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ナチ第四帝国アメリカの陰:化学兵器だった甘味料【ニュートラポイズン】全文訳
http://www.asyura.com/2003/dispute8/msg/994.html
投稿者 HAARP 日時 2003 年 3 月 12 日 02:26:11:


私たちが日常飲んでいる清涼飲料水はアスパルテームが甘味料として使われているものが多い。
この物質はもともと敵兵に吐き気を催させて戦意を喪失させるための化学兵器として開発された。
これは第一次湾岸線戦争にも使用されたと言われ、その催奇性も疑われている。
この物質は日常的に世界中で食用に消費され、人体に対する効果の詳細な詳細な情報は隠蔽されている。
これは家畜化のための長期的な人類劣化計画の一部であり、日常の中に進行する真の戦争の一側面である。
あなたの100円玉はあなたの子孫を殺す。

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  Nutrapoison Part One by Alex Constantine

http://www.sumeria.net/health/npoi1.html
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「私には2つの人格が同居している。一人は献身的な理想主義者。もう一人は、冷酷で石のように頑固なジャングルの法則の信奉者である。」
エドガー・モンサント・クィーニー / モンサント社長 1943-63
"The Spirit of Enterprise".1934


FDAは広くニュートラスウィートとして知られるアスパルテームに関して言及する時、決してドラッグとは言わずに「食品添加物」と言うように心がけてきた。
それは、ダイエット・コークのラベルに「ドラッグ」と書かれていては消費者の購買意欲を削いでしまうかもしれないからだ。アスパルテームは食品添加物に分類されている為に、FDAには反対する動きも報告されず、法律による安全の確認も要求されて来なかった。
ニュートラスウィート(栄養甘味)は栄養価の無い甘味料であり、この商品名は矛盾している。これは避けるべきものだ。

食品添加物の中には、脳障害、頭痛、気分の変化、皮膚の炎症、盲目、脳腫瘍、不眠、抑鬱、知能低下および短期の記憶喪失などを引き起こすものがある。
アメリカの有能な科学者らによれば、アスパルテームもこれらの症状を引き起こす。
1991年に国家保健省(National Institute of Health)は「アスパルテームの有害効果」という文献を発表しているが、これには167項目以上にわたって避けるべき理由が挙げられている。

アスパルテームはrDNAの派生物であり、2つのアミノ酸が結合したものである。
これは、ロックビルのGenex Corp.とバルチモアのPurification Engineeringという2つのメリーランド州の会社によって長く供給されてきた。
ペンタゴンはかつてはこれを、議会に承認された予測される化学戦争に使う物質の一つとしてリストに挙げていた。(湾岸戦争に実際に使用されたという別の報告もあり)しかし、今では敵国の国民に毒を盛る代わりにこの「食品添加物」は甘味料として1200種類ほどの食品に使われて(アメリカ国内に)流通している。

この化学戦争に使うという側面においてG.D.サール社の過去とアスパルテームは不吉な関連を見せる。1888年にシカゴの北部に作られたこの会社は長い間医学的権威の牙城となってきた。この会社は処方薬から放射線技術を使った光学機器まで何でも生産している。
G.D.サール社の役員の中にはアンドレ・M・ド・ステルケのような地政学的に有力な人物達がいる。この人物はレーガン政権のベルギー大使であり、他にもルーベン・リチャーズはシティ・バンクの副社長であり、アーサー・ウッドは退職したシアーズのCEOである。また、戦時中の米軍の最高顧問の一族からも役員が送り込まれている。
これらアメリカの最有力者たちは個別に独立したように装いながら、もともとはナチスによって組織された人物達であり、アレン・ダレス(CIA設立者)やエドウィン・ウェブスターと同様にある流れの銀行家に資金提供されていた。

サール社が1985年にモンサント社に買収されるまでは、この会社の代表者はウィリアム・L・サールだった。この人物は1950年代初期に海軍の化学戦局に所属していた退役軍人であり、アスパルテームの副作用に関しては冷酷で皮肉な見解を持っていた。
これと同じ時期にこの同じ部局はCIAと共謀して人間を対象としたLSDの投与実験を行っている。
この当時の化学戦局の主任はローレンス・レイアード・レイトン博士であり、この人の息子のラリーはジョーンズタウン(人民寺院事件の)において国会議員のレオ・ライアンが殺された事件の首謀者と信じられている。
ジョーンズタウンは、勿論のところ、ナチスの強制収容所との驚くべき相似性を見せる。またここでは大量の医薬品が蓄えていたが、この町の薬局ではカルーズ、バリウム、モルヒネ、デメロールや10000単位を超えるソラジンなどの各種の行動制御薬が蓄えられていた。これらはガイアナ政府の備蓄よりも多く、言うまでもなく猛毒の羅列である。

