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歩きの重要性 投稿者 てんさい(い) 日時 2002 年 6 月 16 日 01:52:23:


日常最も頻繁に行われる運動でありながら、意識的に省みられることの少ない、歩き。歩行運動の重要性は、運動の基本性と日常性にある。まずは、歩きにおける脱力統一体とはどのようなものなのか、そのメカニズムを踏まえつつ解説し、その後、伝統的な古武術や能などに見られる、重心の上下動が極めて少ない足運びの意義について説明しよう。最後に、歩法をどのようにトレーニングすればよいか紹介する。

1.歩きの重要性
★運動の基本性
−−前章では「センター」を取り上げ詳細に解説していただきました。第2章はいよいよ「歩法」です。なぜセンターの次が歩法なのでしょうか。

高−端的にいえば、歩きという運動が人間にとって非常に重要な運動だからだね。まず歩きという運動には、ほかの多くの運動の祖型成分が含まれている。これを運動科学では「運動の基本性」と呼んでいるけど、投げる、突く、斬るなどという人間の行う運動は、そのほとんどが歩行運動の応用や発展の構造を持っているんだね。人間の成長過程を考えてみたときにも、「立つ」という運動の次に「歩く」という運動が来て、その後にほとんど全ての全身運動が習得されるわけでしょ。例えば、多くの人が日常的に何気なく行っている「茶碗と箸を持つ」という動作にも、厳密に構造論として分析すれば、歩くという運動が獲得された結果としての運動の応用発展という成分が、絶妙に含まれていることが分かる。いわんや野球でボールを投げたり、剣で斬ったりボクシングや空手で拳を突いたりといった動作には、さらに大きな歩行成分が含まれていることが分かる。

−−それらは、まず歩きという運動が土台となって、その上に築かれるものだということですね。

高−その通りだね。ただ、投球や斬りといった動作の中に歩行運動が含まれるといっても、高度な運動構造においてはそれはあくまでも絶妙に潜在化されているのであって、多くの人が考えるように、手が左に振られたら足は右に出るといった見かけ上の交互運動を指していっているわけではない。武術の世界に「一拍子の斬り」というものがあるけれども、一拍子ということ自体が成立するためには、その拍子の中に複数の拍子が潜在的に構造化される過程が存在していなければならない。実はその過程に歩行運動が絶妙に構造化されているということなんだ。一流のピッチャーは、普通なら一動作としか認知し得ない動きを複数の過程に分割することでためを作り、エネルギーを徐々に加算しながらピッチングにつなげていくことができる。そういう過程の中にも、歩行運動が潜在的に構造化されている。歩行運動はそのような高度な全体的運動を行うための潜在構造となり得るわけで、その意味では歩行運動そのものが良くなることなしに、それを潜在要因として持つ高度な包括的運動が現出することはあり得ない。


★運動の日常性
高−さらに歩きという運動は、ほぼ全ての人が日常的に行っている運動でしょ。これを「運動の日常性」と呼んでいるが、健常人であれば一日に三千歩や一万歩は必ず歩く。スポーツや武道などの専門種目を行っている人なら、それら専門種目における一つ一つの運動を日々膨大な数トレーニングしていることと思う。しかし歩きという運動は、そのような専門種目における運動と比べても、それを凌駕するような回数で日常的に行っているものだよね。空手なら前蹴り、柔道なら一本背負いといった動作を、毎日三千本や一万本こなすというのは、なかなか大変なことでしょ。その大変なことを、歩きという動作ではどんな人でもほぼ毎日行っている。

