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ヒトラーの予知能力の謎──「私は“あいつ”に選ばれて取り憑かれたのだ…」
http://www.asyura.com/2003/bd24/msg/450.html
投稿者 秘密結社ファン 日時 2003 年 2 月 20 日 10:50:05:

(回答先: ニーベルンゲン復讐騎士団 投稿者 秘密結社ファン 日時 2003 年 2 月 20 日 02:55:21)

ヒトラーの予言の力の源泉に関しては、
いろいろと議論の分かれるところだと思いますが、
ヒトラー自身が告白してますね。“あいつ”のおかげだ、と。

ヒトラーのIQは140以上あったことで知られていますが、
霊感(霊的感受性)もすごく高かったようです。
時々、何かに憑依されていたことをヒトラー自身、実感していたみたいです。
ただし、この“あいつ”が何者だったのかは不明ですが…。


参考までに…


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1914年に始まった第1次世界大戦に、ヒトラーは志願して参戦している。
この第1次世界大戦で、彼は4年間に40回以上の戦闘に参加。
伍長としては異例の「一級鉄十字章」を受勲するなど、6回もの表彰を受けた。
(具体的には「一級鉄十字章」、「功二級鉄十字章」、「剣付き功三級軍事功労章」、
「功三級功労章」、「連隊賞状」、「黒色戦傷章」)。
これは彼が勇敢な兵士であり、しかも非常に幸運に恵まれていたことを意味する。
 
実際、記録に残っているだけでも、彼が危ういところで命拾いしたのは、
4度や5度ではきかない。彼は前線で一番危険な任務である伝令兵を、
いつも自ら買って出ていたのであるが、彼は前線で何度も奇跡的に
命拾いをしたために、同僚の兵士たちから「不死身の男」と評されていたのである。


※以下、『1999年以後』の中で、
ヒトラーが“あいつ”について触れている部分を抜粋


アメリカのピュリッツァー賞作家ジョン・トーランドは、精密なドキュメント『アドルフ・ヒトラー』の中で、ヒトラー自身が、のちにイギリスの通信社特派員ウォード・プライスに語った言葉として次のものを紹介している。
 
「私はあのとき、戦友たちと夕食を摂っていた。すると突然、ある声が私に、『立って向こうへ行け』と命じた。その声が、あまりに明瞭に同じことを繰り返したので、私は上官の命令を聞くように機械的に従い、20ヤードほど移動した。とたんに、いままでいた場所から衝撃と轟きが押し寄せた。そのときまで私も属していたグループの上に、流れ弾が炸裂して1人残らず死んでしまったのだ。」
 
つまりこれは、ヒトラー自身の判断ではなかった。彼の内部深くから噴き上げた何かの声、または外界か異界のどこからか来た、彼以外の誰にも感知できない妖異な命令だったのだ。

「そうだ、それは“あいつ”の命令だった。あのときから、私には“あいつ”が憑くようになった。恐ろしいことだ。私は“あいつ”に選ばれて取り憑かれたのだ。」
彼はあとで、側近たちにこうも語っている。

それだけでなく、語っている最中、ふいに立ち上がって目を剥き、「あいつだ、あいつが来た。また私に未来を教えに来たのだ。そこにいる、そこだ!」あらぬ方を指さして絶叫することもあった。
 
第1次世界大戦の戦場での、生死ぎりぎりの衝撃が、ヒトラーの深層意識に火をつけたのだろうか。とある沼地のほとりでハッと気付いたとき、ヒトラーは自分がそれまでとまるで違う人間に変わってしまったのを感じたという。彼は思い出話として、第一側近のゲッベルスにこう語っていた。
 
「異常変化だった。それから起こることが全部わかるように感じた。実際わかった。人類の未来が、全て私の前にありありと見えだした。『そうだ、その通りになる。おまえにはわかる。おまえはその力を持った』と、“あいつ”も耳もとでささやいてくれた。」
 
しかも大戦が終わっても、“あいつ”はヒトラーから離れなかった。「ついには、私の体の中にほとんど棲みつくように」なった。そして様々な未来をささやき、単なる予知以上のことまで告げ始めたという。
 
「アドルフ、おまえは選ばれた。試練にも耐えた。おまえはドイツ民族を率いてヨーロッパを制覇する。新しい世界を打ち立てる。それがおまえの使命だ……

おまえがそれをやらなければ、今世紀後半も21世紀も、ユダヤが地球を支配することになる。金も食糧も兵器もユダヤが支配する。世界はユダヤとその代理人どものものになる。だからユダヤを倒せ。絶滅しろ……

そのためにも、まず政権を握れ。片足の不自由な変な小男が見つかる。その男は天才で、おまえの最大の協力者になる。その男を充分に活用すれぱ、おまえが45歳になるまでに政権が手に入る。50歳で世界征服の戦争が始められる……

それを忘れるな。おまえは25歳で選ばれて能力を得た。そして生まれてから50年目、おまえは世界征服の大戦を起こすのだ。さらに生まれてから100年目、150年目──つまり1989年、2039年──もうおまえはいないにしても、そのとき人類は、新しい次の段階を迎える。それが何かも、いずれおまえだけに教えよう……」
 
