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マッカーサー証言  投稿者 ゴジラズワイフ 日時 2002 年 8 月 27 日 00:20:29:

昭和26年5月3日にアメリカ合衆国議会上院の
軍事外交合同委員会で行われたマッカーサー証言

1.東京裁判資料刊行会編『東京裁判却下未提出弁護側資料・全8巻』
    (国書刊行会)

2.小堀桂一郎編『東京裁判日本の弁明−
   「却下未提出弁護側資料」抜粋』講談社学術文庫

等に掲載されています。
個人では後者が入手に便利だと思います。


英文
 STRATEGY AGAINST JAPAN IN WORLD WAR U

Senator HICKENLOOPER. Guestion No.5:Isn't your proposal for sea and air
blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory
over the Japanese in the Pacific?
General MACARTHUR. Yes,sir.In the Pasific we bypassed them.We closed in.
You must understand that Japan had an enormous population of nearly 80
million
people,crowded into 4 islands.It was about half a farm population.The other
half was engaged in industry.
Potentially the labor pool in Japan,both in quantity and quality,is as good
as anything that I have ever known. Some place down the line they have
discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier
when they are working and constructing than when they are idling.
This enormous capacity for work meant that they had to have something to
work on.They built the factories, they had the labor,but they didn't have
the basic materials.
There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm.
They lack cotton,they lack wool,they lack petoroleum products,they lack tin,
they lack rubber,they lack a great many other things, all which was in the
Asiatic basin.
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12
million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore, in going to
war was largely dictated by security.

和訳文
 問 では五番目の質問です。中共(原文は赤化支那)に対し海と空とから閉鎖して
しまへといふ貴官の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた
際のそれと同じ戦略なのではありませんか。
 答 その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したの
です。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島の中にひしめいて
ゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分が農業人口
で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
 潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまでに接したいづれ
にも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの地点においてか、日本の労働者は、人間は
怠けている時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、
つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
 これほど巨大な労働能力を持つてゐるといふことは、彼らには何か働くための材料
が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。
しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
 日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、
羊毛が無い、石油の産出が無い、錫(すず)が無い、ゴムが無い。その他実に多くの
原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたの
です。
 もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生
するであらうことを彼らは恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつ
た動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


ワイフの記憶で一番最初は
原書房朝鮮戦争韓国篇(上・中・下) 佐々木春隆著
昭和51年から52年にかけての発行
これは残念ながら図書館等で見て下さい。

要約すれば

 マッカーサーが国連軍(註・朝鮮戦争時の国連軍のこと)司令官を
更迭されたのは、中共攻撃論(つまり満州への攻撃)に関しての
理は認められながらも、いえ、理を認められていたからこそ、
満州事変以後の日本と同じ轍を踏むのを米国が恐れたからです。

 つまり今回(朝鮮戦争においては)、米国が共産主義の恐怖に直面して、
日本が満州事変当時置かれていた赤化の恐怖に対する状況、
そしてそれ故に四面楚歌の中で(本来なら赤化の恐怖に共に
戦うべき隣国が傍観どころか敵対さえしていた。これは日本国
自体の国体の存続にも関わることである。)
安全圏ともいうべき範囲を逐次拡大して、中国戦線の泥沼にはまっていった
事実を自国の軍事的危険として、認識したわけです。
つまり米国は満州に進攻した日本の理(やむをえなかった事情)を
認めたわけです。

 しかし幸いな?ことに米国は自国の軍事的泥沼にはまるという
認識の時点において、国自体は隣接していないで、遠くに離れて
いましたので、方向転換が可能でした。
国自体の赤化の恐怖にはさらされていませんでしたから。
それが韓国政府の頭越しの休戦協定につながるわけです。


詳しくは原書房刊「朝鮮戦争韓国篇 上・中・下」を参照のこと。

著者の佐々木春隆氏は最初から洞富雄氏の「南先攻論」を喝破した
我が国の朝鮮戦争研究の第一人者です。

http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/g-senryaku.joho.htm

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