事実とニュース[4]

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投稿者 くま 日時 2000 年 12 月 30 日 02:42:21:

近代の日本のマスコミが、その主体性と自主性を放擲し
た分水嶺は、柳条湖事件に始まる満州事変のときである
ようだ。
”「大正期の急進的自由主義」の東洋経済新報への評価
は、・・・・(中略)・・・・「この雑誌の自由主義的
・民主主義的な主張は、これまでも、日本近代史の研究
者によって、しばしば注目されてきた。・・・・・・い
ま私たちは、それ以上のもの、近代日本における自由主
義と民主主義の思想の、もっとも進んだ、もっとも発展
した頂点である、と考える」[辛亥から満州事変へ/後
藤孝夫著]”との賞賛もある、「小日本主義」を提唱し、
「急進的自由主義」と言われたマスコミの最後の砦らし
かった「東洋経済新報」も、満州事変で変容をした一つ
のようだった。
”江口圭一「山東出兵・[満州事変]をめぐって」にの
べられた・・・(中略)「[新報]は、[満州事変]に
対する原則的批判の立場をながく堅持することができな
かった。1932年2月から3月にかけて、[新報]は
[小国日本主義]の崩壊という重大な屈折をよぎなくさ
れた。この屈折をもたらしたのは、なによりも、世論の
大勢から[新報]が完全に孤立したということである。
[新報]の懸命の事変批判も、排外主義の大潮流のなか
にあって、まさに孤軍奮闘の結果に終わった。(中略)
[同]”
その東洋経済新報の変容については次のように言う人も
いるようだ。”「さしもの巨峰湛山も、怒濤のごとき時
勢の流れを支えきることはできなかったのだ。それは六
〇人近い社員をかかえる中小企業経営者としては、やむ
をえないところであったろう。彼はいやいやながら時流
におしながされていったので、決して積極的に便乗した
のではない」[同]”
他方、「大正デモクラシーの一方の旗手」と見なされて
いた「大阪朝日新聞」は、
”論説記者たちが筆を折ったとはっきりわかるのは、1
931(昭和6年)年9月18日の事変勃発から10日
余り経った10月1日の<満蒙の独立/成功せば極東平
和の新保障>である。[同]”
ただ、この「辛亥から満州事変へ」の著者は一貫して、
ごく底流であるにしろ、朝日のなかではジャーナリズム
精神は死にたえはしなかったという見解を持っているよ
うだ。
当時の国内外の情勢に対する「世論」というのは如何な
るところから醸し出されるものだったろうか。情報源が
限られている当時にあって、その基調はやはり新聞など
に負うところが大きかったのではないか。
”新聞の動きは各新聞社の単独行動だけではなかった。
昭和7年12月19日、新聞連盟加盟132社によって、
満州国の存立を危うくする動きに対して反対する「共同
宣言」が出された。この時期、満州国の成立をめぐって
国際連盟は反対の態度を表明していた。共同宣言は、国
際連盟で満州問題が重要問題として討議されているさな
かに出されたもので、国際連盟に対する’挑戦状’のよ
うな、きわめて強硬な内容だった。
その内容は「満州の安定は極東の平和のために必要で、
満州国の独立と健全な発達が最善、唯一の道である」と
断じている。
そしてさらに「日本が満州国を作ったのは当然である。
世界はこれを認める義務がある。国際連盟の諸国の内に
は、それが良く理解できない国がある。日本代表は満州
国の存立を危うくするような解決案は、受諾してはなら
ない。これを日本言論機関の名において声明する」など
の内容を骨子としている。
このマスコミ各社が一斉に名を連ねた共同宣言は、日本
だけの言い分を連ねたきわめて手前勝手な内容だった。
[新聞が日本をダメにした/石田収]”
現在でも、132社が「共同宣言」を出せば、それに疑
いをさしはさむ市民がどれだけいるものだろうか。
また、マスコミが柳条湖事件にまんまと欺かれたと単純
に考えるのも早計のようだ。軍部の権謀術数はその柳条
湖事件で始まったものではないからである。
”事変の第一報を受けとった整理部員の頭をよぎったの
が、軍部ついに「脱線」かの疑惑だったとの推測は十分
成りたつ。とにかく、軍部の謀略によって苦汁をのまさ
れた経験なら、過去にいやというほど味わったという自
覚もあったのである。[辛亥から満州事変へ/後藤孝夫
著]”
僕はこのようなマスコミの、”次第に利権によるいわゆ
