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【経済学者のトンデモ理論】 デフレーション・インフレーションそして通貨 《その3》 投稿者 あっしら 日時 2002 年 2 月 22 日 18:07:20:

『【経済学者のトンデモ理論】 デフレーション・インフレーションそして通貨』の《その3》です。当ボードの下段にある《その1》《その2》を順に読まれた後で、お読みいただければ幸いです。

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● 金本位制の景気変動

金本位制が萌芽形態ではなく本格的に確立したのは、イングランド銀行創設(1695年)後の英国(イングランド)である。

金本位制の萌芽は、「金融家の登場」で書いた為替システムである。
為替の基本は、ご存じのように、ある金融家にお金を渡し、その証拠として“紙切れ”(為替証書)を受け取り、遠隔地にいる別の金融家に対してその“紙切れ”を渡せばお金を受領できるというものである。

このような為替システムが順調に推移していけば、為替証書に金貨と同じ価値があると考えられるようになり、現在の商業手形と同じように実際の取引でもそのまま有効になっていく。
為替証書が記名式で他者に正当に渡す場合は裏書きするというかたちで通用していれば、万が一盗賊にあって為替証書を奪われても、支払い義務を持つ金融家は、「サインが違うから支払わない」と言って拒絶できる。そうなれば、正当な保有者に裏書きのサインをしてもらわない限り、為替証書を強奪する利益は少なくなる。
(サインを巧くまねる特技を持っていればいいが、そうでなければ、ぶっ殺して強奪する手法は無意味になる)

多額の取引には為替を使うほうが安全で便利だと広く考えられるようになれば、金貨の額面に相当する為替証書を数多く作成してもらって持ち歩けば、軽く身にも付けられる紙切れで金貨を輸送したときと同じような商取引ができる。

現在の正当な所有者がサインによって限定されているということを除けば、為替証書はほぼ兌換紙幣と変わらない。

これは、安全で便利だと考える商人など以上に、金融家に大きなメリットを与える。
預けた人への返却のために手元に保有(預かり分も含む)しておかなければならない金貨の量を少なくできるからである。
為替証書が取引で幅広く通用するようになれば、貸し付けさえも、うまく説得して、為替証書を渡すだけで済ますことができる。それが通用すれば、まさに“無から有が生じる”や“錬金術”であり、手持ち金貨の数十倍(控えめの例)の貸し付けが簡単にできてしまう。もちろん、利子付きで返済してもらうときは、真性の金貨か金貨にきちんと変わる新しい為替証書に限定する。借り手が返済できないときは、貸付金以上に価値がある担保物件(人)をせしめる。

(「陰謀論」でよく出てくる“錬金術”は、化学ではなく、このような経済理論(詐欺)のことである)

国際=共同体間取引など金融ネットワークが確立されていない場所での取引では金(貨)が必要になるが、それ以外では金(貨)をそれほど使わなくてもいいという経済社会状況が生まれる。
国際取引も、金融ネットワークに位置する人たちのあいだであれば、支払い手段として金を運ぶ必要はない。このようなことから、海賊船(商船もコストを掛けた重武装であり海賊行為も行った)が横行していた19世紀までの国際取引は、主として金融ネットワークに位置する人たちが担った。

しかし、戦争や金融家の破綻もあるから、慎重な人は金にこだわったであろう。

(移動する遊牧の民が金を装身具として愛好するのも、少量でも確固たる価値を有していることを熟知しているからであり、幾多の動乱に翻弄されてきた中国人も、金にこだわる。愚か?にも政府までが金にこだわらない日本は、実に平和で安定した歴史を歩んできたのである)

金本位制は、国内取引ではこれまで説明した為替証書に代わり無記名式の紙幣を使う。
それは、発券銀行が、紙幣を保有している人がそれを渡せば額面と同じ金貨と交換するというものであり、それが現実として通用していけば、紙幣の額面と同じ金貨であると認識されるようになる。
この紙幣制度は、当初疑念を抱かれるとしても、プロパガンダと法的強制力で押し切られる。そして、貨幣経済が浸透していけばいくほど紙幣が日常的に取引に使われるようになるから、わざわざ兌換を請求しに発券銀行に出向こうと考える人は減少していく。

