フランク・エドワーズの円盤研究

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投稿者 SP' 日時 2000 年 10 月 09 日 16:40:33:

以下『四次元の謎』(1956, 1962 by Frank Edwards、矢野徹訳、角川書店)より抜粋。

   空飛ぶ円盤と空軍の報道管制

 一九五六年六月十九日、〈ワシントン・イヴニング・スター〉は、第一面の見出しにこうのせた。
 「ワシントン上空に怪物体出現す」
 話は空港上空に近づいた未確認飛行物体に関するもので、その物体は数分間まぶしく光りながら、上空を旋回したのち、速度をあげて遠ざかってゆき、姿を消したという。
 これは、近年ワシントン上空に飛来し始めた一連のUFO(未確認飛行物体)の一つとして公式に記録された。これらのUFOは単独であるいは編隊で飛来し、旋回したり、上空で停止したり、上空をさ迷ったりする。ジェット機が追いかけて行くと、近づくまでじっと待っていて、急にひと飛びして逃げ去ってしまうのだ。
 彼らの正体は何か。どこから来るのか。どう操縦されているのか。なぜ、来るのか。
 それよりもまず、彼らは現実のものなのか。
 ありとあらゆる空の侵略者から国を守る義務をおっている空軍は、一九四七年以来ずっと、一般に〈空飛ぶ円盤〉と呼ばれているこれらの怪現象について、広汎な、そして高価な調査を行っている。ところが空軍は、この問題を公にするのに、非常に異常な政策、矛盾と混乱と欺きの政策をとり続けているのだ。
 空軍が、時々伝えられる未確認飛行物体の報道は誤報であるとま顔で国民に保証しているかげでは、同じ空軍がいないはずの怪物体を捕えようと巨額の金を使って躍起になっているのだ。
 入ってくる情報には、頑なに〈つまらぬ幻覚〉のレッテルを貼りつけながら、最高速度のジェット機を使って、その〈幻覚〉を追いかけさせているのだ。
 空軍は毎年、それらの怪飛行物体の調査の打ちきりを声明しながら、すぐに、今度は別の名称で同様な計画を開始しているのだ。
 しかし、これら政府側のやり方も、まんざら根拠のないものでもないだろう。恐らく、何か事実をできるだけ一般大衆に知らせないでおくことを必要とするような状況がおこりつつあるのではないだろうか?
 記録を調べてみよう。
 空飛ぶ円盤は果して本当にあるものだろうか?
 その答を詳しく聞きたいと思うと、いたるところで部外秘の壁にぶつかってしまう。しかし、我々の身辺を見わたせば、他人から話をきかなくても一つの結論に到達することはできるのた。今や、米国やソ連を含めて十五の大国が、いわゆる〈空飛ぶ円盤〉研究に専心する公の機関を持っている。ただし、フランスだけは例外で、この分野での政府機関はなく、目撃情報はありのままに活字にされている。
 ドイツの円盤研究は、有名なロケット専門家であり、長年宇宙旅行を研究しているヘルマン・オーベルト博士が率いている。一九五五年六月、オーベルト博士は、彼のグループの研究結果から、空飛ぶ円盤は地球上から飛びたったものではなく、明らかに宇宙のどこか別の場所から飛来したものだと信ずるようになったと言明した。(数週間後、オーベルト博士は米国に招かれ、アラバマにあるレッドストーン造兵廠の一員に加えられ、〈空飛ぶ円盤〉に関する彼の発表をやめることとなった)
 英国政府はもともと、この分野での発見は公衆の自由な討議にまかせる建前をとっていたのだが、一九五四年夏に突然態度を変え、今後、軍人ならびに公務員は空飛ぶ円盤についていかなる種類の意見をも公にしてはならないと布告した。
 一九五四年五月十五日に、ネイサン・トワイニング参謀総長は、テキサスのアマリロで演説した。
 「空軍は最高の頭脳を結集して、空飛ぶ円盤の究明に努めている。仮に円盤が火星から来るものだとしても、彼らが我々とは問題にならぬほど進歩している以上、我々としては、恐れることは何もあるまい」
 トワイニング将軍の驚くべき声明から数週後、ボルチモアの民間防空本部長官フランク・ミラニ大佐は公然と、空軍はUFOに関する秘密政策をやめるべきであり、現実をありのままに公表すべきだと主張した。
 ミラニ大佐はこのとき、人口密度の高い同本部の管轄区域内で発生したたくさんの目撃情報も引合いに出した。空軍側はミラニ大佐の要求をもみ消そうとしたのにもかかわらず、一九五四年七月九日の〈ウィルミントン・モーニング・ニュース〉は、とうとうこのいきさつを記事にしてしまった。同紙の第一面には「当地における怪物体目撃は百件に達した」とのったのだ。
 同記事は権威筋として地上観測部隊の言葉を引用したが、これは同部隊の人間がしばしば怪物体の目撃報告を、ボルチモア管理本部に送った事実があったからだ。
 目撃報告は過去二か年間にわたり送られていた。ところが空軍の秘密政策によって、一般国民は、これら正体不明の怪物体がウィルミントン上空を縦横に飛び回り、しばしば、地上レーダーや監視員に発見されていること、さらに、ジェット迎撃機がこれを追跡したが無駄骨に終った事実などを、全く知らされずにきたのだ。公式記録によれば、これらの怪物体のうち少なくとも一機は巨大な代物で、ボルチモアに向かう前、しばらく首都ワシントン数マイル上空をうろついていたという。それは〈未確認飛行物体〉と記録されたが、これこそ〈空飛ぶ円盤〉を意味する空軍用語であった。
 すると、彼らは現実のものなのか?
