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“陰謀”立案者&イスラムと「自由民主主義」の関係 投稿者 あっしら 日時 2002 年 10 月 11 日 21:48:32:

カレラさん、レスありがとうございます。

CIAの「イラク観」を素材としたあれこれは別のスレッドとして書き込みました。


>「金のためにそこまで執拗に陰謀を張り巡らせるような層が本当に存在するのだろう
>か。」というのが率直な感想ですが、 「それは一般人には分からない世界だ。本当
>に存在するのだ。」と言われれば押し黙るしかありません。少なくともあっしらさん
>の説明に論理的な矛盾は見出せませんでした。

知的“執事”も飛び抜けた高給取りですからお金のためとも言えますが、お金のためだけにあそこまで執拗に政策立案や世論形成を行っているとは考えていません。
(大企業経営者は、国家を大企業と置き換えれば以降の説明もそれなりに適用できるはずです)

近代の経済価値観と合理主義精神を普及させれば、ある職業的地位を与えれば、あそこまでの執拗さで物事を追求していくものです。
(経済支配層はそれなりのお金さえ支払えば、後は、口出しもさほど必要ではなく腕組みをしていてもいいのです)

まず、知性を誇っている人であれば、それが国家や世界という土俵で活かせる仕事は望むべきものでしょう。
普通の人から見ればえぐいことであっても、あくまでも近代経済価値観や近代国際政治の範囲ですから、“後ろめたさ”を感じないで、“近代的国益”を最大限に実現する合理的政策を考えることができます。
軍事行動を含めて自分がことを起こすわけではありません。
(“近代的国益”が「経済支配層の利益」と直結していることがミソです)

そして、仕事を始めた人は、一般人が知らない情報を知ることができる立場にあることや国家や世界を相手にしていることで喜びや優越感を感じるでしょう。
他の組織や他の国の知性高き人たちとの間で展開される「知的競争」も、わくわくするほど刺激的なはずです。(囲碁・将棋・チェスで勝つことに通じるものがあります)

さらに、自分が考えた方向で国家と世界が動いていく現実を眺めれば、血が湧き踊るほどの感動を得て仕事にのめり込んでいくはずです。ゲームを超えた刺激と感動があると思われます。
(あのような出来事がなぜ起こったかも、メディアの報道ではない内容で知ることになります。これも、喜びであり優越感をくすぐるものです)


私が「陰謀論」をうさんくさく捉えているのは、このように考えているからです。
「陰謀論」の流布こそが陰謀だと思っています。


陰謀ではなく“正規戦”だという観点から、カレラさんが書かれている、

>米国以外の国は、この二つの力の相互作用でアメリカという国が動いていることを熟
>知し、現実的な対応をしなければならないのでしょう。
>「経済支配層」というものを抹殺してしまえるならその手がありますが、現実には無
>理な相談だとしたら、彼等と米国以外の国の知恵比べの様相を呈してくると思いま
>す。つまり、彼らの存在そのものとその影響力を認める一方で、彼らを上回る知恵に
>よって彼らの陰謀を封じ込めるということです。

という内容は重要だと考えています。

(「経済支配層」は実体として考える必要はなく、巨大資本もしくは巨大金融資本という“国益”に直結する論理的存在と考えた方がいいと思っています)

>ここではイラク及び中東がテーマになっているので、その事に話を限定すると、中東
>諸国はフセインの追放とイラクの武装解除に関する米国や国連の動きを全面的に支持
>すべきです。テロへの反対とその摘発や弾圧についても積極的に支持・協力すべきで
>す。
>これによって、米国(経済支配層)にそれ以上の介入の口実を与えないことが必要で
>しょう。「米国民の正義」を味方につけるということでもあります。
>フセイン政権なき後もイラクに安定政権を生み出すための積極的な協力が必要でしょ
>う。ガタガタやっていると付けこまれるのでアラブの大義を一番大きな枠のところで
>守るには、小異を捨てて大同につくことが重要だということになります。

ブッシュ政権の「イラク攻撃」を止められる勢力は米国以外にないのですから、できるだけ傷を広げないためにも、そうすべきだと思います。
アラブ諸国も、そのために知恵を絞っていると推察しています。


>私は自由民主主義教信者であるという位置付けでも良いのですが、これがイスラムで
>受け入れられるかどうか、一考の余地は捨てきれないのではないでしょうか。

イスラムは、原理的には「自由民主主義」ですから、西欧の「自由民主主義」とは規定内容のニュアンスは違っても、時代的適合性のある「自由民主主義」に変容させることができると考えています。
教義体系の類似性や長い歴史過程での共存を考えれば、ユダヤ教・キリスト教とイスラムは“親和性”があるものであり、どうのこうの言ってもユダヤ教・キリスト教の影響を色濃く受けて生まれた「自由民主主義」とは類似的な考えを持っています。

イスラムと自由との関係で印象的なのは、タリバン政権の指導者オマル氏が、ウサマ・ビンラディン氏の米国への引き渡しをめぐって、「ビンラディン氏を(米国に)引き渡すくらいなら信仰を捨てる」と語ったことです。

“死ぬ”や“戦う”ではなく、“信仰を捨てる”と語った彼の心情を忖度したとき、敬虔なムスリムが持っている信仰心の高さと驚くべき自由を感じました。
オマル氏は、イスラムを家伝や因習として引き継いでいるのではなく、全存在を賭けてイスラムを選び取っているのです。