−−考えてみたらそうですね。

高−それだけの回数を行う運動であれば、それら一回一回の歩きが、良いものであるか、悪いものであるかによって、膨大な量のプラス学習になったり、逆にマイナス学習になったりするわけだ。
 それで、どのような分野でも、天才とか、名人、達人と言われるような人達は、おしなべて素晴らしい歩き方をしている。例えば、合気道の塩田剛三先生や、剣術の黒田鉄山先生、スポーツならタイガー・ウッズだとか、マイケル・ジョーダン、インゲマル・ステンマルク、イチローといった人達は、ほかの人とは比べものにならないぐらいの、美しい歩き方をしている。それで、なぜ彼らの歩きがそれほどまでに美しいのか、その中身は何なのかということになると、運動科学でいうところの「脱力統一体」が形成されているからなんだね。脱力統一体とは、ゆるゆるに脱力していて、なおかつセンターによって全身がコントロールされている状態のことをいう。彼らは、常に地球の中心に乗って、立ち上がるセンターに身を任せつつ、天芯から吊られ抜け切った脱力状態で歩いている。その意味では、三千とか一万とか、そういう膨大な数の脱力およびセンター形成トレーニングを、日常的に歩きという運動によって行っているといえる。

−−それに対して、いわゆる通常人は、脱力もできない、センターも通らないといった動作を、毎日歩きの中で三千回とか一万回も繰り返しているということになるんですね。

高−天才と言われるような人にしても、歩きという日常的運動が、脱力統一体を形成できるような方向になっていないとしたら、決して達人にはならなかったろうね。たとえ自分の専門種目の中で、意識して脱力とセンターが形成されるようにトレーニングしたとしても、その練習が終わった途端、それとは全く逆のマイナス学習を膨大な数で行っていたとしたら、論理必然的に上達という現象は起きないよね。

−−武道の世界では、歩きをみればその人の技量が分かるといったりしますが、それは論理的にはそういうことだったんですね。
高−歩きという運動は、ほかのあらゆる運動の基本であるとともに、日常的に行う運動であるからこそ、そういう見方も生まれてくるということになる。


2.歩きにおける脱力統一体とは何か
(1)脱力養成効果
★理想的な歩きの条件
−−良い歩きとは、脱力統一体を形成する作用があるということですね。

高−前章のセンター編で述べた通り、センターとは、身体が総体として脱力していることを前提に、人間の体幹軸および重心線に沿って形成された身体意識のことをいうんだったね。言い換えれば、センターが形成されている状態の心身総体とは、先ほど述べた「脱力統一体」であるということができる。では、歩きという運動において、脱力統一体が形成された状態とはいかなるものなのか解説することとしよう。

 まず、センター形成の前提である脱力状態というのは、立つという運動においてギリギリ必要なだけの筋入力が行われている状態であったわけだけど、それと同じく歩行運動においても、歩くという動作にとって最低限必要な筋入力が行われている脱力状態というものが存在する。その要素というものは二つに分けることができる。一つはただ立っているときと同様、体重を支えるための筋力。もう一つは、体を水平方向に前進させるために必要な筋力。この二つの要素は、その人の体重はどのくらいなのか、歩いている場所が水平なのか坂道なのか、どのくらいの速度で歩くのかによって、必然的に決定される。本来であれば、これらの条件によって規定された、必要最小限の筋力を発揮すれば歩行という運動は行えるはずなんだね。にもかかわらず多くの人は、そこで必要な筋力以上のエネルギーを使用して、歩きという運動を行ってしまっている。簡単にいえば、バイオメカニック的な効率が低い歩きだということになる。

−−具体的な筋肉で教えていただきますか。

高−例えば、腰回りに中臀筋という筋肉がある。この筋肉は、人間が立つためにどうしても必要な筋肉で、この筋肉が働かない限り当然歩くこともできない。今、左足で体重を支えながら右足を前方に振りだしている局面だとすると、中臀筋が全く働かなければ、どうしても骨盤が左の方に移動してしまう。すなわち、骨盤と大腿骨の内角が非常に狭くなって左の方によれてきてしまい、真っ直ぐ歩けなくなってしまう。従って、真っ直ぐ歩くためには、この中臀筋がある程度働く必要があるわけだ。しかし、普通の人は真っ直ぐ歩くためにギリギリ必要な力以上の筋入力を行ってしまっている。このことが歩行運動にどのような悪影響を与えるかというと、股関節を中心とした大腿骨のスムーズな回転運動を制限する結果となる。


