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石原莞爾の孫文講演に関する一文 ― 自称大アジア主義者すら覇道の犬たる行為を反省せず、ついに今日の結果を招いた ―
http://www.asyura2.com/2us0310/dispute14/msg/121.html
投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 09 日 15:47:06:Mo7ApAlflbQ6s

(回答先: 孫文の大アジア主義(1925.12.28) ― 日本は、 西洋覇道の鷹犬となるのか東洋王道の干城となるのか ― 投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 06 日 19:02:31)


石原莞爾氏に対する評価はここでは避けるが、今日たまたま読んでいた『石原莞爾選集7 新日本の建設』のなかに孫文の神戸講演に関する一文があったので紹介する。

『石原莞爾選集7 新日本の建設』(たまいらぼ刊)の戦後論述集のなかの「新日本の建設」に含まれている。

(石原莞爾氏の著述のなかでは「最終戦争論」が有名だが、私は、都市解体論を中心とした戦中・戦後の諸論述のほうを高く評価する)

P.208

『大正十三年十一月ニ十八日、即ち、孫文死去の数ヶ月前に、彼が日本人側の要望に動かされて行った大亜細亜主義の講演は、支那事変解決の困難となるにつれて日本人によって頗に利用ないし悪用された。この講演で孫文は日本がアジアの各国に先んじて不平等条約を撤廃し、次いでロシアを打破ってアジア人に光明を与えたことを賛美した後、仁義道徳こそが我が大亜細亜主義の基礎である点を強調、
「日本民族は既に一面欧米の覇道の文化を取入れると共に、他面アジアの王道文化の本質をも持っているのであります。今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の犬となるか或は東洋王道の干城となるか、それは日本国民の慎重に考慮すべきことであります」
と結び、日本の大陸政策に対しひそかに厳重な抗議を提出したのであった。日本人はこの忠言に耳を藉さなかったのみか、支那事変勃発後も、自称大亜細亜主義者すら覇道の犬たる行為を反省せず、ついに今日の結果を招いたのである。』


※ 石原莞爾氏は、支那事変勃発当時、参謀本部作戦部長の要職にあった。陸軍省及び参謀本部の多数派、メディア(国民多数)がこぞって、「支那(国民党政権=南京政府)を撃つべし」と主張したなかで、支那における帝国主義的放棄と支那からの全面撤兵を解決策とし、日本は日満一体となった高度国防国家の建設に専心すべきと主張した。

しかし、石原氏自身が、在支那駐留軍の防御及び居留民の保護という課題のなかで増派を断行することになる。そして、支那事変勃発後3ヶ月に、支那事変解決をめぐる対立のなかで追い出されるように参謀本部を去っていった。


石原莞爾氏が参謀次長ではないが参謀本部作戦部長という要職にあっても支那事変を解決することができなったのだから、日本の敗戦は必然だったのかもしれないと思われる。


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