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[イラク問題] 「今でも恐怖と戦っている」誤爆事件生存者語る
投稿者 さちぐま 日時 2003 年 1 月 30 日 23:07:09:

【バグダッド小倉孝保】湾岸戦争(91年)中、米軍の誤爆によって408人が犠牲になったバグダッドの「大型シェルター誤爆事件」の生き残り14人のうちの1人、アハマド・ディアアさん(28)が毎日新聞のインタビューに答えた。ディアアさんは12年たった今も心的障害に悩み、暗い場所では眠れない。ブッシュ米大統領が一般教書演説でイラク攻撃への決意をにじませ攻撃が現実味を増す中、ディアアさんは「今でも自分はあの時の恐怖と戦っている」と語った。

 バグダッド・アメリア地区にある誤爆現場のシェルター(1500平方メートル)は現在、記念館として保存されている。91年2月13日午前4時半、422人の市民が、その中で眠っていたシェルターを米軍が2回にわたって空爆した。爆弾は正確にシェルターに突き刺さり、厚さ1メートル以上あるコンクリート製の屋根を突き破った。その瞬間、シェルター内で火災が起き、408人が死亡した。

 当時16歳で高校1年生だったディアアさんは毎夜、一歳年上の姉、シェイマさんと一緒にシェルターで過ごしていた。両親とほかの兄弟6人は自宅にいたが、シェイマさんが「シェルターなら安全」と言ったため、ディアアさんがそれに付き合っていた。

 爆弾はディアアさんが寝ていた場所からわずか8メートル先に落ちた。腕、腹、足に火傷を負ったが当時はショックで熱さは感じなかった。近くに寝ていた子供2人を連れ非常口近くまで逃げたところまでは覚えているが、それから先の記憶はない。後で救急隊に助けられたことを知ったが、シェルター内にいたシェイマさんや友人の多くが亡くなった。

 事件後、眠れない日が続き2カ月間、自宅から出られなかった。集中力がなくなり、高校を退学した。91年7月から約10カ月間、同じように空爆の恐怖から心的障害を負ったイラク人11人と一緒にドイツで治療を受けた。しかし、今でも夜は眠れず、心の病気と診断され徴兵も免除された。

 ディアアさんは「私にとって湾岸戦争は終わっていない。あの夜のような思いをまた、経験させられるかと思うと…」と語った。

 湾岸戦争当時、バグダッド市内には13カ所の大型シェルターがあったがイラク政府はアメリア・シェルター誤爆以来、シェルター活用を停止。政権党のバース党は米軍攻撃の際は自宅にいるよう指示を出している。

[毎日新聞1月30日]

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