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共産党員有志「さざ波通信」北朝鮮による日本人拉致問題と日本共産党
投稿者 木村愛二 日時 2002 年 11 月 25 日 00:17:52:

以下、あえて論評を加えず。

北朝鮮による日本人拉致問題と日本共産党

はじめに
 9月17日の日朝首脳会談を受けて、われわれは「トピックス」において、北朝鮮が行なった日本人拉致という国家犯罪を断固糾弾するとともに、その真相の全容解明を要求した。その後、生存者5名の帰国が実現するなどの進展はみられたものの、今なお、全容解明には程遠い状況のままとなっている。
 北朝鮮側が日本政府に明らかにした十数名の拉致被害者の他にも、北朝鮮による日本人拉致や在日朝鮮人拉致があったとみられ、韓国においては、拉致被害者が数百人に上ると言われている。北朝鮮政府は、それらについてはいっさい認めていない。そればかりか、87年の大韓航空機事件の実行犯の日本人教育係であった「李恩恵」の存在を認めていないこと、死亡したとされる被害者の死亡証明書に記載された生年月日が間違っていたこと、持ち帰った遺骨が別人のものらしいことなど、安否が明らかにされた被害者の情報についても、きわめていいかげんなものであることが明らかになっている。
 また、北朝鮮側が認めた日本人拉致問題は、日本の政界に相当のインパクトを与えた。これまで拉致問題の存在すら認めていなかった社民党をはじめ、与野党がこれまでの対応を批判されている。それは、なぜもっと強く追及してこなかったのか、という被害者家族らの当然の疑問であって、これについては日本共産党も例外ではなく、誠実な対応が求められている。もちろん、われわれ自身も、その党の一員として同じ責任が問われている。ここでは、こうした状況を踏まえ、拉致問題における日本共産党指導部の対応について批判的に検討しておきたい。

1、日朝国交正常化交渉
 日朝関係を考える際に、まず確認しておかなければならないことは、日本政府にとって北朝鮮は、政府間の戦時賠償問題において唯一の未解決国だということである。そして日本は、東西の冷戦構造によって南北に分断された朝鮮半島の南側(韓国)に対してアメリカとともに肩入れして敵対してきたため、北朝鮮との国交正常化交渉は、戦後40年以上も経過した89年になって、ようやく開始されたにすぎない。この年、竹下首相が北朝鮮との過去の関係について「反省と遺憾の意」を表明して、政府間の対話を呼びかけ、90年に自民党・社会党(現社民党)と朝鮮労働党との「3党共同宣言」がまとめられて、国交正常化交渉(日朝会談)がはじまる。この共同宣言で日本政府は、「過去に日本が36年間朝鮮人民に与えた不幸と災難、戦後45年間朝鮮人民が受けた損害について、十分に公式的に謝罪を行い、償うべきであると認め」た(『ハンドブック戦後補償』梨の木舎より)。
 しかし、日本側はすでに65年に韓国と「日韓基本条約」を締結しており、日朝会談でもそれと同じ解決方法を求めた。それは、相互に国家賠償の請求権を放棄して、日本側から経済協力を行なうというものである。北朝鮮側は、謝罪の意を込めた国家賠償を求めたが、日本政府側は交渉で「日本と北朝鮮は戦争状態になかった」ことを理由として国家賠償を否定した。また、ヨーロッパ諸国では旧植民地出身者にも適用される戦争犠牲者への援護政策も、日本政府は国籍条項を設けて適用を認めておらず(たとえばhttp://www.twics.com/~hobbs/index.html">「在日の戦後補償を求める会 」のHPを参照)、補償に同意したのは、犠牲者・遺族個人の請求権に基づくものだけで、それも事実を裏付ける資料が必要だとした。北朝鮮側はそれに反発して双方の溝は埋まらず、92年11月から7年半にわたって会談は中断する。
 なお、日朝会談が開始された時期に、「太平洋戦争犠牲者遺族会」の裁判や、元従軍慰安婦の裁判等が相次いで提起されている。これらの裁判は、日本側が認める個人の請求権に基づくものと言ってよいが、犠牲者が高齢になっているにもかかわらず、日本政府は「裁判を見守り調査に努力」としただけで政治解決を図ろうとせず、多くの裁判は棄却、あるいは長期裁判となって継続している状態である(http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7486/saibandb/">「戦後補償裁判 データベース」

