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先進国では成果主義が常識?
http://www.asyura2.com/09/social7/msg/261.html
投稿者 きすぐれ真一 日時 2009 年 6 月 28 日 09:40:23: HyQF24IvCTDS6
 

先進国では成果主義が常識だと書いてる投稿↓があったので、調べてみた。

自治労が時代錯誤の「市長イジメ」 − FACTA (成果主義に反対w)
http://www.asyura2.com/09/senkyo65/msg/326.html
投稿者 児童小説 日時 2009 年 6 月 13 日 12:30:14: nh40l4DMIETCQ


岩間郁夫さんの「アメリカ暮らし(167)給与」(02・10・16)
http://www.kennichi.com/culture02/c021016.html
そんなことから今日は少しアメリカの給料の話をさせてください。アメリカ企業の給与体系はまず各社員の職種によって2種類に分けられます。管理職や技術者に代表される専門職には年俸制。一般職には正社員とかパートタイム社員に関わらず時間給制をとっています。

 年俸制で給与を受け取っている人たちの給料は就労時間の長さと関係無く、年間の成果に対する報酬として給料が支払われます。従って遅刻や終業時間前に職場を離れても、逆に残業や休日出勤しても給料額に全く反映しません。言い換えると成果主義給与で、成果が思わしくなければ、翌年の年俸は下がることも起こります。

 一般職の時間給は給料額イコール勤務時間X時間給で決ります。昇給も、年間いくらアップすると云う設定で無く、時間給がいくらアップすると云う表現です。時間給の人たちにとっては何時間働けるか?と云うことが給与額に大きく影響してくるので、日本の労働組合がポスト賃上げ活動の一つのポイントにしているような就労時間の短縮は、一般職の社員にとって実質給料の目減りにつながるので、企業に組合があろうが無かろうが、社員側から就労時間短縮の要求はほとんど出ません。この年俸制と時間給制の2本立て給与システムは民間企業でも公官庁でも全く同じです。

 こちらの給与の特徴は月一回の支払いで無く、月半ばと月末の2回払いになっていることです。企業によっては月に関わらず2週間毎に給料を支払うと云うところもあります。何故?給料は月に複数回支払われるか?と云うことですが、年俸の場合は成果期待報酬と云うことで企業側の立場から見ると前払い給与です。従って月1回の給料支払いでも問題は起こらないのですが、時間給の場合は給料は労働に対する後払いになる訳ですから、本来であれば社員は毎日の就労後に、その日の給料を受け取れなければいけない訳です。ただ、それを実施したら会社の給与支払い業務の負担が大きくなり現実的でないので、妥協できる両者の条件として、2週間毎に給料を支払うシステムが生まれたようです。無論、今は法的なバックアップもあるようです。

 さて、その給料の中身ですが、先に話したように一般職は時間給x就労時間と残業時間分の割増分で上乗せした金額が給料額になります。管理職や専門職は年俸として決まった額を単純に給与支払い回数で割った金額が毎回貰える給与額です。ただ、営業職だけは年俸に加え、自らの売上額に対してコミッションが上乗せされるケースが普通です。腕の良いセールスマンで、商品に恵まれると、勤める会社の社長より実質給料が高くなると云うことは珍しくありません。

 また管理職には会社の業績や部門成果に対してボーナスが支払われることがあります。ただボーナスはその人の雇用条件として付加されるものであって、そのような雇用条件が付加されなかった管理職や専門職にボーナスが支払われることは会社が途方も無い利益を上げたりしない限りありません。ボーナスは広く全社員に!と云う考えは無く、特別な社員に対するインセンテイブです。金額はともかく日本のように年2回定期賞与を得ることが出来ると云うのはアメリカ人にとってうらやましい話です。

とりあえずアメリカの話。他の国は検索してもなかなか出てこないし。

「一般職の時間給は給料額イコール勤務時間X時間給で決ります。昇給も、年間いくらアップすると云う設定で無く、時間給がいくらアップすると云う表現です。」というのは、日本でいうならパートなど非正規労働者の給料と同様。

つまり数が最も多いだろう一般職には「成果主義」はあまり関係なさそうである。

その他の管理職や専門職や営業職で給料に差があるのは昔からの日本でもそうで、当り前だが同期入社が何人いたとしてもすべてが社長になれるわけではない。日本でも今の「成果主義」とは違うがひとりひとりを評価して差をつけてた。そりゃつけますな。それに日本では給料の額だけでは評価をしなかったらしいのだが、詳しくは
https://member.jinjibu.jp/longinterview/interview05071501.html

2004年3号 成果主義及びコンピテンシー評価導入に伴うリスクに関する理論的考察 【立教大学 21世紀社会デザイン研究】
●福田 秀人 FUKUDA Hideto
http://www.rikkyo.ne.jp/web/z3000268/journalsd/no3/no3_thesis5.html

