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『中央公論』7月号掲載の榊原論文の考察(経済コラムマガジン7/15) 投稿者 Gaia 日時 2002 年 8 月 24 日 01:52:54:

(回答先: 『中央公論』7月号掲載の榊原論文を評す [現状認識&政策編] 投稿者 あっしら 日時 2002 年 8 月 23 日 23:32:38)

◎セイニアリッジ政策への反対意見

○ハイパーインフレーションの起る可能性

先週に引続き、中央公論に掲載された榊原慶大教授の文章(論文)を取上げる(内容は先週号の筆者の要約を参照していただきたい)。まずインフレの話である。教授は、過度の金融緩和を行うことに伴う、「ハイパーインフレーション」の懸念を示している。これは金融緩和によってインフレを起こすことができると言う、一部のエコノミスト(インフレターゲット論者)の主張に対する反論である。筆者も、今日行われている金融緩和政策の延長線で、インフレが起り、デフレ経済の問題が解決するとは考えていない。この点では教授と同意見である。しかし反対に、教授の懸念しているような過去に諸外国で起ったような「ハイパーインフレ」みたいなものが、日本で起る確率も極めて小さいと考える。

金融緩和政策だけで物価が上昇しないことは、今日の超金融緩和状態と物価の関係を見れば一目瞭然である。おそらく今日の金融緩和を一歩進めても、物価への影響は限定的であろう。資金が実需に回らないからである。問題は、筆者達が主張するように、政府の貨幣発行特権(セイニアリッジ)による財政支出を行った場合の物価動向である。この場合には資金の流れに実需が伴うのである。


ところで物価上昇と言った場合には、三つ事柄を考える必要がある。「物」「サービス」そして「土地」の価格である。まず「物」の価格であるが、この急騰はほとんどないものと考える。伝統的な経済理論では、需要が増えれば、価格が上昇することが当り前になっている。たしかに消費の多くが「ダイコン」や「イワシ」と言った市場の需給関係で決まるものだった時代には、これは正しかったかもしれない。

しかし今日のように「物」の消費の大半を占める工業製品は、需要が増えても、簡単には価格が上昇しない。むしろ中長期的には、需要が増えることによって、単位当りの製造コストが減少し、価格が下落するケースが圧倒的に多い。自動車、携帯電話そして最近ではDVDなどが典型例で、需要が増えるほどこれらの価格は下落している。反対に思ったように需要が伸びず、価格が高止まりしているものもある。典型的なのはETC(高速道路用の自動料金収受システム)の車載器である。これは普及が遅れ、価格も高止まりしており、また価格が高いことで普及がまた進まないと言った悪循環に陥っている。

たしかに農産物や石油など、主に一次産品は、供給に弾力性が乏しく、短期的な需要の増加によって価格が上昇しやすい傾向にある。しかしこれも冷凍技術の進歩や石油備蓄によって、短期的な価格上昇には限度がある。特に物価全般に影響の大きい石油は、OPECの勢いも一頃に比べ減退しており、石油製品価格はかなり安定して推移している。

さらに中国などの発展途上国の製品の品質も向上しており、安易な価格の値上げは困難である。以前から本誌では、中国で失業者がいなくなるまで、物の価格は上昇と半分冗談で言ってきたが、これは実際の話になりつつある。このようにこと「物」については、どれだけ需要が増大しても、価格がどんどん上昇すると言った状況はとても考えられない。


少し複雑なのはサービスの価格である。サービスの場合、範囲は広く、あまり限定的なことは言えない。しかしまずサービスには、公共料金が含まれており、これは政府のコントロールが効くことから問題はないと考える。医療費もここに含めて良いであろう。また最近、サービスの中で比重が大きくなっているのが通信費であり、この通信費は「物」とよく似ている。需要が増えると、単位当りのコストが減り、価格が下落する傾向にある。特に通信業界は、世界的に過剰設備を抱えており、とても値上げできる環境にない。

よくわからないのは一般のサービスである。飲食店や美容・理容など実に多様なサービス業がある。そしてこれらのサービスのコストの大半を占めるのが人件費である。しかし今日の失業の状態を見れば、簡単に人件費が上昇することは考えられない。おそらく今日の失業者の数が半分にでもならない限り、サービス価格に影響を与えるような人件費の目立った上昇はないと考える。

このように「物」「サービス」については、需要が増大しても、価格の上昇は限定的であり、日本でハイパーインフレなんてとても起る状況ではない。万が一このような徴候が現れた場合には、この時こそ政府は、金融政策を駆使し、さらにそれでも価格が上昇するようなら、競争政策、具体的には「規制緩和」を強化すれば良いのである。実際、景気が過熱したと言われたバブル期において、一番物価が上昇したのは90年であったが、わずか3.3%の上昇である。