★大腿四頭筋とハムストリングス
−−それは主に立つという要素に関わることですね。次に、水平方向への推進力についてはいかがですか。


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高−今述べた中臀筋の問題にしても、必要以上の筋力発揮がされていれば、大腿骨の回転運動が妨げられるわけだから、前方への推進力が減衰されることになる。力が入りすぎれば同じく前方への推進力を減衰する作用がある筋肉として、大腿四頭筋が挙げられる。この大腿四頭筋についても、足を前方についたときに必要以上の筋入力が行われていれば、前方へのエネルギーを減衰するブレーキの役割を果たす(図A)。簡単な実験として、勢いよく歩いて、突然止まろうとすると、大腿四頭筋が最も強く働くのが分かるだろう。ただし、歩きの局面の中で、この大腿四頭筋が全く不必要かというと、そうではない。まず、脚を前方に振り出す空中期。ここでは、大腿四頭筋、特にその中の大腿直筋が大腿骨を前振しつつ膝関節を伸展させるために使われる。次に、足が地面について体重が乗っていく過程。ここでは、膝がカクッと曲がってしまわないように、大腿四頭筋が体重を支えるために使われる。つまり、地面からの抗力を得るためにのみ使われているということを理解してほしい。通常姿勢の優れた歩行運動では、この大腿四頭筋は水平方向の直接的な推進力を生み出すためには使われるものではないんだね。

−−では、その推進力を生み出す筋肉は何になるのでしょうか。

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高−わたしが各所で述べてきた通り、前進運動の主動筋となるのは、腿の裏側にあるハムストリングスなんだよ。ハムストリングスは、大腿骨を骨盤に対して後方に回転させる働きをする(図B)。ちょうど股関節を中心に、後方に向かって大腿骨で掃くような運動を引き起こす。これを運動科学ではワイプ運動と呼んでいるけれども、ワイプすれば体幹部は当然前方に進んでいく。にもかかわらず、多くの人はハムストリングスを有効に活用することができない。

−−となると、悪い歩き方をしている人の場合、前方への推進力はどこから生み出されるのでしょうか。

高−本来は体重を支えるために必要な大腿四頭筋で、代用するんだ。この場合、歩行動作の広い局面に渡って推進力を得ることはできない。ある一部の局面でのみ、大腿四頭筋は推進力にも利用することができる。それは、どの局面かというと、接地面に対して重心がかなり前方にある場合なんだね。この局面では、屈曲されていた膝関節を伸ばすことによって、前方への移動の水平成分を生み出すことができる。重心がより前にあればあるほど、膝関節がより屈曲されていればいるほど、前方への推進力を作り出すことができる。一方で、接地面に対して重心が後ろもしくは真上付近にある場合は、大腿四頭筋によって膝を伸展させても前方推進力には無効だったり、ブレーキになったりする。ということは、大腿四頭筋によって推進力を生み出した場合、実際に推進力を得られるのは歩きの全プロセスのうちの一部でしかなく、それ以外の局面ではそれ以前の局面で得られた運動エネルギーを惰性として利用しているということになる。簡単にいったら、減速期と加速期が交互に強く表れることになる。さらに、膝を屈曲しなければならないから、その度ごとに重心が余分に下がる。ということは、滑らかな運動になりにくいということにもなるね。通常の直立歩行状態で膝の屈曲伸展で推進力を作りだした場合は、発揮している筋力のわりに垂直方向へのベクトル成分が多く、水平分力が少ないから、その意味でも非効率だということになる。

−−ハムストリングスを使った場合は、どうなるのでしょうか。

高−接地面に対して重心が最も前に行ったときには、既に次の脚のハムストリングスが働き始めているわけだから、より広い局面にわたって推進力が生み出されるというこということになる。しかも膝を屈曲させて、それを伸展しながらエネルギーを生み出す必要はないから、常に高重心でいられる。それを見事に体現されているのが、上原清吉先生ですね。もちろん膝の屈曲がゼロということはあり得ないんだけど、普通の人に比べたらゼロといってもいいような歩き方をされるでしょ。