る癒着や、自己保身のための不作為と責任の曖昧化、権
威にとらわれる医学界、利益追及型の医療機関等をつく
り出し、患者のための正当な科学的判断基準を誤らせる
原因となっている。" (NIRAの薬害に対するレポートか
ら)のような性格は今も同じだと思う。
ともあれ、「最後の砦」も崩されたような、柳条湖事件
に端を発したその「怒濤のごとき時勢の流れ」とはどう
いう内実のものであったのだろうか。
柳条湖事件というのは、1931年9月18日に起きた、
関東軍による満鉄の自作自演の爆破工作事件なのであっ
たが、これは突発的で偶発的な一部の不穏分子などによ
る工作事件なのではなかった。
”一方、かねて満蒙の独占支配をねらう日本陸軍は、
「すくなくとも関東軍に関するかぎり、近い将来での満
州事変の発生は、昭和三年[十月]の石原[莞爾中佐・
作戦主任参謀]着任以来既定事実となり、しかもその方
向にそって着々と準備が進められていたのである。あと
は国内、満州、中国本土、そして第三国の動向にどのよ
うにタイミングを合わせてスイッチをいれるかが問題と
なるだけであった」。[辛亥から満州事変へ/後藤孝夫
著]”
”「如何なる場合においても、外交上日本の地位が世界
に納得せらるるようにして置くということである」[同]”
この「スイッチ」というのが柳条湖事件であった。商売
人がやるように用意周到に綿密に計画されたものであっ
た。
それは「あとは国内、満州、中国本土、そして第三国の
動向」とあるように、「怒濤のごとき時勢の流れ」と
いってもいいような影 響の広がりをもってもいたようだ。

何故かマスコミが自ら経験したものでありながら、その
時の内実を物語る資料がないらしいというのも奇妙なこ
とではある。
”それにしても、天皇の意思をないがしろにできるほど、
そのころの(1939年)陸軍の勢威は国家のすみずみ
にまであまねく行きわたっていた。当時の日本帝国は日
本陸軍によって占領されている、と形容しても誤りがな
い。とにかく大軍が動いてしまってから大元帥の認可を
えているのである。[ノモンハンの夏/半藤一利]”
”天皇の反対意思などははるか雲の上の話である。陸軍
に注射されている世論は、五月も終わりに近づくころ、
さらに尖鋭化していた。脅迫がたんに言葉のうえのこと
ではなく、実行への気配が日々濃厚となっていく。親ド
イツ熱、反イギリス熱で国民はカッカとなり、挙国一致
そのままにまとめられてしまう。この勢いに反するもの
は非国民となるのである。
昭和日本ではいつのころからか暗殺ということが英雄的
行為となった。専制君主が絶対の権力で君臨していて、
これをのぞくことが立派な行為であったという中国の歴
史に、日本人が親しんでいらいのことだろうが、昭和の
日本にはそのような圧政者などいなかった。にもかかわ
らず、浜口雄幸、井上準之助、団琢磨、犬養毅、そして
二・二六事件の斎藤実、高橋是清とつぎつぎに要人が殺
害されている。テロの目標とされた人をあげれば牧野伸
顕、一木喜徳郎、美濃部達吉、湯浅倉平、西音寺公望、
鈴木貫太郎と穏健派と目される人すべてである。日本の
政治史とは暗殺史ではないかと思わせられる。そして調
べて情けなくなるのは、暗殺が国家にとってつらい損失
であるにもかかわらず、犯人が英雄視されるのが普通、
というだけではなく、なぜか世論がそれを是認すること
であった。それを望んでいたといってもいい声や動きが、
世の中にひろくあることである。[同]”
僕は現在の日本の市民レベルに、このようなファシズム
がまだあるという感触はもっていない。しかし、日本の
特定の集団や支配者層には今猶それが息づいているよう
だ。最近のxxxx殺人なども、暗殺が形を変えて、同
じような効果を狙っているもの、ともいえなくもない。
さらに個人的な意見を述べれば、当時のそのような潮流
は、普段からのマスコミの悪質な煽情的な報道によると
ころが大きかったのではないかと、戦時などのものを見
ると思うのである。戦前戦時の各新聞の記事は、やはり
巷間伝えられるような、「言論統制によるやむを得ない
記事」などというものとは程遠い、積極的で確信犯的な、
巧妙な扇動記事そのものである。そして、その悪しき心
性は、現代にもマスコミの中に受け継がれており、政府
の広告代理店のような存在であるxxxxxのNHKな
どの具体例でこれまで示してきたように、彼らがxxx
x殺人や犯罪に関ったり、おもしろがったりしていると
いう現象にもつながっているように思われるのである。