 明らかに米国政府は、彼らを実在のものと考えているようだ。なぜならば国防総省は彼らに関する二つの特別命令を出しているからだ。その一は〈JANAP 一四六−B CIRVIS〉として知られているものだ。〈CIRVIS〉とは〈コミュニケイティング・インストラクションズ・フォア・レポーティング・ヴァイタル・インテリジェンス・サイティングス・フロム・エアクラフト〉の頭文字をつなぎあわせたものだ。これは一九五一年九月に統合参謀本部から出たもので、すべての軍人と公務員に、〈未確認飛行物体〉を目撃すればすぐ報告するよう命じたものである。
 以上が、秘密のベールがおろされる前における一九五一年の動きであった。一九五四年八月、ミラニ大佐が事務の公表を要求し、ウィルミントンの記事が出てから、第二の命令が出された。空軍規則二〇〇−二として知られているもので、空軍長官の名で発令された。同規則は、未確認飛行物体、つまり、米合衆国ならびにその軍事力への潜在的な脅威となるものに対抗し、関連する技術面での決定を行うため、のものであるとうたっている。
 空軍規則第二〇〇−二号第九条の中で、空軍長官は、未確認飛行物体に関する報告は、決して外部にもらしてはならないと、特に強調しているのだ。
 これら二つの命令、空軍規則二〇〇−二と、JANAP一四六−Bの狙いは、空中における怪物体目撃報告を迅速に入手することと、一度そのような報告がなされた後は、関係者による公表を厳禁することにあった。
 それまで、一般大衆はどんな情報を与えられてきたのだろうか。 
 ひとつは一九五四年六月十日、国防総省の空軍新聞係から出た。そのとき空軍は、その年の初めの五か 月間に入った目撃報告は八十七件にすぎないから、空飛ぶ円盤は減っているのだと発表した。
 同じ晩にもうひとつ発表があった。オハイオ州デイトンにある空軍技術情報本部の情報部次長ジョン・オマラ大佐の新聞記者に対する談話で、「今や空軍は毎週七百件以上の目撃報告を受理している……調査活動を始めて以来最大の割合である」というものだった。
 空軍がこんなありさまで部内見解の統一を欠いている一方、地元の各新聞は盛んに信頼できる市民たちからの目撃報告をトップ記事にしていた。
 一九五四年五月十七日付〈ダラス・タイムズ・ヘラルド紙〉は、「ダラス上空で円盤とレースをした四人のジェット・パイロットたち」という見出しで、SF97ジェット機四機編隊を指揮していたチャールズ・スカーボロー少佐の談話をのせている。それによると、少佐たちがふと気がつくと、いつのまにか十六機の銀色の円盤型飛行物体にかこまれていたという。怪物体は数分間ジェット機編隊の周囲をうろつき、その間ジェット戦闘機はむなしくこの不気味なあそび相手たちと操縦の腕前を競い合っていたという。
 同じ日に、〈ジョリエット・ニュース・ヘラルド〉は、「円盤来訪す」という見出しで、イリノイ上空を飛んだ銀色の円盤一機を地元民たちが目撃したいきさつを載せた。
 アラスカから、アフリカのウガンダから、南米から、その他の国々から情報が入ってきた。正体が何であれ、円盤は世界のあらゆる地域で目撃されていた。
 しかし、彼らは何者なのだろう。
 一九五四年なかばに、円盤は宇宙の訪問客だと主張したヘルマン・オーベルト博士は、いまや米国政府に雇われている身で、厳しい防諜法(空軍規則二〇〇−二)などの監督をうけており、全く新しい意見の公表はできなかった。
 英国の空軍技師ダウディング卿は輝かしい軍歴の持主で、英国空軍の記録すべてに通じている人物でもあったが、一九五四年にこんなことを言った。「空飛ぶ円盤は疑いなく惑星間宇宙船であり、そのように取り扱われなければならない」
 円盤の取り扱いはことに注意深くあらねばならないと説くのは、ダウディング卿ばかりではなかった。一九五二年七月、ワシントン上空にこれらの怪物体が大挙飛来したとき、躍起になった空軍はパイロットたちに追跡を命じて言った。「やつらを射ち落とせ!」と。
 この命令は一九五二年七月二十六日正午少しすぎに出されたが、そのニュースが全国に流れるや、アルバート・アインシュタイン博士を含む著名な科学者たちが、ホワイト・ハウスに、常識から言ってもこの命令は撤収されるべきだと呼びかけた。彼らの考えかたは、極めて論理的だった。相手が何者であれ、宇宙を横ぎることのできるほどの知的生命なら、ゴールに達した後も自らの身を守るすべを当然心得ているだろうし、そのような相手にロケットや銃器という原始的な武器で刃向っても問題にならないというのである。
 「射ち落とせ!」の命令は午後五時ちょっと前にホワイト・ハウスからの命令で撤回された。その晩も、ワシントンの観測者たちがレーダーや肉眼で見守る中で、ジェット機は円盤を追いかけていた。やがて円盤は速度をあげて逃げさり、ジェット機は一発も射たずに引き返した。空飛ぶ円盤は実在するのか?
