★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > 戦争24 > 348.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
【西村眞悟拉致議連幹事長の言動】 金正日を見ていると閔妃を思い出す [『正論』8月号]
http://www.asyura.com/2003/war24/msg/348.html
投稿者 ファントムランチ 日時 2003 年 2 月 19 日 20:23:18:

(回答先: 「日本も核ミサイルを」 拉致被害者「救う会」会長 [朝日] 投稿者 ファントムランチ 日時 2003 年 2 月 19 日 20:05:27)

衆議院議員 西村眞悟/聞き手・大島信三  『正論』8月号編集長インタビュー

 −−知り合いが、つぎのインタビューはだれか、と聞くので、西村眞悟さんといったら、「待ってました!」と。昨今、大向こうから声がかかる政治家は、めったにいらっしゃらない(笑い)。

 西村 いえいえ。

 −−尖閣上陸で、また西村ファンがふえました。党には、なにも相談しなかったんでしょう。

 西村 党に相談して、いい結果が出るならいいですけどね。行動するとき、相談したら、でけへん部分があるんです。

 −−党など意識してないという感じですが。

 西村 行動するとき、新進党もハチの頭も意識したことはないです。尖閣には、日本国の国会議員として行きました。

 −−熱血漢は父親譲りですかな。昭和二十八年ですか、吉田茂首相を怒らせて「バカヤロー解散」に追い込んだ張本人はお父さんですからね。裏話を聞いていますか。

 西村 聞いていません。あの話題は、あまり好まなかったようです。おふくろから、おやじが鶴見祐輔のディズレーリ伝(原題『チスレリー』、講談社)をよく読んでいたという話は聞いています。事実、その本にはたくさん赤線が引かれているんです。そのなかに一年生議員のディズレーリが三百議席の保守党のピール首相を言論で倒すところがあるんですね。穀物条令の賛否の問題で。

 −−西村さんも、ズバッというところはディズレーリばりですよ。ご自分で父親似だと思うのはどこですか。

 西村 おやじは、「政治家は赤貧に甘んじねばならない」といっておりました。そういう中で育ちましたので、私はいまもお茶漬けとたくわんで十分なんですね。

 昨年十月の選挙の最中に、私の家の老朽化した風呂釜が壊れましてね。家内は釜を直したいというんですけれども、水回りの修理は非常に高くつきますわな。そやから家内のいう通り、「ほんならすぐ直せ」というのはいやですね。

 五か月以上、家族には銭湯に行かせました。私ももちろん銭湯です。そのうち家内が病気をしたりしまして、やはり必要だなと思いまして、この四月にやっと風呂に入れるようになったんです。こういう偏屈な部分が、家内からみれば父親と似ているかもしれませんね(笑い)。

 −−たぶん子供のころは、相当腕白だったでしょう。

 西村 腕白でした。

 −−けんかも。

 西村 やったほうですね。相手をどついたら、どれくらいのダメージを与えるのか、これ以上したらあかんとか、そのなかで覚えました。どつかれた本人よりも、どついた相手が悲しそうな、痛そうな、鼻血たらした姿を見たときに、どついたほうが痛いんですよ。その痛さを覚えてるんです(笑い)。

 だから、高校では一切しなかったですね。ただ、はたちのころ、ヤクザから言いかがかりをつけられて、いっぺんやったことあります。

 −−本物のヤクザですか。

 西村 はい。道歩いてたら、後ろからパッパッとクラクション鳴らすんで、よけたんですね。大きな外車が二台走ってきた。ヤクザがあわせて四人。中に女が三人ぐらい乗っている。

 「お前、大きい顔して道歩いてる」とか言い始めた。「よけたやないか」といったら、女が「そんなのほっときよ」てなこというたけど、ヤクザがエエかっこしてきた。四人で来てましたから。

 随分辛抱してましたけども、もうこいつらええ加減にせないかんとめちゃくちゃやった。大騒ぎになったから警察が来て、それでヤクザが逃げたと。僕だけが残って。鼻の骨が折れておったということがありました。

 −−京大生のときですか。

 西村 そうです。

 −−たった一人で立ち向かったのですか。

 西村 はい。ヤクザ四人のうち、一人が木刀を持っていました。

 −−カラテやってました?

