族は、他の民族に優越した民族であり、地球(世界)を支配すべき使命を持つという、八紘一宇(はっこういちう)を夢見る狂信的な神国主義(天皇教)が日本を戦争に駆り立て、近隣諸国に大いなる迷惑をかける結果を招来した。

21世紀の今日に至るも、未だに天皇崇拝・天皇教を信奉する多数の政治家や日本国民が存在する事実は、78年間(1868〜1945)にも及ぶ政府のプロパガンダによるマインドコントロールの凄まじさの証左である。

なお、教祖名浅原彰晃(松本知津夫)創設のオウム真理教の信奉者たちの中には、一流大学を出た若者が多かった。人の命を救いたくて医者なった者もいた。彼等が短期間で殺人マシンに変身させられた事実の裏には、日本国民のDNAには宗教の麻薬性に弱いという遺伝子が潜んでいるのかも知れない。

以上で解ることは、天皇制を温存していると、天皇は権力者の傀儡として利用されて、思想統一の道具とされるということである。

つぎに、国家の組織形態・統治形態としての君主制を認めると言う事は、「人間は生れながらにして、その身分には上下がある。」と言う事を肯定する事になり、その事は取りも直さず、人種の差別、身分の差別、職業の貴賎、等の非人道的な差別概念を生み出す制度を容認する事になる。「人の上に人なく、人の下に人なし。」とする民主政治の平等主義は、本来君主制とはなじまないものである。つまり、天皇制の廃止なくしては、真の民主主義国家日本は誕生しないということを、吾人は認識する必要がある。

例えば、米国の白人優越主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)の活動に見られるように、一部の白色人種の心の中に、今日でも強く根付いている有色人種に対する差別概念を払拭する為には、英国や日本等に前時代的な残滓として未だに現存する君主制を地球上から廃絶させる必要がある。

そもそも特定の家系に連なる人間を、ただその血筋ゆえに生まれながらに尊いと考えるような不合理を押し通す体制のもとでは、逆に特定の血縁集団に属する人間がその血筋ゆえに無条件に卑しいものとして差別され排除される結果になるのも当然の理である。日本に於ける同和問題の抜本的な解決も、君主制の廃止無くしては有り得ないと言う事である。叙勲における官尊民卑の等級差別や等級による人格差別、実力主義を阻む権威主義、等何れも亦然り。

更に、神道の祭主である天皇を日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると定めた憲法の規定そのものが、政教分離の原則に反するものと言わざるを得ない。君主制は、日本における民主主義の成熟を阻害する要因であることに日本国民は覚醒するべきである。

誤解を招かない様に付言すると、飽くまで思想家としての立場で、天皇と政治との分離の必要性を述べたものである。つまり、国民主権主義を謳った日本国憲法1条の立法趣旨に基づいて、国家の組織形態・統治形態を捉えて見た場合における、君主制(象徴天皇制)の否定であって、天皇並びに天皇家の否定ではない。吾人は日本国民として、条理上「君主制に基づく自由権侵害の桎梏から解放された天皇・皇族の人格、並びに文化としての天皇家の存在」を尊重すべきである事は、論を俟たない。

なお、女性の天皇や、天皇の自発的な退位を認める皇室典範改正の動きが見られるが、近代的民主主義思想の根底たる、自由及び幸福追求権をも含む個人人格尊厳の理念からも、人道的な見地からも、進歩的な思想の台頭であると評価出来る。「退位の自由・天皇制の廃止」をも含んだ21世紀に相応しい進歩的な皇室論議が展開されることが期待される所以である。

ここに、天皇・皇族を生涯に亘って、制約で雁字搦めの囲いの中に閉じ込めて自由を剥奪する事は、21世紀の今日に於いては正に人権(自由権)侵害そのものである。天皇・皇族の人権を守る為には、憲法を改正して、天皇・皇族に係る第一章(1条〜8条)の規定を全て削除する。天皇を政治から完全に縁を切って、宗教法人である神道(靖国神社・伊勢神宮)の祭主とすれば、天皇・皇族の人権も保障される。そして、政治から完全に分離された天皇が「私人である神道の祭主」として靖国神社に参拝すれば、天皇のため即ち日本国民のために尊い命を捧げた英霊の慰霊は万全のものとなり、且つ何等の制約も受けるものではないことは当然である。総理が敢えて参拝する必要もなくなり、政教分離の原則も確立する。

憲法を改正して天皇・皇族に関する規定を外して、天皇・皇族と政治とを完全に分離する。天皇・皇族は文化的存在として残る。如かして、天皇家は国家予算(宮内庁関係予算約190億円)に依るのではなくて、宗教法人あるいは財団法人として、天皇家を支えたい人達が支えるのも一つの方策ではないかと思料される。