誰も気にしていないが、問題は「土地」である。「物」「サービス」の価格上昇がなくても、地価は上昇する可能性が高いと筆者は考えている。たしかに日本では一頃の「土地神話」がなくなったといわれているが、余剰資金が土地に向かうことは十分考えられる。ただしもし次にバブルが起るとしたなら、東京の一等地に限られると考える。なにしろ日本は、過去にないほどの大きな過剰流動性が存在している。おそらくGDP比で、列島改造ブームや先のバブル期よりも大きな過剰流動性があると思われる。

つまり世間で思われているようなハイパーインフレは日本では起らないが、バブル期のような一部の地価の高騰はあり得るのである。もし地価の高騰が起り、これが破裂すれば、第二のバブル崩壊と言うことになる。したがって今回は、金融政策に頼らない地価の暴騰を阻止する手段を講じておく必要がある。筆者は、02/3/4(第243号)「セイニア−リッジ政策への準備」で述べた国土利用計画法の監視区域制度の改正が有効と考える。つまりこのような地価上昇への対処を行っておけば、榊原慶大教授が想定するようなハイパーインフレは杞憂に終わると考える。


榊原教授は別にして、異常にハイパーインフレが起る懸念をやたら強調する人々がいる。「ニュークラシカル」の人々であり、日本の経済学者やエコノミストの大半はこれである。先週号で彼等は、失業者は「ミスマッチ」と言っていることを紹介したが、製造設備にも遊休と言うものがないと言うのがかれらの主張である。今稼動していない生産設備は陳腐化しており、使い物にならないから休止していると言って譲らない。したがって彼等によれば、現在の本当の設備稼働率は95%くらいと想定しているようである。筆者達にしてみれば、95%の稼働率なら日本経済はまさに好況のまっただ中いると言うことになる。我々の認識である「100兆円以上のデフレギャップの存在」と大きな開きがある。

どうしてこのような非現実的なことを考えるかと言えば、彼等は、ケインズ政策、つまり財政政策を中心とした需要政策を行っても、設備は限界にきており、物価上昇だけが起って、実質所得は増えないと言いたいのである。したがって企業には余剰の人員や余剰の設備はなく、街にも失業者はいないと想定している。彼等は口には出さないが本心で、余剰の設備や人員は使い物にならないものばかりで、社会に存在する意義もないと考えている。彼等の経済的な見方は別にして、彼等の精神はまことに屈折しているのである。

日経新聞の論調も「ニュークラシカル」の影響を受けている。特に日経のコラムの大機小機の大半の執筆者は、実にひどい。ところでその日経の7月8日の一面トップに大手製造業に対するアンケート結果が掲載されていた。その中で需要が増えた場合の増産方法を問うものがあった。回答は複数回答であり、なんと驚くことに、断トツで第一位の回答は「既存設備の活用、稼働率の引上げ」であった。76%の企業の回答がこれであり、新工場の建設はわずか16%であった。ほとんどの企業は過剰設備を持っているので、需要が増えても、ちょっと工場の稼働率を上げれば良いと答えているのである。つまりこのアンケート結果は、まさに需要が増えても、価格が上昇する可能性が薄いことを意味している。当り前と言えば当り前である。そして「ニュークラシカル」派の人々は、一体これをどのように言い訳するのであろうか。

もっとも「ニュークラシカル」の人々は、自分達が言っていることが、経済の上でどのようなことなのか理解していない可能性がある。したがって我々は、「あなた達の言っていることはこう言うことですよ」と一々解説してあげる必要がある。そして「ニュークラシカル」派が主流のはずの日経が、このような数値を公表すること自体が注目される。日頃、日経は、需要政策ではなく、経済再建には徹底した「規制緩和」と「競争政策」と言っているのである。

とにかく「ニュークラシカル」派の人々の特徴は、現実の経済を見ないことである。むしろ現実の経済を知らないことを誇りにしているようである。そして「言い訳」だけは、異常に巧みなのである。

○政府支出に関する「デマ」

今日、財政出動による景気対策は効果がなくなったと言う声が大きくなっている。これも「ニュークラシカル」派の人々である。中には「財政支出の乗数効果がなくなった」ととんでもないことを言出す者まで現れるしまつである。榊原教授は、「効果はない」とは言っていないが、効果が短期的で効果が続かないと主張している。

筆者も、財政支出の乗数効果はいくぶん小さくなっているのではないかと言う話を本誌でも述べてきた。しかしこのような考えが間違っていたのではないかと思わす、次のような表に出会った。

GDPと自生的有効需要の伸び率比較 年度 GDP 総額 民間投資+純輸出 政府支出 (うち公共投資)
70→00 2.56 2.49 2.57 2.38 (2.34)
80→00 1.66 1.66 1.83 1.51 (1.41)
80→95 1.60 1.60 1.67 1.53 (1.63)
95→00 1.04 1.04 1.10 0.96 (0.87)


この表は、丹羽春喜大阪学院大学教授が、ジャパンポストと言う雑誌の6月1日号に掲載したものである。民間投資と純輸出に政府支出と言った自生的(独立的)な需要の総額の伸び率と、GDPの伸び率の関係を示したものである。基礎データの出所は、経済企画庁の「国民経済計算年報」と内閣府のホームページである。

