https://dot.asahi.com/articles/-/281833
「日本は9条のおかげで、戦争に巻き込まれずに済んだ」
あのトランプ大統領ですら、引き下がらざるを得なかった「憲法9条の力」。
記事で取り上げる・・・。
「・・・その事実を目の当たりにしたことは、私たちにとって大きかったと思います。・・・」
と。
このことは、多くの国民に共通した思いではないか。
そんな憲法9条を政府・自民党は「9条への自衛隊明記」を口実に、憲法9条の形骸化を画策する。
高市首相は自民党の党大会で(平和憲法の壊憲の)「時は来た」と声を張り上げた。
「気をつけよう、甘い言葉と戦争への道」
われらは騙されてはいけない。
記事が長いので、今回は、先に私の主張を書くことにする。
メディアが「9条への自衛隊明記」と表現するのは、政府・自民党の狡猾なプロパガンダに手を貸すに等しいことであり、即刻改めるべきだ。
むしろ、メディアは、これは国民を欺く「欺瞞だ」と、国民に広く知らしめる責任があるのではないか。
自民党の自衛隊明記案の骨子は、
・9条の規定は、必要な自衛の措置をとることを妨げない
・そのための実力組織として、自衛隊を保持する
というものだ。
「9条の規定は、必要な自衛の措置をとることを妨げない」
この文言が憲法に上書きされてしまえば、「自衛」との印籠を示せば、憲法9条は存在しないことになる。・・・(ここは重要。)
自民党の「自衛隊明記」も、維新の「9条2項削除」も、いずれも「憲法9条を形骸化する企て」であり、その点において全く違いはない。
事の重大さが分かろうというものだ。
ここで「・・・必要な自衛の措置をとること・・・」については、吉田茂首相の当時の答弁を一読することは参考になる。
【昭和21年6月26日衆議院本会議における吉田茂首相の答弁より引用】
「次に自衛権に付ての御尋ねであります、戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第九条第二項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も抛棄したものであります、従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われたのであります、満洲事変然り、大東亜戦争亦然りであります、今日我が国に対する疑惑は、日本は好戦国である、何時再軍備をなして復讐戦をして世界の平和を脅かさないとも分らないと云うことが、日本に対する大なる疑惑であり、又誤解であります、先ず此の誤解を正すことが今日我々としてなすべき第一のことであると思うのであります、又此の疑惑は誤解であるとは申しながら、全然根底のない疑惑とも言われない節が、既往の歴史を考えて見ますると、多々あるのであります、故に我が国に於ては如何なる名義を以てしても交戦権は先ず第一自ら進んで抛棄する、抛棄することに依って全世界の平和の確立の基礎を成す、全世界の平和愛好国の先頭に立って、世界の平和確立に貢献する決意を先ず此の憲法に於て表明したいと思うのであります(拍手)」
(※出典:衆議院本会議 昭和21年6月26日(第6号)|衆議院憲法審査会
そして、そこに出てくる憲法9条2項の「交戦権」。
憲法9条が認めないとした「国の交戦権」は以下のように解釈されている。
政府解釈は,「・・・1958(昭和33)年以来,「交戦権」とは,戦いを交える権利という意味ではなく,交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって,相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領,そこにおける占領行政,中立国船舶の臨検,適性船舶のだ捕等を行うことを含むものであり,このような意味の交戦権が否認されていると解している。……なお,国際法上も,交戦権は,通常,右に述べたような意味に解されている」という趣旨で,こんにちまで一貫している。・・・」
すなわち、戦時国際法上は侵略する側も自衛を主張する側も、ともに交戦国として扱われる。
したがって、日本が「国の交戦権はこれを認めない」と憲法に記したということは、「自衛」を口実にしても、「・・・相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領,そこにおける占領行政,中立国船舶の臨検,適性船舶のだ捕等を行うことを含むもの・・・」を認めないということになる。