レイトン博士はヒューゴ・フィリップの娘と結婚していた。このヒューゴ・フィリップはドイツの銀行家で証券業家であり、「最終解決」の猛毒を製造していたジーメンス&ハルスケ社や同じ目的の神経ガスを製造していたI.G.ファルベン社の役員も兼ねていた人物である。
レイトン博士はクェーカー教徒であるが、原爆製造のマンハッタン計画においてウラニウムの抽出技術を開発した。この技術を使い、彼の妻のドイツ生まれの叔父であるジェームス・フランク博士は1942年にシカゴにおいて初めて核連鎖反応を維持することに成功した。この時期、レイトン博士はユタ州のダグウェイ調査場においてI.G.ファルベンと共同で神経ガスの改良に努力を傾けている。
彼は後になって軍の化学戦局に参加したことを自己弁護してこう語っている。
「人々を爆弾で粉々にすることができます。砲弾で撃ち殺すこともできる。原爆で原子にまで分解することもできる。しかし、このようなことを考える人々は皆の呼吸する大気を毒で汚染してしまおうという恐ろしいことも考えるのです。ガス戦争、化学戦争に関連するものは何にせよこのような恐ろしい毒を含んでいるものです。たとえ単に人々に吐き気を催させようと考えているだけでも・・。」

ナチスと化学戦争というものは、このアスパルテームの物語において再浮上してくるテーマなのだ。
現在ではこの甘味料の主な特許保持者はセントルイスに本拠を置くモンサント社となっている。1967年においてモンサント社はI.G.ファルベンファブリケン社との合同企業体になっているが、このI.G.ファルベンは述べてきたようにヒトラー政権の経済的な核を形成した企業であり、ナチスの民族浄化計画の為の毒ガス供給の要になった企業である。
ホロコーストの後、このドイツの化学会社はアメリカの対応する企業と合同して化学戦用の物質の開発を目指し、ミズーリ州のカンサス市に"Chemagrow Corporation"を設立したが、この会社は米軍の化学戦争局の隠れ蓑としてドイツ人やアメリカ人の専門家を雇い入れた。

オットー・ベイヤー博士はI.G.社の研究部長であるが、この人物はモンサント社の化学者達と密接な関係を持っている。
第二次大戦後の時期においてベイヤー博士はゲルハルト・シュレーダー博士と共同で様々な化学戦用の物質を開発しテストした。このシュレーダー博士はまたナチの好んだ神経ガスであるタブンの調合者であり、有機リン系薬剤のパイオニアであった。
この有機リン系薬剤は西ドイツの人口が集中する地域において殺虫剤の名目で散布試験が行われた。
これと同様のことが現在進行するマラシオンの空中散布にも疑われているが、この薬剤も西ドイツが降伏した時に米軍の化学戦争局に徴集されたシュレーダー博士が開発したものだ。
この部局は現在では南カルフォルニアにある。

もう一つのI.G.ファルベンへ至る道はモンサント社の買収したアメリカン・ヴィスコース社にある。この会社は長くイギリスのコータウルド家によって所有されていたものだが、1928年の時点でアメリカ商務省はコータウルド家のI.G.ファルベンおよびナチ党との繋がりについてのレポートを発表している。
信じがたいことではあるが、ジョージ・コータウルドは1940年に戦時中の諜報機関である英国特殊作戦本部の部長職に指名されている。
この一年後には英国の戦費が消耗するなかにも関わらず1億2000万ドル相当のアメリカン・ヴィスコース社はニューヨークに移転した。競合を押さえてジーグムント・ウォーバーグが仕切ったこの取引では逼迫する英国の国庫には上記の評価額の半分も入らなかった。
そして、モンサントが1949年にこの会社を買った。

