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【経済学者のトンデモ理論】 デフレーション・インフーションそして通貨 《その1》 投稿者 あっしら 日時 2002 年 2 月 20 日 23:32:48:

日本経済の不況の原因が“デフレ”であるという言説が数多く流れ、その対応策とインフレターゲット政策の導入なども言われているので、“デフレ”・“インフレ”・“通貨”というテーマに絞って、「経済学」の底の浅いちまちました理論やいい加減さを説明できればと思っている。


※ いいのかいな、宗教に続いてアカデミズムにまで喧嘩を売って、という感じです(笑)いいんでしょう、国難ですからね(笑)


竹中経済財政担当相でも、アメリカのノーベル経済学賞受賞者でも、反論できるのならどんどん反論して欲しい。あなた達のいかさま性・衒学趣味・現実隠蔽策動・非本質的な経済理論をさらすことが最大の目的なので大歓迎です。

もちろん、阿修羅サイトに集うみなさんの反論や異なる主張も大歓迎です。
大局的な間違いは論外(書き込みを止めることでご勘弁を)ですが、誤りもあると思っていますので、どんどんご指摘ください。
説明不足や記述下手でわからない部分は、レスでご質問ください。

また、私なりの説明を読んでみたいというテーマがありましたら、レスで書き込んでください。緊急時(笑)に新たに書籍を読んでというわけにはいかないので、できるかぎり対応させていただきます。
但し、利殖の話や計量経済学的な理論などは趣旨をご理解いただき、除外させていただきます。


※ 「論議・雑談」ボードに、現在の日本経済の苦境を少しでも緩和するための政策を『ささやかならが少しはまとまな経済状況を』と題してアップしていますので、未読の方はご参照ください。

http://www.asyura.com/sora/dispute1/msg/119.html


■ デフレとインフレそして通貨

● デフレとインフレの基本

デフレーションとは物価が下落して貨幣価値が上昇する傾向のことで、インフレーションとは物価が上昇して貨幣価値が下落する傾向のことだと言われている。

デフレになると不況になるのは、保有現金を生産活動・投資・消費に回すよりもそのまま保有したほうが有利だと考える人が多くなるからである。
これは、今日1億円で買った土地が1年経ったら9千万円になる可能性があると想定して考えて欲しい。このような考えが蔓延すると、経済活動(お金の動き)が縮小するのは当然である。借金も、将来の負担が重くなると考えるので控えるようになる。

インフレは、まさにこの逆で、手元にある現金をいつまでも持っていても価値が下がるだけなので、生産活動・投資・消費に回したほうが有利だと多くの人が考えるため、経済活動が活発化して好況になる。インフレの場合は、借金しても、返済するときには負担が軽くなっていると考えるので借金も増える。


● デフレ・インフレと「日銀券」

しかし、デフレやインフレを通貨価値の下落や上昇と考えたとき、紙切れでしかない「日銀券」(ドルでも同じ)に対しても、金本位制や金貨(金属貨幣)制のときと同じような“価値”という考え方が通用するのかという問題が生じる。

これに対しては、「1万円札」には1万円の価値があるじゃないかと言われるかもしれない。その通りで、「1万円札」には1万円という現在的価値しかないのである。

今密かな話題となっている“新円切替”で考えてみればわかるように、政府が「1万円札」は1万円として様々な支払い手段として使える(逆に言えば、「1万円札」を1万円として受け取らなければならない)と“法的に強制”しているからに過ぎなく、政府が、現在の「1万円札」は今日から通用しないと宣言してしまえば、それだけで1万円の価値は消えてなくなり、燃料としてもトイレットペーパーとしても使い勝手の悪い紙切れになってしまう。

こういう紙切れでしかない不換紙幣が、法律と強制力だけでどうして支払い手段としての通貨になるかと言えば、貨幣経済が隅々まで行き渡り、貨幣なくしては生きていけないという経済システムができあがったからである。そのシステムから退場するためには、自給自足の隠遁生活に入るしかない。