日本国憲法は、自然権思想に基づいて組み立てられている。
すなわち国の自衛権は自然権としてどの国も有していることを前提にしている。
憲法に自衛権を明文していないのは当然なのだ。
そのうえで憲法9条が記されたということは、自衛権の行使をする場合においても「憲法9条」は守らねばならないと、普遍的に書かれていることになる。
「9条の規定は、必要な自衛の措置をとることを妨げない」
との加筆がどれほど馬鹿げた無知の産物か分かろうというものだ。
これまで、何故、「軍隊」は憲法に違反するが、「自衛隊」は憲法に違反しないとされてきたのか。
日本国憲法・・・、
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
陸海空軍という言葉は、軍事力の量的評価ではなく、軍事力の質的評価から出ていると考えなければならない。
従って「その他の戦力」も「陸海空軍」と同様、「陸海空軍」の言葉では言い漏れる類の質的評価から出てくる戦争遂行のための「戦力」を指していると考えるのが妥当だ。
結論を言えば、
憲法9条2項が禁じている軍事力、・・・「陸海空軍その他の戦力」とは、国外で、あるいは国外に向かって行使する「軍事力」と解するべきなのだ。
いわゆる軍隊の活動範囲は海外に及ぶ。
国際社会の常識では、「軍事力」を海外で行使することは、すなわち「戦争」と言う。
日本の自衛隊の保有する「軍事力」は、日本国内でのみ行使されることが担保されて初めて憲法9条が禁じていない「自衛のための戦力」と云うことができる。
その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る「必要最小限度のもの」という解釈の仕方は、権力を縛るための憲法の解釈としてあり得ない。
憲法9条で禁じているのは、戦争であり、自衛のためとして保有した「軍事力」を「日本国外で行使すること」だ、と理解出来よう。
すなわち、自衛隊がその軍事力を海外で行使することは憲法違反となる。
言い方を変えれば、
日本国憲法9条では、「(海外で行使する)戦力の不保持」を謳っている。
ここで問題が一つ明らかになる。
「安保法」は、
集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」や、地理的制限なく米軍の後方支援を可能とする「重要影響事態」、他国軍の後方支援を随時可能とする「国際平和共同対処事態」などを創設し、自衛隊の活動範囲は世界規模に広がっている。
即ち、「自衛隊の持つ軍事力を、自衛隊が海外で行使する」という法令だ。
明らかに憲法9条に違反する。
憲法9条は、自衛を口実にしても「海外で軍事力を行使してはならない」という規定だ。
記事の戻ろう。
「時は来た」
『日本が戦争できる国になる』と恐れる日が本当に来るとは・・・」
記事が拾った声。
多くの国民が実感している、「恐怖」そして「危機感」ではないか。
記事は、忙しい方には少し長いかも。
暇な人には、ちょうど良い。
隙間時間で・・・是非一読あれ。
以下にに記事の全文を転載する。
改憲論議が加速するなか、憲法9条や緊急事態条項をめぐり議論が熱を帯びている。国会前には多くの市民が集い、声を上げた。安全保障と民主主義のあり方が問われるいま、私たちは何を選ぶのか。揺れる現場から、その現在地を見つめる。AERA 2026年5月4日-5月11日合併号より。
* * *
4月19日。東京・国会議事堂前や全国各地で憲法改正などに反対するデモが行われ、国会前には約3万6千人(主催者発表)が参加した。
「憲法が、希望。」と書かれたプラカードを手にした神奈川県の会社員の女性(30代)がいた。自衛隊の戦地派遣への危惧を抱いているという。
「高市さんには、『平和のために、改憲ではなく、ちゃんと外交してください』と言いたいです」
デモ参加は10年ぶりだという東京都の会社員の男性(60)は、「矢も盾もたまらず来ました」と言う。
「『日本が戦争できる国になる』と恐れる日が本当に来るとは。いまこそ連帯せねばと思います」
多くの人がデモにつめかけた理由の一つが、改憲に向けて前のめりの政治に対する、強い危機感だ。
高市早苗首相(自民党総裁)は4月12日の党大会で「時は来た」と改憲への意欲を語った。
