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[政治・選挙・NHK299] 皇位継承安定へ「旧宮家養子案」…中道容認報道に枝野幸男元代表ら立憲出身者が激オコ猛反発の波紋(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
49. 久しぶりね〜[1] i3aCtYLUguiCy4Fg 2026年5月12日 22:41:48 : gSdwnE1JCQ : U3hXUVBaVVNTRjY=[1]
<△25行くらい>
>>46

オッ、なんとか上級か、久しぶりだな!

さて、以下は、雑誌『終末から』1974年8月号p.87『天皇史の一面』益田勝実よりの抜粋である(当時、増田は法政大学教授であった)70年代には、この様な事が言えた時代だった!:


『天皇様をお作り申したのは我々だとは、明治以降に生まれた長州の老人たちによく聞かされたことだったが、近代天皇制以前には、京都に天皇家はあったが、天皇の国家は無かった。 尊皇派が考えていた天皇の国家の考えは思想として獲得されたもので、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなかった。 彼らが求めている天皇と現実の天皇と、いくらか融和出来るうちは良いとして、その矛盾が激化すると、......... 激化すると、天皇を取り換えてしまう他なくなる。 ...... 


戦後、ある日、総理大臣吉田茂が、突如昔の様に天皇に対して臣茂と言いはじめ、人々を驚かしたが、昭和のはじめ、わたしの子供の頃には、昼間の銭湯には、伊藤博文がはじめて臣博文とやらかした時の事を、覚えている老人達が集まっていた。 禁裡様から天子様、天皇陛下へ移り変わった事を彼らはしっていて、天皇ファンが多かったが、大した出世をしたものよ、と感心されてもいた。一代の成り上がり者明治天皇を偉いとほめ、息子の大正天皇の精神異常のエピソードをさまざまに公言する老人たちの寄合は、数年後には、もう銭湯からも姿を消した。』


Wikipedia: 『益田 勝実 ますだ かつみ, 1923 - 2010 は、国文学者。古代文学専攻。元・法政大学文学部教授。山口県下関市出身。東京大学文学部卒業、同大学大学院修士課程修了、法政大学に勤務、1967年に教授。1989年(平成元年)3月退職。


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