しかしGDPの伸び率と、自生的(独立的)な需要の総額の伸び率があまりにも一致し過ぎるため、このコラムで取上げるのも憚られるほどであった。まずこの表から解ることは、民間投資、純輸出、政府支出などの自生的(独立的)な需要の乗数効果はかなり安定していると推定されることである。つまり筆者が考えていたように、乗数効果の値がどんどん小さくなっていると言うことはなさそうである(数値の推移を見る限り、たしかに80年以降は、70年代より若干小さくなっているが、かなり安定していると推定される)。

また注意が必要なことは、表の政府支出は国と地方の財政支出の合計である。世間では、度重なる景気対策で政府支出が増大していると言った話になっているが、それらは全くの「デマ」と言うことをこの表は如実に示している。たしかに国の支出が増えていても、地方の財政支出がかなり減っていると思われる。たしかに例えば99年度の地方単独事業は、予算では19.3兆円であったが、決算ベースでは13.5兆円と6兆円もショートしていた。このように、国と地方を合計し、さらに決算ベースで見ると、政府支出の伸び率はかなりGDPの伸び率をかなり下回っているのである。

このように世間に流布している「財政による景気回復は限界にきている」と言う話は、実際の数字を確認しない人々の「たわごと」である。むしろこれ以上輸出に頼ることができず、大きな新規の設備投資の増加が期待できない今日においては、政府支出の増大しか道がないことをこの表は雄弁に物語っている。「規制緩和や投資減税で設備投資が増える」と言った「雲を掴む」ような話に賭けるわけにはいかないのである。なお、この表についてはもっと述べたいことがあり、それは後日行うことにしたい。


さらに榊原慶大教授は、政府紙幣発行によって、日本の産業構造の改革を訴えている。生産性の低い産業が、銀行の大量の不良債権の元となっている。この日本の産業の二重構造を解消するには、銀行にそのような産業の整理を迫り、その費用を政府紙幣発行によって賄おうと言う考えである。生産性の低い産業の整理は教授の持論である。しかし生産性に関しては、01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」で述べた通りであり、ここでは詳しくは述べないが、榊原教授の考えにはとても賛同できない。

榊原教授は、生産性の低い産業として建築・土木業を念頭を置いておられると思われる。しかし生産性、つまりこの業界の労働生産性が低いのは、単に仕事量が減ってきたからと考える。企業間の競争が激しく、受注価格が下がっているからである。反対に仕事量が増えれば、生産性は上がるはずである。さらにこの業界がコンスタントに利益を上げられるようになれば、これらの企業への貸付金も、不良資産から銀行の優良資産に変わるのである。

実際、上の表にあるように、公共投資は確実に減っている(一般の理解と全く逆である)。特に最近の減少は目立つ。ところで公共投資は減少し、この業界の整理も進んでいるのである。つまりもし榊原教授の説が正しいのなら、もう経済は上向いていても良いはずである。ところが現実は反対なのである。さらに一部の輸出企業の業績が良いのは、市場の環境に恵まれていると言うこともあることを指摘しておきたい。また産業の二重構造や三重構造と言ったものはどの国にもあるものと考えられる。これを解決しなければ、デフレ経済から脱却できないと言う考えは、筆者にはとても奇異に感じられる。


このように榊原慶大教授の考えには、賛同できる部分とそうでない部分がある。最後に、この榊原教授の文章に対する評論を一つ紹介しておく。これは6月23日の産経新聞に掲載された論説副委員長の岩崎慶市氏のものである。岩崎氏は、概ね榊原教授の考えを肯定的に評価していた(もっとも榊原教授が主張しているこの政策は、実質的に既に行われていると筆者は認識しているが)。むしろ我々が主張しているような、資金を需要サイドへ使うことには否定的である。そして通貨の信認問題は残ることを指摘している。しかし評論の最後の言葉が問題である。岩崎氏は「通貨の信認問題を質の低い政治にゆだねる危険性も大きい」と言っている。

しかし政治の質が問題で、有効な政策が遂行できないと言うのなら、世の中の大部分の問題は政治が解決することできないと言う意味になる。またどのような状態になれば、「質の高い政治」と言えるのかさっぱり分らない。特に、筆者達のように、セイニアリッジによる資金で財政支出を行おうと言う場合、これは由々しき問題となる。まず岩崎氏は、何を持って政治の質を計ろうと言うのであろうか明らかにすべきである。このように検証が困難な課題を出されては困るのである。

へたをすれば、岩崎氏の意見は、居酒屋の酔っぱらい達のセリフと同じになる。「とんでもない政治家達に巨額の金を自由にさせてなるものか」と誰か言出すと、「そうだ」「そうだ」と周りの者が賛同するのである。実際、セイニアリッジ政策を広めたり、実行する場合には、このような反論のしようのないような、非論理的な反対意見にぶつかることを覚悟しておく必要がある。これは結構手強いのである。


http://www.adpweb.com/eco/eco259.html(経済コラムマガジン7/8)
http://www.adpweb.com/eco/eco260.html(経済コラムマガジン7/15)

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