を参照)。

 一方、北朝鮮側が拉致問題についてどのような態度を取ってきたかをも確認しておく必要があろう。
 交渉が始まってから、87年の大韓航空機事件で実行犯の金賢姫が行なった証言により、日本人教育係とされた「李恩恵」の身元が特定された。91年5月の第3回会談では、日本側がその事実関係を照会したところ、北朝鮮側が態度を硬化して会談が決裂し、それ以後は棚上げされた経緯がある。
 日朝会談は、その後、99年の超党派による村山訪朝団の北朝鮮訪問をきっかけとして2000年4月に再開される。この時点で、拉致問題は「日本人行方不明者」として扱われ北朝鮮側も調査を約束した。しかしその後、昨年(01年)12月、朝銀の不正融資問題で朝鮮総連が強制捜査される事件に北朝鮮側が反発して、一方的に調査の打ち切り通告をした。それが、今年3月に再び一方的に調査の再開を通告して今回の日朝首脳会談となったのである。

 このように、これまでの交渉に進捗がみられなかったのは、日本側が北朝鮮の補償要求に関して譲歩せず、北朝鮮側も拉致問題を頑としてみとめず、双方が歩み寄らなかったためである。交渉が当事者の歩み寄りによってしか成立しない以上、一方の日本政府が拉致問題を厳しく追及しさえすれば早期に解決したかと言えば、そうではないだろう。そのことは視点を北朝鮮側に移してみれば明らかであろう。北朝鮮側は、日本に対して賠償問題について厳しく追及してきたが、半世紀を過ぎても何ら解決していないのである。
 したがって、拉致問題の存在すら認めていなかった社民党は非難されて当然であるが、公明党と共産党との間の論争はほとんど無意味である。これらの問題(賠償問題も拉致問題も)は、まだ解決の糸口が見えたにすぎず、政党の責務は、今後いかにして解決を図るのかという方向で、しのぎを削ることにあるのではないか。

2、党指導部は一貫していたか?
 以上の前置きをした上で、拉致問題に関する日本共産党の見解の変遷について触れておきたい。それについては、以前本サイトで取り上げたこともある黒坂真氏が自身のHPに掲載している論文「日本人拉致問題と日本共産党」(http://www.ne.jp/asahi/makoto/kurosaka/rati.htm)に詳しい。もちろん、日本共産党を右から批判する黒坂氏と左から批判するわれわれとでは、見解の変遷をどのように見るかについてなど多くの点で意見を異にするが、事実関係については争う余地のないものである。

 黒坂氏は「日本共産党の日本人拉致問題に関する見解は、この問題が表面に出た当初と現在では、根本的に変わっている」と述べ、『北朝鮮 覇権主義への反撃』に掲載されている和田論文を引用して、次のように言う。


 和田氏のこの論文から明らかなように、当時の日本共産党は北朝鮮が「李恩恵」をはじめとして何人も日本人を誘拐していることを確信していたのだ。和田氏が「李恩恵」の件を「主権の侵害」と断言していることを指摘しておこう。当時の日本共産党最高幹部は、「李恩恵」と北朝鮮で呼ばれている三十五歳の「埼玉県出身の女性」が、北朝鮮により誘拐されていることを確信していたから、「主権の侵害」と断定したのである。この表現には、いささかの曖昧さもない。

 黒坂氏でさえ認めているように、拉致問題において日本共産党は、これを北朝鮮による「主権の侵害」であると認識し、国会でも追及を行なった。とりわけ日本共産党は北朝鮮当局=朝鮮労働党のテロ行為(とくに87年の大韓航空機爆破事件)を厳しく批判し、両党関係が断絶していたため、いかなる遠慮もなかった。
 そして、日本共産党との関係が切れた朝鮮労働党は、社民党(当時は社会党)を中心に、日本の与野党政治家との関係を強めたのである。それゆえ、金日成・正日独裁体制を側面から支え、拉致問題の解決を遠ざけたことの責任が追及されるとすれば、そうした非難はなによりも社民党や一部の保守政治家たちに対して向けられるべきである。

 しかし日本共産党も最近になって拉致問題を棚上げしたと黒坂氏らから批判されている。次にこの点について検討しておこう。
 まず、2000年11月の第22回党大会決議(http://www.jcp.or.jp/jcp/22taikai/index.html)には、北朝鮮との国交正常化問題について次のように書かれている。