 ワシントンにおける、この注目すべき経験の後も、空軍側は頑固に、怪物体は〈幻覚〉以外の何ものでもないと言い張った。
 空軍は本当にそう思っていたのだろうか。
 一九五三年十二月、D・J・ブレイクスリー中佐は、F84サンダージェット機で北日本を飛んでいるとき、前方にまぶしく光る怪物体が群がっているのを認めた。スロットルを全開にして近づいた中佐は、その光る怪物体が一つの点を中心にして、らせん状に編隊を組んでいるのを認めたが、彼らはそのままの形で中佐のジェット機をやすやすと引き離してしまった。
 空軍側の「説明」によると、中佐は幻覚をみていたのだという。しかしそうだとすれば、中佐がその後もいっこうに地上勤務を命ぜられていない事実は注目に価する。
 一九五二年三月二十九日夜、デービッド・ブリガム中尉は、F51で北日本の基地に接近していた。空は晴れわたり、視界はすばらしかった−−そのとき、キラキラ光る円盤型の物体が一個、真一文字に彼に近づき、空中で突然静止したかと思うと、彼の機の操縦席やら、主翼やら尾翼やらのまわりを旋回し、やがて急上昇して遠ざかっていった。彼のすぐ後を飛んでいたもう一人のパイロットもこれを目撃、彼の報告書の証人になっている。
 もし空軍側が自分たちの「説明」を本気で信じているのだとすれば、この両飛行士は精神的にひどい障害があり、二人して「幻覚」を見たことになる。しかし、もちろん、二人とも飛行免状をとりあげられてはいない。
 ブリガム中尉とブレイクスリー中佐の経験は軍用機、民間機の別を問わず何百名ものパイロットたちから提出された報告書の典型的なものである。空軍のいわゆる「幻覚」をみたという理由で飛行免状を取りあげられたパイロットは一人もいない事実は注目に価する。
 これらの怪物体に関する情報から一般国民を締め出す検閲のベールがあるのだろうか。
 いわゆる空飛ぶ円盤が世界中のニュースになり始めた一九四七年から、円盤が大挙してワシントンに現れた一九五二年七月までに、国家の権力で目撃報の公表をおさえようとした例はなかった。しかし一九五二年七月二十六日以後、例の「敵を射ち落とせ」命令の出た騒動の後、検閲干渉はきつくなってきた。
 例えば、七月二十日及び七月二十六日のワシントン上空における目撃報は、合計約四十個の未確認飛行物体を含んでいた。これらの目撃報は新聞やラジオで広く世界に報道された。しかし航空局の記録によると、一九五二年八月十三日は午後八時三十分からおよそ三時間にわたり六十八個の未確認飛行物体が、ワシントン国立空港上空に飛来、肉眼で目撃され、レーダーで一〇マイルにわたって追跡されたとのことだ。この際の怪物体はそれまでに広く喧伝された目撃例のどれよりも優っているのにもかかわらず、政府の報道管制のために一語も外部には知らされなかった。一九五二年八月十三日の驚くべき目撃報が、やっと外部に知らされたのは、一九五四年、政府職員に未確認飛行物体を識別し、行方を見定める方法を指示するために航空局が出版したパンフレットによってであった。
 典型的な報道管制の一例は、次の通りである。
 一九五三年十月十九日、真夜中の十二時十分すぎ頃、フィラデルフィアを発ってワシントンに向うナショナル・エアラインズのDC6型機が、コノウィンゴ・ダム上空を高度八〇〇〇フィートで飛んでいた。パイロットはちょうど、位置通報と到着予定時刻の通報を終えたところで、マイクロフォンを元に戻した後、国立空港までのいつもながらの単調な飛行に身をゆだねていた。
 三十秒後、彼は危うく自機が空中衝突をおこしかけていたのを知った。輝く円盤型の物体が薄い雲の層から滑り出て、彼の機に向かって突っこんできたのだ。副操縦士が翼燈を点滅させて警告を出した。する と相手の物体は、目もくらむような白い光線をこちらの操縦席に返した。パイロットは、DC6の巨体を全速で急降下させ、わずか数秒差で相手をかわした。突っかけてきた怪物体は、彼の機の頭上をかすめ姿を消した。
 急降したDC6が態勢をたて直したのは三〇〇〇フィートあたりまで落ちた後だった。不意をつかれた乗客たちこそいい災難で、座席から放り出され、通路に折り重なった。無線電話による連絡で国立空港には救急車と医者が待機した。幸い、同機が到着したのは空港のすいている時刻であり、さらに幸いなことには、乗客のけがもすり傷や打ち身だけで大したことはなかった。