−−非常に美しい歩きをされていますね。


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高−それで、ハムストリングス優位の人であっても、脚が空中期にあって、大腿骨を前振させつつ膝を伸展させるためには、先ほども述べたように大腿四頭筋を使っている。その際に使われるのは大腿四頭筋の中でも、大腿直筋と呼ばれる筋肉が中心で、そのほかの外側広筋、内側広筋、中間広筋の働きは低い。だから、天才、達人というような人の腿を見てみると、裏側のハムストリングスが圧倒的に発達していて太く、表側は大腿直筋が優位に発達しほかの三広筋の発達は低いので相対的に細い。比べて一般の人達は、外側広筋、内側広筋がもっこりしていて、裏側はびっくりするほど細い。(図C参照)

−−普通の人は前から見たときに腿が太いんですね。
高−本人の主観というものは恐ろしいもので、中臀筋や大腿四頭筋が働いているときに、むしろ「腰が強靱である」というようなプラスの評価を下す場合がある。そうなると脱力という概念自体に、場合によってはマイナスの評価を与えることもある。実は脱力というのは、科学的にいうと筋肉の使用配分が適正に行われている場合をいうのであって、働くべき筋力が正しいプロセスで収縮しているということもひっくるめて脱力なんだね。

−−そのところがなかなか理解しづらいところですね。

高−良い歩きとは、そのような脱力がより高度に発揮されている歩きだということができる。


(2)センター形成効果
高−次に、歩くという動作における運動の垂直成分について考えてみることにしよう。歩きという運動では、どんなに優れた天才や達人の場合でも、重心が上下動する。結局、水平成分を排除して考えた場合に、重心が上下動するということは、上下にタンブリングしているのと同じことなんだよ。

−−水平成分を排除して考えたときに、純粋に垂直成分として捉えたらタンブリング運動をしているということなんですね。

高−一部の能や古武術などでは、極限まで上下動を抑制した移動運動を求めることがあるから、移動運動の全てが必ずとはいえないけどね。それで、通常の歩行運動において重心が上下動する場合を立位で表現したらタンブリングになるとしたら、走動作において重心が上下する場合には、ジャンピングなんだね。前章で紹介した、センターを作るためのメソッドである軸タンブリングは、床から脚が離れないように全身を僅かに上下動させていくわけだけど、これがちょうど歩行運動における垂直成分にあたる。そうやって、逆に考えてみると水平成分を排除した場合、歩きというのは実は軸タンブリングだということができるわけだ。

−−普通、歩行運動というのは、どうしても水平方向への動きに目がいってしまうので、垂直方向の動きをとらえるのは難しいですね。今、歩行は軸タンブリングだともいえるとおっしゃいましたが、垂直成分という観点からは良い歩きというのはどういうものになるのでしょうか。

高−ずばり、ハムストリングスが垂直成分を発生するのが良い歩きということになる。これが実に至難のことで、普通の人では垂直成分がどうしても大腿四頭筋から発生してしまうんだよ。一見同じ上下動も達人と普通人ではその発生のメカニズムが全く異なる、ということなんだな。この点、定位置での軸タンブリングも、歩行運動も、完全に共通の論理構造を持っているんだ。そしてさらに注目すべきは、このハムストリングスが上下運動から水平成分を発生するメカニズムだ。この垂直成分と水平成分の相方向転換(これを運動科学では垂水転換という)のメカニズムを理解することは実に重要で、センターの論理の一つもここにあるんだ。


3.良い歩行運動がセンターを作る
−−歩行運動には、水平成分と垂直成分の二つの成分が含まれるんですね。歩きを良くしようと取り組む場合に、このうちの水平成分については比較的対象化しやすいと思うのですが、もう一つの垂直成分については目を向けるのがなかなか難しいのではないかと思います。