モンサントのナチ・コネクションは再びジョン・リード委員会において浮上する。
ジョン・リードは"Putzi"Hanfsranglの旧友であり、ハーバードを卒業してドイツに渡った後に1924年にはヒトラーの自殺を思い止まらせ、「我が闘争」の出版に出資した人物である。リードはシティ・バンクの社長職にもあり、CIAとも長期的に連携を取ってきた。
サンフランシスコの弁護士メルヴィン・ベッリの裁判資料によれば「パープル・インク文書」においてロナルド・レーガン、ジェームス・ベイカー及びマーガレット・サッチャーを煽動したとある。この文書は戦時中にフィリピンの貯蔵庫から盗まれた日本軍の金塊を収奪するためのCIAの作戦に出資しようとするものだった。


1965年のモンサント委員会にいたチャールズ・アレン博士の場合も密かに軍との関係を持っていた。第二次大戦中、トーマス博士は原爆製造計画の中で科学者達を指揮してプルトニウムの精製を進めていたのだった。大戦後にはモンサント社は引き続いてテネシー州の国立オークリッジ研究所を運営していたが、この研究所はマンハッタン計画のためのものだった。ここでは核技術の研究が行われていたが、この研究に関連して1974年に至るまでに200名の何も知らないガン患者に対して致死量の放射線が照射された。この時は「原子核の矯正器機」を試してみるという名目でこの照射は行われ、データはAECとNASAに送られた。

マンハッタン計画の為には多くのナチの科学者と7000トンに上るウラニウムが送り込まれたが、これを秘密裏に指揮したのはボリス・パッシュ大佐であった。
この人物はCIAのブラッドストーン計画の指揮者でもあり、”PB/7のエミネンス・グライス”と呼ばれる秘密のナチ組織の高級幹部であった。この組織はアメリカの公文書によれば、東西ヨーロッパにおいて政治的誘拐や暗殺を指揮するものであった。

モンサントのまた一人の役員であるウィリアム・ルッケルシャウスはニクソン政権時代のFBIにおいて活動的な人物であった。この時期のFBIは暗殺を含めた社会攪乱活動(COINTELPRO=Counter Intelligence Program)のために民衆の怒りを集めたものだ。ニクソンは後にルッケルシャウスをEPAの役員に指名したが、これもルッケルシャウスとBrowning FerrisやCummins Engineなどの企業との繋がりから世間の顰蹙を買った。
この他にも諜報がらみのモンサントの役員には、元CIA長官のスタンスフィールド・ターナーや19年間もの間CIA情報分析官だったアール・H・ハービソンなどがいる。

ハービソンはまたメリル・リンチ社の役員でもあり、このことから彼はCIAの麻薬取引にも関与している疑いがある。1984年において、組織犯罪を調査するロナルド・レーガン大統領委員会はメリル・リンチ社がニューヨーク市の投資機関や銀行を通してイタリアとスイスに大量の現金を送る工作を行ったと指摘し、この現金はアメリカにおけるヘロイン取引で生まれたものであり、これは海外へ持ち出されたと結論している。
メリル・リンチはオフショアにおける資金交換に先立って金相場における麻薬資金洗浄に投資をしている。

これらのモンサントのナチ人脈や化学戦争及びCIAとの結びつきから見て容易に想像できることだが、ニュートラスウィートはアメリカの食品工業界における未曾有のウジ虫のつまった缶なのだ。
この製品の歴史とはでっち上げられた研究の積み重ねであり、もしより深く調査するならば、恥知らずな嘘まで積み上げられていることがわかるだろう。この嘘とはFDAがこれを認可した時の基本線であり、独立した(ヒモ付きでない)医療分野の研究者たちの成果がその認可に反映しているというものである。

1985年に上院議員のメッツェンバウムはFDAのことを「製薬業界の妾」と表現した。しかし、彼は体制を覆すようなことはしなかった。
例えば、クリントン政権の時もマイク・テイラーはFDAの代表役員となったが、この人物はアルバート・ゴア副大統領の妻のティッパー・ゴアの甥でり、一時はモンサントの社外顧問でもあった。 (ゴアは1985年の上院議会投票においてアスパルテームを認可する方に投票した。)

あるシカゴのレポーターが皮肉をもって報告するところでは、クリントン政権の保護の下にFDAはある「書かれざるべき」違法行為を犯してしまったという。
買収の失敗である。