多くの人が「基本自給自足+余剰生産物」という生活をしている社会であれば、紙切れでしかない「日銀券」を持っていって余剰のお米を売ってくれと頼んでも、そんなものでは売れんと言って断られるだろう。政府が通用を強制しても、余剰の米なんかないと言って、実質的に受け取りを拒否するだろう。
しかし、余剰のお米を持っている人に鍋を持っていき、これに見合う量のお米を分けてくれと言ったとき、お米の持ち主が鍋を必要だと思っていれば、渡す米の量の問題で交渉を要するとしても取引が成立する可能性が高い。

(鍋を持って米を買いにいく人が多く、余剰の米を持っている人も多ければ、いわゆる「市場の論理」でその時点での鍋に対する米の量が自ずと定まる。鍋を金(キン)に置き換えて考えれば、貨幣の成立を示唆するものとなる。鍋や衣類と違い、金は分割しやすく腐食もしない。金でつくられる通貨は、分割しても“本質”が変わらない特殊な“鍋”でしかない)

このような話は、急激なインフレがはびこった戦後の「闇米取引」が日銀券ではなく物(衣類など)によって行われたことを考えればわかる。
現在のアルゼンチンでも市民の間では物々交換が広まっている。通貨を受け取って、歩いて他の商品を買いに行こうとしたら、歩いている間にその商品の価格が上がってしまうのだから、必要な物が目の前にあり納得できる対価物で入手できるのなら、通貨を受け取ることは危険な行為である。

このようなことから、紙切れ通貨が現実的に通用するためには、貨幣経済が隅々まで浸透していることと紙切れ通貨の価値がそれなりに維持されていることが必要条件であることがわかる。(デフレは、この意味では通貨の健全性=通用性を高める)

金本位制であればこのような“詐欺性”は少し減少するが、金貨や銀貨が流通している社会に較べれば、やはり“詐欺性”が残る。それは、兌換紙幣を発行する銀行が、発行高に見合う金を100%保有しているわけではないからであり、銀行が破綻したり夜逃げしないという保証もないからである。

さらに言えば、金貨にしても、発行元は、その規定含有金量を減らしてごまかすという詐欺をたびたび行った。そうなれば当然、「悪貨は良貨を駆逐する」という法則が働き、同じ額面10ターレルでも、買える物は少なくなる。(西ローマ帝国の堕落の一つの現象面である)

歴史的に言えば、金属通貨→金本位制→国際取引金本位制→紙切れ通貨制と“詐欺性”を拡大してきたのである。“詐欺性”をはらむ金本位制が通用したという歴史過程があったからこそ、紙切れ通貨制の導入ができたのである。

このような説明をしてきたのは、「日銀券」の本来的な価値が紙切れとしての価値だけで、通貨としての価値性がないことを説明したかったからである。

だから、結論として言えば、インフレーションとかデフレーションとかいう“古典的”経済用語を使うこと自体が誤りなのである。


● 古典的なデフレとインフレ

超越神の基だと考えている金(キン)が通貨として使われていれば、インフレーションとかデフレーションという概念が通用する。

今では現実的ではないが、金貨が通用している社会を考えてみる。
但し、ここで使うモデルは、専門職の統治者や金融家が存在せず、商人と生産者のみとする。武装勢力は商人が兼ねていると思っていただきたい。

商売人は金貨をより多く稼ぐことが目的である。(そうでなければ競争に負けで商売人でいられなくなる)
インフレーションが発生する基本的な要因は、金貨の流通量が増えるか、商品の流通量が減るかである。

金貨の流通量が増えてインフレが起きても、当初は、商人が少々高く仕入れても前よりも高く売れる(ひょっとしたらインフレ率よりも多く値上げして売れるかも)と考えて、商売に励む。そして、その狙いは実現する。
しかし、ある時点で、商売人は“危険”を察知する。それは、どうも思ったような値段では商品が売れないぞと感じ始めたときである。
そう思った商人は、商品を買わなくなり、金貨を退蔵し金貨ができるだけ流通しないようにする。すなわち、経済取引の減少である。
そうなると、せっかく生産物が高く売れると喜び生産に励んできた人たちはパニックである。在庫は増えるのに買いに来る商人はあまりいない。金貨のように腐らない物はいいが、陳腐化する物はじっと保有し続けるわけにはいかない。