重視するのは「9条への自衛隊明記」と、大災害時などの国会機能維持や政府の権限強化を定める「緊急事態条項」の新設だ。衆参両院では憲法審査会も始まり、先の衆院選大勝で衆院の同会会長ポストを得た自民党は改憲論議の加速をめざす。
「とても怖いと思っています」
こう話すのは、小説家の中島京子さん(62)。「国政選挙ができない場合に国会の機能を保つため議員任期を延長できる条項」や、「内閣が法律ではなく緊急政令で国民保護に対応できる条項」を設けようという緊急事態条項については、「絶対に通してはいけない」と感じている。
■連立を組む維新の「提言」自民18年素案より「危ない」
「高市政権は十分な審議時間を確保しないなど、国会軽視の姿勢が顕著ですよね。そんなことを平気でやる人たちが緊急事態条項を手にすれば国会が機能しなくなり、独裁のようなことも起こりうるのでは」
改憲を成し得たら、党の歴史に残る政治家になれる。それも高市首相が前のめりの理由かなとも思う。
「でも、参議院で連立与党は改憲発議に必要な3分の2の議席を持っていないし、改憲自体が国民にとって優先事項でもない。『まだぜんぜん、時は来てない』と言いたいですね」
中島さんは、「9条の存在」がこれまでと違った説得力を持ちつつあると感じている。きっかけはイランとイスラエル、米国の戦争だ。同盟国に艦船派遣などの協力を求めるトランプ大統領に、日本は「法律の範囲内でできることとできないことがある」と説明、理解を求めた。
「つまり日本は9条のおかげで、戦争に巻き込まれずに済んだ。その事実を目の当たりにしたことは、私たちにとって大きかったと思います。いま改憲に反対するデモには若い人たちの参加が多いと聞きます。生きてきて初めて『憲法が大事』『これ守んないとやばい』と感じた人も多いのでは。パワフルな力が憲法にはあるし、そんな大事な“武器”を日本が自ら投げ捨ててしまうならば、本当に愚かしいことだと思います」
高市政権は憲法9条をどう変えようとしているのか。憲法学が専門の室蘭工業大学大学院教授、清末愛砂さん(54)が着目するのは、連立を組む日本維新の会の動きだ。
もともと憲法改正は自民党の党是。先の衆院選の公約にも盛り込まれた。(1)9条に自衛隊を明記(9条の2を新設、自衛の措置のため自衛隊を保持)(2)緊急事態条項の新設(3)参院選の合区解消(4)教育の充実、の4項目。これは自民党が2018年に打ち出した改正素案と同じものだ。
「一方で、自民党と日本維新の会が昨年10月に締結した連立政権合意書では、対象は9条と緊急事態条項の二つ。注目すべきは合意書のめざす9条改正が、維新の提言『21世紀の国防構想と憲法改正』(昨年9月)をふまえている点です。これは自民党で言えば18年素案ではなく、12年発表の『日本国憲法改正草案』に似ている。本来なら12年草案で9条を変えたい自民党に合わせる形で、維新は提言を出してきたのでは。私はそう見ています」
そしてその方向で改憲が進めば、18年素案による改憲よりも「さらに危ない」と清末さんは指摘する。
「維新は『戦力不保持』を規定する9条2項を削除、集団的自衛権の全面行使を可能とする『積極防衛』への転換を目指し、国防軍保持などを掲げています。他国に軍事侵略する道を開くことになりかねません」
懸念は他にもある。「自衛の措置(自衛権)」という発想自体に危険が伴うのだと、清末さんは言う。
「基本的には戦争は『自衛の名のもとに』起きます。国連人権理事会の国際独立調査委員会がジェノサイドと認定したイスラエルのガザ攻撃も、イスラエル的には『自衛』。自衛はもっともらしく聞こえますが、計り知れない破壊力も持ちます」
「護憲」を訴える政党、選挙で支持を伸ばせてない
そもそも自衛隊明記には、「行政権は、内閣に属する」と定めた憲法65条からも問題があると言う。
「自衛隊が行政組織で唯一、憲法に書きこまれると、『自衛隊は他の行政組織に比べて特別なもの』というメッセージを発してしまう。立憲主義の観点では公権力がその力を乱用しないために憲法はある。しかし特別視される行政組織が入ることで監視機能が落ち、軍事的な要素が高まってしまう恐れがあります」
さらには、「後法は前法に優先する」という法の原則も影響してくる。
「もし、維新案や自民の12年草案のように9条2項(戦力不保持)を削除して別のものに変えたら、後からできた2項が強くなり、前からある1項(戦争放棄)の部分が弱くなってしまう。そんな懸念もあります」
清末さんは緊急事態条項も「必要ないし、作るべきではない」と話す。