高−確かに、歩行運動をとらえて水平成分のみに注目してしまうという傾向は多くの人に見られがちのものだね。しかし、もう一方の垂直成分に目を向けない限り、歩きという運動が良くなることはあり得ないよ。

−−垂直方向の上下動が伴うという点では、歩行運動と定位置での軸タンブリングは共通する論理構造を持っているということでしたね。

高−そう、そしてそれが、天才と言われる人物が名人や達人の域に到達することのできた理由でもある。軸タンブリングに近似した運動をやっていたという塩田剛三先生は別として、武術の佐川幸義先生や上原清吉先生、スポーツのマイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズといった人達は、軸タンブリングという運動を固有の練習としては取り入れていない。にもかかわらず、見事なセンターを形成するにいたったのはなぜなのかと考えてみてほしい。

−−実は、その秘密こそが歩行運動にあるということですね。

高−その通り。素晴らしいパフォーマンスを行う人達の歩きには、軸タンブリングのときに必要なバイオメカニックな意味での運動性と極意という意味での有用な身体意識とが必ず備わっている。人間は通常の日常生活の中で毎日少なくても三千歩、多く歩く人であれば一万歩近い数を歩く。生まれてから現在までの歩行総数を累積したら、天文学的な数字だよね。ということは、天才達はその本数だけ軸タンブリングを行ったのと同じ効果を、歩行運動において上げているということなんだ。

−−反対に、多くの人は歩行運動の中で、そのような効果を上げられないということですね。

高−どころか、センターの形成という点ではむしろ悪影響となる場合の方が多い。実は軸タンブリングに比べると、歩行運動ははるかに巨大で複雑な運動なんだ。だから歩行運動において軸タンブリングが狙いとするような効果を挙げることは極めて難しい。彼ら名人や達人の域に到達した人々が何ゆえに天才かというと、その巨大かつ複雑な構造の中から最もセンターの形成が進む歩き方を無自覚的に選択できるからなんだ。もちろん、歩きというものを自覚的に研究された上原先生のような方もいるけど、タイガー・ウッズにしてもマイケル・ジョーダンにしても、おそらく歩きの改善そのものに意識的に取り組んだことはないでしょう。にもかかわらず、生まれ落ちて初めて立ち上がった頃の、素晴らしくセンターの通った歩きを、幼年期、少年期とキープし続けることができた。プロ野球のイチロー選手にしても、その成長過程の写真を見れば、ほかの少年達と違って素晴らしくセンターが通っていたのが分かる。

−−そのほか多くの人達は、歩きに関してはむしろ無自覚的にマイナスの学習をしてしまっているということでしょうか。

高−そういう意味では、歩行運動にセンター形成効果があるのか、ないのかと問われれば、一般的にはそれはないと答えざるを得ないね。

−−天才ではない普通の人にとって、歩くという運動はそれほど難しいものだということですね。だからこそ歩き方、すなわち「歩法」が重要だということになるんですね。


4.極限まで上下動を抑制した移動運動
高−そういうことだね。それで「歩法」が重要だと言われたときに読者の皆さんが思い出すのは、日本の伝統的な古武術や舞踊、さらには中国武術などにも見られる、重心の上下動が極めて少ない移動運動ではないかと思うんだ。

−−伝統派空手の中にも、上下動の抑制を課題として与えられる前屈立ち移動のような鍛錬法がありますね。


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高−ああいう動きを「ある特殊な移動法の一つ」と位置付けることは簡単なんだけど、それでは真理は見えてこない。では解説していこう。まず人間には、力学的解剖学的に地球と人体との関係で設定される座標空間というものがある。これを運動科学では「身体座標空間」と概念化していて、身体を上下方向に貫く軸をY軸、前後方向に貫く軸をX軸、左右方向に貫く軸をZ軸と呼んでいる。そうするとXYZの三軸による三次元空間というのができあがる(図D)。


