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アルベール・カミュの対独抵抗誌『コンバ』時代 1944
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/250.html
投稿者 スットン教 日時 2010 年 1 月 03 日 13:08:50: CmuKS.2SNuq/E
 

(回答先: 健康帝国ナチス (単行本) ロバート・N. プロクター著 草思社 (2003/09) 投稿者 スットン教 日時 2009 年 12 月 29 日 13:27:42)

下の写真の右のベレー帽はアンドレ・マルローですね。
画像は以下から頂きました。

http://www.christianvancautotems.org/article-37069690.html  

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コメント
 
01. スットン教 2010年1月04日 03:27:09: CmuKS.2SNuq/E
2ちゃんねるを荒らして喜んでたら、三系統もアクセス規制されました。
他愛ない連中ですね(笑

02. 2010年1月04日 14:37:17
カミュの『ペスト』の執筆開始は1941年ですね。我々は再び、この災禍に見舞われていると言えるでしょう。

1944年のカミュ

3月、「全面戦争には全面的な抵抗を」と題して、非合法紙<闘争>で民衆に呼びかける。5月16日、「闘争」のリヨン地区指導者であった詩人、ルネ・レイノーがリヨンのベルクール広場で逮捕され、1ヵ月後に処刑される。また、この5月には、アスク虐殺の報道記事、「3時間のあいだ、彼らはフランス人を銃撃した」を<闘争>に、「万事うまくゆかない」を<レットル・フランセーズ>紙にそれぞれ掲載。6月5日、夜、シャルル・デュランのところで、ミシェル・レーリス、サルトル、ボーヴォワール、などと連合軍上陸の報を聞く。同月、ルイ・ヌーヴィルの署名で、「ドイツ人の友への手紙、その2」を<解放手帖>第3号に掲載。このころ一時、ヴァノー街1番地乙に、またその後は逮捕をさけてパランのところで暮す。8月22日、「闘争は続く」という1面の見出しで解放の迫り来たったことを報道、サルトルに解放時のパリのルポルタージュを依頼。8月24日、パリ解放のこの日、第1号を公に発刊、「パリは8月の夜、いっせいに戦火の火蓋を切った」と1面に書く。また同夜、マチュラン座で、マリヤ・カザレス、マルセル・エランらにより、「誤解」を初演。それほどの好評をうるには至らなかった。9月、<ネフ>誌上に「ペストのさなかの追放者たち」を発表。12月14日、<労働者の抵抗>に、「人間に仕えて」を書く。12月31日、この大晦日を、カミュは妻フランシーヌとともに、ヴァノー街のジッドのアパルトマンに、サルトル、ボーヴォワールらを招いて過す。なおこの年、<ポエジー44>17号に「表現の哲学について」と題し、ブリス・パランの言語論に関する考察を寄せ、「40年代のもっとも意義深い作品とは、まさに言語と表現そのものを問題にする作品である」と、来るべき文学のあり方を予言した。またこのほか「シャンフォールに寄せる序文」、戯曲「カリギュラ」(ガリマール)、戯曲「誤解」(N・R・F)をそれぞれ刊行した。


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