(銀行へ定期預金の解約に出向くとああだこうだと言って渋るように、発券銀行も、「紙幣で何か不都合がありますか?」とか言って兌換を渋ったことだろう。発券機能を持たない商業銀行に対する貸し付けを通じて紙幣を流通させ、自らは支店を極力出さないことも重要なポイントである)

発券銀行は、ただでみんなに紙幣を配るわけではなく、当然のように貸し付けを通じて流通させる。
国家=統治者が通貨発行権を握っていれば、国家が物資を買ったり人を雇うことで貨幣が流通し始める。
しかし、銀行が通貨発行権を握れば、流通は貸し付けから始まることになる。

これでわかるように、中央銀行制度が確立した近代は、根っからの“高利貸し”経済システムなのである。

そして、これは、経済システムのなかの一経済主体として“智恵”を使って金儲けに励んできた金融家が、今や、その頂点に立って経済システム全体を統御できる力を得たことを意味する。国家=統治者も、戦争など税収などでは賄えない事態が発生すると、“否応なし”に中央銀行から貸し付けを受けなければならなくなる。
中央銀行制度は、「利子の取得を禁ずる」宗教=価値観が国家=共同体の総意的なものであり続ければ実現できないものである。この意味で、カルヴァンは実に偉大な貢献をしたと言える。(注1)

金本位制の最大のポイントは、中央銀行=有力金融家が市中にある金貨を吸い上げられることである。
イングランド銀行は中央銀行であるとともに商業銀行でもあり、イングランド銀行を所有している金融家ネットワークは、中央銀行ではない商業銀行も、看板は違っていても多く所有している。
商業銀行は、貸付業務を行うだけではなく、預金業務も行う。
中央銀行=兌換紙幣制度を成立させた金融家は、当初の預金は金貨だけに限っただろう。前述したように、本来の預金は今で言う「貸金庫」である。そして、金貨を受け取りに来た顧客には、「こちらのほうが軽くて持ち運びにも便利ですよ」とかなんとか言って、極力、金貨相当分の紙幣で済ましたはずだ。
より“金の独占”を進めるために、「金貨を手元に置いているのは危険!画期的新サービスにより、安心の預金に利子まで付きます」といったキャンペーンを展開しただろう。

このような過程を通じて、英国は、紙幣がほとんどの取引を媒介する経済社会に変貌していく。

紙幣となった貨幣は借金でしか手に入らず、保有している金貨は、現実として不都合はないがなんとかウソっぽい説明で紙幣に変えられていくという社会の出現である。
このようにして、リアルな価値を持つ金(貨)は、中央銀行を所有する金融家の金庫にどんどん蓄蔵されていくのである。

でも、兌換紙幣なら金貨に変えることはできるんだから、詐欺ではないし問題もないと思われるかもしれない。

兌換請求者がどっと増えるのは、発券銀行が破綻しそうだと思われるときや経済状況が不況(恐慌)のときである。

最初に書いた発券銀行が破綻しそうな場合だが、英国では発券銀行がただ一つイングランド銀行しかないので、英国が破綻するか、多くの人が紙幣の虚偽性に気づき兌換を請求するという事態が起こらない限りあり得ないことである。(保有金貨の数十倍、数百倍の兌換紙幣を発行しているから、それほど多くない紙幣が持ち込まれても破綻する)

20世紀初頭までのアメリカ合衆国のように数多くの発券銀行が存在していれば、そのような混乱がよく起きる可能性があり、実際にも取り付け騒動が頻発した。(注2)


経済状況が悪化したときに兌換請求が増大するのは、自分自身を含め、あらゆる経済主体に対して不信感が増大するからである。手元にある兌換紙幣を見つめると、それは単なる紙切れでしかない。やっぱり、金貨に変えた方がいいのではないかと考えるのは自然である。
このようなときでも、“誠実な”金融家であれば、恐慌が起きようと不況であろうと、契約なんだからと考え、きちんと金貨と兌換するだろう。しかし、初めからボロ儲けを企図して中央銀行を創設した金融家は、そんなバカな!、せっかく紙幣と引き換えに金貨を集めたのに、今さら金貨を返せるものかと考える。