 西村 いいえ。

 −−すごい度胸ですね。

 西村 おふくろから、「そんなことやったら、いつかけったいな殺され方するから勝手に死ね」とえらい怒られました(笑い)。


北にとってコメは兵器

 −−政治も度胸が必要なときがあります。立ち向かうべきときは、敢然と立ち向かうべきです。西村ファンは、代議士の勇気ある言動に共感を寄せているのでしょう。

 西村 これからはできるだけ先輩の議員の方々と、たとえば拉致された日本人をどう救出するか、領土と領海をいかにして守るか、歴史教育のあり方といったことで連携をとっていきたいと思っています。

 −−ご著書『誰か祖国を思わざる』の中に、「北朝鮮の兵器の性能を維持しているのは、日本から送られる部品である」という一文があります。私も、それはあり得ると思っていました。以前、読者から「相当数のハイテク技術者が週末、韓国に渡っているから調べたらよい」という手紙をもらったことがあります。北朝鮮だって、結構ヒトとモノの出入りは自由なんですよね。

 西村 民社党本部にいた仲間の荒木和博さん(元民社党全国青年部副部長)が、現代コリア研究所の部長となって朝鮮半島の問題について研究をすすめています。その荒木さんらといろんな情報交換をしている中で、私が得たことなんです。

 たとえば北朝鮮と日本の間を行き来している万景峰号が、昨年一年間に三十数回入港しているわけですね。十日にいっぺんは来ているわけです。それで在日朝鮮人の方が一万人ほど行き来してるんです。人間の運び屋と十日にいっぺん着く船、それによってかなりの物資が運ばれていることはたしかですわ。

 日本は、日本国籍を持つ七千人の北朝鮮在住者が帰ってくること自体を拒否されながら、一万人の往来を許しているんですね。

 −−おかしな話です。

 西村 一昨年、加藤絋一さんがコメ五十万トンを支援したとき、七十七隻の北朝鮮の船がそれを日本の港から運んだんです。それで大阪に着いた船からサリンの原料が発見されたんです。日本が、北朝鮮の兵器と経済を支えているんですよ。

 −−「ノドン」だって、日本の技術が入っているかもしれません。日本の情報機関は、しっかり北朝鮮情報を把握しているんでしょうか。支援米は、ちゃんと一般家庭に届いているかなども含めて。

 西村 北朝鮮から一万人行き来してますから、警察などで「コメの配給はあったか」と丹念に聞いたと、私はちょっと耳にはさんでいます。しかし、やはりコメの配給は皆無だったようです。

 −−そうすると、あのコメ五十万トンは一体、なんだったのでしょう。日本と北朝鮮の関係改善には全然つながらなかったし、むしろあのときは韓国の反発を買ったでしょう。「頭越し支援だ」と。

 西村 われわれにとってコメは食糧ですけど、北にとってコメは兵器なんですよ。腹がへっては、戦さができませんから。軍隊の三か月分の備蓄が少々心細うなってきた。だから支援をいうてるわけですよ。

 −−自民党幹部は人道的にコメ支援は必要だというけれど、これは人道的かつ政治的、外交的、軍事的問題だけに慎重を要しますね。

 西村 人道的にはだれも抗し難いことですけれども、それは食糧としてのコメをいっているわけです。

 しかし北にとってコメは確実に兵器である。戦さをするための兵器である。そういう認識がないから人道的ばかりいうわけです。

 北自身が非人道的な政権で自国民に対処してますからね。まず備蓄米を一か月分でも放出せないかんですよ。軍隊のを。そして軍事予算の一割でも二割でも削ることですな。

 −−北朝鮮の軍事予算は、GNPの二五%ですからね。

 西村 一、二割削れば、十二億ドルが浮き、コメは二百万トン以上も買えるわけですから。

 −−北はプロパガンダの天才ですね。日本の大新聞の記者を招いて、いかに人民が窮乏しているかのルポを書かせる。昔はいいところしか見せなかったのに、いまはわるいところを見せる。平壌入りした大新聞の記者が、金正日宮殿のルポでも書いたら脱帽しますけど、あれじゃ支援米分捕り作戦に協力する御用記者にさせられていますよ。