 乗客を満載した民間機に突っこんで来た未確認飛行物体の記事は、翌朝の〈ワシントン・ポスト〉に載った。しかし、それは第一版だけで姿を消し、それ以後、この話はどの新聞にも、どのラジオからも報道されなかった。−−普通なら当然、第一面のトップを飾るべき大特ダネであるのに。
 そのような事件が全国的に知られるようになったぬけ穴を究明するのは至極簡単である。すべての新聞及び大部分の放送局は、そのようなニュース源としてのニュース通信網、つまり〈ユナイテッド・プレス・インターナショナル・ニュース・サービス〉と〈アソシエーテッド・プレス〉に頼っていた。もしこれらのニュース社が話を取り扱わなければその話はほとんど一般に知られなくなる。ニュース社自体はお互いに競争しあっており、極度に秘密主義であった。政府が、特に国防総省から特ダネや、スクープや、ニュースの断片などをもらうと、ニュース・サービス社は得意になって、そのおこぼれをさも惜しそうに分ち与えるのだ。協力を拒んだ(つまり軍部がおさえようとする報道を印刷すると主張する)ニュース社は、やがて、「協力」のお返しとして自分の競争相手が他の記事をたくさんもらうのを、指をくわえて見ていなければならない。軍部が空飛ぶ円盤記事の公表を検閲しようと決めた時、そのやり方には二つの段階があった。第一に空軍側が「円盤」を揶揄する声明を出すこと。ニュース社は当然この声明を扱わなければならない。それは、軍部がおさえたいと思う事件に関するそれ以後における沈黙を根拠づける政府側の口実を与えた。第二の段階は、三つのニュース社の代表を集めて情報会議を開き、こう発言することであった……「もし貴方が空飛ぶ円盤の事を忘れさえしてくれたなら、そのうめあわせにたくさんの記事をお世話しましょう」
 その結果−−一九五二年の夏ワシントン周辺で多数の円盤が目撃されると、空軍からそれを「揶揄」する声明が出され、「円盤」に関する記事は一切の報道機関から姿を消したのである。
 しかしながら、地方新聞や地方放送局をおさえようとする動きはなかった。そうすることはとても危険であったし−−あまりに多くの人々が関係するから−−それに、地方だけの報道なら一定の範囲内から外へは効果を及ぼすまいと考えられたからだ。毎年何百という地方新聞がその地方ごとに発生した目撃報を信頼すべき証言とともに載せていながら、一度として他の新聞に再録されたことがないのはこのためである。
 記録によれば、これらの怪物体が決して「幻影」などでないことは明らかだ。公的にはそうだと認めた人々も、内心では打ち消しているに違いない。同様に、米国を初め多くの国々がこれらの怪物体に関する資料を、どんな些細なものでも手に入れようと継続的な調査機関を設けていることも明白だ。空軍が頭から認めようとしない「空飛ぶ円盤」が、同じ空軍の大部隊を動員させたこともある未確認飛行物体と同じものだということも、記録が明らかにしている。怪物体は世界のあらゆる地域で確かな証人たちによって目撃され、報告されているのだ。写真にも撮影されている。天文学者たちに望遠鏡で観察され、レーダーで追跡されてもいる。ジェット機は今までにも、可能な限り、彼らを追跡してきたし、今でも追跡しようとしている。
 ここまでは常識だ。しかし、いまだに答のでていない疑問がいかにも多いのだ。
 これらの怪物体はどこから来るのか? 彼らは何を欲しているのか? 彼らは(オーベルト博士その他が推論するように)重力場の歪みで動力を得ているのだろうか。火星と地球が接近する年に、特に目撃報告が激増するという事実には何らかの意味があるのだろうか。仮に彼らが、本当に他の惑星から来たのだとするならば、彼らは地球及び地球の住人を観測する基地として月を使っているのだろうか。それこそ、最近、天文学者たちによって報告された月面の怪光と変化の理由ではないだろうか。
 これらの疑問に対する解答が、政府の秘密政策のカーテンを通りぬけて、一般の耳に達しさえすれば、そのときこそ、全世界は空飛ぶ円盤の謎に対する答を手に入れるだろう。
 ところで、一九五五年十二月七日、記者会見の席上、ダグラス・マッカーサー元帥がもたらした次の言葉は、この謎の深さをさらに特徴づけるものであろう。
 「世界中の国々は統一を余儀なくさせられるであろう……けだし、次の戦争は宇宙戦争であるからだ」

   宇宙からの信号

 他の惑星の生物は、我々と通信しようとしているのだろうか?
