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Re: ハンサムボーイ麻生太郎くんの妹の肩身。 投稿者 痩身 日時 2002 年 7 月 17 日 23:00:52:

(回答先: Re: 長野県民と田中康夫に襲い掛かった二人の男 投稿者 、 日時 2002 年 7 月 17 日 19:37:14)

★麻生太郎氏の妹は三笠宮寛仁さんの嫁さん信子さん。
http://www.linkclub.or.jp/~teppei-y/tawara%20HP/2002.4.10/1.html
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mmr/glocal/2001/589/kyokasyo.htm
昭和天皇の末弟・三笠宮崇仁(たかひと)著『古代オリエント史と私』(学生社、八四年六月刊)所収の「一 なぜ私は歴史に関心をもったか」。
 その中で三笠宮は「皇族の身位令」による義務で「軍人への道を進むことになり」、四三年一月、「支那派遣軍総参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任したときに、日本軍の残虐行為を知らされました」「ごくわずかしか例があげられませんが、それはまことに氷山の一角にすぎないものとお考え下さい」と前置きして、次のように書いています。
 「ある青年将校――私の陸士時代の同期生だったからショックも強かったのです――から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突きささせるにかぎる、と聞きました。また、多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に連行し、毒ガスの生体実験をしている映画も見せられました。その実験に参加したある高級軍医は、かつて満州を調査するために国際連盟から派遣されたリットン卿(きょう)の一行に、コレラ菌を付けた果物を出したが成功しなかった、と語っていました。
 『聖戦』のかげに、じつはこんなことがあったのでした。」(十六?十七ページ) いずれも驚くべき事実です。日本軍の残虐行為は「南京事件」だけではなかったのです。これが日本軍の中国侵略の実態だったのです。
 三笠宮は、「今も良心の呵責(かしゃく)にたえないのは、戦争の罪悪性を十分認識していなかったことです」とものべています(十四ページ)。

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