* 頑固な信奉者

ニュートラスウィートを導入した製薬会社のG.D.サール社は連邦及び議会の官僚と密接に行動していたが、違法行為が発覚したときの買収された調査官達というのは、これらの官僚であった。これはアスパルテームを市場に導くためなら何でも行われたということである。
1969年に遡る時点ですでに、サール社の内部文書である「戦略メモ」で会社は人工甘味料市場の競争において抜きん出るにはFDAの認可を(サール社が)取らなければならないと結論している。また、1970年の12月付けの他のメモでは、FDAの官吏は「潜在的に(シール社に)参加するような意識に持ち込まれなければならない。」と主張している。この時期には(ベトナム戦争の終結により?)莫大な利益の減少があり、この製薬会社はペンタゴンの生物化学戦争の材料を「代用の母なる地球の味」に転換しようともがいていたのだ。

公式な話としてはアスパルテームは1966年に潰瘍の薬(食品添加物ではなく)を開発していたある科学者によって発見されたことになっている。
もし、その通りだとしたら、その発見者は不用意に指を舐めてみたところ、それが甘かったということなのだろう。そういうことなので、この8年後に発ガン性の疑いから市場に姿を見せなくなったコールタール派生物であるサッカリンの発見者にも製薬会社は祝福を送っていたことだろう。

アスパルテームに対する初期の反対は消費問題の弁護士であるジェームス・ターナーによって唱えられた。この人物は「化学の饗宴」という本の著者であり、かつてはラルフ・ネーダー主義だった人である。彼は自分で費用を負担しながら10年間に亘って認可に反対したが、彼の主な論点はアスパルテームの特に子供に対する副作用の問題にあった。この見解はセントルイスのワシントン医学校にいた神経病理学及び精神病学者のジョン・オルニー博士も同様に唱えていた。オルニー博士はアスパルテームが化学調味料と一緒に摂取されると子供の脳に障害の起こる率が高くなることを発見していた。

また他も研究では、子供の場合体重と摂取量の比率においてアスパルテームの毒性を特に受けやすいというものもある。
FDAは1981年にこの甘味料が認可されたときに、一日に体重1Kgあたり最大50ミリグラムの摂取に留めるよう指標を決めた。66ポンド(30Kg弱)の子供は(一日に)4缶のダイエット・コークを飲んで23ミリグラムほど摂取するだろう。そして、この子はいくらかのアスパルテーム味のスナックにも手を出すだろう。そしてFDAの決めた一日の最大摂取指標に近づいていく。
MITの神経内分泌調節学のウィリアム・パートリッジ教授は1984年のCommon Cause誌8月号において「もし子供達がアスパルテームの入ったアイスティー、チョコレートミルク、ミルクシェイク、チョコプディングパイ、ゼリーやアイスクリームなどのお菓子を目の前にして一日にキログラムあたり50ミリグラムを消費するのは驚くべきこととは言えない。」と発言している。

体内では、アスパルテームはその成分であるアミノ酸類とメタノールに分解する。またこれらはフォルムアルデヒドに変性する。1984年にFDAはメタノール派生物が毒性のあるレベルまで届くという「どんな証拠もない」と宣言しているが、Medical World News誌は1978年の時点ですでにアスパルテームのメタノール成分はFDAの扱う殆どの食品よりも1000倍も多いと報告している。

ニュートラスウィート、この響きの良い言葉の陰には真に油断のならないものが潜んでいる。いくつかの独立した調査によると、動物を使ったアスパルテーム摂取の研究では行動に影響を与える脳の化学的変性が見られるようである。また、MITの神経科学者であるリチャード・ウートマンはこの脳に対するアスパルテーム効果に導かれて別の発見をしているが、これはNew England Journal of Medicine誌(1983年309号)に記録されている。この記事によれば、この甘味料はその目的であるダイエットには全く適していないということになる。アスパルテームの大量摂取はカロリーをため込む炭水化物を少しずつ体内にため込む効果があるらしい。
彼のある試験的な研究では、このニュートラスウィートと炭水化物の関係は脳内の化学構成においても「甘味料効果」として進行することが発見された。
シール社の担当者はウートマンの発見を中傷したが、アメリカ・ガン協会は皮肉にもこの事実を裏付けることになった研究を行っている。これは6年に亘って80,000人の女性を追跡調査したところ、「体重の増えた女性のなかでは人工甘味料を使った人のほうが使っていない人よりも体重の増加が多かった」というもので、Medical Self Care誌の387号に記事として掲載されている。