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この空間は、地球と人体との関係の中で物理的に成立するもので、例えばそれらの軸のうちY軸が存在する平面上に身体意識が形成されたものがセンターだということになる。となると、残るX軸やZ軸が存在する平面に身体意識が形成された場合を想定しうるよね。その一つがレーザー(図E)と呼ばれているものなんだ。レーザーとはXZ平面上に含まれる直線状の身体意識の一種で、武術や能などに見られる「重心を水平にコントロールしていく」移動の仕方は、極意という観点からすると、このレーザーを養成するためにあるといってよい。そしてさらに大事なことは、レーザーが身について水平運動が理想的にできるようになった状態というのは、潜在的にセンターがより良く成立している状態だということなんだね。

−−レーザーのみが身体意識的に成立するということはないわけですね。

高−そう、レーザーだけが独立して勝手によくなっていくということはあり得ない。人間のように鉛直方向に体が長いという物体が直立二足歩行をする場合、重心を水平に移動させることは物理的に非常に難しい。それを可能とするには、前提として身体意識としてのセンターが成立していなければならないんだよ。

−−具体例で説明していただけますか。

高−腰を低く落として、左足が前、右足が後ろという体勢で立っていたとしよう。その状態から前に進むには、重心の移動とともに左足に体重が乗り、左の膝が屈曲していかなければならない。そうしていくうちに左足の真上に自分の重心が来るわけだけど、そうなる過程でどうしても腰高になりやすい。その頂点を運動科学では「峠」と呼んでいて、その峠を過ぎると今度は腰が下がってくる。これは人間の解剖学的構造上の自然の流れだね。この一連の上下動を全体として「峠越え」と呼ぶ。

−−意識しなければ、そのような峠越えが起きてしまうということですね。

高−そうだね。今度はそれを筋肉的に解説すると、移動しだす前に膝関節はある程度の角度を持っているから、その時点で既に大腿四頭筋に筋緊張がある。さらに膝関節が屈曲していくと、大腿四頭筋はその分長くならなくてはならないから、緊張している大腿四頭筋がより引っ張られていく。そうするとますます緊張する。これを筋生理学ではエキセントリックコントラクションという。これが普通の人間の生理学的な反応。もしこのときに、センターで天芯から吊られる意識を持つことができると、峠に向かうときでも、大腿四頭筋が伸ばされるのに任せてしまうことが可能となる。すなわち大腿四頭筋を、より脱力して使うことができるようになる。別の言い方をすれば、膝関節を抜いて使えるようになるということなんだ。そうなるとブレーキ筋である大腿四頭筋の過緊張がなくなるから、驚くほどスムーズな動きができるようになる。垂直成分を極力排除した移動運動を追求する目的は、実は垂直系の身体意識構造を養成することでもあるんだね。

−−しかし今解説していただいたことを課題として明確化していなければ、充分な効果を上げるのは難しいのではないでしょうか。

高−確かに大腿四頭筋の緊張が抜けないという例をよく見かけるね。まずは軸タンブリングでハムストリングスを使えるように鍛錬ができていて、なおかつ普通に歩いたときに大腿四頭筋での過緊張が抜けるようにならないと、難しいだろうね。


5.専門的動作へ歩き方が影響する
−−専門的な練習の中に、普段の悪い歩きがでてしまうということですね。

高−これは出ざるを得ない。歩行運動は人間の根幹的な運動構造だからね。逆にいえば、通常の歩きが素晴らしい人は、垂直成分を排除した移動運動をやらせても上手い。

−−通常の歩きで大腿四頭筋を使っている人は、専門的な動きをしたときにもその習慣が抜けないわけですね

高−例えば黒田先生の斬りつけ動作を拝見すると、やはり大腿四頭筋が抜けてハムストリングスを使っているのが分かる。剣の挙上のエネルギーが見事に大腿二等筋から生まれてきているんだね。対して普通の人は、大腿四頭筋と腰背筋を使って剣を持ち上げてしまう。だから上半身がどうしても反り気味になるし、逆に反りをなくそうとすると、今度はただ丸まるだけになってしまう。