6.アメリカでの成果主義普及論とエンプロイアビリティ論への疑問

 日本では、成果主義を導入したため、目標の矮小化やモラールの低下の憂き目にあう企業が目立ってきた。それらは、これまで示した理論から予測される結果であるのに、その原因を日本特有の企業風土や企業の経営能力の低さに転嫁する論説が目立っている。では、アメリカでは、成果主義が、本当に理念通りに運用され、普及したのであろうか。

 ロウラー(1990)は、「金の力がやる気をおこすことは分かっていても、いざ賃金システムを作るとなると大変だし、作っても機能させるのが難しい。成果給を導入している会社は多いが、その実態は年功制と大差ない運用をされている」と述べている。ラジアー(1998)は、年功的な賃金決定と終身的な雇用保障がいぜんとしてアメリカの人事制度の主流であることと、個人業績に応じて賃金を払う成果主義は、業績を正しく評価できぬため、部分的にしか用いられていないことを指摘している。小池和男(1999)は、よい統計がないが、各種調査により、賃金に占める業績給の比重は10 〜 20%程度と思われることを指摘している(1999)。フェーファー(1998)は、雇用保障で人材育成を重視する必要と、その成功事例を精力的に紹介する一方、成果主義とそれを好む経営者への論理的な批判を精力的に展開し、成果主義の問題事例を多数紹介している。

 以上の論者とやや異なり、カッペーリ(1999)は、「アメリカの長期雇用を基本とする伝統的な人事管理は、20 世紀に入り、企業の組織が巨大化・複雑化し、それに対応する技能を社内に蓄積する必要があったため普及した現象にすぎない」とした。そして、伝統的な人事管理は、製品競争の激化、情報革命、金融改革、それに、働く者自身が雇用保障を一方的に破棄する企業を信用しなくなったことにより崩壊したと断じた。しかし、その一方で、雇用保障の廃止を伴う成果主義は、有能なキーマンの社外流出、社員の会社へのロイヤリティの低下、企業特殊技能の育成阻害といった問題を生むため、好景気になり、労働市場の需給が逼迫すれば、伝統的な人事管理へとゆれ動くだろうとした。実際、アメリカでは、好況の持続に伴う96 年末からの労働市場の急速な逼迫で、リテインメントをキーワードとする伝統的な人事制度論が、サウスウェスト航空やヒューレットパッカードなどを引き合いに盛り返したようである。

 なお、カッペーリ(1999)は、「エンプロイアビリティの名分のもとに、社員自身にキャリア開発の責任を負わせ、企業への期待感をさげているのに、社員の企業へのコミットメントは変わらないと思っている」「ホワイトカラー、特に管理職の仕事は企業特殊技能と内部昇進によるものだから、市場原理にそもそもなじまない」「社員自らがキャリアと能力開発に責任を負う代償として、企業は能力開発を支援し、社外での雇用可能性を高めるという施策を企業がし、社員もそれを信じるとは考えられない」と論じた。エンプロイアビリティ論は、雇用保障の廃止を取り繕ろう白々しい建前論にすぎぬということである。


投稿者注:
コンピテンシー・・・高業績者の行動特性(詳しくは情報マネジメント用語事典
エンプロイアビリティ・・・雇用される能力。
リテインメント・・・雇用の維持。

今どきは米語を翻訳しないで使うので困る。漢字力の貧困なのはお互い様かも知れないが、大学の先生ならせめてもうちょっと何とかしてくれ。明治時代の諸先輩を見よ。次々はいってくる横文字をどんどん漢語に翻訳していったのである。漢字というのは表意文字なので、そういうときにはきわめて便利なのですよ。

だそうである。


次も同じ福田氏の文章。

「働くな!」―業績上げれば上げるほどリスク高まる 【ビジネス特報】夕刊フジBLOG
http://www.yukan-fuji.com/archives/2005/11/post_3910.html

働けば働くほどリスクが高まる

 働かざる者食うべからず、の時代は去った。なぜなら業績を上げれば上げるほど、「前年比」「前月比」などの数字に踊らされるのがオチ。つまり業績をあげれば上げるほどノルマもあがるものと心得なければならない。

 成果主義を本気で実行している会社では、業績を上げるほど給料も上がり昇進するはず…なのだが、周りを見渡してもそんなに都合よく事は進んでいないのが会社というものだ。むしろ、業績をあげれば上げるほど失敗や足元をすくわれるリスクは高まり、出世は危うくなる。時には退職に追い込まれることさえ覚悟しなければならない。(2005.11.02掲載)