英国でも、兌換請求の恐れが生じると実際に兌換は停止された。しかも、20年間以上もである。
イングランド銀行は、恐慌が発生した1797年から1821年まで「金兌換停止」を行った。ニューカッスル銀行が破綻した数日後、革命の渦中にあった「フランス軍がウェールズに上陸した」というデマを流すことで、枢密院(8名)が兌換禁止を決定し、それが公布されたのである。
もちろん、イングランド銀行は兌換停止後も発券を続け、物価(金価格)上昇や外国為替相場の下落を引き起こした。
英国は、経済状況が好況期を迎え兌換請求の恐れがなくなった1821年に兌換を再開した。

近代資本制経済は、自然法則のように、好況→(恐慌)→不況→好況という景気循環を繰り返してきたと言われている。
「好況期」には経済活動が活発になり物価も上昇し、「不況期」には経済活動が沈滞し物価も下落する。「恐慌」は、好況が連鎖的な金融破綻により一気に崩壊し不況期に突入することである。
「不況期」には、供給力の源である生産者や輸入業者が倒産したり、生産活動が縮小されたり、失業者が増大したりすることで調整が行われ、次の「好況期」への準備が行われるとされる。

今回の書き込みでも、《その1》で商人がお金を儲ける手法として概略的な説明を行った。
一般的な意識として、「好況」は善で「不況」は悪、「恐慌」は最悪という価値観がもたれている。
しかし、商人の例がそうであったように、金融家にとっても、「好況」は大きく儲けることができる期間ではあるが、「恐慌」や「不況」だからと言って、損をするわけではなくきっちり儲けられる期間なのである。

英国の産業資本期を単純化したモデルで説明する。

自営農民(ヨーマン)の多くは「囲い込み運動」で生産(生活)基盤を失い、労働者となっている。国際商人は、インドを拠点にアジアで幅広く交易を行っている(注3)し、ヨーロッパでも活発な取り引きを行っている。北米もアメリカ合衆国として独立を果たしているが、国際商人の経済活動に大きく依存している。もちろん、発券銀行はイングランド銀行である。

労働者の日々の生活を基本的に支える食糧は、米国のおかけで廉価で安定的に供給される。
地主階級(ジェントリー)は、囲い込みを終えた土地で、没落した自営民などを雇って毛織物の原料となる羊を大量に飼っている。また、石炭が採掘できる土地を持っている人は、炭鉱家に権利を売ったり自分自身で炭鉱業を営む。
才覚のある地主・商人・職人は、国際商人のおかげで需要が拡大している毛織物製品やインドから持ち込まれた綿織物製品の生産方法を機械化した生産事業を営む産業家になる。
毛織物の原料は英国内で、綿織物の原料はインド及び米国から主として輸入している。

英国国際商人が経済支配領域を拡大し続け、英国の経済は基本的に拡大過程にある。
商人の例で話した前提と大きく異なるのは、「市場の創造」と「自由な労働者」である。「市場の創造」は、国内についても言えるが、先行するのは外国である。近代資本制工業の黎明は綿織物製品の生産であり、そのための「市場の創造」は、インドにおける「供給の破壊」によって実現された。広く世界に綿製品を供給していたインドの綿織物業は破壊され、インドは、英国に対する綿花の供給地とされた。
「自由な労働者」は、基本的に国内にいる没落自営農民である。

このような前提で説明を続ける。

毛織物製品や綿製品を生産すれば売れるから、そのための設備・原材料・労働者を調達しようとする。手持ちの資金が潤沢であれば、それを使って調達できるが、不足していれば、株式というかたちで出資を募るか、銀行から借り入れることになる。

産業がお金儲けの大きな原動力であることを資産家が認識すれば、自分で事業を営む才覚がない人でも、株式投資を通じて儲けたいと考える。
金融家は、株式投資が盛んになると、保有株式を紙幣に換えたい人もいるだろうという名目で「株式市場」を創設する。(注4)

こぞって、売れる製品を製造する産業に投資が行われる。手持ち資金や株式では思うように資金が集められない産業家は、銀行から借り入れても儲けられると算段して融資を受ける。(むろん、産業家としての資質が問われるとともに、土地やその他の資産を担保にする)