−−剣を上げる力が生まれてこないということですね。

高−黒田先生がなぜハムストリングスを使えるかというと、結局センターが見事に形成されているからだよね。センターが形成されると大腿四頭筋の力が抜けて、ハムストリングスに自在に力が入ってくる。できている人物にしてみると、腕を持ち上げるという感覚すらなくなってしまう。

−−主観的な意識としては、具体的にどんな感じなんでしょうか。

高−天に抜け通るといったらいい。あるい勝手に天から吊られているという状態。これをバイオメカニック的にはハムストリングスが支えているわけだよ。ハムストリングスは強大な前方力を生むから、そこからさらに強大な斬撃力が生まれてくる。

−−こういう斬りができるためには普段良い歩きができていないと無理だということですね。

高−そう、無理なんだよ。あり得ない。良い歩きをしていなければ、良い術技はあり得ない。


6.歩法のトレーニング方法
★歩法の考え方
−−ではいよいよ、歩法のトレーニング方法を教えていただきたいと思います。

高−主に三つの過程に分かれる。一番目が、充分に全身を脱力させる過程。二番目が、軸タンブリングを使ってセンターを通していく過程。三番目が、ゆるみながらセンターをさらに強化しつつ、実際の歩きに取り入れていく過程。順に解説しよう。まず、脱力していなければ優れたセンターは形成されないわけだから、充分にゆるをやってほしい。念のため、脱力とは「ある局面において、適切な筋肉が適切に収縮し、それ以外の筋肉については必要充分に弛緩する」ことであるから間違いのないように。

−−大腿四頭筋であれば、体重を支えるために必要最低限の筋収縮のみを行い、それ以外の過緊張をなくしていくということですね。

高−もし大腿四頭筋が過緊張すれば、センターはそれに引きずられて曲がってしまう。同じように腰背筋が必要以上に使われれば、センターはそこで切れてしまう。身体意識というのは、肉体と関係なく勝手に形成されるものではない。筋肉が恒常的に強く働けば、その筋肉が働いている部位に形成されてしまう。中臀筋に力が入っていれば、前から見てセンターが割れてしまうしね。

−−それは側軸とは違うものなんですね。

高−全く違う。側軸は基本的に、股関節まわりの脱力ができないと形成されない。例えば国井善哉翁がいかにたくましい立ち方をしているように見えても、中臀筋でいえば、必須不可欠の筋収縮のみを行っているということなんだ。だから綺麗に脚が抜けてくるし、大地にストーンと乗って、重力とそれに対する抗力が一線に抜ける見事な立ち方ができるんだね。

高−二番目は、脱力を心がけながら軸タンブリングを使って定位置で充分にセンターを通していく過程。歩行運動は複雑かつ巨大な構造だから、より条件の少ない運動の中でセンターを作っていく必要がある。その条件の少ない運動こそが軸タンブリングだということになる。そして三番目。いよいよ歩くわけだけど、もし今までの間違ったままの歩きをしたらどうだろう?

−−軸タンブリングで培われつつあるセンターが台無しになってしまいますね。

高−仮に軸タンブリングを10分やったとしても、本数はせいぜい1000回ぐらいでしょう。だとすると、一日に3000歩から一万歩もデタラメな歩きをしたら、その効果は大半が雲散霧消してしまう。ということは、軸タンブリングにおいて培ったセンターをキープできるような、さらにはもっと優れたものにしていくような歩き方をする必要があるということになるね。
−−どういう取り組みをすべきなんでしょうか。