 宇宙外からのラジオ信号は、べつに目新しいものではないが、それらを受けとめ、解読する我々の能力は、そのような事実が初めて報道されてから大きく改善されてきているのだ。
 一九五六年六月四日、ワシントンの海軍天文台は金星との「無電連絡」に成功したと発表した。つまり、金星から到達した微弱な信号数個を、巨大な電波望遠鏡で捕えて解読したというのだ。受信した信号の性質と特性から推論すると、金星の表面は沸点に近い温度であるという。このことがもし正しいとすれば、この惑星がいつも厚い蒸気かガスのマントで包まれている理由を解明するのに大いに役立つことになる。
 オハイオ州立大学は一九五六年七月二日に新聞声明を発表、海軍天文台の推論をさらにおし進めた。つまり、同大学の電波天文学者ジョン・D・クラウス博士が六月二十二日に〈多くの点で無線電報によく似た型の〉無線信号を得たが、その発信地は金星だと思われる、と述べたのである。
 宇宙のかなたから二つの異なったラジオ信号を受けているとクラウス博士は言う。六月一日以来彼は、〈第一類〉の波長一一メートルの強いパチパチ音を受信し続けている。この〈第一類〉(時々は、地球上の雷雨によっても発生する)に加えて、クラウス博士は過去二か月にわたって、明らかに異なる種類の信号をも受信し続けている。この〈第二類〉の信号は、どうやら金星から来ているらしいと彼は言うのだ。
 これからの信号は、オハイオ州立大学の大型電波望遠鏡がぴったりと金星に焦点を合わせているときにだけ受信される。最初、クラウス博士は〈地球上の無線送信局の信号と同じ特性の多くを持つ〉第二類信号は、どこかの地球上の局から出た電波の干渉だろうと考えていたのだが、観測を続け、いろいろ調べてみた末、〈それらが金星から来たものである可能性は強い〉と結論したのである。確かに、第二類信号は第一類信号と一緒に、金星が望遠鏡のビー ム上に来たときにのみ、入ってくるのだ。
 これと同じ例が今まで他になかったわけでは決してない。
 世界各地に散在する大きな天文台や大学には、必ず電波望遠鏡が設備してある−−各惑星ごとに焦点を合わせることのできる巨大な金属の皿だ。これらの装置は非常に敏感であると同時に非常に高価であり、ただの気まぐれで買ったり使ったりすることはできない。つまり、それらは皆はっきりした目的を持っているのだ−−宇宙の彼方の生物が信号を送ってくるか否かを見極める目的を。
 以上は今世紀初頭マルコーニが、いずれの地球上の送信機にも使われていない周波数の信号を受信していると報告したときから始まった物語の、ほんの最近の成りゆきだけにすぎない。地中海のヨット上で耳をすませていたマルコーニは暗号らしい、全く意味不明の信号を受信したのだ。彼はさっそく助手に命じて、ニューヨークの実業家の集りで行うことになっていた演説の原稿に怪信号の問題を織りこませた。これはしばらくの間、日曜版の紙面をにぎわしはしたものの、その問題はいつのまにか忘れられてしまった。
 有名なユーゴの電気学者ニコラ・テスラは、アンテナを火星のほうに向けたときに最も強く、最も多く入るらしい意味不明の暗号信号を受信したと報じた。テスラもマルコーニと同じく、少しも悪びれた風もなく自分の発見を公表した。もし火星人が我々と交信したがっているのならば、我々も当然それを知るべきだと二人は主張するのである。
 一九二四年にはRCAの技師たちが、これまで知られている電信符号のいずれとも合致しないが、どうやら知性をもって構成され、指向されているらしい怪信号を受信したと報じた。RCA技師の受信した信号は録音され、討議され、保管されたが、そのまま忘れられてしまった。
 しかし、忘れられていたのは決して長い間ではなかった。RCAの出来事があってから一年とたたないうちに、ワシントンの海軍技術研究所の科学者が驚くべき事実に遭遇したのだ。彼らが無線信号をフィルムに記録する方法を研究していると、ラジオからチューチューという気味の悪い高音がきこえてきた。その音自体は暗号としては何の意味もなさないようであったが、それを録画したフィルムを現像してみて驚いた。正に、顔の形に録画されているのだ。確かに妙な出来具合ではあったが、疑いなく「顔」であった。
 一九二六年、何か月もの準備期間を経て、ジョンズ・ホプキンス大学の科学者たちは通信隊と海軍の協力を得て、火星と交信すべく待ち構えていた、数十万ドルを投じて、ネブラスカに強力な送信装置と敏感な受信設備とが建設されていた。彼らは二週間にわたって奮闘したが、テストの際に公表された声明によると成果はゼロとのことであった。
 十三年後、科学は再び、金星と火星からの信号に耳をすませている−−今度は前よりも設備はいいし、どうやら成果もましなようだ。
 ふしぎな放送の年代記は、最後に最も奇怪な、そして、最も意義深い一例を加えずには完了できない。
 テレビジョンは、可視聴範囲にかなりな制約を受けている。実際のところ、直径一五〇マイルも放送できれば恵まれているといわなければなるまい。それ故にこそ、一九五三年にテキサス州ヒューストンのKLEEテレビ局のテスト・パターンを受像した英国人の驚きは大変なものであった。その映像は英国諸島の大部分にわたって非常にはっきりと、そして、かなり多くの人々が、驚くべき超遠距離テレビ放送を写真にとるほど長く受像されていた。英国の放送技師たちもこの異常現象を知らされ、それからでも、何の苦もなく信号をとらえることができた。
 気まぐれなテレビ電波が思いがけない遠方で受像されるということ自体は一般に考えられるほど珍しいことでもないので、英国当局もたいして重要視してはいなかった−−少なくとも、この事実をKLEEテレビに照会するまでは。ところが、そこで、彼らは正にびっくり仰天したのである!
 テキサス州ヒューストンのKLEEテレビは一九五〇年に閉局していたのだ。KLEE局を引き継いだ放送局はそのむねを英国側に伝え、KLEEの識別符号は一九五〇年以来、一度も使われていないと通報した−−つまり英国で受像したのは三年前の電波だったのである!