経済活動が活発になり、製品の生産量と販売量が拡大する。それにつれ、国内の需要も拡大する。生活必需品への需要はそれほど拡大しないが、利便品・奢侈品・嗜好品(娯楽)への需要が膨らんでいく。それにより、そのような商品を生産したり輸入する事業も成長する。
生産された製品(商品)は、その動機から外国(国際商人)に優先的に販売される。
と言うことは、国際商人に売ることで稼いだ通貨と国内向けに生産される商品と供給バランスから、需要が供給を上回り、物価が上昇することになる。(これは、利便品や奢侈品の生産や輸入を刺激する)

米国経済もシステムのなかにあり、アジア・太平洋・アフリカなどで経済支配地を拡大し続けているとは言え、需要が無限大に拡大するわけでも、必ずしも供給の拡大に見合うペースで需要が拡大するわけでもない。

産業家は、国内の需要状況はそれなりにわかるが、遥か遠くインドなどの需要状況は皆目見当もつかない。

ところが、国際商人(国際金融家)は、当然のように、遥か遠くの市場動向を把握している。これ以上商品を持ち込んでも、売れないか、価格を下げる結果になると判断する時期が来る。

イングランド銀行も国際金融家が所有しているのだから、そのような“悪い”情報が入ってくる。貸し出しも担保条件をより厳格にして、「恐慌」や「不況」に備える。
株式を大量に保有しているネットワーク金融家は、活況を呈し株価も上昇している株式市場で株式を徐々に売っていく。

何も知らない産業家は、なかには事業拡大を続けたり、増産に取り組むものもいる。
何も知らない資産家は、まだまだ株価は上がると考え、金融家などから売りに出た株式に飛びつく。(なかには、土地や建物を担保に借金してまで高値の株式を買う愚か者もいる)

準備万端の国際商人(国際金融家)が、突然のように、産業家に対し「販売状況が思わしくないので、しばらくは商品を買わない」と告げる。

この情報は、瞬く間に産業家や非国際金融家に広まり、まさにパニックが起こる。パニックを起こすのは、国際商人向けの商品を生産している産業家だけではなく、利便品や奢侈品を生産している産業家や高値で株式を買った資産家もである。
もちろん、後で首切りで宣言された上賃金の不払いさえもあり得る労働者も、途方にくれたり路頭に迷うことになる。“幸いなこと”に、大英帝国にはアメリカ合衆国という“避難先”があり、自国の“社会政策”負担を軽減することができた。
(英国経済全体が大混乱に陥り、不況が到来すると誰もが考えるようになる。しかし、国際金融家は、ずっと前からそうなることを知っているのである)

生活必需品も価格下がり始め、利便品や奢侈品はよりひどく価格が下がる。娯楽の場も、客の入りが悪くなる。
当然、株式市場も暴落を始める。

この苦境に耐えきれない産業家や商人は、手持ち在庫商品をただ同然の価格で売ろうとする。このため、さらに物価が下がっていく。(資金的な余裕がある人は、在庫商品が陳腐化しないのであれば景気が持ち直すまで我慢しようとする)
資産家ができるだけ損失を少なくしようと保有株式を売りに走るので、株価はどんどん下がり、さらに売りに拍車をかける。みんなが株価は下がると考えているので、売ろうとしても売れない状況になる。

事前に情報を知っていた国際金融家以外は、こぞってパニックに陥り大きな損失を被ることになる。

ところが、国際金融家や国際商人はまったく動じる必要がない。

まず、新規の貸し付けはよほど優良な資産を担保にしない限り応じない。(欲しい資産を安く買い叩くチャンスが到来したのに、わざわざ融資などしないのは当たり前)
そして、従来の貸し付けに対する返済が滞った産業家や資産家の担保を取り上げ、差額があれば紙幣で渡す。
国際商人は、商品がすぐに必要なわけではないので、産業家がしびれを切らし、ただ同然でもという価格を提示したときに、陳腐化しないものだけを恩着せがましく買うことにする。
株式市場が十二分に下落した時点で、徐々に“優良企業”の株式を買いに動く。たいした価値がない企業は、そのまま市場から消えてもらう。