ウートマンはG.D.サールと戦った経験からインターニューロン製薬会社を設立したが、この会社は今では40カ国にわたり運動能力向上のためのスポーツドリンクと体重を落とす薬の製造を行っている。ウートマンは1989年設立のこの会社から1992年には1000万ドル資産を生み出している。

ボストンズ・ベス・イスラエル病院の神経心理学者のポール・スパイアー博士の研究成果はより気分を滅入らせるもので、これはアスパルテームの使用は知性を減衰させるというものだ。この理由により、彼は研究対象にいままでこの甘味料を消費しながらこの副作用が表れているのに気が付いていないと思われる人々を選んだ。
この人々はFDAが許容する限界の量をカプセルで与えられたが、スパイアー博士は「明かな知性の減退が見られた」と警告を発している。
あるテストでは四角形のパターンとアルファベットの連なりを思い出すことが要求され、これがより難しいものになっていくものであった。このテストは挑戦的であったが、大抵の人はどうすれば良いかを学んで結果を良くしていった。しかしながら、アスパルテームを使った人々は良い結果を出すことが出来なかった。スパイアー博士は「人によっては悪化する場合もありましたね。」と言っている。

アスパルテームは短期的な記憶喪失も引き起こしてきた。1985年に行われたニュートラスウィートに関する公聴会では、ルイジアナ選出の上院議員であるラッセル・ロングは奇妙な逸話を披露した。

ロング議員:「私は最近、良く知っている人物からの受け取ったが、この人は私の知る限り間違ったことを言う人ではありません。彼女は以前私にダイエットのためにアスパルテーム入りのダイエット飲料を飲んでいると話していました。この人が言うには彼女の記憶がどこかへ行ってしまったと言うのです。彼女は完全に部分的な記憶を失っているように見えました。彼女が良く知った人たちに会ったときにも、相手の名前を思い出せないどころか相手が誰かも思い出せないようでした。彼女は全く思い出すことが出来ず、気が狂ってしまうのではないかと恐れるほどになったのです。
・・そんなところに、誰かがこれはニュートラスウィートが原因なんじゃないかと指摘したので、彼女はこれを使うのを止めたところ、彼女の記憶は戻ってきて人格も回復したのです。
これを受けて・・
ハワード・メッツェンバウム議員:「私も似たような症例を報告する何通もの手紙を医学者たちから受け取っています。・・ここにはアスパルテームに関係すると思われる記憶喪失や頭痛、めまいその他の神経学的兆候を訴える何百もの人々の報告があります。」
オリン・ハッチ議員は狭量なずる賢い人間でニュートラスウィートの提唱者だが、代替甘味料への批判を押しのけて続けた。
「いろいろなものを飲んだ後で、誰かしらは記憶を失うのです。基本的な論点としては、アスパルテームの認可をサポートした研究は何度も追試されてきたのです。言うまでもなく、アスパルテームの安全性を証明する認められた研究は存在するのです。」

ユタ州選出のハッチ議員は、ウォール・ストリート・ジャーナルに書かれたように、製薬業界からの強力な援助を与えられてきた。そして「ハッチ族」を形成していた。
ブッシュ及びクリントン政権時のFDA長官であるデビッド・ケスラーはかつてオリン・ハッチの朋友であった。C・マクレイン・ハドーはかつて思想的な問題から投獄されたことのある人物だが、レーガン政権時には功績を認められて保健相に抜擢された。そしてハッチの元主任秘書官だったトーマス・パリーは製薬会社をクライアントとしたロビー活動と連邦基金の仕事で贅沢な暮らし築いている。
風評では、パリーはEli Lilly、Warner-Lambert、Jhonson & Jhonsonや国防関連及びバハマ政府など30程のクライアントを代表して活動している。
ペリーの製薬業界のクライアントはハッチ上院議員の選挙資金を潤沢にし、その見返りにハッチは彼らに惜しみなく注意を傾けているというわけだ。