 
ここで語られている「片足の不自由な変な小男」とは、
いわずと知れたプロパガンダの天才ヨーゼフ・ゲッベルス
(のちのナチス宣伝相)のことである。彼は少年時代に骨髄炎にかかり、
左足は右足よりも8センチ短かった。
ヒトラーとゲッベルスが最初に対面したとき、 ヒトラーは既にナチ党の党首であり、
ゲッベルスのほうは組織の末端にいる専従職員でしかなかった。
それなのに、ヒトラーはゲッベルスをまるで旧友のように厚遇したという。
 
この当時のゲッベルスの日記を見ると面白い。
例えば1925年10月14日には、「この人(ヒトラー)は何者なのか。
人か? 神か? キリストか? ヨハネか?」と書いている。
結局、彼はヒトラーの最期までヒトラーの忠実な片腕であり続けた。
ヒムラーやゲーリングのように、決して裏切るようなことはしなかった。


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1939年8月末、雨の降り続く冷夏の夜、ヒトラーは突然飛び起きて「今だ! 私は命じられた! 進め! ポーランドヘ!」と甲高い声で叫び、全軍にポーランドへの侵攻を指令した。

これで第2次世界大戦の幕が切って落とされた。あとは北欧やオランダヘの急侵攻、宿敵フランスとの短期決戦、英国へのV1号V2号攻撃、米ソ両大国の参戦、さらに日本の真珠湾攻撃と、わずか1年ほどのあいだに、世界は血と硝煙の中で、ただ目まぐるしく動いた。しかもそれは、マジノ線突破から真珠湾奇襲、ノルマンディ上陸まで、ヒトラーが山荘で予言したのとほとんど違わない展開をみせ、あらためて側近たちを震え上がらせた。

だが当人は、それを自慢している暇もなかった。強力な独裁者であることが裏目に出て、いっさいの指揮の責任が一身に集まり、彼は毎日、声を枯らして部下たちに作戦を命令し続けねばならなかった。
「今日はV2号を50基出せ!」、「ノルマンディーに戦車200台だ!」、「米軍のど真ん中にカルル砲(天才カルル博士が作った口径55センチの巨砲)をぶっ放せ!」、「ロンメル(北アフリカ戦線のドイツ軍の名将)にプラチナ十字章をやっておけ、しかし奴から目を離すな」……。
 
これでは遠い未来を瞑想するなど思いもよらない。しかもインスピレーションの源泉ももう絶たれていた。ヒトラーは開戦と同時にオーベルザルツベルグの山荘を離れ、総指揮のため、ベルリンの総統本営に移ってきていたからだ。
そこには、彼の心深く何かをふき込んだ、雪に輝くドイツアルプスの姿はなかった。洞窟の奥の未来都市もなかった。形ばかり大げさに飾りつけた広い会議室と、ごっつい将軍たちの顔があるだけだった。開戦後、勝利が続いているうちはそれでもよかったが、米ソが参戦し、ナチスが東西から押されぎみになってくると、ヒトラーは歯を剥き出して将軍たちに当たった。

「ハゲタカが泣いたみたいな顔しやがって、出て失せろ!」、彼はしばしばどなった。

「こんな陰気な宮殿の中できさまらの顔ばかり見てると、霊感もしぼむ。きさまらと会議するたびに、私は退化して猿に戻っていくような気がする。私がもし猿並みの人間になったら、それはきさまらのせいだぞ!」

しかし、まもなく奇妙な変化が起こった。きっかけは皮肉にも、ナチスの旗色がいっそう悪くなり、米軍機の爆撃が激化したことからだった。ベルリンの街は、家々の外側のコンクリートだけ残して、墓場の廃嘘のようになった。かろうじて生き残った市民は、防空壕や地下鉄の構内でただおびえていた。ヒトラーの総統本営も、地上の部分はガレキの山になり、地下深くもぐらねばならなくなった。これが不思議なことに、ヒトラーの予知力にふたたび火をつけたのだった。
 
「私は負けたモグラじゃないぞ」、そう怒りながら、いやいや地下の私室に入った彼は、翌日、目をギラギラさせて側近たちの前へ出てきた。

「ここは山荘の洞窟に似とる。おかげでひらめきが戻った。」
彼は地の底からひびくような声で言った。
 
「しばらく会えなかった“あいつ”ともまた会えた。“あいつ”が未来を見させてくれた。前よりもいっそう鮮明にだ。聞け諸君、これは私の未来というより諸君の未来だ!」
 
そして彼は、毎日の作戦会議の前後、時には途中でも立ち上がって私室に側近たちを呼びつけ、新しい霊感に照らされた未来を、しわがれた声でしゃべった。それは先の山荘予言とは、はっきり異質のもので、側近たちを名指しで呼んでは予言する薄気味悪いものだった。だからこれを、「地下本営でのヒトラーの指名予言」と呼ぶ研究者もいる。
といっても、ナチスの敗色が濃くなってきた混乱期に語られたため、資料は山荘予言より更に少ない。側近たちが聞いて、あとで友人や戦犯裁判の検事に話したり、手記に書いたり……それを欧米の研究者が1、2行ずつまとめたものしか残っていない。それでも、それらをつないで並べると、こんな怨念のこもったような「指名予言」の数々があぶり出されてくる。


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