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米軍側が要求していたのはヘリコプターの発着に必要な40m(辺野古浜通信)
http://www.asyura2.com/09/senkyo74/msg/394.html
投稿者 クマのプーさん 日時 2009 年 11 月 03 日 19:23:32: twUjz/PjYItws
 

*大事な記事なので「東京新聞」さん、転載させていただきます。

http://henoko.ti-da.net/e2608303.html

2009年10月31日
米軍側が要求していたのはヘリコプターの発着に必要な40m東京新聞10月30日の『特報』欄に大切な記事が掲載されていたので転載します

普天間移設について「近代化のために移転するということで、住民との関係で普天間を返してもらう運動に合意したなんていうことは一切ない」
「(米兵が少女に)暴行したから、移転しますなんてことにはなんない」
「普天間に代わる飛行場に対し、米軍側が要求していたのは、面積は四分の一。滑走路も、ヘリコプターの発着に必要な四十メートルほどだった」
という元国土庁事務次官の下河辺淳氏の口述記録について言及し、自民党政権による、沖縄県、名護市での、土建業者優先の基地誘致、計画拡大についても触れようとしています。

 真喜志好一さんが発見した66年の米軍の記録についての記述、土田武信さん、佐藤学のコメントも載せられています。 

以下、記事----転載禁止


「普天間移設 辺野古案に大義はあるか」
東京新聞10月30日の『特報』

 辺野古案に大義はあるか 混迷する米軍普天間飛行場移設問題。鳩山由紀夫首相は「最後の決断は私が下す」というが、実は普天間返還合意ができた一九九六年当時、米軍側はごく小さな代替施設を求めていたが、土建利権を求めた地元の要望で大規模滑走路計画に変更されたという証言がある。本当であれば、辺野古問題は外交問題である以前に、「ムダな公共事業」の問題となる。この計画に日本を守る大義はあるか。 (岩岡千景、出田阿生)


 研究成果をネット上で公開する、琉球大学の「学術リポジトリ」。この中に、「下河辺淳氏オーラルヒストリー(口述の史実記録)」と題された文献がある。元国土庁事務次官で長年、日本の国土政策に携わった下河辺淳氏(86)が二〇〇三年、早稲田大大学院の江上能義教授(政治学)に、九六年の沖縄・米軍普天間飛行場返還合意の背景などを語り残した記録だ。

 返還合意は九五年、沖縄で起きた米兵による少女暴行事件で、高揚した反基地世論を抑える米側からの提案とされてきた。だが下河辺氏の証言をたどると、普天間飛行場移設は
「軍事技術上の必要から」、事件以前に既定路線としてあった計画だったという。

 「近代化のために移転するということで、住民との関係で普天間を返してもらう運動に合意したなんていうことは一切ない」「(米兵が少女に)暴行したから、移転しますなんてことにはなんない」−。下河辺氏は、そう証言している。

 江上教授によると、米軍は既に六〇年代から、沖縄県内の複数の候補地を検討して飛行場の新設計画を立てていた。「米軍は市街地にあり、損傷もしている普天間の問題を意識していたのだろう。機動力があり、情報戦にも対応できる新たな飛行場を検討していた」と江上教授。

 この事実は沖縄の建築家、真喜志好一氏らによっても裏付けられているという。普天間返還合意の背景を調べる研究会を立ち上げた真喜志氏は、九七年に米国防総省がまとめた辺野古沖空港計画案に「滑走路の方位は六六年の計画に基づく」と記されているのを指摘。米軍がベトナム戦争中の六五年、新たな飛行場建設の適地を調査。辺野古沖海上はその時に既に候補に挙げられ、長年の計画だと明らかにした。

 さらに、下河辺証言によると、普天間に代わる飛行場に対し、米軍側が要求していたのは、面積は四分の一。滑走路も、ヘリコプターの発着に必要な四十メートルほどだったという。

 ただ江上教授は、「当時は反基地世論が強かった。その中で米軍はまず、機動力を上げるのに必要な最新鋭の垂直離陸機オスプレイ配置を確保する移設計画をつなぎ、タイミングを見て施設を拡大していくつもりだったのだろう」とみる。