 英国側はついに、この現象の究明を放棄した。わざわざ特別の設備を整え、かなりな法律上の危険をおかし、しかも、少なくみつもっても数十万ドルという多額の金を使って、いたずらをするような物好きな人間がいるのだろうか? いないだろうというのが英国側と米国側の一致した見解だった。
 では、一体どういうことがおこったのだろう? あの信号はどこから来たのか。三年間も放送をやめているKLEEテレビをなぜ選んだのか。なぜ電波は英国諸島だけに向けられたのか。誰が送信したのだ?
 BBCの主任技師は言う、「確かに従来のテレビ送信技術上の知識では信じられない現象だ。KLEEテレビが放送してから今までずっと、あの信号が地球の周囲を回り続けていたなどとはとうてい考えられない。あの電波がどこかの天体にあたって反射されてきたという説も、天体というものの持つ距離を考えればとても信じるわけにはいかない。すると、風変わりではあるが、考え得る可能性は後一つだけしかない……つまり、あの信号は何か今の我々にはまだ理解されていないある目的をもって、どこかから、故意に送信されて来たという解釈である」と。

   空の怪物体

 天文学者たちは排他的な人種であり、何か自分たちに説明できないことに関する議論は頑なに尻ごみするので知られている。それだけに彼らが、天空をさまよう新しい怪物体を発見し、それの識別に努めたが成功しなかったという事実を、自分たちのほうから認め公表したことは注目に価する。
 その正体が何であれ、その物体が初めてパロマー天文台のカメラに収められたのは、一九五八年十一月五日のことであった。発見したのは二人の客員学者、ミネアポリスのW・J・ルイテン博士とメキシコ・シティのG・ハロン博士である。
 これらの有名な天文学者が、あるはずもないところに存在するそのものに注意し、そのことを報告した後、写真にうつし、その写真は非常な関心をもって研究された。
 それが何であるにせよ、それはパロマー天文台のカメラが、そこと同じ空の一角を一九五四年に撮影したときには、存在しなかったものなのだ。
 その写真は、紫外線、黄、青でそれぞれ記録され、天文学者たちは、その物体が昔からある白色矮星に似ていることに意見が一致した。だが、その物体は同じ光度の何か他の物に似ていた−−恒星の間を明るく輝きながら飛び来たり飛び去る何物かに−−本当の恒星ならそんなことはしないのだ。
 この大空の未開地に放浪する物に驚き、多分面くらったルイテン博士は、後で新聞記者にこう言った。
 「これが、新しい形の星間物質であることを否定するのは、どうやらむずかしいようだ」と。
 これに新しい意味を求めるのは私だけだろうか。

   空飛ぶ円盤を信じる権威者たち

 空飛ぶ円盤につい ての公式な説明を認めない人々はたえず嘲笑されているが、UFOこそ地球外からの飛行物体であると見なす人の数はあいかわらず増え続けているし、その論理は、彼らのほうが正しいことを示している。(中略)
 メキシコのサカテカス天文台で、一天文学者が撮影した未確認飛行物体の最初の写真は科学誌にのり、ちゃんと残っている。ホセ・ボニーヤ台長は太陽に望遠鏡を合わせていたのであるが、一八八三年八月十二日、午前八時を数分すぎた頃、一個のキラキラ輝く小さな物体が太陽表面を横切ってゆくのを見て驚いた。カメラは太陽黒点を撮るようにセットされていたので、この侵入者を撮影することは容易だった。公式報告で彼は言っている。
 「私の驚きがおさまらないうちに、同じ現象が再びおこった。二時間の間に太陽面を横切った怪物体の数は、二百八十三個という驚くべき頻度であった」
 ボニーヤ氏の報告は、東から西へ移動するこれら異常物体の数が三十分もたたぬうちに四十八個に達したといっている。−−それらのうちのいくつかは完全な円形で、他は細長かった。太陽の表面を横切る時には、例外なく不透明になり、その直後、大部分が明るく光った。ボニーヤはさらに言う。
 「私はこれらの異常物体の大部分を、平面と側面から写真に撮った。いくつかは円形もしくは球形をしているように見えたが、写真でみると、球形でなく、その形は不規則であることに気づいた」
 翌朝、一八八三年八月十三日、ボニーヤ台長とその同僚は、午前八時から九時四十五分までの間に、百十六個の怪物体が天空を横切るのを数えた。他の天文台にも電報で連絡したのだが、彼らには物体はつきとめられなかった。これは恐らく、視差、つまり、観測地点の差による視点位置の相違のせいであろう。ボニーヤ氏とその同僚は、彼らが実際に目撃した怪物体は、地球と月との間の宇宙空間のどこかを通過したのだと結論した。こうすれば、視差が生じたわけもわかる。現存する彼の写真は、怪物体が目撃されたことも写真にとられたこともないという主張に対する反駁となっている。ボニーヤ氏はその両方を実行したのだ。
 では、他の天文学者たちは、どうだろう? 彼らが空飛ぶ円盤を見たことはあるのだろうか?
