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最後の巨人「カストロ」に会いにゆく 作家 戸井十月 投稿者 週刊新潮2002年10月3日号 日時 2002 年 10 月 06 日 09:15:13:

最後の巨人「カストロ」に会いにゆく(週刊新潮2002年10月3日号)

作家 戸井十月

 目の前にカストロがいた。
 モスグリーンの軍服に包まれた大きな体は古木のような存在感があるが、人を威圧する類のそれではない、むしろ包み込んで慰撫するようなオーラを発している。何しろ、立ち振る舞いが自然で目に愛嬌がある。そこいらの、頑固だが実は優しい好々爺といった感じだ。
 2002年7月26日、国民放棄の日。キューバ中部の農村都市、シエゴ・デ・アビラ。15万人の農民、市民に埋め尽くされた広場の裏の空き地に、土ぼこりを上げて3台のベンツが現れたのは集会が始まってから1時間後のことだった。
 各々のベンツから年寄りの軍人が2,3人降りた。それから、とりわけ体の大きい軍服の男が真ん中のベンツから降り、少し腰を伸ばすようなしぐさをした。それが、キューバ閣僚評議会議長、フィデル・カストロ・ルスだった。カストロは仲間たちと共にぶらぶら歩き始めた。護衛もいなければSPもいない。一緒に歩く老兵たちも、皆丸腰だ。カストロは、出迎えた地元の青年や少女たちと握手したり、談笑しながら飄々と歩く。ベンツを運転してきた若い軍人たちは、ボンネットに寄りかかって新聞を読んでいる。気が抜けるほどのんびりした、緊張感の欠けた風景。
 カストロの到着がアナウンスされると広場にざわめきが走り、15万の群衆のあちこちから声が上がる。
「コマンダンテ・フィデル!(フィデル司令官!)」
「コマンダンテ・エン・ヘッフェ!(総司令官!)」
 その声は訓練されたり統制されたりしたものではなく、あちこちから自然発生的に沸き起こる。まるで、コンサートでアイドルの名を呼ぶように、敬愛する父の名を子供が呼ぶように人々はカストロの名を口にする。
 そう、1100万人のキューバ国民にとってカストロは替わりのきかない父であり、カストロにとって1100万人のキューバ国民は、自分の人生をかけて解放し、守り、育ててきた子供たちなのである。その関係が、偶像崇拝を力で押し付けて無理やり作った、不自然でいびつな家長父長制――たとえば北朝鮮やイラクのそれとはまったく違う種類のものであることは、その場にいれば肌で分かる。第一、日本の3分の1ほどの国土のどこを探してもカストロの銅像一つ、肖像画一つ見つけることはできない。
 カストロは徹底して偶像崇拝を嫌う。自伝すら書いていない。自分のことなどどうでもいいのだという姿勢を革命戦争のときから、いや、それよりずっと以前から貫いている。深いところにある自信――正真正銘、全人生をキューバのために捧げてきたという自信があらばこそ、脅すことも飾ることもなく父親であり続けてこられたのである。

 14年ぶりのキューバだった。旅の目的は、ずばり、フィデル・カストロに会うこと。目的は単純だが、それを実現するのが難しいことぐらいもちろん知っていた。
 カストロは、世界中の現役の権力者の中でも、最も忙しい男の一人であるに違いない。毎朝何キロもの書類や報告書を読み(枚数や頁数でなく、重さで言うところが凄い)、昼間はキューバ中を神出鬼没に飛び回って話したり、会議したり、夜は夜で調べたり、学んだり、演説の草稿を書いたりする毎日。睡眠時間は平均3,4時間で、そんなカストロの元に届いているインタビューや会見の申し込みは全世界から数百件に上ると在日キューバ大使館のスタッフから聞いていた。だから、カストロに単独で会うことが以下に困難であるかはよく承知していた。承知の上で、しかし私は手紙を書いた。

「拝啓 フィデル・カストロ殿
 私は、53歳の、日本人の作家です。オートバイで世界を旅し、世界の現実と、人々の暮らしと人生について本を書いてきました。あなたの盟友、ちぇ・ゲバラへの私なりの思いを込めた本も書いたりしています。
(中略)
 勝手な、そして無理な願いであることは承知しています。しかし、それでも敢えて言います――あなたに会いたいと。5分でも10分でも構いません。あなたに会い、あなたを感じたいのです。形式ばったインタビューなどしたくはありません。ともかく、生身のあなたに会ってみたい――それが、私の思いのすべてです。
 この手紙があなたの元に届き、あなたとの会見が実現することを信じながら筆を擱きます。