やるべきことはこれだけではない。ネットワークに入っていない銀行=金融家は、好況期に貸し付けを増大させており、なかには厳格な担保をとっていないものもある。さらには、愚かにも高値で株式を買っている場合も多い。
中央銀行システムだから、当然、商業銀行は、イングランド銀行から借り入れたポンドを貸し付けている。
きちんとした担保を取っていない相手が破綻すると、貸し付けに見合う回収ができなくなる。それは、自分自身が、イングランド銀行に債務を返済できない事態をもたらす可能性もある。
株式を高値で掴んだ銀行は、それだけで破綻する場合もある。
どういう理由であれ、破綻した銀行(金融家)は、その資産や取り上げたばかりの担保物件を取り上げられ、優良な顧客を持つ銀行であれば、買収されたり合併されることになる。見込みのない銀行は、そのまま市場から消えていく。

このような景気変動を何度か経ると、国際金融家の手に、優良な資産・優良な企業・優良な銀行が集まっていくことになる。

じゃあやっぱり景気変動が起きるんじゃないかと言われる人もいるだろう。
確かに、需要と供給は常にバランスを保ちながら動いて行くわけではないので、景気変動が起きることは「計画経済」でも防止できない。
しかし、景気変動は説明してきたように自然現象ではないので、国際商人(国際金融家)が情報をきちんと産業家や資産家に伝えていたら、その質とレベルが変わるのである。

恐い話は、情報を握っている国際資本家が、「虚偽の情報」の活用することもあることである。本当は外国市場が好況であっても、上記のような「恐慌」や「不況」をでっち上げられる可能性を想像することはできるだろう。
株式市場が大きくなれば、そこで上げられる利益は厖大なものになる。株式市場は、まさに将来の情報を先取り(すがって)して動くものである。
もちろん、これは高値で売れる商品を安く仕入れたり、どうしても手に入れたい企業を買収するときにも利用できる。

景気変動も、インフレやデフレも、ある程度までは人為的に操作できるし、されてきたのである。


この18世紀から20世紀初頭までの英国を例にしたモデルの説明は、現在の日本そして“文明世界”にも相当部分が通用する話である。

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(注1:イングランド銀行及び現英国統治形態の成立)
英国(イングランド)では、王室から特許を授与された民間銀行であるイングランド銀行に発券機能が集約された。

イングランド銀行が生まれたのは、清教徒革命と名誉革命を経た後である。

利子の取得は当然だと主張したカルヴァンの流れを汲む清教徒の革命を経ることで、金融家はさらに大きな利益の機会を得ることができるようになった。

清教徒革命を成功させたクロムウェルは、革命呼称のイメージとは異なり、アイルランドを植民地とした。まさに、『十字軍』である。しかし、不勉強だったのか、非金融家商人の圧力に負けたのか、クロムウェルは、共和政はいいとしても、オランダ商船を閉め出す航海条例まで発布し、オランダとの間で戦争を引き起こした。
このため、反クロムウェルの名誉革命を起こされ、オランダからウィリアムがやってきてウィリアム三世となった。イングランド銀行は、このウィリアム三世によって特許されたのである。イングランドは、その後まもなく1707年にスコットランドも併合した。この時期に、サックス・コーブルク・ゴータ家から国王が呼ばれハノーヴァー(後にウィンザー)朝が始まるとともに、国王は統治権限を失い、政党政治と責任内閣制という現在の統治形態ができあがった。
この過程は、英国が、まさに国際金融家ネットワークに乗っ取られていく過程である。

英国がEUの通貨同盟に加わらないのも、イングランド銀行所有者の思惑が強く働いた結果だと考えている。
フランスは、戦後ロスチャイルド銀行を買い上げ、中央銀行を国有化した。

通貨発行権限は何よりの経済権益であり、それに見合うなんらかの対価を得るか、資産内容の組み替えを終え通貨同盟に加わったほうが有利だと判断するまで、通貨発行権を手放さないものだ。