そのような社会状況をじっと見ていた商人は、「お困りのようですが、なんとかしましょう。しかし、物の価格が下がっているご時世ですから、1ヶ月前より2割ほど安くなりますよ」と生産者に声を掛けた。渡りに船で、生産者は在庫を売った。
生産者も考えるから、生産を縮小して対抗する。

生産と在庫はすぐには調整できないので、生産者は、これ以降はしばらく買い叩かれることになる。
商人は金貨と商品を多く保有している層なので、このような状況にもずっと楽に対応できる。金貨はしっかり退蔵し、在庫の商品のなかで日持ちしないものは少々損しても売ってしまうが、日持ちのいい商品は金貨と同じように退蔵(売り渋り)する。

しかし、経済取引が沈滞したままであれば、商人も金貨を稼ぐことができないから、生産者の生産や在庫の調整がついた頃を見計らって、積極的な取引を再開する。
生産者に金貨が移り始めると需要が徐々に拡大していき、しばらくすると、インフレ的様相を呈し始める。

これが、いわゆる『景気循環』の原初形態である。


(金属貨幣の流通が増えるのは、戦争に勝って戦利品や金鉱山などを手に入れたときである。南アメリカをずたずたにしたスペインが大量の銀をヨーロッパに持ち込んだ後では、ヨーロッパで広くインフレーションがはびこった。そして、生産活動も活発になった)

商品の供給が減少するのは、自然災害や戦争などである。
商品供給の減少が原因でインフレになると、傷が癒えた生産者が生産を増やすこと、商品を仕入れられる地域を拡大すること、生活物資が不足している状況でも商人が商品を買わないこと、邪魔な人間を追放して需要を減らすことなどで解消していく。


金貨が流通している社会でのデフレは、金属通貨の減少や商品供給の拡大から生じる。
インフレ状況が進みすぎたときの対応策を考えれば、おおよその理解が得られると思う。
しかし、インフレ対応策として商人が発生させたデフレではなく“本源”的なデフレの場合は、経済取引の沈滞を招き、商人はともかく、生産者(商品生産者)が経済的苦境に陥ることになる。商人も、保有金貨の価値は相対的に上昇して得しているが、さらに多くの金貨を獲得するチャンスが少なくなる。

これを解決する方法は、戦争で支配地域を拡大して金を獲得すること、商品供給地を一時的に破壊すること、金貨を保有している多くの人を招き入れるなどである。

ちなみに、“本源”的なインフレはない。
金貨を圧倒的比率で保有しているのは商人だから、先ほどのように金貨流通量を調節して対応できる。


● 金属通貨の成立

通貨が成立する社会的条件を説明するにあたって、まず、紙切れ通貨の通用性のところで説明した内容を再述する。

鍋を持って米を買いにいく人が多く、余剰の米を持っている人も多ければ、いわゆる「市場の論理」でその時点での鍋に対する米の量が自ずと定まる。鍋を金に置き換えて考えれば、貨幣の成立を示唆するものとなる。鍋や衣類と違い、金は分割しやすく腐食もしない。金でつくられる通貨は、分割しても“本質”が変わらない特殊な“鍋”でしかないのである。

金は、非腐食性・均一的な分割容易性・少量でも価値がある蓄蔵性といった優れた特性を持つ一方で、装飾品や電子部品で利用されるくらいで米や服のような利用価値はそれほどない。(とくに生活に追われている人には)

金を食べると精力絶倫になるとともに快感も10倍アップするのであれば、金が通貨として利用されなかった可能性が高いだろう。(男の浅知恵かな(笑))
人という生き物が金を食べない限り生存できないという条件を抱えていれば、金が通貨になることはなかったし、人口も増えなかっただろう。(人が金=お金を食べる生き物だと勘違いしている人もいるようだが(笑))