このような人が指導者であるタリバンに米国が最終的な勝利を得ることはできないだろうとも考えました。


>イスラムにも近代合理主義のEnlightenmentの光をあて、どれだけ世俗化するか、試
>して見れば良いと思うのです。

イスラムは極めて世俗的な宗教です。
「コーラン」を読めば、預言という権威を背後に持っているとは言え、内容は世俗話のオンパレードであることがわかります。
(死後の話も、世俗の生き方を誘導するためにあるようなものです)

世俗的ではない宗教の代表と言えば仏教になります。(日本では極めて世俗的なものになっていますが(笑))

米国などの狙いは、イスラムの世俗的部分を無効化することです。

世俗化というより、近代合理主義も含めた「時代の光」はイスラムにも否応なく当たっています。そして、そのための知的苦悩も展開されています。

ムハンマド・バーキルッ=サドル氏が書いた『イスラーム経済論』・『無利子銀行論』・『イスラーム哲学』は日本ではイスラム圏の翻訳書が数少ないなかで貴重な資料です。(出版社:未知谷・日本語訳:黒田寿一郎氏)
『無利子銀行論』は、利息を取得しないでどうやって近代的な銀行を確立するかを模索した示唆に富む面白い本です。(成功しているとは思えませんが)

>先にも述べましたが、私はあまりイスラム教義を知りませんので、断定は避けます
>が、どうしてもムスリムの人々も戦前の日本人が信じていた現人神的な幻想を抱いて
>いるだけなのではないか、という気がするのです(1400年の歴史を誇る宗教だから
>もっと筋金入りでしょうが)。

アラーというのは、ユダヤ・キリスト教と同じで、存在はしているが見えないものですから、「宇宙は合理的で、予測できる、不変の法則に従って運動している」というニュートン的世界観に立つときは、そのような不変の法則そのもの、もしくはそれを生み出し維持している何かだと考えればいいものです。

アラーを含めた一神教の神は、近代観念で言う「究極の法則」や「普遍的法則」と同じだと考えたほうがすっきりします。
(逆に言えば、西欧近代化学科学の世界観は、極めて宗教的なものです。量子論や相対性理論から東洋的世界観になったと言えます)

ムスリムの子供が病気で死んだとしても、それは不可逆な出来事ですから、人の生死や運命を含む宇宙を司るアラーの思し召しだと理解するだけです。
親にしてみれば、どうして我が子が死んでしまわなければならないのかと苦悩するでしょう。
イスラムでは、その子が業を背負っているとも、その子が悪い行いをしたからだとも考えません。ただ、死すべき生き物であるその子が病気で今死んでしまったと考える“合理的な”ものです。(悪い行いをしていたら、死後の世界が違うだけです)


>姦通を犯した女性は手首を切り落とされ石打の刑に服する、などやはり尋常とは思え
>ません。キリスト教と同様の経過をたどれば、ムスリムも世俗化するというのが私の
>考えです。

姦通を犯した女性を石打の刑に処すというのは、私にとっても尋常ではありませんが、実に世俗的なことだと思っています。

(ちなみに現在標的となっているイラクでは近代法ですからそのような刑罰にはなっていません)

これに関しては、他の書き込みでも書いていますが、イスラムが遊牧・商人の生活基盤から生まれ出た宗教であることが関わっていると思われます。

広大で厳しい砂漠のなかにオアシス都市が点在しているという地理的条件ですから、商業を営むといっても、隊商を組んで砂漠を延々と移動しながら仕入れを行ったり販売に行うというものです。
強盗団もいれば、隊商が強盗にもなるという危険な生業です。商業活動は戦争活動と言っても過言ではありません。(都市が課す貨物税を逃れるために郊外に野営をしたら、都市の部隊から襲撃されることもありました)

妻は、そのような活動を行って稼ぐ夫の留守を守り子供を育てる役割だと考えられていました。(買い物は、まさに商業活動ですから、イスラムでは今でも男の役割です)

「命がけで稼いでいる夫の留守やその目を盗んで浮気をする女性は許せん」という観念が生まれてもそれほど異常だとは思えません。
多数派の女性も、そのような女性を石打の刑に処すことに反対というわけではありません。
(日本のような放埒な性状況のほうがムスリムには尋常ならざるものに見えるでしょう。日本も戦後まもなくまで姦通罪があったことや十字軍に参加した騎士が貞操帯を使ったことはことさら言いませんが)

イスラム法では姦通罪が成立するための要件も厳しく定められており、最低でも4人の証人がいなければなりません。

そして、女性の姦通に対して厳しい代わりに、家庭を持つ男性には、最大4人までの妻と子供達をきちんと平等に養っていく義務があります。
(詳しくはわかりませんが、複数の妻がいる場合、物質的にえこひいきしたり、別の女性だけを愛する(セックスする)ような夫に対しては異議の申し立てができるそうです)

法で石打の刑と定まっているわけでもないのに、そのようなリンチが加えられるわけでも、特定の事案に対して恣意的に石打の刑が適用されるわけではありません。

その女性は、石打の刑を覚悟して、恋に身を焦がす悦楽を選んだか、セックスの快楽を求めたとも言えます。

イスラムは、契約が幅を利かせる世界です。
姦通に対する石打の刑は契約違反にたいする償いであるとともに、それが実際に執り行われることを社会に対して示すものでもあります。

盗人に対して手首を切り落とすのも、リンチではありません。
イスラムは、生活難で盗みをしなければなからない人が出ないよう、喜捨や無利息の貸し付けを行うよう奨めています。

なんにしても、違法行為とそれに対する罰の関係は、イスラムも、生活様態の変化とともに見直すことになるでしょう。


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