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IDは仮の仮説であって、眼目は「進化論」の否定が主張の骨格だと思う
http://www.asyura2.com/09/nature4/msg/341.html
投稿者 短足鰐 日時 2010 年 1 月 01 日 14:10:59: 1dEIvwQCPSw5M
 

(回答先: ダイナモさん、私はそう簡単に笑えないのですよ >ダーウィン進化論の是非 投稿者 千早@オーストラリア 日時 2009 年 12 月 25 日 19:00:55)

『進化のイコン』という本を一読しただけの印象だが、進化論を否定している理論(学説)であると思った。
 では、それに替るものは何かということになるが、そこで仮に仮説されたのが、本書では触れていないIDではないかと思う。だからまだ仮説の域にもはいらない仮設定の考え方ではないかと小生は考えている。

 本書の進化論の否定という真骨頂はこの分野の素人にもかなりの説得力があると思う。実際、小生も類人猿の古いいくつかの頭がい骨以外に、そこから現代の人類まで延々と続くはずの頭蓋骨が見つかっていない(ミッシングリングと言うのか)のは、進化論の決定的弱点ではないかと思っている。人類の誕生ということの本当の意味は21世紀の今も何もわかってはいないのではないだろうか。
 つまり進化論に取って代わる新しい進化論はまだ緒についたばかりで、IDというのは仮設定ぐらいに受け止めている。

 下の抜粋は、ほんのさわりの部分。雰囲気だけは伝わるだろうか。

ジョナサン・ウェルズ『進化のイコン』コスモトゥーワン‘07年よりわずかに抜粋

 チャールズ・ダーウィンにとって、「変化を伴う系統」、すなわち形態変化を伴う血統的下降は、最初の生物以後のあらゆる生物の由来を説明するものだった。…もう少しだけましな言い逃れは、変化を伴う系統(血統的下降)が起こる、という主張である。

 この主張が正しいかどうかを決定できる唯一の方法は、観察や実験と対比するということだけである。他のすべての科学理論と同様に、ダーウィンの進化論も絶えずその証拠と対比されなければならない。もし証拠に合わないときは、理論は再検討されるか、あるいは棄却されなければならない。そうでなければ、それは科学ではなく神話である。p28

 カンブリア紀に動物の化石が突然現れることはダーウィンも知っていたが、…その現象がどの程度にものなのかは完全には理解されていなかった。p68-70

 カンブリア爆発はダーウィン進化論に深刻な問題を突きつける。これが驚くべき出来事であるのは、それがあまりにも突然で広範囲だからである−すなわち地質学的に言って、あまりにも短期間に起こっており、あまりにも多くの主要な動物のグループがそこでデビューしているのである。しかしこの出来事がダーウィン理論への挑戦であるのは、(突然や広範囲にあるのでなく)門や綱がまさに最初に出現したことにあるのだ。
 ダーウィン理論の主張では、門や綱レベルの相違は、種・属・科・目といった下位のカテゴリーからの長い分岐の歴史を経過した後に現れるはずである。しかしカンブリア爆発はこの見取り図に当てはまらない。進化論者のジェフェリー・シュワルツが言っているように、主要な動物のグループが、「化石の記録の中に、アテナがゼウスの頭の中から飛び出したように出現する−十分に完成し、活動準備万端の形で」。
 生物学者の中には、これを「ボトムアップ」型と対比して「トップダウン」型の進化と表現する人たちもいる。ダーウィン進化論は「ボトムアップ」である。
 明らかに、カンブリア紀の化石の記録の爆発は、ダーウィン理論から期待されるものとは異なっている。生物学的ヒエラルキーの上位のレベルが最初に現れていることから、カンブリア爆発はダーウィンの生命の樹を逆さまに立てた形になっているといえる。p72-4

 1999年、カンブリア紀の化石の専門家として有名な中国のある生物学者が、カンブリア爆発の「トップダウン」のパターンは、ダーウィンの進化論と矛盾することを指摘した講演会があった。後刻、彼と対話したとき、彼は笑いながら言った。「中国ではわれわれはダーウィンを批判することはできるが、政府を批判することはできない。(アメリカは逆だ)がね」と。

 『種の起源』が出版される前、ヨーロッパで最も有名な発生学者はエルンスト・ヘッケルではなく、カール・エルンスト・フォン・ベーア(1792-1876)であった。フォン・ベーアは、生物学的階層のより低いレベルでの種の変化の可能性を認めているものの、ダーウィンの言う大規模な転換については何の証拠もないと言った。フォン・ベーアは例えば、さまざまな綱の脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類等)が共通の祖先から別れたものであるとは信じなかった。p127-129

 ダーウィンはフォン・ベーアの論文を、自分の発生学の証拠の出所として引用したが、決定的な点においてダーウィン、自らの理論に合わせるべく証拠を歪曲したことになる。フォン・ベーアは十分長生きして、ダーウィンによる彼の観察結果の誤用に対し、終始反対した。そして1876年に死去するまで、ダーウィン進化論の断固たる批判者であった。p131

 ヘッケルは「個体発生」という語を、また「系統発生」という語を造語した。彼はこれを「生物発生法則」と名付け、「個体発生は系統発生を繰り返す」という有名になった言葉にこれを要約した。
 最初から、ヘッケルの生物発生法則は、経験から割り出したものではなく論理的な演繹であった。それは19世紀末から20世紀初頭にかけて大きな影響を与えたが、1920年代には信用を失い始めていた。p132-3

 ダーウィンの生きていた間は、彼の理論を支持するような証拠はほとんどなく、人間の本質についてのそのような大雑把な主張は支持を得られなかった。ダーウィンの知る限りでは、人間の進化の化石上の証拠はまだ発見されておらす、自然淘汰の直接の証拠もなく、生物の多様性の起源も未知であった。P287

 実際上は、ダーウィン進化論は医学とはほとんど関係がない−抗生剤への耐性においてさえ。農業もまた、ダーウィン主義に頼らなくてもかなり成功してきた。農業科学はダーウィンが現れるずっと前から存在した。P337
 生物学には、ダーウィン進化論なしにうまくいっている領域が、他にもたくさんある。実際、現代生物学におけるほとんどの主流分野−発生学、解剖学、生理学、古生物学、遺伝学など−は、ダーウィン進化論について何も聞いたことがなかった。あるいは(フォン・ベーアのように)ダーウィン進化論をはっきり拒絶した科学者たちによって開拓されたのである。P338
 

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