金が通貨として社会(国家や共同体)に浸透していったのは、商人の増大=商業活動の活発化が土壌としてあるにしても、最終的には非生産者が専門職としての支配者になったことが契機だと考えている。
(共同体の領域が大きくなるとか、複雑な取引が増えるとか、戦争が恒常的なものになるとかで、大きな行政機構が必要になっていけば、生産活動に一切関わらない専門職としての支配者が出現する。これがいわゆる国家の始まりである。遊牧社会でも農耕社会でも、生産者の仲間のなかから選ばれた人たちが生産者でありながら統治者の役割も果たすという状況であれば、貨幣は必要ないだろう)

それは、「金が実用価値に乏しい」ことと「本物の金かどうか多くの人には判別しにくい」という問題があるからである。

余剰生産物を生産する生産者は、それを売って他の欲しい物を手に入れたいが、金よりも他の物を入手することを優先するだろう。余裕ができれば、妻や自分の身を飾るために、金を買ってもいいと考えるかもしれないが...。

生産者などが金を受け取って、これで欲しい物が買えると勇んで商店に行くと、「お客さん、これは偽物ですよ。ほら、こちらの本物と一緒に天秤にかけると釣り合わないでしょう。騙されましたね。10分の1の価値は認めますけど」と偽の金を掴まされたことを指摘されたり、同じことを言われたので、がっかりしたけれどももしやと思い、そっと様子を窺っていると、「おいおい、バカな客だぜ。ちょっと細工した天秤を使ったら、ころっと騙されていやがるの。わずかばかりの商品を渡してお引き取り願ったよ」という声を聞いた。

(バリ島の両替商のなかには、細工した電卓を使ってルピーを少なく渡す不届き者もいる。特にいいレートを表示している店。インドネシアルピーは1万円が80万ルピー以上にもなるから、暗算もしにくいしチェックするのもたいへんである。立派な店構えをしたカメラ屋が、ルピーを数えてあげるふりをして、端数をごまかそうとした。両方とも実体験で、気持ちは分かるから、クレームをつけて正規のルピーをもらっただけにとどめた。指摘しても、まるで平然で、細工電卓で遊ばせてもらったりした。地元の人たちにとっては100ルピーだってけっこうな価値がある。ホテルは国際価格に近いので実感できないが、観光客の来ないレストランなどでお金を使うと実感できる。雰囲気を別にすれば、ほぼ100ルピー=30円という感じである。バリ大好き人間です)

このように、金属通貨が社会でまともに流通するのもたいへんなことである。
金貨でさえ、紙切れ通貨と同じように、国家が、その通用力を強制したり保証しなければ成立できないものなのである。
さらに言えば、生産者は余剰生産物を売ることができるし、商人も、ある商品(羊など)で他の商品(小麦粉など)を仕入れてそれでまたある商品(剣など)を手に入れることができる。

商人の起源は移動する遊牧民が主であろうから、金属通貨が成立する以前は羊などの家畜が通貨的な役割を果たしていたと考えている。面倒は見なければならないが、まさに“歩くお金”である。“歩くお金”は商品の輸送手段としても利用できる。そうであれば、羊を増やすことは、お金を増やすことでもあったわけだ。

(「旧約聖書」でなぜアベルが重視されカインが冷遇されたかのヒントだとも思っている。牧畜を生業としていたアベルは、神のためにお金(羊)を生け贄に捧げるという犠牲を払ったのである)

ところが、専門職となった統治者=支配者は、非生産者であり非商人である。
武力を背景とした権力は持っているが、それを売るわけにはいかない。

(せっかく武力を保有しているからと言って、それを使って生産物や商品を強奪すれば、生産者は生産意欲をなくしたり逃げたりするし、商人は領域によりつかなくなる。他の国家がそうじゃない政策を採っていれば、そこにみんな行ってしまうことになり、強くなったその国家から滅ぼされることにもなりかねない。統治者もみんな学習させられたんでしょうね)

そこでまず、社会の安定を図っているという名目で税金を徴収する。確かに、他の共同体が攻めてきて略奪されるのは防いで欲しいし、灌漑などの大規模事業もメリットがあるし、盗人がはびこらないようにして欲しいことなどから、理に叶った税金であれば負担する。
しかし、現物で納税されても、余るものもあれば、足りないものも出てくる。
余るものを商人に売って、足りないものを商人から買うことはできるが、腐食性のものや社会全体で余剰のものなどは売るのが困難になることもある。