 確かにいた。その一人は、王室天文学協会の一員で、月に関する研究の最高権威であるH・パーシイ・ウィルキンズ博士だ。彼は、彼自身の言葉によれば、「米国で出張講義をする光栄にめぐまれるまでは、そのようなものに対しては、懐疑論者どころか全く不信論者であった」という。ウィルキンズ博士の話は、彼が一九五四年、六月十一日の朝ウエスト・ヴァージニア州、チャールストンからアトランタに向う飛行機に乗ったところから始まる。機が高度約八〇〇〇フィートで、強い日光に照らされた積雲の上を単調な爆音を響かせながら飛んでいるとき、ウィルキンズ博士はキラキラ輝く卵形の物体が二個、二つの高い雲塊の上を舞っているのに気がついた。ふちのとがった、磨きあげた黄金のように光る物体で、彼ののっている飛行機から約二マイルほど離れている。突然、同じ雲のかげに、三個の同じような物体が見えた。日光が当っていないせいであろうか、灰色をしていた。最初の二個は、風に逆らって動き始めた。数秒後、第三の物体が大きな円弧を画いて先の二個を追い、厚い雲の中に消えた。以上は約二分間の出来事であった。ウィルキンズ博士はいう。確かにあれは幻覚によるものではなく、光学現象や気象現象でもなかった、と。
 こうしてまたしても一人の著名な天文学者が、しだいに少なくなってゆく懐疑派の隊列をはなれたのだ。
 未確認飛行物体を目撃し、報告した他の著名な天文学者のうちには、NICAP委員会の一員であるボルチモアのジェームス・バートレット・ジュニア博士がおり、こう語っている。
 「UFOについて私が信じていることは実在する、と言えるだけだ。空飛ぶ円盤は、ある種の機械装置であり、操縦されている飛行機だ。円盤の出所と来訪の目的は不明。これ以上のことはわからない」
 二十五年間、ダルスのミネソタ大学天文台の台長を務めたフランク・ハルステッドは、一九五五年十月、二個の空飛ぶ円盤を目撃した後で語った。
 「世界中で、信ずるにたる目撃者たちが、私のと同じような経験を報じている。たとえこれらの目撃者たちを笑い者にしても、存在する事実を変える事にはならない。物体の正体が何であれ、物体の存在を認め、誠意と現実にのっとって、彼らや大衆に対する時機は既に来ているのだ」
 冥王星の発見者クライド・トンボーとその家族は、彼が〈宇宙船〉と呼ぶ一つの物体を目撃した。「指令を受けていると思われるこれらの物体は、私が今までに観測したどの現象にも似ていなかった」と、彼は注釈している。
 ATICが一九四七年から一九五七年の間に五千七百件の報告を調べたという主張は誤りである。調べた報告書の数はこれよりも数千件も多いのだ。事実、ATIC自体、一九五四年の六月には一週間に七百件の割合で報告を調査したことを認めている。その上、報告が確認されたばかりでなく、空軍自身、できるなら空飛ぶ円盤を射ちおとせと命令しているのだ。さらに民間航空局は一九五二年の七月と八月に、怪物体が首都ワシントン上空に大挙現れたとき、レーダー・スクリーンにはどのように映ったかを示す小冊子(図解入り)を発行している。これは、公には航空局技術向上報告第百八十号として知られているものだ。私はいまその一冊を手もとに持っており、空飛ぶ円盤に懐疑的だが、事実に即した資料には少し興味を持つという方には、これをお勧めする。一九四八年一月七日の夕方、トーマス・マンテル大尉が当日の午後、ケンタッキー上空を通過した巨大な物体を追跡中姿を消してしまった後で、ゴッドマン空軍基地の司令官は「マンテル大尉は空飛ぶ円盤を追跡中殺された」と発表している。
 空飛ぶ円盤の実在を示す証拠品の中には、未確認飛行物体(空飛ぶ円盤の公式名称)から放出されたと公的に認められる金属の小片のようなものもある。また写真証拠としては、白黒や天然色のスチール写真や映画があり、そのいくつかは公式に未確認飛行物体の写真として認められているものだ。宇宙旅行の世界一流の権威であり、我々をミサイル時代に追いこんだ偉大なドイツ人ロケット研究陣の父、ヘルマン・オーベルト博士は、西独政府のために、出没する空飛ぶ円盤について三年間の研究指導をした。一九五五年六月、その研究計画の終了に際してオーベルト博士はこう語っている。
 「空飛ぶ円盤は、この地球のものではなく、多分この太陽系に属するものでもなく、どこか他の銀河系から来たと推定される可能性が非常に強い。円盤は重力の場を歪めることによって推力を得ている、と我々は結論している」
 オーベルト博士は、空飛ぶ円盤の妄想にとりつかれているということになるのにもかかわらず、米国政府に雇われ、五年契約でアラバマ州、ハンツヴィル造兵廠に配属され、ジュピター宇宙ロケットの開発を援助する事になった。一九五九年末ハンツヴィルでの契約期間を終えたオーベルト博士は、飛行便でフラン クフルトへ帰り、再び記者会見をした。彼は、まず、一九五五年に空飛ぶ円盤について語った話をくり返し、それに加えて、米国はUFOが用いていると想像される推進力を何とか真似しようとしている国々の一つだと言明した。さらにオーベルト博士は「この計画は、既にかなりの成果をあげており、五年以内に人間は、電磁力により推進される航宙機に乗って月に旅行できるものと私は信じる」と語った。