「災害なら災害関係の法律を拡充すればいいし、災害で選挙ができないなら公職選挙法によって繰り延べ投票すればいい。また『災害』には自然災害以外に『武力攻撃災害』も含まれます。そんな状況で(内閣の)政令レベルで自衛隊を動かせることに、歯止めの点で問題はないか。そこもよく考えることが必要です」
同じく9条改憲は「必要ない」と話すのは、政治学者で高千穂大学教授の五野井郁夫さん(47)だ。
「自民党は先の衆院選での大勝を白紙委任ととらえ、本来慎重であるべき憲法改正を政権のアイデンティティーとして急進させようとしている。ただ、改憲自体が目的化してしまい、『改憲した後に、どうしたいか』のビジョンが薄いと感じます」
9条に自衛隊を明記しても、この先ドローンなどで戦争の形態が変わり、あるいは戦争が放棄され自衛隊自体が時代遅れになる可能性もあると指摘する。
「『現実に合わせて憲法も変わるべき』と言いますが、現在、憲法25条『健康で文化的な最低限度の生活』を送れていない人がこの国には多くいます。この現実に合わせて生存権を削るのでしょうか。近視眼的な視点で憲法を変えたり足したりする必要はないでしょう」
ビジョンもなく、近視眼的な改憲政党。一方でこのところ「護憲」を訴える政党は選挙で支持を伸ばせていない。五野井さんは「護憲をただただ念仏のように唱えるだけでは、考えを広めるのは難しい」と話す。
「今回のホルムズ海峡での戦争でも、憲法9条があったから自衛隊員の命を差し出さずに済んだのだといった『リアリズムに基づく護憲』を打ち出していく政党であること。そこが大事になってくると思います」
では、私たちはどうしたらいいか。五野井さんは、「改憲されることを見越した態度も必要だ」と言う。
「イランでの戦争勃発がなければ、すんなり改憲されていたかもしれません。私は先の衆院選で改憲勢力が多数を握った段階で──もちろん護憲派として抵抗はしますが──改憲される可能性はまだ非常に高いという想定のもと、『もし改憲されたらその後どうするか』という巻き返し策も市民や学者、野党政治家の皆さんと共有し始めたところでした」
デモがイランの敵意を外し、平和を確保する手段に
改憲され得ることを前提に、つまり「米国の戦争」からの防波堤になっていた憲法9条が外れる事態も念頭に、そこから押し返していく。
「いつ改憲の発議がなされてもおかしくないと気を引き締め、これまでとは違うやり方で護憲の機運を高めていく必要があります」
その一つの形として、もちろんデモへの参加もあるだろう。
「日本は米国の同盟国で、国内の米軍基地からホルムズ海峡へ艦艇が派兵されている。イランの攻撃ターゲットとして認定される可能性はあった。しかし、イランはそうはしなかった。実はイランと日本政府との直接的なやりとりがまだ定かではない段階で、駐日イラン大使館のXには日本でのデモや抗議活動に対して感謝の意を述べる投稿が数回ありました」
つまり、デモ自体がある種の安全保障的なもの、リアリスティックな平和を日本に確保する手段として機能していたことが、そこで証明できるのでは、そう五野井さんは言う。
「すごく大きい成果を発揮したと思います。政治家たちが交渉に手をこまねいていた時期に、人々が路上で声を上げたことで、米国の同盟国日本に対するイランの敵意を外すことに貢献できた。これのどこが『お花畑』なのでしょう。現実的にデモが市民外交的な、安全保障的な機能を今回果たしたことは否定できない現実です」
4月19日の国会前デモ。「9」を象った風船を手に一人で参加している20代の女性がいた。戦争しないことを定めた憲法を変えることで、国際社会の信用も失うのではないか。静かにそう話してくれた。
「いま行動しないと、後悔しそうな気がして。だから来ました」
ただ一人、凜と立ち、シュプレヒコールに右手を突き上げていた。
(編集部・小長光哲郎)
※AERA 2026年5月4日-5月11日合併号
記事の転載はここまで。
自民党のいう「9条への自衛隊明記」。
「・・・自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も抛棄したものであります・・・」
との、吉田茂首相の答弁を全く理解していない。
憲法9条は、自衛を口実にしても「海外で軍事力を行使してはならない」という規定だ。
http://www.asyura2.com/26/senkyo299/msg/551.html