ところが、領地には支配者の特権として所有している金鉱山があり、一族の身体を飾ったり、神殿を飾ったり、部屋の装飾に使ったりしてもまだまだ余剰があることに気づいた。(金を税として収める人もいたかも知れないが)

金は空気と違って純金にするためには、採掘や精錬が必要である。(これは、いわゆる労働価値説に合致し、一般の商品と同じ性質であることを意味する)
そして、金の物理的特性は、羊などよりも、支払い手段や蓄蔵手段として便利なものである。
生活に余裕があり装飾用に金が欲しいという人もいるから、小麦粉と同じように商品性もある。

そこで、統治者は、金の量の違いで何種類かの塊をつくり、これが貨幣であり、商品などを売る者は、貨幣を支払い手段として受け取らなければならないと布告する。

最初に貨幣を社会に流すのは国家=支配者であり、商人から商品を買うことでそれを行う。

当初は疑心暗鬼だった商人も、金の含有量に問題はないし、貨幣というものが確かに便利であることが実感できた。
生産者も、金そのものは必要ではなくても、それで様々な商品が買えることがわかり問題ないと納得した。
統治者は、これまで処理が面倒だった物納をやめ、税金を金貨で収めるよう布告した。

このようにして、金貨が支払い手段として使われ始め、それが徐々に浸透していくと、金貨=貨幣が、他のどんなものよりも素晴らしいものだという意識が多くの人に持たれるようになる。

(これが一神教=超越神信仰(意識や価値観)が広まった社会的条件だと考えている。逆に言えば、貨幣経済があまり浸透しない共同体では当然のように多神教信仰(意識や価値観)が続くと考えている)

そして、このような貨幣経済の浸透は、金への欲求を急速に高めていく。
需要が大きい商品の余剰生産物や金鉱山を保有していない国家は、どこからか金を奪うか、金鉱山がある地域を奪わなければ、商人も寄りつかないし、国家を強力にすることもできない。

(専門職の支配者と同じように、常備軍の将兵たちも非生産者であり、金か売れる商品の余剰がなければ軍隊を大きくすることはできない。金に余裕がある国家が傭兵までも使い始めると、戦争でますます太刀打ちできなくなる)

弱い国家や共同体は、強い国家には侵攻できないので、金貨を持っている商人(隊商)を襲って略奪することを始めるだろう。そして、強くなれば、よりたんまり金(金鉱山)を持っている国家を狙い始める。
強国も、それに備えて軍備を増強したり、危険になりそうな国家を叩きつぶそうとする。
武力に走らず知恵を働かせる強国は、軍備と治安を強化するとともに、金貨の信用性を高める努力をする。金の含有量をごまかさないという定評を得れば、治安も良いのだから、商人はこぞってその国に向かうだろう。その国は、さらに繁栄することになる。

(古代世界に限らず、貨幣経済が社会システムになった国家は、金=お金を求めて戦争を繰り返し、戦争に勝つために金を求めるという歴史を歩みやすいことになる)

これを解決する方法は、『世界帝国』の樹立のみである。
『世界帝国』と言っても、全地球という意味ではなく、商取引や戦争などの関係が継続的にある地理的範囲である。

ローマ帝国やイスラム帝国は、このような“智恵”の結果として受け入れられたと考えている。
関係性がある地域に“敵”がいなくなれば、軍備を拡張する必要もなくなり、隊商や襲う盗賊や人家に押し入る盗人を取り締まることや通貨の信用性を保持することに専念すれば、社会は安定し、学問や娯楽なども盛んになる。

今や、地球は、ボーダレス経済と言われ、グローバリズムが叫ばれる状況になった。

ローマ帝国的価値観を善しとする人たちが大きな権力を動かせるとしたら、『世界帝国』を志向するのは当然だし、志向する『世界帝国』は全地球規模のものになるはずだ。

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