 一九六〇年四月に米国政府は、宇宙旅行用電気的エネルギーの研究が行われていることを確認したが、そのときNASAは、重力がきかない真空空間を横断するのに、ある型式の電気的推進の利用を考慮していると発表した。イオン推進だろうか? いや、電気的推進だと、NASAのスポークスマンは言っている。さらに、精神状態に非難される点の全くないもう一人の市民は、第二次世界大戦の有名な指揮官であり、のちに空軍の司令官や、この国における軍人の最高の地位である統合幕僚会議議長を務めたネイサン・トワイニング将軍である。(中略)将軍は、一九五九年に統合幕僚会議議長の職にあるとき、友人のR・H・ヒレンケッター海軍中将から一通の手紙を受け取った。空飛ぶ円盤と交信を試みるための企画に(もしあるならばの話だが)どんなものがあるか、トワイニング自身が知っているかどうか聞きたいというのだ。それに対して、トワイニング将軍はたくさんの様々な企画が立てられたが、物理的なものと思われる原因により、成功しなかったと答えた。だが、その物理的原因とは何かと食いさがられると、トワイニング将軍はそれ以上の注釈は拒否してしまった。
 紳士録によると、ヒレンケッター海軍中将は、多年国につくし、功績をあげて来た人である。一九四七年から一九五〇年まで、彼は、中央情報局(CIA)の局長をしていた。つまり、ヒレンケッター海軍中将は、一九四七年に地球上のいたるところで、円盤が新聞の見出しを飾ったとき、全世界の情報の鍵を握るこの重要な地位にあった。一九四九年の暮、南極からオレゴ海軍中佐が自分の艦隊の上を飛び回る空飛ぶ円盤の映画フィルムを持って帰ってきたときも、彼は中央情報局にいた。
 現在ヒレンケッター海軍中将は、ある大きな船会社の社長であり、首都ワシントンに本拠をおく財団法人NICAPの会長を兼務しながら、空飛ぶ円盤に関するあらゆる事実の研究と広報活動に献身している。一九六〇年の二月、ヒレンケッター中将は、空飛ぶ円盤の脅威に関して全世界の米空軍基地司令官に警告した空軍命令書の写しを公表して、新聞の第一面を飾った。この空軍命令はUFOを取り扱う際にとられるべき特別措置と、UFOの目撃報告や着陸報告を調査する際に従うべき指示を明らかにしている。ヒレンケッターの発表は、空軍が表向きには空飛ぶ円盤をできるだけ過小に評価し、かつ嘲笑する方針をとりながら、空飛ぶ円盤問題を非常に深刻視している事実を示したのだ。

 ヒレンケッター海軍中将の前のNICAP会長だったデルマー・ファーニイ海軍中将は、二十年以上も海軍のミサイル計画の責任者を務め、「誘導ミサイル」という用語の発案者でもあった。カリフォルニアのポイント・ムグー海軍基地の司令官として、彼はよくニューメキシコのホワイト・サンズで行われたロケット試射に立ち会った。それで、彼は一九四八年に二個の空飛ぶ円盤が、毎時一〇〇〇マイル以上の速度で上昇中のV2号ロケットの周囲を旋回したのが写真に撮影され、望遠鏡や経緯儀を通して目撃され、さらにレーダーで追跡されたときの一部終始を詳しく知っていた。
 それ故にファーニイ中将が未確認飛行物体に関する公開声明を出すと、それは当然、新聞の第一面を飾った。一九五七年十二月十五日に彼はこう語った。
 「信頼すべき報告によると、非常に高速で地球の大気圏に突入してくる物体があるという。わが国もしくはソ連が持つどんな手段を使っても今のところ、レーダーや肉眼で確認されたこれらの飛行物体の持つ速度や加速を真似することはできない。飛びかたから判断すると、何らかの知性がこれらの怪物体に指令を与えているものと思われる。また、彼らの編隊で位置を変えるさまも、彼らが指令を受けている事実を示唆している。とにかく、未確認飛行物体がこの地球の大気圏内を飛び続ける限り、『緊急に情報を求める必要』は全国におこり続けるだろう」
 NICAPのメンバーであり、空飛ぶ円盤に関して、ファーニイやヒレンケッターと同じ意見の仲間に次のような人たちがいる。まず、元空軍「空飛ぶ円盤」研究計画責任者デューイ・ホーネット少佐。パン・アメリカン航空の機長で何百万マイルもの飛行歴を持ち、数度にわたって、しかもそのうち一度は至近距離から空飛ぶ円盤を目撃したウィリアム・ナッシュ。老練な飛行士で、早くも一九五〇年に円盤の実在を最初に暴露した著名な航空作家ドナルド・キーホー少佐。その他、天文学、物理学、ロケット学、放送、雑誌、新聞各界の指導者たち。
 アリゾナ選出のバリー・ゴールドウォーター上院議員は、ジェット・パイロットのライセンスを持つ唯一の上院議員だ。彼は空軍予備役准将で、それ故に、一般市民には手に入らない多くの情報源と緊密に連絡できる立場にあるが、新聞記者にこう語っている。
 「空飛ぶ円盤、未確認飛行物体、あるいは何とでも皆さんが、お好きな名前をつけて下さっていい例の怪物体は、確かに実在します。空軍はこれらの報告を調査する計画を持っていますが、一度それについて尋ねられると、たちまち堅く口をつぐんでしまいます」




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