 ポストを与えた人間を会社が放っておくわけがない。給料や地位が上がる一方で、さらに大きな業績をあげることが期待され、目標という名のノルマがさらにきつくなっていく。自己申告といっても、いったんあげた業績以下の申告は許されず、これまでより業績を落とせば優秀社員からダメ社員へ転落してお先真っ暗となる。
 このように、「目標はいったんあげた業績より下げられることはなく、業績をあげれば上げるほど目標も上がってゆくこと」をアメリカの組織経済学者は「ラチェット効果」とネーミングした。ラチェットとは歯車が逆転するのを防止する歯止めのことである。

■ほどほど主義者が生き残る
 ラチェット効果のおかげで業績とノルマのイタチゴッコを強いられると、強度のストレスによる精神的トラブルや過労死のリスクが高まる。むちゃな行動や倫理を踏み外す行動の背景には、このいただけない“効果”が、社員や会社に損失や不祥事を引き起こさせているケースもある。
 それなら、どうするか。
 答えは「ほどほどの業績をあげ、ほどほどの収入と地位を得ることでよしとすること」。それが生き残りのための鉄則だ。
 この鉄則を経済学的に表現すれば「最小のリスクと最小の努力でまあまあの報酬を安定的に得ることを追及する」となる。これを「均等報酬原理」といい、この原理に基づき成果主義を用いれば、次のような前向きの行動が期待される。

(1)評価の対象となる結果だけを手段を選ばず追い求める
(2)高い評価を得やすい仕事にはできるだけ時間と労力を配分する
(3)評価を得にくい仕事には、できるだけ時間と労力を配分しない
(4)評価の対象とならない仕事は重要な仕事でも一切しない

 これは会社にとって効率のよい社員の働かせ方でもある。一方社員は評価が高くなりすぎるようなら、仕事をセーブしてノルマがはね上がらないようにする。ほどほど主義に徹して要領よく利己的に立ち回ることだ。

■成果主義はほんとにうまくいく?
 実は成果主義は社員の士気をそぐという調査結果がスタンフォード大学などの有力な経済学者たちにより指摘されていて、アメリカでは問題視されている。日本では導入が始まってまもないが、早くもうまくいかないことが取りざたされ、日本の会社の風土や価値観に問題があるような指摘が目につく。
 しかしうまくいってもいかなくても、社員はいや応なくその渦中に身を投じている。だから、その渦に底に引きずりこまれぬよう、ラチェット効果を知って、乗り切り作戦を考えたいものだ。
------------------------------
福田秀人(ふくだ ひでと)
 石川県出身。56歳・立教大大学院教授(危機管理学)。放送大学大学院政策経営プロジェクト客員教授。71年3月、慶應義塾大学商学部卒。73年3月、慶應義塾大学大学院商学研究科 経営学・会計学専攻修士課程修了。76年3月、慶應義塾大学大学院商学研究科経営学・会計学専攻博士課程修了。ペンネーム福田永一で著した『誇りたかき男たち 日本の自衛官』(エイデル研究所刊)など多数。趣味はスキューバイビング、茶道、歴史(特に戦史)など。

ただし、投稿者の思うに、

(3)評価を得にくい仕事には、できるだけ時間と労力を配分しない
(4)評価の対象とならない仕事は重要な仕事でも一切しない

これを実行する社員が増えると、「評価を得にくい仕事」や「評価の対象とならない仕事」は当然ながらどんな企業にもいくらでもあるのだが(売り上げその他の“成果”に直結しない仕事ですね)、だんだん会社の内部がうまくまわらなくなったり雰囲気が悪くなったりして人が逃げ出し、そうするとそれらの仕事はよけいに誰もやらないようになり、そのうち会社としての機能が果たされないようになれば人が一挙に逃げ出して、結局その会社は倒産するのである。御愁傷様。

まあこの2種類の仕事は企業に限らずどんな社会にもあるのだろうと思うが、それをすすんでやる人がずいぶんと減ってしまったのが今の日本であり、例えば家の周辺を掃除するとか困っている人がいたらちょっと手助けするとかいうのも、知ら〜ん顔をしてすませるか、でなければ役所に言ってみたり(なにしろ“成果”に対して何のご褒美も出ないし。つまり“成果主義”の眼からすると無用・無価値の仕事である。)、自らやる場合にはわざわざ大仰に「ボランティア」と言わなければならないらしい。しんどいこっちゃ。