――北朝鮮との国交正常化交渉……侵略戦争と植民地支配の過去を清算することは、日本側の歴史的責任として、みずから解決しなければならない問題である。戦後半世紀にわたって放置されてきたこの問題について、日本政府としての積極的な立場と政策を明らかにすることが、この交渉を前向きに実らせるかぎである。北朝鮮との国交正常化にたいし、植民地支配を違法行為としてきっぱりと謝罪し、それにたいする補償をおこなう立場にたつべきである。そのことは両国の紛争問題についても正しい解決の道を開く力になる。

 このように、第22回党大会は、拉致問題などにおいて「相手の立場がどうであれ」、補償問題を優先的に解決せよということを党の政策として明確にした。つまり、拉致問題を頑なに認めようとしない北朝鮮の転換・譲歩を待つよりも、補償問題で日本側が譲歩することにより解決を図っていこうということである。これは、侵略戦争と植民地問題という根本的な問題をめぐって原則的対応を行なうことを求めたものであり、それ自体は、交渉のやり方の問題であって、決して拉致問題の棚上げと言うことはできないとわれわれは考える。

 だが、共産党議長の不破哲三氏や国際問題の責任者である緒方靖夫氏らは、日本側が補償問題で譲歩することによって打開するという主張にとどまらず、あえて拉致問題には物証がないということで拉致問題の譲歩をも主張しているのである。それが、黒坂氏や兵本氏、さらには『公明新聞』までもが引用する次の発言である。


不破 いわゆる拉致問題の宣伝だけ聞いていると、百パーセント証明ずみの明白な事実があるのに、相手側はそれを認めようともしない、日本政府も弱腰で主張しきれない、そこが問題だ、と言った議論になりやすいのですが、実態はそうじゃないんですね

緒方 そうなんです。外務当局に聞いても警察当局に聞いても、全体としては疑惑の段階であって、「七件十人」のうち物証のあるものは一つもない、と言っています
(中略)
不破 国会の議論としては初めての提起でしたから、そのあとマスコミの人たちと懇談したときにも、中身がのみこめないといった顔をしていた人が大部分でした。しかし、翌朝訪ねてきて、「私はあれで目からウロコが落ちました。拉致は証明ずみの事実と思い込んでいたけど、そうじゃなかったんですね」と言ってくる記者もいましたので、心づよく思いましたよ」
(『しんぶん赤旗』日曜版2001年1月14日)


 物証がないから譲歩せよということは、戦時賠償や戦後補償において、被害の事実を裏づける資料を要求し、裁判を傍観している日本政府の姿勢を、そっくりそのまま拉致問題に適用したものに他ならない。私的個人間の犯罪が問題になっているのではなく、国家権力が関与した権力犯罪が問題になっているのだから、政党としては当然、百パーセントの物証がなくても(権力犯罪に関しては、権力の側が事実を明らかにしないかぎり、百パーセントの物証を明らかにすることは至難である)、いくつかの重要な事実や資料にもとづいて、あるいはその国家権力の基本的性格や過去の行動などを勘案して、一定の政治的判断を下さなければならい。過去、わが党は、たとえば大韓航空機事件に関して、百パーセントの物証がない段階で、あれは北朝鮮の仕業であるという政治的判断を下した。
 また、たとえ公式的には「疑惑」の段階であるとしても、その可能性が強いだろうという立場で「疑惑」と言うのか、それとも「たぶんそれは嘘だろう」という立場で「疑惑」という表現を使うのかでは、その姿勢はまったく異なる。たとえば、保守政治家の汚職の「疑惑」が取りざたされた場合、それが「疑惑」の段階であっても、共産党はその「疑惑」を徹底的に追及するだろうし、相手に対してその身の潔白を証明するよう厳しく要求するだろう。けっして、それはまだ「疑惑」の段階だからなどといって追及を甘くすることなどありえない。今回の共産党の「疑惑」論が多くの人々を納得させていないのは、「たぶんそれは嘘だろう」と言いたげなニュアンスで「疑惑」を云々していたと多くの人が感じているからである。これでは「棚上げ」と批判されて当然であろう。
 立場も視点も異なるが、黒坂氏が痛快な批判を行なっているので引用しておこう。