また現在では、「自主性」だの「主体性」だのといって
も、その本人にもわからないサラリーマン的ともいえる
偽装ジャーナリストがはびこっているといっていいだろ
う。自分は自主的に主体性を持って御用記事などを報じ
ていると言う輩などもいるかもしれない。
ジャーナリズムという分野には、天から選ばれたような
人間だけが集まるというような非論理的なイメージもと
きにみうけられるようだが、それのへの説得力ある反証
は、政治という分野における現象をあげるだけで充分だ
ろう。ときには、逆にまったく相応しくない、悪魔に選
ばれたような人間が往々にしているのである。そして、
それは偶然というものではなく、そういう人間が利用す
るような「権益」がそこにはあるということでもある。
ともあれ、たとえば、思想弾圧をして死刑すらも行って
きた特高を統括していた人間であり、後にA級戦犯とも
なった正力松太郎を読売の社長にしてきた連中は、皆が
思うより狡猾な悪智慧が働く集団だといっていい。戦後
は国会議員にもなり、初代科技庁長官として中曽根康弘
とともに原子力行政を推し進めたこの正力松太郎は、C
IAのエージェントでもあったようである。「ジスイズ
読売」は伊達に英語を使ってはいない。
最近連中は「中央公論」を手に入れ、如何にも中立的で
権威があるかの如くイメージされるその植民地本で、魑
魅魍魎たちのイメージアップに勤しんでいる。その「中
央公論」を手に入れた披露パーティーには、表向き新聞
社が出版社を吸収するということからすれば不釣り合い
にも、政財界の錚々たる顔が揃ったというのも当り前な
ことであった。
戦後の新聞社を物語る一つのエピソードとして次のよう
なものもある。
”闇市に出回っていた商品のほとんどは、軍が持ってい
た国有財産の横領と横流しで、その金額は今の金にした
ら数10兆円になり、それを官僚、政商、闇屋などが山
分けしたのです。児玉機関が大陸で集めた貴金属やダイ
ヤモンドも、海軍が買い集めた軍需用の資源だが、朝日
新聞の飛行機に乗せて持ち帰ってから、右翼の辻嘉六が
売って金に替え、その資金が原資で自民党が誕生した。
朝日の河内航空部長は児玉や笹川と親しく、右翼に頼ま
れて社機を使わせたのだろうが、鳩山や河野がその背後
にいたわけです。[朝日と読売の火ダルマ時代/藤原肇]”
児玉誉士夫はA級戦犯で投獄された翌年、CIC(アメ
リカの陸軍諜報部。CIAの前身)に対するおよそ一億
ドルの支払いと引き換えに、七三一部隊の隠蔽工作にも
関っていたアメリカの高級軍人ウィロビーの手配によっ
て刑務所から出たので、その余った金で自民党を作った
のである。
現在の彼らはどうか。以下の引用文にあるようなことは、
僕が普段の連中の実際の行動からも裏付けることができ
る、彼らの真実の姿でもある。そして、これは朝日と読
売に限ったことではないのは言うまでもないことである。
”読 売新聞がヤクザ的な体質を濃厚にする点は、既に第
二章で総括して置いた通りであり、その主要な背景に販
売路線が関係しているなら、大新聞として似た現象は朝
日にも予想でき、販路拡張はスキャンダルの時限爆弾に
なる。現に、日本の新聞が手を出したサイドビジネスは、
公益法人の一角に陣取って系列を作り、利権の巣窟に
なった公団が顔負けの状態で、公私混同の悪どい利権漁
りに終始している。
読者には喧嘩相手としてのスタイルを強調して、朝日と
文春はお互いに相手に対決しながら、権力に対しての批
判をするポーズを取るが、本質において内部ではボス支
配が続いており、幹部へのゴマ擦りが蔓延しているし、
権力との裏取引も日常茶飯事である。[朝日と読売の火
ダルマ時代/藤原肇]”
この文の著者は、新聞社にも未だいるごく小数の有志の
者に期待を抱いており、だからこそこういう現状の事実
を書きそれに役立ててもいる。
今ある「メディア」を正常に戻し、再生させることがで
きるかという命題は、正道ではあるかもしれない。だが
現状でそれは可能なものだろうか、というふうに懐疑的
にならざるをえないのが僕の実感でもある。
また上記の「時限爆弾」は今の日本では何の意味もない。
何故なら、xxxxヤクザやxxxx右翼が新聞社など
と「xxxxx」で一緒になって行動しているからであ
り、無論そんなことができるのは、政・官、公安・警察
も彼らとつるんでいるからである。




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