私の仕事 【内田樹の研究室】
http://blog.tatsuru.com/2009/06/18_1134.php

17日の午前10時にプレスリリースを行った。
2009年度入試の英語問題に出題ミスおよび採点ミスがあったのである。
6月3日に学外の入試問題出版社から疑問が提示され、それを承けて、出題委員への問い合わせ、ミスの確認、再採点、成績一覧の書き換え、合否判定、追加合格者の決定、文科省への報告、追加合格の通知、プレスリリース・・・とこの2週間ほど入試部長として連日その作業に忙殺されていたのである。
ブログ更新がままならなかったのも当然(そのあいまに別のイベントも進行していたし)。
とりあえず、昨日までに追加合格の通知とプレスリリースが終わった。
さいわい、追加合格によってこの時点での進路変更という志願者は少数にとどまりそうである。
それでも、実際には合格していた試験に「不合格」という通知を受け取った受験生の精神的なショックについては遡ってこれを償うことができない。
深く謝罪するとともに、受験生の逸失利益についてはできるかぎり回復に努めるつもりである。
入試業務の統括責任者として、ここに深くお詫び申し上げたい。

だが、どうしてこういうミスが起きるのだろう。
今回、入試業務の責任者として、ミスの発生原因について調査を行った。
その報告は「ミスはどうして生まれるか」ということについて、貴重な教訓をもたらした。
レポートの結論は、一言で言えば、「どうしてこんなミスが起きたかわからない」というものだったからである。
お怒りになる人がいるかも知れないが、私はこの報告はある意味で「正直」なものだと思う。

以下は一般論である。
ミスは「これが原因」と名指しできるような、わかりやすい単一の原因では起こらない。
「誰が有責者かを特定できない」からミスが起きるのである。
それは「私の仕事」と「あなたの仕事」のどちらにも属さない領域で起こる。
「オフィスの床に落ちているゴミ」を拾うのは「私の仕事」ではない。
私のジョブ・デスクリプションには「床のゴミを拾うこと」という条項はないからである。
だから、「私は『そんなこと』のために給料をもらっているわけではない」という言葉がつい口を衝いて出る。
そのような人たちばかりのオフィスはすぐに「ゴミだらけ」になる。
同じように、ミスは「誰もそれを自分の仕事だと思っていない仕事」において選択的に発生する。

「ジョブ」について書かれた印象深いテクストがある。
カインがアベルを殺した後、主はカインに訊ねた。
「あなたの弟アベルはどこにいるのか。」
カインは答えた。
「知りません。私は自分の弟の番人なのでしょうか。」(『創世記』4:9)
「私は自分の弟の番人なのでしょうか」とカインは言った。
「『私の仕事』がどこからどこまでなのか、それをはっきりさせて欲しい」というカインの要求を主は罰された。
「私の仕事」はその境界線を「ここまで」と限定してはならない。
それは信仰上の戒律であるというよりは、集団で仕事をするときの基本的な心構えのように私には思われる。

uchida : 2009年06月18日 11:34

しかし、「私の仕事」の境界線を「ここまで」と限定しなければ、成果は計測できないししたがって成果主義は成り立たない。


話がそれたがともかく、

成果主義の失敗は「当然の帰結」
チャールズ・オライリー
米スタンフォード大学経営大学院教授に聞く(前編)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20080709/164996/?P=1
だが、成果主義の“本場”である米国で人事マネジメントを研究してきたオライリー教授は、日本企業が問題に直面したのは当然で、驚くことではないと言い切る。
米国企業でも好業績の企業は必ずしも成果主義を信奉していないと指摘。職場の一体感を取り戻すため、ビジョンや価値の有用性に再び目を向けるべきだと主張する。
・・・
もう1つ強調したいのは、すべての米国企業が成果主義を信奉しているわけでは決してないということです。もし仕事の内容が、複数の人が相互に協力しながら取り組んだ方がいいものだった場合、個人に報いる厳格な成果主義を導入すればチームワークが損なわれてしまうのは想像がつくでしょう。

これではアメリカでは「成果主義は常識」とはいえません。


次のような見方もある。

成果主義(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E6%9E%9C%E4%B8%BB%E7%BE%A9
人事評価への成果主義適用状況 [編集]
・・・
なお、欧米では日本より先に成果主義による人事評価の事実上の失敗を教訓として、現在では成果主義を導入している企業はほとんどないと言われている。


例えばプロスポーツの世界なら成果主義が主流になるのに不思議はないし実業の世界でもその方がいい業種その他もいろいろあるとは思うが、しかし現実には常識とはほど遠いように思われる。


上の福田秀人氏の「日本の会社の風土や価値観に問題があるような指摘が目につく。」の一例をあげておく。というよりこれは日米の違いの指摘だが。

アメリカでの成果主義って。 【教えて!goo】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2673374.html

長期的に見なければ評価できない“成果”もある・・・

太陽電池の隠れた主役たち
2009年6月18日(木)
米国型経営では太陽電池ビジネスは育たなかった
三洋電機元社長が語る「日本の太陽電池産業」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090617/197831/

一部に成果主義を取り入れている・・・

嫌われ成果主義の逆襲
2009年5月14日(木)
「年俸制がホンダを窮地から救った」
曽田浩 ホンダ取締役管理本部長に聞く
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090513/194509/

 

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