 それに、やせほそった子供の写真を撮らせているでしょう。私だって、ああいう写真を見ると、心底可哀想になります。

 西村 人道的にはええんですよ。確実に届けばええんですけど、それが届けへんというてるわけです。五十万トン届いてたんか?という話ですね。それ検証せえやと。

 いま国際電話がなかなか通じにくくなって、最近は向こうにいる国連の職員との連絡も取りにくくなってるという話です。

 −−北の食糧危機の現実がどの程度なのか。もっと情報がほしいですね。たとえば隠し畑(個人農)も結構多いそうですよ。

 西村 ええ。水害のときには、昔から水につからんかった田んぼは、向こうでは豊作なんですな。

 −−「何でも見てやろう」の小田実氏に、最新北朝鮮レポートを期待したいですね。皮肉じゃないんです。 在日韓国人の義父の死を描いた氏の短編「『アボジ』を踏む」が、第二十四回川端康成文学賞を受賞しましたでしょう。それを読むと、小田夫人の妹さんが北朝鮮にいらっしゃるんです。他人事じゃないわけですし、作家の目でとらえた北の現状を伝えてほしいですね。

 西村 千八百人の日本人妻のこともありますわ。日本に帰れない。自由に行き来できない。悲惨ですな。

 −−最初、許可したのはたった三人ですからね。橋本首相が骨っぽいところを見せて突っぱねていますが、あれは西村さんの言論の効果かもしれません。一人につき一万トンの食糧援助なんて話も聞こえてきますけど、そりゃないでしょう。

 西村 北には日本国籍を持つ人が七千人いるんです。苦労していると思います。

 学生時代、京都の百万遍の小さな飲み屋に通っていましてね。いまでもやってはるんですけど、その店のおばちゃんはアイちゃんというんです。「北へ帰んねん」と、よくいうてましたわ。僕ら学生を大事にしてくれて、友達付き合いになって、みんなで家に泊めてもろうて、キムチをもろうたりしてました。

 アイちゃんの家に金日成の写真が飾ってありました。僕ら、「アイちゃん、帰るなよ。ここでいけるんやから、おれや」というてね。妹さん二人は帰ったらしい。アイちゃん自身は残ったんです。運、不運の分かれ目ですよ。

 −−当時、北へ行った人たちは、「北は楽園」という文化人やジャーナリストの文章や話を信じて疑わなかったんですね。いまは人質のような存在でしょう。

 西村 送金、「カネ送れ」のルートなんです。向こうでは、円はものすごい通貨でしょう。五万円も送ってやったら、相当の期間、家族一同好きな生活ができる。北はカネさえあれば、なんでもできる社会になってしもたんですな。ただ、送金しても全額直接届くかどうかはわかりませんけどね。

 −−亡命した人の話では、北の収容所で日本語で泣き叫ぶ声を聞いたとか。相当の在日朝鮮人が被害者になっているかもしれません。

 西村 そうだと思います。


アメリカなら航空母艦を派遣

 −−北朝鮮に関しては暗い話ばかりですが、私はやはり日本人拉致事件に一番胸を締めつけられます。西村さんは、この問題に真っ正面から取り組まれています。横田めぐみさんの場合はいつごろからですか。

 西村 今年一月の成人式が終わったころです。現代コリア研究所の荒木さんから、横田めぐみさんの件をいかにすべきかと相談がありました。韓国に亡命した北朝鮮工作員が、十三歳の日本人少女の拉致を明らかにした。そして韓国政府から証言の裏付けを取るため、日本政府に照会をしている。こういう状態のなかで政治が関心を示さなければ、北朝鮮は彼女の存在を消してしまうかもしれない。反対にこっちが横田めぐみという実名を出して関心を示せば、むしろヒステリックに消してしまうかもしれない。

 いずれにしても危険がある。どちらの危険がより小さいか。どっちかに賭けねばならん。このまま黙っておったほうが危険が増大する。一挙に出したほうが、やはり危険を抑える作用は多い。こういう相談をしたんです。それが一月二十日ぐらい。まだ、予算委員会等々の質問の日が回ってきておりませんでしたから、早急に質問主意書という形で問題提起をしようと思い立ちまして、一月二十三日に質問主意書を提出したんです。

