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どうした!東京地検特捜部―郷原信郎(Japan Business)
http://www.asyura2.com/09/senkyo73/msg/329.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2009 年 10 月 14 日 12:54:15: twUjz/PjYItws
 

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1919

[ 世界の中の日本 ]
どうした!東京地検特捜部
“手柄を焦る”組織の疲弊〜福島県知事汚職事件

     2009年10月14日(Wed) 郷原 信郎


 小沢一郎民主党代表(当時)を辞任に追い込んだ西松建設の違法献金事件捜査が最終局面を迎える一方で、鳩山由紀夫首相の資金管理団体が政治資金収支報告書に物故者や実際には献金していない人物からの献金を記載していた問題で、東京地検特捜部が関係者からの参考人聴取を開始したと伝えられている。


「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する」

 こうしたさ中、1つの判決が今日、東京高裁で言い渡される。前福島県知事・佐藤栄佐久氏が収賄財に問われた「福島県汚職事件」の控訴審である。

 昨年8月、東京地裁で行われた一審では、佐藤氏と弟の祐二氏に対し、収賄罪で執行猶予付きの有罪判決が言い渡されている。

 その際、地元新聞社から私もコメントを求められたが、事件および捜査の詳細を把握していたわけではない。ところが、先月半ば、当事者である佐藤栄佐久氏が『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』(平凡社)を出版し、特捜部の捜査や取調べの実態を明らかにした。そこには現在の特捜検察の迷走を如実に示す生々しい体験が冷静な筆致で綴られている。

 ちょうど同じ時期に、拙著『検察の正義』(ちくま新書)も出版された。刑事司法の「正義」を独占してきた検察が社会・経済の構造変革から大きく立ち後れ、危機的な事態に至っている姿を、東京地検特捜部や地方の地検などでの経験に基づき、内部の視点から描いたものだ。その観点から、佐藤氏が著書で訴えていることについて解説することとしたい。

 “「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する」(東京地検特捜部検事)”


 この著書の帯に使われている言葉だ。同氏に先立って逮捕された弟の祐二氏の取調べを担当した検事が述べたとされるこの言葉が、福島県知事の職にあった栄佐久氏を「抹殺」しようとした特捜検察側の政治的意図を象徴するものとして扱われている。


不可解な点が多過ぎる収賄事件

 確かに、栄佐久氏が起訴された収賄事件にはあまりに不可解な点が多い。実弟が経営する会社の土地の売却価格が実勢より高いということが賄賂とされたが、その土地売買への同氏自身の関わりはきわめて薄い。しかも、その後、その土地が高く売却された事実もあり、はたして実勢より高値の取引だったか否かも微妙だ。

 また、同氏が「天の声」を出して前田建設の受注に便宜を図ったとされるダム工事は一般競争入札である。指名競争のように、発注者側が職務上便宜を図ることは困難である。それがあり得るとすれば入札参加資格を認めることぐらいだが、ダム工事で豊富な実績のある前田建設の入札参加資格に問題があったとは考えられない。仮に「天の声」があったとしても、民民間の談合への影響力の問題で、知事の職務権限に関連して工事発注に便宜を図る余地は考えにくい。

 「東京一極集中に異議を唱え、原発問題、道州制などに関して政府の方針と真っ向から対立、『闘う知事』として名を馳せ、県内で圧倒的支持を得た」(同書カバー)という氏から見れば、こうした「空中楼閣」のような収賄事実で逮捕・起訴されるということは何らかの政治的意図によるものであり、その背後に、政府の方針に真っ向から立ち向かう「闘う知事」を排除しようとする国家の意思が働いていたと思えるのも、無理はない。

 しかし、現在の特捜検察は、当初から明確な政治的意図を持って知事を「抹殺」するということを行う余裕もなければ、その力もないように思える。

 マスコミ等から提供されたネタで捜査に着手し、何とかそれなりの成果を挙げて捜査を終結させようとして迷走を続け、無理な強制捜査・起訴に至る、というケースが相次いでいる。佐藤栄佐久氏の事件が、その主張通りだとすれば、それは、政治的意図による捜査で「抹殺」されたというより、むしろ、そういう特捜検察の苦し紛れの捜査の犠牲になったと見るべきであろう。