緒方靖夫氏の奇妙な「論証」
 緒方氏は外務当局や警察当局が「拉致事件は全体として疑惑の段階である」と述べていることをあげて拉致事件が疑惑の段階であることを実証した気分になっているようだ。緒方氏に問う。政府当局がある命題を主張したからその命題が真理であるということなら消費税も新ガイドラインも必要であるということにならないか。緒方氏が政府当局に「消費税の税率を上げて経済には良い影響がありましたか」と問えば当然政府当局は「良い影響がありました」と答えるであろう。
 共産主義者が、「革命」の対象である政府当局の主張を用いて論証にかえるなどということは、「革命」を放棄しているようなものである。最近の日本共産党は、経済政策などでも「経済企画庁がこのように述べているから正しい」と主張している。日本共産党の経済政策立案を担当する人は「革命家」の基本的立場とは何なのか、思考することが出来なくなっているのだろう。「政府当局が言っていることは正しい」なら「革命」も「私たちの日本改革」も不必要ではないか。
 緒方氏らのこうした思考方式は、「自分で資料を調べて考え、判断する」ということが、日本共産党幹部に出来なくなっていることを意味している。

 まさしく黒坂氏の言うとおりである。だが、なぜあえて彼らがこのような主張を行なったのかについては、黒坂氏は納得のいく説明をなしえていない。彼の説明では、第一に「共産主義者は共産主義国を守る」、第二に「共産主義者は昔も今も、資本主義国家の強化を徹底して敵視し、あらゆる詭弁を用いて国家の権限の強化に反対する」、第三に「共産主義者は『指導者の権威』を死守する」などとして、日本共産党が朝鮮労働党と友党関係にあった時期の党の文書、あるいはそれ以前の党幹部の発言などでそれを裏付けようとしている。結局、なぜ最近になって拉致問題を棚上げするような発言をするに至ったのかは説明できないのである。

※黒坂氏は、北朝鮮がその誕生から一貫して硬直した独裁体制であるかのように述べているが、これも誤りである。確かに北朝鮮は、ソ連軍の駐留の下で国づくりが行なわれたゆえに、そもそもはソ連の傀儡体制であったという見方はできる。だが、傀儡と独裁体制とは異なる。金日成独裁体制への移行は、67年終わりごろとする研究者・論者が多く、日本共産党指導部も同じ見解を持っている。萩原遼氏は、独裁体制の成立は、67年の金日成によるクーデターの結果であるとしている(『ソウルと平壌』文春文庫、184ページ)。

3、なぜ転換したのか
 不破氏らが拉致問題の棚上げと取れる主張を行なうようになった背景には、98年の党の路線転換とそれによる対外政策の転換がある。われわれが『さざ波通信』を立ち上げてまで党指導部批判を行なうようになったのは、まさしく98年の路線転換が党指導部によって打ち出されたからである。それは、安保廃棄政策を留保して政権参加をめざすものであり、以後今日まで政権参加を想定した政策転換・政策後退が体系的に行なわれてきた。与党となった場合には、外交問題として、中国・韓国・北朝鮮をはじめ、日本企業の主要な進出先である東南アジア各国とも良好な関係を追求せざるをえなくなる。不破・志位指導部が、「野党外交」と称して北朝鮮のような純然たる軍事独裁体制から準軍事独裁ないし開発独裁のアジア諸国の政権党との対話を追求しているのは、帝国主義国家日本の現状のままで政権入りを想定した外交政策の予行演習なのである。
 つまり不破氏らは、社民党や一部自民党政治家と同じように、北朝鮮との関係改善のためには、拉致問題を厳しく追及しない方がよいと考えたのである。そもそも、北朝鮮との国交正常化は何のためのものなのか? それは、北朝鮮に対する「経済協力」や貿易の拡大に利害を有する日本企業のためではなく、東アジア人民の平和・安全保障のためであるはずだ。ところが、不破・志位指導部は、軍事独裁国家である北朝鮮を「きちんとした話し合いのできる相手」(『しんぶん赤旗』2000年8月24日付)として、その体制の性格を事実上無視してしまったである。
 さらに志位委員長は、このような北朝鮮独裁政権、朝鮮労働党と日本共産党との関係改善が可能であるとの立場を表明している(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-09-12/08_0501.html" target="_top">「CS放送朝日ニュースター」のインタビュー)。繰り返しになるが、「トピックス」に掲載したわれわれの批判を引用しておこう。


国際規模で国家的犯罪を繰り返してきた政党と、これまでの論争問題さえ解決すれば、友好的な関係を築くことができるのだろうか? 国と国との関係においては、反動的国家とも国交を持つ必要がある。だが政党としては、どの国家、どの政党に対しても独自の判断基準を持たなければならない。自分たちの党に敵対しないかぎり友好的関係を持つというような態度は許されない。