戸井十月」 

 世紀をまたいで生きている、真の意味での、“巨人”は数少ない。その中で、どうしてもあっておきたいと思わせる人間はさらに少ない。幸いなことに、数年前、モハメッド・アリと会う機会に恵まれたが、黒い大きな体から発するオーラは今も忘れられない。パーキンソン病の彼はほとんど喋れなかったが、それでも圧倒的な存在感が言葉を超えたメッセージを発していた。人の品性は、その態度と顔つきに表れる。数百冊の伝記を読むよりも、直に本人と会って感じることのほうがいかに深い真実であることか。伝記など、いくらでも嘘が書ける。しかし、物腰や目つきは嘘をつかない。
 カストロは、今年76歳。去年の6月には、疲労と日射病の制で演説中に一度倒れている。以下に頑強不屈の男といえど、無限の時間を手にできるわけがない。間違いなくカストロは老いている。そして、いずれ死ぬ。だからこそ、何としてでも今のうちに会っておきたいと切実に思ったのだ。
 カストロに会う準備のために6ヶ月を費やし、たくさんの人の助けを借りた。おかげでキューバの現実と、カストロの人となりについて多くを知ることができた。特に印象的だったのは、カストロにつながる人々――日キ友好議員連盟の政治家や日キ経済懇談会のビジネスマンたち、中南米諸国の政治家や作家たちが、「彼とはぜひ会ったほうがいい」と口を揃えて言ったことだった。実際、多くの人が口添えをしてくれ、推薦の手紙を書いてくれた。在日大使館の参事官やキューバ現地のプレス担当者たちも協力してくれ、外務大臣がカストロ宛の手紙を書いてくれたりもした。
 考えられる手段とコネクションのすべてを使ってラブコールした私の思いは通じたらしく、カストロ直属の補佐官の心も動かしたようだった。彼は言った。
「あなたからの書類や手紙、また何人かの人や外務大臣からの推薦の手紙もフィデルはすべて読みました。しかし残念ながら、今の時点でフィデルとの単独会見は無理です。彼はすべてを読んだ上で、私にはっきり、ノーと言いました。あなたの気持ちはよく分かるし、できることなら私も会って欲しいのですが、フィデル自身がノーと言う以上どうしようもありません。あなたと会うのが嫌だということではないのです。フィデルには時間がないのです。やらねばならないことが山ほどあるのです。どうか、分かってください」
 がっかりしたが、しかし不思議と腹は立たなかった。自分のことなどどうでもいいという姿勢を貫き、1100万人の子供のために父親の務めを果たしてきたカストロの人生について多少は知っているからだろう。
 老いを最もよく理解しているのは本人である。いつの時代でも、どこの国の誰でもそれは変わらない。残された時間があまりないことを一番分かっているのはカストロ自身なのだ。カストロは今、理想を形にするという大仕事の最後の仕上げ――次の世代に経験の智恵をつなぐために時間のすべてを使っているのだった。
 1959年1月1日、アメリカの傀儡であり、独裁者であった撥巣田が国外逃亡した瞬間にキューバ革命は成就した。それから43年。アメリカの目と鼻の先(アメリカ最南端、フロリダのキーウェストからはわずか150キロの距離)にありながら、キューバは頑なに社会主義経営を続けてきた。その間に幾度もの危機があったが、最も深刻だったのは91年のソ連圏崩壊と、アメリカによる経済封鎖の強化というダブルパンチだった。石油、食料、化学肥料から日用品にいたるまで、ありとあらゆる物資が不足し、砂糖を高く買ってくれるスポンサーもいなくなってGDP下落幅は35%に達した。このままでは多くの餓死者が出、社会主義国家キューバは崩壊すると誰もが思っていた。
 しかし、キューバからは1人の餓死者も出なかったし、国家も崩壊しなかった。カストロは外資導入、産業の多角化、国内産業の効率化などの経済改革を推し進め、都市型有機農業のシステム作り、バイオ研究と医療体制の充実、そして、それらを底支えする教育環境の改良に取り組んだ。
 カストロは頑固な理想主義者であるだけでなく、したたかな政治家であり、しなやかな経営者でもある。だからキューバは崩壊しなかった。
 99年にはGDP成長率が6.2%にまで回復し、首都ハバナ(人口約220万人)の野菜自給率は100%に達した。平均寿命76歳、1000人あたりの乳幼児死亡率6.4人(アメリカは7人)、非識字率2%(アメリカは4.3%)、医師の数6万6000人(167人に1人医師がいる割合。日本では520人に1人)、教師は21人に1人(アメリカは24人に1人)、失業率3.5%・・・。これらは、キューバが起こした奇蹟の一例である。1人あたりのGNPではアメリカの14分の1にすぎない島国だが、「医療福祉の面ではアメリカより進んでいる」とユニセフも評価している。
 食料、教育、医療は誰でも生涯無料。マフィアも暴力団もおらず、スラムもなければストリート・チルドレンもいない。銃を持った兵隊の姿を見ることさえ稀だ。自国の利益のために他国を爆撃し、幻の金のために収支を粉飾し、臓器売買のために子供を誘拐するようなことが日常茶飯事のアメリカが、キューバを狂った独裁者の国と呼ぶのは笑止千万。だから、キューバを野蛮な、あくの枢軸の一国に加えたブッシュのことをキューバ人は笑う。怒るよりも、笑ってしまう余裕がキューバにはある。
 もちろん、キューバがユートピアで、問題のかけらもないなどということはありえない。一党独裁だから反政府活動は規制されているし、ドルが流通してからは持てる者と持たざる者の格差も生まれている。配給される食糧はまだまだ貧相だし、石油が不足しているから交通機関も整備されていない。袖の下を要求する小役人も愛想の悪いホテルマンもいるし、こそ泥や売春婦もいる(実際、ハバナの野外ディスコで私も財布を掏られそうになった)。
 がしかし、問題が何一つない国など世界にあるだろうか。アメリカやヨーロッパの国々が理想の国であり、日本がまともな国なのだろうか。
 旧ソ連、インド、イスラエル、タイなどを巡った跡でキューバ駐在特命全権大使となった馬淵睦夫氏は、ハバナの公定で冷たいビールを飲みながらこう言った。
 「この国は、実にユニークで愛すべき国です。私も世界のあちこちを転々としてきましたが、腐敗していない権力を見たのは初めてです」