2000年以降相次いでいる東京地検の強引な捜査

 2000年以降、「鈴木宗男事件」、「日歯連事件」、「ライブドア事件」、「防衛省汚職事件」、「西松建設事件」など特捜検察が手がけた多くの事件の捜査が、検察にとっては不本意な結果に終わっている。そして、佐藤優氏の『国家の罠』、細野祐二氏の『公認会計士VS特捜検察』、堀江貴文氏の『徹底抗戦』など、起訴された被告人の立場で、検察の捜査や公判を批判する著書の出版が相次いでいる。そこで描かれているのは、事実とは異なる不合理な犯罪ストーリーを設定し、威迫、利益誘導などを用いた取調べでストーリーに沿った供述調書を作成し、強引に事件を組み立てようとする特捜捜査の姿だ。

 今回の佐藤栄佐久氏の著書もその延長上にある。前半部分で「闘う知事」としての実績が熱く語られているのとは対照的に、後半の自己の収賄事件に関する部分では、実弟の祐二氏が経営する会社の土地取引をめぐる疑惑が週刊誌で報じられ、同氏の逮捕、自身の逮捕、そして、事実と異なる自白調書に署名するまでの経緯が、淡々と描かれている。それだけに、かえって検察捜査の異常さが強く印象づけられる。

 日本の検察は刑事司法の「正義」を独占してきた。つまり、刑事司法は、すべての刑事事件が検察官によって「適正に処理されている」ことを前提にしてきた。検察は、原則として、刑事処分などの判断について公式に説明を求められることはない。不起訴処分について判断の理由の説明が公式に行われることはないし、不起訴記録も開示されない。

 検察の判断の適正さは、その理由を外部に説明することではなく、基本的には、「個々の検察官の判断ではなく検察庁の組織としての判断が行なわれる」ということによって維持されてきた。

このように「刑事司法の正義」を検察が独占する構図は、殺人、強盗などの伝統的な犯罪、伝統的な刑事司法の領域には妥当する。行為の反社会性は明らかで、犯罪者の多くは社会的逸脱者である。事実が認められる限り処罰されるべきことに基本的に異論はない。問題になるのは、証拠によって事実が認定できるかどうかであり、その点について、刑事司法の専門家の法曹からなる検察の組織による適切な判断が行われることを信頼すればよかった。


閉ざされた検察組織だけで政治・社会・経済を判断するのは難しい

 例外的に社会の中心部で活躍する政治家、経済人などを摘発の対象にし、社会的に大きな影響を与える捜査の遂行を使命とされてきたのが特捜検察である。そこで対象とされるのは、政治・社会・経済の中心部分で起きている複雑・多様な事象そのものであり、刑事罰の適用に関しては社会的な価値判断が求められる。

 そのような社会内の事象を、どのような観点からとらえ、どのように評価していくのかの判断を、検察の組織という閉ざされた世界の中だけで適切に行うことは、もともと容易ではない。しかも、その困難さは、社会・経済の複雑化・多様化に伴って一層顕著となっている。

 1990年代以降、日本の経済社会において、企業、官庁などあらゆる組織が構造変革を迫られる中、組織内で自己完結した「正義」に依存し、旧来の捜査手法にこだわり続けた特捜検察は、社会・経済の変化に大きく取り残された。そして、面目と看板を何とか維持しようとして「迷走」を続けてきた。

 そうした「迷走」が限界に近づきつつある状況で行われたのが福島県知事をターゲットとする東京地検特捜部の捜査だったが、それは、結局、土地取引を巡る疑惑を報じて捜査の発端となった週刊誌の記事とほとんど同レベルの事実しか明らかにできず、その事実を無理やり贈収賄の構成に当てはめただけという結果に終わった。