 安保廃棄・在日米軍撤退の旗を降ろして、隣国の軍事独裁の延命に手を貸すような政策が、曲がりなりにも革命をめざすことを明記した日本共産党綱領と相容れないことは明白だ。党指導部は安保廃棄の旗を降ろしたわけではないが、それを想定した政権入りの予行演習を行なうことで党の政策を後退させているのである。
 日本を含む東アジア人民の平和・安全保障のためには、安保廃棄の闘いとともに、戦後補償問題の解決も、北朝鮮の国家犯罪に終止符を打つことも、いずれも不可欠である。そのために、われわれは北朝鮮における反軍事独裁体制の闘いや韓国における在韓米軍撤退の闘いとも連帯すべきである。拉致問題でいえば、われわれに求められているのは、日本の円(カネ)をちらつかせて北朝鮮を追い詰めるのではなく、同じように北朝鮮に拉致された韓国の被害者家族とも連帯し、韓国・北朝鮮の人民を味方につけて金正日を追い詰めることではないだろうか。日本共産党が現在なすべきは、共産党の無謬性と首尾一貫性をあとから取りつくろうために貴重な赤旗の紙面や全戸配布ビラを作成することではなく、これまでの共産党自身の認識の不十分性を認めつつ、今後同じ誤りを犯さない努力をするととともに、先に述べた運動の構築にこそ力を割くことであろう。

追記(兵本氏の除名をめぐって)
 本稿を書き上げたあと、兵本氏の手記「不破共産党議長を査問せよ」(『文藝春秋』12月号)に対する橋本敦氏の反論「『拉致調査妨害』など事実無根」が、11月17日付の『しんぶん赤旗』に掲載された。
 兵本達吉(元橋本敦議員秘書)氏は、拉致被害者家族を訪ね歩いて調査を重ね、家族の会の結成に努力したが、98年8月に警備公安警察官との接触を理由に除名されている。兵本氏は、除名にいたる経緯を今回の手記で明らかにしているが、橋本敦氏の反論でも指摘されているように、この手記には、明らかに反共の意図をもった奇妙な点があるので、それを差し引いて読む必要があろう。
 たとえば、「日本共産党こそ拉致調査を妨害した元凶である」という副題がつけられており、導入部でも「私の知るかぎり、最も露骨に、そして明らかな意図をもって調査活動を妨害したのは日本共産党だった。共産党が拉致被害者の救出にどんな邪魔をしてきたか、ここで明らかにしたい」と兵本氏は述べている。もちろん、そんなことはありえず、続く本文は、この副題や導入部の記述とは一致せず、竜頭蛇尾もはなはだしい。兵本氏が手記で述べていることは、つまるところ、彼が議員秘書として拉致問題にどのように関わり努力してきたかということ、それなのに除名されたということは、党が拉致問題を棚上げしたからではないか、ということに尽きる。そして彼は、拉致問題棚上げの動機として、党が「日本国政府より先に北朝鮮と関係正常化を図る。いち早く良好な関係を築けば、利権の確保も狙える」といった目論見をあげる。
 だが、上述したように、98年以後に共産党が「物証がない」という理由で拉致問題追及のトーンを下げ、朝鮮労働党との関係改善に方向転換したのは、政権入りを想定した党の対外政策の転換によるものあって「利権の確保」のためでない。共産党が「利権の確保」というような動機で政策を変更するような党でないことは、兵本氏も承知しているはずである。ただ、いずれにせよ、兵本氏の除名が党指導部の政策転換という動機に基づいたものである可能性は十分ある。

 一方の橋本氏の反論も、共産党の無謬性・一貫性を主張している部分については、お粗末である。彼は、91年の日朝会談における「李恩恵」に関する日本側からの照会について北朝鮮側が否定したことも、昨年の赤十字交渉で「行方不明者」の調査を北朝鮮側が打ち切り通告したことも触れていない。なぜなら、「無条件に交渉ルートを開け」という不破氏の主張にそって日朝会談が再開され、今回の日朝首脳会談につながったという説明が破綻するからである。「無条件に交渉ルートを開け」という主張は2000年に日朝会談が再開したことに貢献したことは言えるだろうが、拉致問題にまで結びつけるのはムリがある。
 なぜ北朝鮮がこれまで否定してきた自らの国家犯罪を部分的であれ認めるに至ったのか? それは、赤十字交渉で「日本人行方不明者」の調査を一方的に打ち切ったり再開したりした経過で明らかなように、交渉の進展の結果というよりも、むしろ北朝鮮を取りまく内外情勢の変化とそれに対する朝鮮労働党の対応の変化によるものである。それはそれで的確な分析を行ない、国民に示すことが政党の役割というものであろう。

2002.11.11〜12, 17 T・T編集部員

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