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続きの副島批判はなかなか良い
http://www.asyura2.com/09/senkyo72/msg/426.html
投稿者 仁王像 日時 2009 年 10 月 01 日 19:43:13: jdZgmZ21Prm8E
 

(回答先: ”副島道場”が荒れ続けている! 投稿者 仁王像 日時 2009 年 9 月 30 日 20:18:44)

〔臭うぞう〜コメ〕
 上の〔1330〕の投稿は、今朝削除されていたが、本日夕刻、本人が再投稿したようで、紹介のULRでたどりつける(今は)。
 続きの投稿があるので、消される前にここに採録し紹介しておきたい。

[1331]多様性こそ、守るべきもの 投稿者:会員番号2012投稿日:2009/10/01(Thu) 16:45:20
http://snsi-j.jp/boards/past.cgi?room=sample1&mode=find&word=1331&cond=AND&view=10

最も重要なことは、≪“言葉の定義”・・・その意味する所の、範囲及び限界、を、知る≫、ということである。
人間が云い合いををした時、何故、齟齬が生じるのか・・・と云うと、お互いの使っている「言葉」が、微妙に(若しくは、大きく)ズレている、からである。

例えば、副島先生は、「東アジア人同士の連帯」「東アジア人同士、喧嘩せず」と仰る(「アジア人」と、表現する場合も多いが・・・これも、東アジア人、という意味で使っている意味合いが大きい、と判断する)。だが、実は、この云い方には、以下に挙げるような、大きく、二つの、問題が、孕んでいる。

〜※〜※〜※〜

@「真に、連帯すべきは、誰なのか?」

※本題に入る前に、少し長いですが、お付き合い下さい。

・・・諸国を旅して、わかること・・・それは、「どの国の人間であれ、善い奴と悪い奴がいる」ということである【余談として付け加えるならば・・・とはいえ、「諸外国人の、不親切さに、触れるにつれ(私は、一人の長旅、なので・・・当然、色んな困難に遭う)・・・翻って、日本人の民度・品格の高さ、優しさ、思いやり・・・その、世界でも稀有な道義性に、改めて、気付かされる」のだ】。

・・・で、何が云いたいのか、と云えば・・・つまり、「○○人は、△△である」という、単純な物云いには、注意しなければならない、ということだ。

「○○人は、善である/悪である」という云い方は、本来、すべきではない。

“そんなこと云ってたら、何も話が出来ないじゃないか!”という批判もあろう。その通り、である。だから、人間は、大体の意味で、言葉を使う。例:「日本人は勤勉である」・・・それは、そうとも云えるが、そうじゃない人もいるので、そうじゃない、とも云える(笑)。しかし、他と比べた場合における、大体の、「全体傾向」を、指してはいる・・・だから、文章として、使える、のだ。しかし、それを、読んだり、云ったりする際には・・・当然、充分な注意が、必要である。それはあくまでも、全体傾向(若しくは「論者の私見」)を、表しているのであって・・・常に、“そうじゃない例外も、含まれている”、という、留保条件付き、なのだ、と、心しておかなければならない。

“言葉や文章の意味は、多面的であり、一面だけを捉えては、真実を見誤る”、ということ、である【余談だが・・・だから、タオイストや禅の理解者は、“何事も断言しない(断定的に云わない)”し、また、“分別を嫌う”、のだ。それは、“真理・本質のみを語らんが為”、である】。

その大前提を踏まえた上で、私は、こう考える。

≪私は、中国人や韓国人の“一般大衆・庶民”のことを、十把一絡げに、「嫌いだ」、とは思わない。善い奴も悪い奴もいる(日本とは、言葉も文化も歴史も、何もかも、違うから、それほど、融和的には、考えないけど・・・まあ、しかし、条件が整えば、こちらの国益を損ねない範囲で、友好的にして行っても、良い、と思う)≫。

≪私が警戒し、嫌悪するのは、「@我が国の領土領海その他権益を脅かす、彼の国の、軍拡路線」、及び、「A反日的な歴史捏造・政略宣伝・教育・・・等を、今日に於いても、盛んに、し続ける、彼の国にいる、政治勢力(それは権力の一部であったり、その走狗であるマスコミ・言論人であったり、様々)」、である。付け加えるならば、そうした不公正な、「侵略」と「洗脳」を、放置・追従している、彼の国の、民度、にも、甚だ不快感を感じている≫。

であるからして、副島先生の発言には、“どっちの意味で、使っているのか”、という問題が、在る。中国共産党政府=支那の現王朝である「中共」、との連帯を指しているのか? それとも、中国の人民のことを指しているのか?