目の前のカストロ

 目の前にカストロがいた。
 15万人の群集の最前列に立ち、壇上で歌う少女のフォルクローレを聞いている。護衛に護られた貴賓席に座っているのではない。ロープが張られているわけでもなく、折りたたみの椅子さえない。カストロは、15万人の農民、市民と同じ場所に立っている。そして時々、両隣の地元スタッフに何やら冗談を言っている。
 私の右隣にはワシントンポストの記者がいる。左隣に立つのは葉巻をくわえたロイターの記者だ。私もジャーナリストたちも立っている。暑いからカストロも水を飲むし、私たちも飲む。アポロキャップをかぶっている若者もいるし、日陰に座る老人もいる。私たちとカストロとの間には柵もロープもない。15万人の人々とカストロ、そして私はまったく同じ条件の中にいる。
 歌やダンスを交えたラテン的集会は佳境に達し、そしていよいよ取りのカストロが誕生に登場する。湧き起こる声が静まるのを待ってから、少ししやがれた声でカストロは語り始める。
 それは演説というより説法に近く、古老が若者に人生を説いて聞かせるような喋り方だ。
 カストロはまず、アメリカを中心としたネオリベラル・グローバリゼーションを弾劾し、地球規模の環境問題について解説し、強圧的な大国に牛耳られた国連の欺瞞を衝いた。
 カストロは、苦境を乗り越えてきた1100万人の我が子たちの智恵と努力を称え、世界の中でのキューバのユニークさを強調する。そして、こう結んだ。
 「消費規範によって人々を教育することなどできない。無限の文化的、精神的豊かさ、食料、住居、その他生きてゆくために不可欠な物品の現実的で公平な分配こそが、自然を破壊することなく、人間らしい世界を効率的に取り戻す道なのだ。しかし、現実世界はその正反対の道を歩んでいる。そのことが、大きな悲劇の元凶になっている。キューバは、最低限の資源でできる限りのことを実践している、一つの控えめな例である」
 アドリブと冗談を交えた演説は1時間15分で終わった。最後に、「社会主義万歳!」、「祖国か死か!」、「われわれは勝利するぞ!」と三つのスローガンを口にしたときだけ、遠くを見るその目が厳しく光っていた。
 カストロが、1段1段を確かめるように階段を下りる。再び、あちこちから声がかかる。私や記者たちとカストロとの間の距離は、4,5メートル。
「コマンダンテ・フィデル!」
 気がつくと、私もカストロの名を呼んでいた。何でもいいから話すきっかけをつかみたい。そんな、藁にもすがる思いから出た言葉だった。
 カストロが私のほうを見た。私はカストロの盟友、チェ・ゲバラについて書いた自分の本を胸の前に掲げていた。
 白いものが混じった太い眉の下の目が、ゲバラの顔をデザインした本の表紙に止まり、それから私の顔のほうへ動いた。
 カストロが、微かに頷いたように見えた。お前のことは分かっている――そんな目だった。
 私は、この巨人と今度こそしっかり会うために、もう一度この国を訪れようと心に決めていた。
 カストロは、来たときと同じように、地元の青少年たちと談笑しながらブラブラ歩き、そして去っていった。1100万人の我が子たちに、「カリブ海の至宝」と呼ばれる、小さな島国の未来を託す伝言を残して・・・。

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