※2026年4月30日 日刊ゲンダイ1面 紙面クリック拡大

※紙面抜粋

※2026年4月30日 日刊ゲンダイ2面
・
植田総裁は羽交い締め サナエ&さつきの日銀包囲網が円を紙屑にする
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/387143
2026/04/30 日刊ゲンダイ ※後段文字お越し

サナエの圧力(左)、さつきのドーカツ(右)、日銀・植田和男総裁(中央)は羽交い絞め…(C)日刊ゲンダイ
赤沢大臣の発言に公然とドーカツをかけた2人。
政権発足時からまるで日銀は子会社と言わんばかり。
中央銀行が独立性を失えば、通貨そのものの価値が揺らいでいく。
ロクでもない成長戦略、バカげたインフレ政策は亡国の道。
◇ ◇ ◇
ゴールデンウイーク最初の祝日だった29日、空の便は出国のピークを迎えたが、歴史的な円安は海外旅行にも重くのしかかる。
28日の東京外国為替市場の円相場は午後5時に1ドル=159円半ばで大方の取引を終えた。その後もニューヨーク外国為替市場では1ドル=160円の水準まで円安が進行。日銀が28日の金融政策決定会合で予想されていた利上げを見送った影響だ。
日銀は現在0.75%程度とする政策金利の据え置きを決めたが、利上げ見送りは、これで今年1月から3会合連続だ。
日銀は前回の3月会合後に、ガソリンや電気・ガス代などの負担緩和策や教育無償化など各種の制度変更に起因する「特殊要因」を除いた消費者物価指数の試算を公表することにしたり、「需給ギャップと潜在成長率」の推計方法を見直すなど、新しい指標やデータを立て続けに発表。これらは利上げに向けた布石とみられ、4月の利上げは既定路線とみられていた。
金融市場は0.15〜0.25%の利上げを想定して動いていたのだが、今回の利上げ見送りで円が売られる展開になった。
決定会合後の会見で、日銀の植田総裁は利上げ見送りの理由として、中東情勢の不確実性を挙げた。一般的に、利上げにはインフレ抑制効果があるが、同時に景気を冷やす可能性も指摘される。そのため、原油高が日本経済に与える悪影響の見極めに時間をかける必要があるという理屈だが、実態は違う。政治の圧力に屈したのだ。
政府に忖度して利上げできない
「日銀が利上げの準備をしていたのは間違いない。外堀を埋めるように、そのための情報発信もしてきました。しかし、景気を冷やしたくない高市政権は、利上げはして欲しくない。日銀が今回の政策決定会合の前に、政府側に利上げの意思を伝えたところ、拒否されたと聞きます。そうは言えないから、中東情勢を理由にしたのでしょう。中央銀行が政府に忖度して利上げできないなんて情けない話ですが、今回できなかったのだから、しばらく利上げはないとマーケットは考える。それで為替は円安に振れる。その結果、ますますインフレが加速します。それで税収が増える政府はいいかもしれませんが、国民はたまったものではありません」(経済評論家の斎藤満氏)
政策決定会合と同時に発表された日銀の展望リポートでは、2026年度の消費者物価上昇率の予測は前回1月の1.9%から2.8%に大幅修正された。利上げは待ったなしの状況で、少しでも円高に誘導して輸入コストを下げる必要がある。
「決定会合では、政策委員9人のうち3人が政策金利据え置きに反対したのですが、高市政権が送り込んだリフレ派の委員に抑え込まれてしまいました。城内経済財政担当相が会合に出席したのも、利上げを牽制する狙いがあったのかもしれません。高市政権の成長戦略が財政拡張路線である以上、日銀は利上げで物価引き下げに向けてバランスを取る必要があるのに、政府の言いなりで後手に回ってしまえば、“物価の番人”としての機能を果たせません」(斎藤満氏=前出)
かつて安倍元首相が「日銀は政府の子会社」と発言して物議を醸したが、高市首相も同様の考え方を持っている。昨年10月の政権発足直後の記者会見で、「財政政策も金融政策の方針も政府が決める」と豪語し、日銀の金融政策に対する政府の関与を明言していた。
物価高の元凶・黒田前総裁も「利上げすべし」に転じた

カブトムシと呼ばれて(C)日刊ゲンダイ