 「そこに地元側の要望で軍民共用飛行場で千メートル規模の滑走路を造る、という流れになった。工事で地元に金を落とせ、という建設利権が背景にあるが、V字滑走路という計画が出てきた背景には米側の思惑も見え隠れし、最終的には米軍の手の上で踊らされている」

 外務省と防衛省は、証言の信ぴょう性を問う本紙の取材に対し、いずれも「答える立場にない」と回答した。     

 江上教授は、こうした構図を「要するに、自民党のバラマキ政治の産物。日本政府は建設業者に利益誘導し、資金をばらまいてきた。だが基地移設が宙に浮く中で、建設業者は相次いで倒産。名護市全体の地域経済は沈滞してしまった」と指摘。「土建業者優先で、生活再建を怠ってきたツケが今、出ている。一方で利益誘導に伴う圧力で、名護市は一般の人々は物が言えない、意見がすくい上げられない構図になってしまっている」と話す。
さらに、こう提言する。「生活再建のために基地を建設するやり方には限界がある。少女暴行事件はたびたび起き、沖縄だけが犠牲にされてきたという民衆感情も根強い。基地のない生活再建と、県外移設の議論が必要だ」

 ◆

 証言は、環境保全に取り組む人々にも複雑な思いを抱かせる。

 「当初の代替地案は小規模なヘリポートだったという証言は、今提案されている環境破壊をする大滑走路が不要ということを示している」と話すのは自然保護団体「ジュゴンネットワーク沖縄」の土田武信事務局長。

 「普天間飛行場はハーグ条約に反して米軍が戦後につくった基地。移設の前にまずは返還するべきだ」と指摘する。「県外だろうが海外だろうが、ダメなものはどこに持って行ってもダメ。この計画を撤回しなくては」

 また沖縄国際大の佐藤学教授(地方自治・米国政治)は「普天間返還の問題は、本来、米軍再編とは別に考えた方がいい。沖縄の人権と環境を守るため、すぐに閉鎖、返還するべきだ」と話す。

 「移設の本質は、民主党がやめると宣言した無駄な公共事業そのもの。小規模なヘリポート新設で十分だという当初案から、公共事業を受注したい地元業者の要望が後押しとなって、計画の規模が大きくなっていった」

 特別措置法で、公共工事に手厚い国の補助が出る沖縄。メガフロート(大きな艀(はしけ))や、くい打ちの上に滑走路を造成する案などが浮上しては消え、現在のV字滑走路案に落ち着いた。「軍民共用空港にし、十五年後に民間移譲」という稲嶺恵一前知事の提案も、本格的交渉に至らなかった。

 佐藤教授は「米軍にとり、普天間飛行場は代替地が必要なほど重要な基地ではない。そうでなければ、米軍が移設問題を十年以上ほったらかしておくわけがない」と指摘する。国際情勢は変わり、米中は急接近。尖閣諸島の領有権や北朝鮮のミサイル問題が残るが、「沖縄の海兵隊や飛行場新設とは関係ない」。

 佐藤教授は「日米安保の維持はしなければならないが、米軍も重要視していない飛行場を新設する必要はない。新政権は再交渉を始めるべきだ」と提言する。「フランスはイラク攻撃に反対したが、その後米仏関係は悪化していない。日本政府は何を怖がっているのか。対等な日米関係を築くためにも、米国の利益にすらならないような追従はするべきではない」

◆普天間移設問題の経緯
1995年9月 米兵による少女暴行事件
10月 抗議の県民総決起大会
96年4月 日米首脳会談 普天間返還で合意
97年1月 海上ヘリ基地、辺野古沖で日米基本合意
99年12月 名護市長、移設受け入れを発表。辺野古移設閣議決定
2002年12月 在日米軍再編協議始まる
04年9月 辺野古沖ボーリング調査開始 阻止行動激化
06年5月 在日米軍再編合意

<デスクメモ>
 外国では引退した老政治家が回顧録で“秘史”を暴露する。日本で珍しいのは、二世が後ろに控えているせいか。代わりに、「実は密約が…」などと漏らすのは官僚のトップであった事務次官ばかりだ。守秘義務から離れ、けた外れの退職金を得た彼らに後顧の憂いはない。どんどん暴露してほしい。 (充)

(C)2009,東京新聞
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