 −−この質問主意書に対して政府は二月に答弁していますが、「北朝鮮に拉致された疑いのある日本人の数は、これまでに六件、九人」と人数を出しました。数字だけですが、こういう公式見解を引き出したのは一つの成果ですね。

 このあと、荒木さんが本誌四月号に「これでは国民は守れない−−少女拉致事件と政府の弱腰」という論文を発表されました。

 西村 ええ。

 −−ご存じのように荒木さんは、西村さんの質問主意書と政府答弁を解説したあと、拉致事件の具体例を書いたのです。その中に、石川県志賀町の漁船員三人は現地で亡くなったとあるんです。

 四月号が発売されてまもなく、編集部に「息子(寺越武志さん)は北朝鮮で生きています。あまり騒がないで下さい」という電話がありました。金沢市に住む母親の寺越友枝さんからの電話で、肉親の方々にすれば、一度はそう思うのは当然ですね。現在はめぐみさんの父親、横田滋さんもメディアで訴えています。

 この間、NHKニュースに寺越友枝さんが出てきたのでビックリしました。やっとNHKも拉致事件の重大性に目覚めたかと思ったら、拉致には触れずに、死亡とした武志さんの戸籍復活の問題。あれがNHKの限界ですかな。

 西村 NHKというのは、けったいなとこですな。ほんとに権力におもねってるから。

 −−寺越武志さんらのケースは拉致かどうかわからないという見方がありますが、あれはどうみても拉致ですよね。

 西村 あれは確実に拉致ですわ。成功した拉致は証拠残りませんもの。失敗した拉致は証拠残りますけど。現実に向こうにおって、母親も会うてるわけですから。

 漁船が沈没寸前で漂流して、中の人が北朝鮮におるということは、何なんですか、これは。海難救助したら、国へ送り返してやるのが常識でしょう。救助したと称して、自分の国へ連れて帰るというのは拉致ですよ。

 −−十三歳のときの、横田めぐみさんの気持ちになって思うと、いたたまれませんよ。いきなり船に乗せられて。慰安婦の強制連行なんて話じゃないんですから。国家権力によって、荒々しく異国に運ばれた。

 国民の生命・自由・財産を守るために国家があるのに、その国家がめぐみさんらの安全の確認すらできない。

 拉致事件の解決などより、食糧支援によって三十八線決壊を防備したほうがはるかに重要だという論者がいたけれど、そういうリンクの仕方は相手を強気にさせるだけです。

 西村 私は質問主意書でも書きましたけれども、これを放置することによってわが国が国民を守るという民主主義国家としての正当性をみずから放棄することになると思う。この認識についてどう思うかということも質問主意書で聞いているわけですけど、木で鼻くくったように答えただけです。

 −−主権の侵害を、首をすくめて見守っているだけですからね。

 西村 アメリカなら主権を侵害されたら、すぐ航空母艦を派遣して圧力をかけると思いますよ。

 日本の場合、騒ぎの起こることは避けるという妙なパターンが定型化しているんじゃないですか。近隣諸国との交際においては。

 −−外交担当者の身になれば、そんなに簡単じゃありませんよ、ということなんでしょうけど。

 西村 まあしかし、これ、かなり前から日本の政府は知っておったと思いますね。

 −−拉致事件について。

 西村 はい。それは断言できるんじゃないですか。

 あれほど速やかに拉致するということは、日本国内にそれを可能にするしっかりした組織があるということですね。この組織の存在に日本政府はあまり関心を払わなかった。一部の情報機関は持っているんでしょうけれども、政治全体としてこれがいかに危険なものかということについての取り組みがなされていなかったと思いますわ。日本国内に何の支援組織もなくて、あそこまで速やかにせきませんわ。

 −−「洛東江」という日本人拉致組織があるそうですね。在日朝鮮人で構成され、韓国内で軍事クーデターを起こすことを目的に日本でつくられた組織とか。

 西村 「文藝春秋」に詳しく出ていましたね。

 −−組織にいた人の手記ですから、信憑性は高いと思います。問題は、日本の治安当局がどこまで詳細に把握しているのか、ですけど(「文藝春秋」一月号の張龍雲氏(元兵庫県灘商工会理事長)論文「北朝鮮 日本人拉致組織『洛東江』の二十年」参照)。