ともに民間銀行が中央銀行となっている米国と英国が連合して現在の「対イスラム宗教戦争」を推進しているのは意味深である。


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(注2:アメリカ合衆国の発券銀行)
アメリカ合衆国は、中央銀行が連邦準備制度とわけのわからない名称で呼ばれているように、中央銀行制度がひどく嫌われていた。イングランド銀行のあくどさを知っていたからである。
20世紀初めまでの米国には数多くの発券銀行があり、ある発券銀行で発券された紙幣はその発券銀行でしか兌換できなかった。
そうであれば、当然破綻しそうな発券銀行も出てくる。このようなときに、兌換請求が殺到する。
19世紀までの米国南部は、国際的に優位な産業(綿花栽培など)を抱えていたので、北部に較べると、必要な資金をすぐに融資してくれる条件となる数多くの発券銀行の存在を望んだ。現在では微妙だが、昔の南部はそのような思いを実現してくれる政策を掲げていた民主党を支持する人が多かった。
南部は自由貿易を求め、国際競争力が劣っていた北部の産業資本家は保護貿易を求めた。
南部の考え方は、輸出向けに事業を拡大するために融資を求めた戦後日本と同じである。明治維新後各地に設立された国立銀行は、米国の国法銀行制度をまねた法律によるもので、それが経済的混乱を引き起こしたため、発券銀行は日本銀行に集約された。
また、国家神道は、英国の国教会をまねたものだろうと考えている。

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(注3:国際商人=金融家の英蘭ネットワーク)
愚かにもユダヤ教徒を追放していたスペインを撃ち破り(オランダの完全独立を導く)、ポルトガルを実質的な属国とした英国の国際商人(国際金融家)は、1600年に王室から東インド会社の特許状をもらいアジア領域での独占的な交易権を獲得した。
そして、それと軌を一にするように、オランダも東インド会社を設立した。(日本の平戸や長崎にあったオランダ商館はオランダの出先ではなく、ヴァタビア(ジャカルタ)にあったオランダ東インド会社の出先である。

出自的に共通性があるオランダとイングランドの金融家が手を携えて、ときには競争も交えながら、アジア利権では棲み分けを行ったのである。

オランダ国際商人との間の雌雄も決した英国は、経済的上昇期を迎えることになる。
英国の国際商人たちはインドを拠点に交易を行ったが、その主要な競争相手はフランスの国際商人であった。(アメリカ大陸でも利権をめぐってフランスと激しくせめぎ合った)フランスの国際商人も、このような激烈な競争を経るなかで、英蘭の国際商人との共通利益を見出すようになった。

金融家の拠点都市を歴史的にたどれば、『バビロン・テュロス(フェニキア)→カルタゴ→ローマ→ヴェネチア→アムステルダム→ロンドン→ニューヨーク』となる。
そして、この流れは、それぞれの地域に歴史的経緯で新たな金融家が生まれたというわけではなく、基本的には同じ血を受け継ぐ人たちが移住したことで生じたものと考えている。
ニューヨークは、ニューアムステルダムが改名されたものである。これが、ロイヤルダッチシェルなど蘭英資本が多数存在するゆえんである。

このようなことから“新参者”だと考えられるロスチャイルド一族やロックフェラー一族は、確かにすごい力を持ってはいるが、言われているほどの力があるわけではないと考えている。
本当に力がある人は、表に出てこないものである。
誰でしょうね、この地球上で金融家として最大の力を持っているのは...。たぶん、ユダヤ教徒ではないとは思うけど...。


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(注4:近代初期の有名バブルと株式市場)

英国で株式市場を創設した国際金融家は、1637年に崩壊したオランダの「チューリップ球根バブル」の“手法”も知っている。
英国では、1720年に有名な「南海泡沫事件」が発生した。東インド会社の隆盛を見てきた資産家(非国際金融家)は、南米での交易に独占権を与えられた南海株式会社(1711年設立)に金儲けの夢を託した。結果として同じような得体の知れない会社が次々と設立されたが、それらはバブル会社として禁止された。

1720年の初頭には128ポンドだった南海株式会社の株式は、6月には1,050ポンドまで急騰した。そして、9月には175ポンドにまで急落した。
南海株式会社の株式所有者は、それほどの魅力はない会社だと判断したとき、あきらめて手放すのではなく、それでなおかつボロ儲けしようと考え、南米というスペイン支配地域での独占交易権を大げさに煽って株価を吊り上げて、高値で売り抜けたのである。

最近の日本で、単なる携帯電話販売会社である「光通信」を成長IT企業と煽ってボロ儲けした人たちがいたのと同じである。

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