高−歩きに移っても、脱力を意識しつつ、かけ算するようにセンターを積極的に意識していく。歩行運動のように複雑な運動構造となると、一本のラインをいきなり意識することは難しいから、まず地芯を意識する。地芯は地球の中心で、人間の体に常時働いている最大の力である重力の中心のことだったね。その地芯に乗って立ち上がるセンターを、その場歩きで感じていく。そうして、そのセンターが玉芯に入り、そこを貫いて上体から天玉へ、さらに天芯へと抜けるのを意識する。その抜けていくときに、下から突き上げられつつ、吊られていくような意識を持つこと。そうすると、地芯に乗ると同時に上からも吊られて、あたかも操り人形になったかのような感覚が生まれてくる。その状態が生まれてきたらいよいよ歩く。地芯を意識しつつ、さらにゆるみながら開始。脚や腕が振り子のようにプランプランゆれてくるように、さらに地芯に乗る。さあ、やってみましょう。


★歩法の方法
1 ゆるを行う
脱力が大切。充分にゆるをやって、体を隅々までゆるめよう。大腿四頭筋や中臀筋など、歩くときに余計な緊張をしやすいところは念入りに。
2 軸タンブリングを行う
体が充分にゆるんできたら、軸タンブリングに入ろう。軸タンブリングのやり方は、前章を参照のこと。地芯を意識するときは、銀色、シルバーの意識で。もし固いところがあったら、充分にゆるめよう。
3 センターをさらに高めつつ歩く
  (1)その場歩き
 いよいよ歩きに入っていく。まずは膝を高く上げないその場歩き。地芯を意識して、玉芯で地芯に乗るように歩く。そのとき「地、地、地、地……」と口ずさむ。「地」は地芯の省略。ゆったりと、テンポよく。
 「地、地、地、地……」と続けながら、センターが地芯から気持ちよく立ち上がってくるのを感じる。さらにゆるみながら、センターが玉芯を抜けて上体を通り、天玉、天芯へと抜けていくのを感じよう。天芯から吊られるような意識を持ちながら、さらに「地、地、地、地……」とその場歩きで地芯に乗っていく。もし玉芯で乗る感覚が弱くなったら「玉、玉、玉、玉……」と口ずさみながら意識していく。
(2)実際に歩く
 さらにゆるみながら、シルバーの地芯からセンターの立ち上がりを感じつつ歩いてみよう。最初は歩幅を小さめに。「地、地、地、地……」と言いながら、地芯に乗って歩いていく。膝はあまり上げすぎないように。
 歩くにつれ固いところが生まれてきたら、そこを「ゆるんで、ゆるんで、ゆるんで……」と口ずさみながらゆるめていこう。感じがつかめてきたら、しだいに歩幅を広げ、さらにセンターを高めながら歩いていこう。

ドクター高岡のワンポイントアドバイス

1.歩法では、自分の体にナチュラルに起きてくる運動を味わい、楽しみながら高めていくことが大切です。実際のトレーニングの際は、バイオメカニック的な認識は一度括弧に括り、脱力することと少数の基本的なディレクターを高めることに意識を集中しましょう。

2.リズムに乗って歩くことが大切です。声によるサモンは意識を喚起させる作用があるので、「地、地、地、地……」「玉、玉、玉、玉……」とつぶやきながら行うことで、地芯や玉芯を強化しつつリズム良く歩くようにしましょう。

3.リズムに乗ろうと思うと途端に大腿四頭筋を使って大きく上下動を始める人がいますが、それは禁物です。リズムそのものをハムストリングスでとりながら、なおかつ地芯に乗っていくようにして下さい。上下動の幅は僅かです。膝も高く上げないように。

4.歩けば歩くほど、ゆるむようにして下さい。これを、〜すればする「ほど」ゆるむということで、「ほどゆる」と名付けています。高度なパフォーマンスを達成するには、脱力についても分析的かつシステマティックに取り組む必要があります。脛骨と腓骨付近の筋肉群、大腿四頭筋、中臀筋、腰背筋、肩甲周りの筋肉群、三角筋などなど、「ほどゆる歩き」では一つ一つ脱力しているかチェックしつつ歩くようにして下さい。

-------------------------------------------------------達人への道 人は伸びる
http://www.directsystem.co.jp/tatsujin/01.html


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