→後者ならば、我らと彼ら(中国の一般人たち)とは、連帯出来る、かもしれない・・・互いにとって、敵は、一つ(同じ)、であるから。どの国であっても、不自由さを強いる「体制(特に、洗脳メディア)」こそ、滅びるべき、だから、である。

→前者ならば、日本は、中国の言い成りになって、謝罪をし続け、歴史捏造を受け入れ続け、自国の伝統文化(靖国問題・・・等)にまで介入され、カネと技術を毟り取られ続け、領土領海も奪われ、遂には、「参政権」まで奪われる、ということに、なる。

・・・ということは、副島隆彦という人物は、日本の真の国益や独立性を、考慮していない、ということになる。日本の精神性である独自の歴史と伝統文化を、毀損し続けるのならば、愛国者とは、とても、呼べまい。

「『中国人は、仲間である』・・・そうだろう!」と強弁する者が、目の前に現れたら・・・私は、こう答えるしかない。
「それは、“言葉の定義”に寄る」と。「ところで、貴方は、どんな意味で、その言葉を使っているのですか?」と。

※上記は全て、韓国の場合も、同じ。

〜※〜※〜※〜

副島先生は「属国理論」を提唱し、広め・・・それに関わる、非常に重要な、幾つかの“支配者側の戦略”、について、我ら日本人を、啓蒙してくれた。
@「分断して統治せよ」・・・この原則は、恐ろしい程、各所多岐に渡って、貫かれている(故に、例示をし始めたら、キリが無い)。
A「全てはマッチポンプ」・・・@の目的を達成する為、支配者側は、「全てをわかった上で、敢えて、自作自演をする」のである。

例えば・・・一体、何が、日中(日韓)友好の障害なのか・・・もう一度、よく考えてみて下さい。

「南京大虐殺」(「従軍慰安婦」)の映画・資料館・歴史教育・西洋諸国でのロビー活動・・・等、こういうものによって、結局、誰が利益を得ているのですか? 勿論、まずは、それを裏で画策し、各国の手先に指示を出している、世界支配層、であろう。そして、東アジア地域に限って見れば・・・短期的には、中韓の、現体制側の利益になる、のかもしれない。しかし、長期的に見た場合、“「東洋及び世界の平和と安定」を脅かしている”という意味で、大きな損失があろう。一刻も早く、そのことを、中韓の人民自身に、気付かせなければならない、だろう【一方、現代日本人は、そもそも羊のように優しく大人しいから、あまり変える必要は無い(笑)。きっと、いつの日か、テレビと新聞が、真実を報道する日がくれば、一瞬で変わってしまうだろう(苦笑)】。

だ・か・ら! 日本国内にいて、“反日活動をしている者”も、中韓にいて、“反日活動をしている者”も・・・全く同じ「支配者側の論理」で、その「指示」の通り、動いている、だけ、なのです。・・・で、その、本当の「目的」とは、「日本を、封印、する(し続ける)」ということです。・・・まあ、でも、私が、今ここで、それを暴いてやった(笑)。

〜※〜※〜※〜

あとね・・・もう、「封印」出来なくなって来てるんですよ・・・“日本の圧倒的な文化力、融和力”の前に。(あまり堅苦しく政治的にモノを考えたりしない)諸外国の一般大衆は、分別臭さが無い分、ドンドン日本文化を受容しています。娯楽やライフスタイルは、より良質なものが選択されますから、当然です。中韓は“(昔から陶磁器等でもやっているんですが)日本製品の紛い物”を作って、多少の利を得ています(笑)。・・・まあ、それ位は許しましょう。日本は大国ですから。