更には、菊の紋章をブランドにした株式会社を設立して市場に参入する方策も考えられる。ブランドイメージに基づく会社の発展が約束される事は必定である。勿論、天皇及び皇族の意思が最大限に尊重されるべきであることは当然である。例示として、天皇・皇族が菊の紋章の清酒・製菓会社を設立して、代表取締役・取締役若しくは大株主になれば、信奉者の協力で事業は安定して、東証一部上場は間違いない。日本国民としての天皇・皇族の生活は経済的にも極めて安定したものとなり、21世紀の人類にとって一番大事な「自由」を満喫できる。彼等も人間としての最高の幸福感を味わうことが出来る。

因みに、現在の日本の国家組織形態は、象徴天皇制という独特の機構も認められているから、立憲君主制と議会共和制の妥協形態と捉えるのが妥当である。

それではここで、日本に於ける君主制(天皇制)温存の弊害を要約すると次のとおり。
1.人は生まれながらにして、その身分には上下があることを肯定することは、民主主義の理念に反することになり、人権差別の元凶となる。
2. 天皇制を温存していると、天皇は権力者の傀儡として利用されて、思想統一の道具とされる。
3.特定宗教である神道の祭主である天皇が、日本国の象徴であり国民統合の象徴とされるのは、日本国憲法が定める政教分離の原則に反する。(提言4参照)
4.宮内庁関係予算、毎年約190億円は、税金の無駄使いである。
5.21世紀に於ける天皇制は、天皇・皇族の人権〈自由権)の侵害を醸成する。

ここに、非人道的な差別概念を地球上から完全に払拭して、地球上に究極の平和を招来する為の理想社会である、地球共和国を設立する為には、外面的には提言2で論述しているように、国家主権の及ぶ領土の境界を示す国境の廃止並びに君主制の廃止、内面的には、提言5で論述しているように、人間が正しい人生観・世界観を持つ事、思想の進化なくしては不可能である。

因みに、今日の時点で言える事は、終戦後、帝国憲法の改正手続きに依るのではなく、天皇制を廃止して、国民主権主義にふさわしい、議会共和制に基づいた新憲法(平和憲法)を制定公布するとともに、新しい国旗・国歌を制定して、すっきりした形で、地球(世界)の範とされる民主主義国家体制を創るべきであったにも拘わらず、米国首脳の指示により、当時の連合国軍最高司令官であったダグラス・マッカーサー(1880〜1964)が、日本占領政策を平穏裏に且つ効率的に実施するため、昭和天皇(1901〜1989)を懐柔利用した事が、禍根を残す結果を招来した原因であると思料される。

よって、提言1で論述したように、憲法改正に係る日本国民の政治的自覚が高まりその結果、憲法改正に止まる事なく、例えば議会共和制に基づいた新憲法(平和憲法)制定の気運が醸成されたと仮定した場合、日本国民は、「国民の直接選挙により選ばれた大統領制を採用して、大統領に強力な権限を持たせる、つまり、大統領に行政権の首長としてのみならず日本国の元首としての地位を与える。」若しくは「議員内閣制を採用して内閣総理大臣に同様の地位を与える。」この二つの、国家の組織形態の何れを選択すべきかの命題に直面する事になる。政治的自覚のより一層の成長が日本国民に期待される所以である。

なお、森 喜朗首相が、2000年5月15日開かれた、首相自らもメンバーである「神道政治連盟国会議員懇談会」の30周年祝賀会の挨拶で、「日本の国は、正に天皇を中心にしている神の国であるということを、しっかりと国民の皆さんに承知していただく、その思いで我々が活動して30年になった。」と発言したが、森内閣に代わって、2001年4月26日小泉内閣が発足した。小泉純一郎首相は、主権者である国民が選定するべき首相を、主権者ではなくて象徴に過ぎない天皇が任命する首相公選制を主張している。前時代的であり且つ民主主義の成熟を阻害する象徴天皇制(君主制)を未だに墨守する消極的な姿勢は嘆かわしい限りである。

首相公選制を提唱するのであれば宜しく象徴天皇制を廃止して、国民の総意に基づく新憲法を創設して、例えば、国民の直接選挙により選ばれた大統領制を採って、大統領に行政権の首長としてのみならず、日本国の元首としての地位を与えることにより、21世紀における民主主義国家としての成熟を促進する創憲の姿勢(日本の国家組織形態の構造改革)を忘れてはいけない。

さらに、小泉首相は中国・韓国の要請に応えることなく、違憲判決の出ている靖国神社への公式参拝を続行したため、隣国との外交関係を極度に悪化させてしまった。そして遂に米国の要請に応じて、憲法9条を無視して、自衛隊の海外派兵までも実行してしまった。

21世紀の今日に至るも、未だに天皇崇拝・天皇教の呪縛(マインドコントロール)から解放されない多数の政治家や日本国民が、米国の傀儡政権を作り上げ、その結果再び日本を戦争の渦中に巻き込む愚行を繰り返そうとしている。この現実を日本国民は正確な歴史認識に基づいて洞察する必要がある。

時代の大変革期に求められているのは、解決すべき問題を無理に既存の国家の組織形態に当てはめる努力ではなく、国家の組織形態そのものを新しい時代に適応したものに作り変える努力である。日本国民がこの真理に目覚める日の早からんことを期待する所以である。

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