 西村 それはいいません、聞いても。しかし私の感じるところは、情報を取りに行って、反対に情報をやっているんじゃないかと思いますね。ここまで平穏に住み分けて、なれ親しんでいたら。


李朝時代の閔妃がやったこと

 −−朝鮮半島に対して、戦後、日本は一貫してハレモノ外交を展開してきました。それが治安当局にも影響しているんでしょう。まあ朝鮮半島とは、古来、難しい関係にありますけど。

 西村 朝鮮半島のことをもっと勉強せねばいかんと思うてるんですが、一般民衆の命を守ることを政権のいわゆるなりわいとして痛切に思った時期があまりないんじゃないですか。私は金正日を見ていますと、閔妃を思い出すんですわ。金日成・金正日親子がやったことは、国民を「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の三階級に分けて、最下層は人間以下だと。どんどん強制収容所に入れて死のうが生きようがほったらかしと。それで平然として政権が続いている。こういうことが古来、日本の歴史でありましたでしょうか。

 −−全体の半分が「敵対階層」ともいわれています。

 西村 上杉鷹山という方が江戸時代に出ますけれども、彼は「伝国の辞」というのを書いて、藩と藩主は人民のためにあると。フランス革命以前にこれほどの宣言をしてるわけですね。

 しかし、李朝時代の閔妃がやったことは、自分に反抗した村長がおる一村をすべて焼き尽くすとか、そういうことをやった。西太后的残虐さがあるわけですね。日本の有史以来、そういう政権があったかどうか。

 −−呉善花さんが『「日帝」だけでは歴史は語れない』(三交社)の中で、「韓国も北朝鮮もいまだに李朝の亡霊から自由になることができないでいる」と述べています。金日成も李承晩も李朝時代と全く同じやり方をしていると指摘しています。いまだって閔妃のように一族を肥やす政治をやっていますからね。

 西村 李朝について燦然たる統一王朝みたいなこというてますけど、李朝の残酷さ、李朝における国民の疲弊というものを韓国の方はよくわかっておるんですかな。

 −−さあ、どうでしょう。

 西村 あの混乱の極に達した状態のなかで、李朝的なものを排除して近代国家に生まれ変わった。その象徴として総督府の建物があったわけでしょう。

 ところが金泳三大統領は、総督府の建物を日帝の象徴としてつぶす。つぶすのは向こうの勝手ですけど、日本が負けた直後ならともかく、五十年使うてきて、いまになってから金泳三さんが自己の政権浮揚のために壊すと。ぴんときませんな。

 −−日本語系の言葉もなくそうとしています。もっとも徹底的に日本語系を消すと、日常会話ができなくなるんです(笑い)。

 西村 いやあ、厄介な国ですな。このままだと、もうじきまた日清戦争前やみたいな状況が起こると思うんですけどね。


サッチャー流でやったらいい

 −−お隣さんとは、どうお付き合いしたらよろしいでしょうか。

 西村 はっきりいうことです。はっきりかます。行動でも示す。韓国の方に対しては、そういう付き合いが一番わかりやすし、一番理解しやすいと思います。

 弁護士としての経験でも、そう思いました。日本人同士の和解交渉なら、「はい、わかりました」といったら、翌日になって振り出しに戻ることはまずありません。大の男が「はい」といったら、翌日に電話をかけてきて「いやだ」という人は少ない。〃和解三悪〃と裁判所でいわれているおばちゃんなどは、ごねるときがありますけど。

 韓国の方と和解するでしょう。和解点はここだと。「はい、わかりました」というでしょう。翌日、必ずこの和解点からまた譲歩を迫ってくるんです。

 −−和解点から交渉が始まるわけですね。

 西村 ええ。前言をひるがえすことに、何の躊躇もないんです。それが悪いというんじゃなくて、そういう文化なんですね。こっちは、自分の百パーセントの主張を六〇パーセントでとめるのが和解だと思っている。向こうは、百パーセントの主張を一五〇パーセント言い続けて、百パーセントで折り合うのが和解だと思っている。

