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「捕まるから帰らないで」ベトナム、 反乱・逃亡の少数民族 投稿者 倉田佳典 日時 2002 年 3 月 11 日 19:13:00:

03/11 15:55 「捕まるから帰らないで」 反乱、逃亡の少数民族肉 外信410
共同
 ベトナム中部高原、標高六○○メートルほどのダクラク、ザーラ
イ両省で昨年二月、少数民族が反乱、その鎮圧後、千人以上の主に
男性が相次ぎカンボジアに逃亡した。一年を経て国連難民高等弁務
官事務所(UNHCR)の仲介で「処罰なき帰還」が開始。現地を
訪れ目にしたのは、民族間の宗教絡みの不信感と米国の影、経済格
差だった。                         
 「兄弟が昨年デモに参加し投獄されたまま」。ザーライ省都プレ
ーク郊外、少数民族ザーライの村トトビエクの主婦ハー・リンさん
(30)は子を胸に抱き涙した。そばの女性も「夫にはカンボジア
から帰ってほしくない。捕まるのが怖い」。          
 村民百人のうち二十人もがカンボジアに逃げた。異常事態に結末
を、と政府は逃亡者の帰還を急ぐ。              
 ダクラク省のグエン・バン・ラン人民委員会議長(知事)は少数
民族側の警戒心をほぐそうと「投獄されたのは、当局者を襲撃した
り違法に武器を所持していた者だけだ」と言う。だが、その言葉こ
そが深刻な衝突が起きたことを物語る。            
 反乱では二十人近くが最高懲役十二年の実刑判決を宣告された。
政府側は、反乱は独自のキリスト教「デガ・プロテスタント」の教
義に基づき独立国家樹立を企てたもので、反乱と国外逃亡の影に在
米反政府組織、抑圧少数民族解放統一戦線の扇動と資金支援がある
とみている。                        
 米国は昨年春、カンボジアへ逃亡した三十八人の亡命を受け入れ
、今回のベトナム帰還に際し「時期尚早」と懸念を表明した。  
 こうした動きはベトナム政府に、一九七五年までのベトナム戦争
時代、中部高原の少数民族のプロテスタントの一部が米国に支えら
れた旧南ベトナム政府軍側に加担した悪夢を思い起こさせ、いら立
たせる。ダクラク省の政府公認プロテスタント組織は昨年九月の声
明で、デガ・プロテスタントは「神の罰を受けるだろう」と指弾し
た。                            
 ではこの宗派がなぜ少数民族の間に浸透したのか?「多くが困難
な状況にある少数民族に対し経済利益を強調したから」と、ザーラ
イ省の公認プロテスタントのシウ・ペク牧師(46)。     
 高原の村が平穏に戻るには、ベトナム政府の粘り強い対応と経済
浮揚策が求められている。(ダクラク省バンメトート共同=松尾康
憲)                            
(了)  020311 1554              
[2002-03-11-15:55]

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