ちなみに、どんだけ頑張っても、(世界的には絵の上手い方の)中韓の漫画家たちでさえ、(一部を除いて)日本のレベルには到達出来ません。これが、日本人の脳及び文化が、中韓と、決定的に、違うことの、証拠の一つ、です。

麻生首相はマンガ・アニメ好きと馬鹿にされていましたが、ね・・・今、ヨーロッパなんか、実際に行くと、凄いんですよ。「左読み」の文化圏に「右読み」のマンガを植え付けてしまったんですから。勿論、国によって、差は在ります。ゲルマン系や旧ソ連圏は、まだまだ、です(そもそも、娯楽が薄い、ですから)。ラテン諸国は、凄い(異文化に対する包容力・受容力が在るのでしょう)。・・・で、そこから、日本文化に対する理解や憧れが、深まってもいます(パリで聞いた話では、フランスのエリートは本音は「東京で暮したい」んだそうです(笑))。中南米でも「ドラゴンボール」は通じる。

中韓の現地事情は知り及びませんが・・・彼の地は海賊版天国ですし、そもそも、共通の東洋文化も持っているので・・・云うまでもなく、凄まじい規模で、広まっているのでしょう(ちなみに、漢字は絵文字であり、日本人の画力は、その影響も強く受けている。その意味では、支那文化という恵みにも、深く感謝しなければならない)。

頭の固い奴は取り残されている、といった感じです。・・・「マンガ・アニメ」は、学問じゃない、と馬鹿にしますかな? あのねぇ・・・人間は、幸せであればある程、“悪いことをしよう”なんて、考えないようになる、でしょう? “人類が幸福になって、何が悪いの?”ということなんです(笑)。だから、その意味では、現状、“日本人の精神性が、世界の精神性を向上させる為に、良導して(引っ張り上げて)いる”、とさえ、云えよう。

・・・だから、麻生さんは・・・ホントは、良い奴、だった・・・のかな?

〜※〜※〜※〜

閑話休題。余談が過ぎました。以上は、“最早「封印」が出来なくなって来た”ことの、好例、です。

〜※〜※〜※〜

A「『アジア』とは、何か?」

「アジア」とは、語源的には、古代アッシリア語(若しくはフェニキア語)で、東方を「アス(東=日の出る処)」と呼んだことに由来する(これは日本語に於ける「飛鳥」や「明日」と同じ、である)。余談だが、西方を「エレブ(西=日の没する処)」と呼んだのが、「ヨーロッパ」の語源である。ちなみに、もっと分解すると、「アス」の対義語は「イス」「イース」若しくは「イリ」である(日本でも「西表」という地名や「日の入り」という語が在る)。

後世になり、ヨーロッパ人が漠然と、世界の中心であるイスラエル以東【円をT字で分割して、それぞれ、四分の一をヨーロッパ及びアフリカ、二分の一をアジアと分けた、古代の世界地図の、その半円に当たる地域(まあ、要するに「世界の半分に相当する異境」ということだ)】を「アジア」と呼称。日本人にとっては、近代(正確には、近世に、既に、西洋の地図は、流入していたが・・・)に入るまで、“自分たちが「アジア」にいる”とは、思ってもいなかった(笑)。

※・・・但し、その位の、大雑把な概念に過ぎない、とはいえ、地理用語の再編は、面倒且つ無意味な場合も、多々、在るので・・・地域を指す語として、「西アジア」「中央アジア」「南アジア」「東南アジア」「東アジア」などの用法は、当面は、存続してゆくしかないのであろう。“深い意味は無い、地理上の区別の、概念”として。

ところで、副島先生は、「アジア人」という語を、「東洋人/モンゴロイド」として、大体、使っているようだ。まあ、勿論、それも、「言葉は大体(の意味しかない)」理論からすれば、間違ってはいない、だろう。だが、遺伝系統の研究が進み、各民族の血統が解明され、その知識が深化している現代に於いては、少々・・・いや基、かなり、雑な分類、かもしれない。・・・しかし、言葉としては、未だに、世界規模で、通用している。・・・何故か。結局、それは、白人が決めた分類、だから、です。「アジア」地域及びそこに住む人々の“多様性”を、全く考慮に入れていない、用法、なのです。