 在日の方でもそういう傾向があります。韓国人あるいは在日同士が和解するときは、弁護士をはずしてパッと和解します。弁護士料を払うのがいやで。ある日本人の弁護士さんは、「こんな背信許せん。ワシは弁護料を請求する」と息まいていたのを覚えていますよ(笑い)。

 −−かますどころか、日本の首相は韓国大統領に「臣下の礼」をとっている(一月の日韓首脳会談で、橋本首相は右腕に左手をそえて金泳三大統領と握手。儒教では「臣下の礼」を意味する)。

 西村 サッチャー流でやったらいいんですよ。

 日韓併合どこが悪い。あのままほっといたら、あなた方どないなってたんや。日本は近代化をやったじゃないか。その前提としてなさねばならないのは、資本主義の前提たる土地所有権の確立だった。日本はそれによって十年の内乱を経験した。西南ノ役までのね。日本は韓国の近代化の基礎をつくるためにそれをやった。だから封建階級からいろいろな不平不満が出るのは当たり前だった。それを克服して初めて近代化の軌道に乗れたのだ。あなた方がある意味では悲劇で、ある意味では救われているのは、その不平不満をすべて日本の支配のせいだといえることだ。これがあなた方がいまだに精神的に脱却できない原因でもあるし、あなた方が責任を他に、つまり日本に転嫁しながら近代の果実だけをいま享受できる原因でもある。

 こうはっきりいうべきじゃないですか。それは日本人のみならず、フランス人およびその他の朝鮮半島研究者の論文にちゃんと出ているということですわ。

 −−北朝鮮の場合、拉致事件、日本人妻の里帰り問題のほかに覚醒剤密輸事件もあるわけですが、どれも日本政府は毅然とした態度で対処してほしいですね。

 西村 いつまでも北が強硬なら、日本から毎年北へ行って日本にまた帰ってくる一万人の再入国の許可を取り消したらええんです。万景峰号の入港も拒否するんですよ。北朝鮮の国家財政を助けてきたのは、日本からの送金ですから、これを止める。食糧支援も含めて日本はこのような強力なカードを持っているのですから、弱腰になることはない。

 日本人も同じように行き来させる。向こうはメンツ上、拉致したとはいわんですよ。したがって、北にいる日本人で、日本へ帰りたい人はみんなこっちへ帰す。その費用は日本政府がもつからと。それをせん限り行き来はさせんと。向こうがやってることと同じことをやったらええんです。


 【インタビューを終えて】西村眞悟代議士は主張し、行動する政治家である。これは政治家なら当たり前のことで、当節は主張も行動もしない政治家が多いから西村氏が目立つのである。スタンドプレイと揶揄する向きもあるが、それは泳げもしないくせにプールサイドで人の泳ぎをあれこれ批判する輩(やから)の負け惜しみといえよう。

 「寿司食べてですよ、エビの踊り食いを平気で食べてる人間がですよ。ムツゴロウが受けるとわかったら、ムツゴロウに飛びつくわけですよ」と西村氏はいったが、これこそスタンドプレイというものだ。

 日本および日本人は(あえて日本政府というより、こういいたい)、ムツゴロウよりも、異国で望郷の念にかられている同胞を救うために行動を起こすべきである。


《西村眞悟氏は昭和二十三年(一九四八年)七月七日、大阪府堺市で生まれた。父親の故・西村栄一氏は民社党第二代委員長。京都大学法学部卒。京大には八年間いた。神戸市役所職員を三年勤めて弁護士に。平成五年七月の衆院選で民社党から出馬し初当選。現在二期目。新進党「明日の内閣」の安全保障政策副大臣。「正しい歴史を伝える国会議員連盟」事務局長。著書に『亡国か再生か』(展転社)、『誰か祖国を思わざる』(クレスト社)がある。
 西村氏は五月六日午前八時三十分、日本の領土である尖閣諸島の魚釣島に上陸。小さな慰霊碑に靖国神社からいただいたお神酒(みき)をささげたあと、碑の横に日の丸を立てた》

転載元
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/1997/9708/interview.html

 次へ  前へ

戦争24掲示板へ



フォローアップ:



 

 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。