「アベノミクス以降、日銀の独立性は完全に失われ、政治介入が常態化している。その異常性が認識されなくなっていること自体が異様です。政治家の発言による政治介入だけでなく、審議委員人事もリフレ派で固めるなど露骨なことをする。こんな状況下では、恐らく、今後も日銀の金融政策は後手に回り、ガソリンの補助金切れと物価高騰が重なる6月以降、大混乱の中で利上げを強いられる可能性が高いと思う。我々はこの政治的圧力によって、通貨の信認が失われ、破滅的なシナリオにつながるリスクを直視しなければなりません」(慶大名誉教授の金子勝氏=財政学)
笑ってしまうのが、アベノミクスのエンジンとしてせっせと異次元緩和に励み、出口のない円安基調と物価高の副作用を置き土産にした日銀の黒田前総裁までが「政策金利を今年と来年で0.25%ずつ3〜4回上げて、1.5%程度まで利上げすべし」とか言い出していることだ。オマエが言うか! と思ってしまうが、誰が見ても今は利上げのタイミングということなのだろう。
赤沢経産相も、12日のNHK番組に出演した際、中東情勢の不安定化による原油高騰と物価高対策について、利上げも「ひとつの選択肢としてあり得る」と話していた。
だが、この赤沢発言も、高市と片山財務相から締め上げられたようだ。放送翌日の13日、経済財政諮問会議で顔を合わせた赤沢に対し、高市と片山が「控えてほしいと注意した」と、片山自身が14日の閣議後会見で明かした。利上げに言及するなと、半ば公然とドーカツしたのだ。
支持率のための円の信認を犠牲に
赤沢は、日米首脳会談前にも国会で「私に恥をかかせるな」と凄まれていたが、高市からは「カブトムシ」と呼ばれているという。高市が「本人がいないところではカブトムシと呼んでいる」と話していることを知った赤沢が困惑し、「どういう意味ですかね」とメッセージを送ったら、「顔に決まってるやろ」という返事があったと赤沢本人がSNSに書いていた。
日米関税交渉で汗をかき、高市から「これからは“大カブトムシ”だ」と評価されたというが、利上げ発言で高市に恥をかかせ、ただのカブトムシに戻ってしまったかもしれない。
「高市氏や片山氏らの政治家が日銀の金融政策に介入し、利上げを遅らせようとする動きは、短期的な政権の自己都合、つまり、景気を冷やしたくない、高い支持率を維持したいという手前勝手な目先の都合を優先するあまり、通貨価値の担保である『中央銀行の独立性』という原則を根本から揺るがしています。金本位制が崩壊したあと、なぜ、紙切れの紙幣に価値があるかというと中央銀行の信用がその価値を担保しているからです。だから、政府による中央銀行への独立性侵害は、紙幣の信認、すなわち現在の経済体制の根幹を破壊する行為になるのです」(金子勝氏=前出)
通貨そのものの価値をおとしめる経済政策なんて、破綻しているとしか言いようがないが、経済オンチで金融知識もおぼつかない高市政権に羽交い締めにされているようでは、日銀も役立たず。
この政権に任せていたら、国民生活は貧しくなる一方だ。武器輸出を成長戦略の柱にしようというのもロクでもない発想だし、バカげたインフレ容認策を続けていたら、物価高対策も何もあったものではない。円を紙屑にする日銀包囲網は亡国の道というほかない。
http://www.asyura2.com/26/senkyo299/msg/552.html
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202605030000331.html
問題の「過激ロゴ」は上記URLの記事で見ることができる。
これが自衛隊の隠された「心理」だと思うとゾッとする。
まさに『殺意丸出し』だ。
自衛隊員は知らないようだ。
日本の法律では、自衛隊員と云えども、人を殺せば「殺人罪」に問われることを。
日本は憲法9条で「国の交戦権はこれを認めない」と規定している。
そして、
憲法9条が認めないとした「国の交戦権」は以下のように解釈されている。
政府解釈は,「・・・1958(昭和33)年以来,「交戦権」とは,戦いを交える権利という意味ではなく,交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって,相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領,そこにおける占領行政,中立国船舶の臨検,適性船舶のだ捕等を行うことを含むものであり,このような意味の交戦権が否認されていると解している。……なお,国際法上も,交戦権は,通常,右に述べたような意味に解されている」という趣旨で,こんにちまで一貫している。・・・」
戦時国際法上は侵略する側も自衛を主張する側も、ともに交戦国として扱われる。