“「非西洋人・非白人」で、黒人ではない人達”を、大まかに、「アジア人」と呼んでいるだけです(大雑把に云えば、新大陸に於いては、「インディアン」)。これらの用法は、人種差別・偏見の歴史として、後世に語り継いでゆくべきではあろうが・・・現代に於いては、不正確な用法であるのだから、本来ならば、早急に改めるべきであろう。実際は、「アジア人」とは、「アジア地域に住んでいる人(若しくは、そこの出身者)」という、共通項しか、ない。

何よりも、仮にその概念が、“白人が決めて、歴として英語として存在している”のだとしても、それにまつわる(その根拠となっている)、19世紀来全く進歩していないような、“白人の一方的な偏見”、とでも云うべき観念を、「世界普遍価値だ!」等と叫んで、現代日本人に植え付ける必要など、何も、無い。・・・それに、第一、外の世界の実情を、肌で知っている者は、「白人は、未だに、こう考えるんですねぇ」と、羊の如きウブな国内の日本人に、優しく説いてあげれば、それで良いだろうに(もっと悠然と上品に)。

副島先生は、結局、どっちの味方、なのか?・・・日本人に対して「世界基準では、おまえたちは、こう思われているのだぞ!」と叫んで、それが何になるのだ? 所詮、そんなものは、(向こう側からの、一方的キメツケによる)「分類」、に過ぎない(それに“諸外国が、未だに、人種差別が根強い世界であること”位、短期間のツアー旅行で外国の有名観光地に行くような人達であっても、実感的且つ経験的に、知っていることだろう)。

それに、そもそも、人間という者は・・・“「自らが何者であるか」は、他人に押し付けられて、決まることではない”のだ。“・・・「自分自身の幾多の経験」と「自らが受け継いだ歴史や伝統」・・・そこで培われた「知恵」・・・それらの要素を全て踏まえた上で・・・「自分自身が何者か」を、自分自身で考えて、見つけ出すこと”なのだ。それこそが、“他からの、誤った押し付けや洗脳に左右されない、独立した思考力”、というものだろう。今の日本人には、それが足りないのだ。「分類」というものは、思考力としては、上等なものではない。

話を戻すと・・・血統的な、純粋な分類として、「東アジア人」というものは、存在しない(それについては、当方の以前の投稿を、参照のこと)。まあ、勿論、細かい揚げ足取りみたいなことを云うつもりはないので・・・“「東アジア人」とは「東アジア地域に住んでいる、人々」である”と解釈すれば、確かに、通用する語だ。・・・でも、それだけ。

それ以上の概念ではない(日本とは、実は、“日本”対“日本以外の世界”、とでも云った方が良い程、特殊な国、なのである)。だから、日本で、中韓との連携を声高に叫ぶ人は、多数派ではないし、彼ら少数のアジア主義者は、政治的な意図を持った人々が、殆ど、である。

但し、ここで、私は、日本人の血統的純血性を、云っているのではない。そんなものはない。(以前の投稿を読めばわかるように)日本人は「混血民族」であり・・・だからこそ「多様性に恵まれた、豊穣の島」なのだ。“生命も文化も、多様性こそが活力と寛容を生む”・・・それを安易に「隣国と同じだ!」等と、決め付けない方が、良いのです。彼らは彼ら、我らは我ら。

ただ、幾ら「寛容が大事」とは云っても・・・中韓は繁殖力が旺盛なので、無制限に、日本に流入させるような、施策は・・・とても、賢明、とは云えまい。また、彼らは「歴史的に、日本社会に入り込んで、様々な策動をして来た」ということも在り・・・まともな思考力が在る者なら、警戒感を抱いて、当然であろう。

「日本人」とは、「日本語を喋る環境で育ち、日本文化を受け継いだ者」である。・・・だから、人は、“日本人として生まれる”、というよりは、幼少期からの、言語と文化と自然環境によって、“日本人になる”、のだ。

〜※〜※〜※〜

まだまだ云っておくべきことは在るのですが、長文は避けるべきでしょう。今日はここまでにしておきます。


 

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