 前記の拙著でも述べたように、かつては特捜検察が起訴した事件について裁判所が消極判断を示すことはほとんどなかったが、昨年7月の長銀事件についての最高裁の逆転無罪判決、つい最近のPCIの元社長の背任事件の一審無罪判決などに見られるように、裁判所の特捜検察に対する見方は次第に変わってきているようにも思える。今回の事件に対して東京高裁がどのような判断を示すか、控訴審判決が注目される。

 

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コメント
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何故、郷原氏を法務大臣にしなかったか、現精神欠陥の法務大臣にしたのか、あまい。
2009/10/15 08:14
今や日本には正義など存在しない。莫大な裏金を有する捜査機関、警察・検察、司法たる裁判所。我々国民は皆感じている。彼等は自分の身の栄達、利益、利害、都合の為にだけ捜査権、司法権を行使していると。警察に悪があれば、検察が正す。検察に悪があれば誰が正すのか。検察はやりたい放題である。アメリカの手先である売国勢力に言うがまま操られていると感じる。
『社会正義』を看板にこのように捜査権を行使すれば、国が乱れるのは当然である。売国勢力の一翼を担うとすれば国は衰退し滅びる。同胞国民の血を吸って生きるダニに等しい。早急な大掃除が必要である。
2009/10/15 08:20
法は解りやすく記述され、その適用も具体的に、公表されるべきである。     でなければ、
 警察、検察、裁判所の箱の中で、広い国民社会とは、遊離した頑迷で世間音痴な
 刑事司法のシステムが永続する。国民の正義から官の正義が、独立してある時代
 は我が国では、すでに過去のものである。箱の中に居座った[いびつさ]を解放す るには、国民に解るように法は記述し適用し、公開することが必要だ。
2009/10/15 11:18
司法もタックスイーターを前提に考察すると、理解はできずとも納得はできます。
 納得の理由として
  1.検察に裏金疑惑の有無(三井事件)
  2.裁判所と検察庁または行政組織との人事交流
  3.最高裁判事に、年金問題の元官僚及びイラク参戦遂行の元外務官僚の就任
  4.漆間元官房副長官の小沢元秘書事件発言問題等等
いずれにしても、国家権力を背に権柄を振りかざしたくなるのも人間の性。
為政者が国権を発動するよりはマシ?
故事に、権力者は虎に乗っているから安全なので、虎から降りた途端虎に喰われるといいます。
新政権の今後に期待!
 


  
2009/10/15 14:34

安田善次郎(1838〜1921)という、富士銀行、今のみずほ銀行の創立者の話です。
彼は明治時代石炭のこぼれたくずを拾い、それを売って財をなし、富士銀行の前身を含む銀行・保険の安田財閥の創立者です。日比谷公会堂・東大安田講堂を寄付した人物としても知られています。

彼を狙う人物が出たのです。国粋主義者朝日平吾です。朝日平吾は明冶・大正期の指導的大実業家「渋沢栄一」の紹介状を持って行き、安田善次郎に会い、その場で暗殺し自分もその場で自決です。大正10年のことです。此の年原敬も東京駅で暗殺されています。
 ここから不思議な話なので紹介するわけです。安田善次郎の遺族は、残された朝日平吾の家族の面倒を見たというのです。

こんなことは現在の日本の経営者に望むことは、全く無理です。自分の保身に日夜考えを巡らし人を助けるなど、出来る人間が現在の日本の実業界にいるかどうかです。
いたら手を挙げて下さい。

2009/10/15 16:41

日本の司法制度には欠陥が多々あると思っています。早い話が明治の司法卿であった江藤新平の裁判を少しでも知っているかたなら、分かると思います。
全く変化?進化していないのですよ。その本質が。
この記事〔論文〕への、極々端的に結論。
1つ、特捜は廃止。
2つ、最高裁判事には判事以外就任できない事。
3つ、裁判弁護士は補助者としての関わりは認めるものの一般人が被告の同意を受  けて行う。
裁判員裁判などはローマ法の時代からのミイラである。
2009/10/15 18:37

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