したがって、日本が「国の交戦権はこれを認めない」と憲法に記したということは、「自衛」を口実にしても、国際法の適用を放棄している以上「・・・相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領,そこにおける占領行政,中立国船舶の臨検,適性船舶のだ捕等を行うことを含むもの・・・」を認めないということになる。
そして、日本の法律は、
刑法第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
すなわち、日本には、自衛隊員と云えども「殺人」が免責される法的根拠はない。
間違っても、トマホークの発射ボタンを押すことはやらない方がいいぞ。
そのこと、他国の兵士のみならず民間人をも殺傷する「無差別大量殺人事件」であり、その実行犯として、公開された「裁判員裁判」で審理され、刑法199条に従って、死刑が宣告され、人知れず絞首刑に処せられることになる。
しかし、無知とは恐ろしい。
このことは、恐らく、意識的に自衛隊員には伏せられているのだろう。
その結果の「過激ロゴ」。
ひとり「陸上自衛隊第1師団第1普通科連隊」の問題に非ず。
以下に記事の全文を転載する。
陸上自衛隊第1師団第1普通科連隊が2日、先月末に発表していた「4中隊」の新ロゴについて「使用を中止する」と発表した。
このロゴをめぐっては「ドクロ」の絵が入ったデザインが一部で「過激」などと報じられるなど、さまざまな論議を呼んでいた。
同連隊は同日、文書を発表。「4月29日(水)に投稿した4中隊のロゴに関して、この度、国民の皆様から様々なご意見をいただきました。部隊のロゴについては、隊員の士気向上や帰属意識の高揚目的で作成しておりますが、国民の皆さまに、より適切に部隊をご理解いただき、親しみをもっていただくといった観点も重視すべきであり、こうした点を総合的に考慮した結果、当該ロゴの使用を中止することとしました」と報告し、「今後とも、防衛省・自衛隊の活動について、国民の皆様の御理解をいただけるように努めてまいります」とした。この文書は公式Xなどに掲載された。
同連隊は先月29日、Xで4中隊の新ロゴについて「新しくなりました!」と発表し、画像をアップした。ゾウのような顔の軍服を着た兵士が銃を両手で持ち、胸には頭蓋骨(ドクロ)の絵がデザインされ、、そのドクロにからむように太い鎖が上半身にまかれるなどしていた。
このドクロのデザインなどに対し、X上などでは批判的声を含むさまざまな声が寄せられていた。また一部メディアも「『殺意丸出し』と批判が殺到」などと報じていた。
Xのプロフィール欄によると、第1普通科連隊は「日本の政治・経済の中枢である首都・東京都23区の防衛・警備等の重要な任務に加え、各種国家的行事や民生支援等を遂行する唯一無二の連隊です」としている。
記事の転載はここまで。
私たちには、決して忘れてはならないことがある。
それは・・・、
自衛隊員は、人を殺傷するための武器を所有し、日ごろから、人を効率よく殺傷する訓練を受けている集団だということだ。
この事案は、そんな実力集団に、丸腰の国民に対する「歪んだ驕り」が生じことの、ほんの一例に過ぎないのではないか。
これを厳しく律することなく放置すれば、その銃口はいつの日か国民に向けられ、火を噴くことになる。
そのことは長い人類の歴史の中で何度も繰り返されてきた愚行だ。
事実、その自衛隊はすでに箍が外れてしまっていることを示す事象を何度も繰り返している。
政府はシビリアンコントロールの重要性の自覚すらない。
陸上自衛隊第1師団第1普通科連隊のドクロ入り新「過激ロゴ」は、明らかに主権者国民に対する「脅し」だろう。
その銃口の照準の先には国民がいる。
胸に飾られた「どくろ」は、殺した国民の数を示すものでなければ、何だ。
自衛隊とはこのような発想をする集団だという証だ。
このような発想をする集団は、即刻「武装解除」しなければ、国民は安心して寝ていられない。
日本の主権者の一人として、責任者、関係者の厳罰と排除を求む。
そのことなしで、防衛省・自衛隊の活動について、理解などできるはずもなし。
http://www.asyura2.com/26/senkyo299/msg/553.html
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