オリン・ハッチがアメリカ上院でニュートラスウィートの根回しをしている間に、アトタンタの疾病管理センター(CDC)はニュートラスウィートの副作用を訴える600通以上の手紙を受け取っていた。またソフトドリンク協会(NSDA)も同様であり、「頭痛や異常行動や発音のもつれなどの症候がニュートラスウィートの摂取と関連があるのではないかと訴える数百の報告を受けています。」と語っている。
1981年の4月にロナルド・レーガンからFDA長官に指名されたアーサー・ハル・ヘイズは以上のような訴えを「面白い話」として片づけてしまった。この当時、ニューヨーク・タイムズは「業界関係者の間ではヘイズ博士は前任者よりも業界に対してより近い見識を持っていると見なされている。」と書いている。

勿論、他の保守的人物たちが多くの高い地位についた1980年代にはアーサー・ハル・ヘイズの倫理というものは完璧に「柔軟」なものと化し、1985年2月のサイエンス・タイムス誌が書いたように「科学的な構築が出来ていない」研究に基づいて製品の認可を下したのみならず、FDAを辞した後はバーソン・マーステラー社の上級医学顧問の地位についたのだが、この会社はG.D.シール社の所有する広告会社であった。

バーソン・マーステラーは巨大な広告会社であり、1980年代にはブラック、マナフォート、ストーン・アンド・ケリーなどのより小規模の競合企業を飲み込んで大きくなった。またこの会社は全国的に最も影響力のあるロビー活動を行うことでも知られ、現在ではヒル・アンド・ノウルトン帝国をも凌ぐ規模となっている。
アスパルテームの物語の中でのバーソン・マーステラー社特徴的な位置というものは、諜報機関及び政権政党の右派人脈との関係である。
この会社の取締役の一人であるトーマス・デベロー・ベル・ジュニアはバージニア州アレクサンドリアの海軍情報分析センターの元長官であった。ベルはまた、ロナルド・レーガンの就任演説の組織委員長でもあったが、このような器量から言って彼はまた悪名高いイタリアの秘密組織であるP2のヘッドであるリチオ・ジエッリのような人物とも親交があった。
ベルのワシントンでの経歴は1971年にリチャード・ニクソンの大統領への再選委員会の代表という形で始まった。彼は後にウィリアム・ブロック上院議員の行政官として働き、レーガン政権への移行にも力を発揮した。

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追記

今日、科学的な成果の恩恵は日常の至る所にある。
これらは20世紀の初頭にナチスの台頭と時期を同じくしながら飛躍的に進歩したように見える。
自動車の発達、航空機技術、発電技術や通信技術など現代の「便利」な技術の発信源はほとんど全てドイツで生まれている。そして全く同時にと言うより、それに先行して近代的な戦争の為の技術もほとんどドイツがその先鞭を付けている。
これだけ国が多くあるなかで、なぜドイツだけがこれほど技術的に先行出来たのかは謎という他はない。しかし、今日便利になった日常は言わば近代的な戦争テクノロジーのお下がりで出来上がっているのは確かなようだ。
はたして、この道筋だけが選択できた唯一の歴史なのかはとても疑わしい。

今となっては日常の口にするものにまでナチスの影が付きまとう。
これを利潤を追求する企業活動の集合的な結果である言うのは簡単なことだろう。
しかし、この20世紀初頭のドイツ企業群を窓口にする集団には多国籍の金融企業が控えており、彼らは既に当時から充分過ぎるほどの利潤をあげている。
そして世界戦争もナチス等を悪者に仕立てた茶番であったことがこの資料からも見え隠れする。
モンサントは世界シェアNo.1の農薬企業であり、遺伝子操作穀物からプルトニウムの精製まで環境に悪いことは何でもやっているものであり、I.G.ファルベンも化学合成洗剤の開発からプラスティックなど化学兵器開発の片手間に行っている。

全ての便利な技術は環境を破壊し、人間の生命力を低下させる方向で機能している。
これはもう一つの医療及び製薬の分野でも全く同じである。
これはとても愚かな偶然の結果とは思えなく、利潤よりはこの星と生命の破壊を意図的に目指している集団が存在するように思われる。
今や地球全体が強制収容所でありガス室であると言える。
自由というのは物を買う自由のことであり、我々の買うものは自らの金でもたらされる致死性の神経ガスと同じ意味を持っているようである。

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