警察庁非公然専門部隊員によるスパイ工作と、スバイ潜入工作の具体例と摘発した原則的闘いの経験

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投稿者 倉田佳典 日時 2001 年 3 月 30 日 11:36:12:

回答先: 『公安アンダーワールド』 投稿者 shigeo_kifuji 日時 2001 年 3 月 29 日 18:21:46:

この記事は、以前、ある人から電子メールでもらったモノです。(その人もさらに別の人からもらった模様。基本的には公刊資料なので、当時いろいろなところで出回っていた印象です。)
「前進」とは、中核派の機関紙です。(原文は確認していませんので誤字等があるかもしれません。)
公安当局とは敵対する一方の側からの記事ですので、そのへんは大幅に割り引いていただいたほうがいいかもしれません。あくまでも参考資料としてアップします。


前進 1997年9月8日 1898号

警察庁非公然専門部隊員・前川による
スパイ工作を摘発・粉砕

勝利の核心は原則的な細胞活動

警察庁非公然スパイ化専門部隊による、五年におよぶ大がかりなスパイ化工作を摘発し、粉砕する実に決定的勝利をかかち取ったことを報告する。それは、現職警察官=警察庁スパイ専門部隊員・前川による、関西労組交流セン夕ー活動家A君に対する職場への就職=潜り込みをとっっかかりとする、断じて許すことのできないスパイ化工作だった。しかも、前川自身の家族を動員するなど、実に卑劣で、巧妙な手□によるものだった。わが革共同は、このような悪行に手を染めた前川と警察庁スパイ化専門部隊、公安警察を絶対に許さない。必ずや責任をとらせる。同時に、すべての労働者人民に、ますますす悪らつさ、巧妙さを増す権力のスパイ化工作に対する警鐘を乱打し、ともにこれを打ち破り、蜂起に勝利する非台法・非公然党の建設と九月政治的蜂起戦に総決起起することを訴える。


「アルバイ卜」と称し職場潜入。酒と「観戦」を使い接近

 A君は、関西労組交流センター設立以来の若い活動家である。九二年秋、A君はPKO阻止の決意に燃えて、当時勤めていたB社の職場で、同僚にピラをまき、訴えを続けていた。現職公安刑事・前川が、このB社に「アルバイト」と称して、毎週二回働きに来るようになったのは、その数ヵ月後だった。前川は、A君が職場で『前進』などを見せると、「むずかしくてわからない。そういうのはダメだ。おれは、鈴木邦男とか、新右翼の方が好きなんだ」などと言い、巧みにA君に近づいた。本業については、「役所関係なんだが、夜動とかで、仕事があく日ができるので、ここは小遺い稼ぎだ」などとうそをついていた。
 しかし、前川は慎重だった。前川とA君のつき合いは、政治に踏み込むことはなかったし、職場から出ることもなかった。前川がパチンコで勝ったと言って、もう一人の同僚と二人で、初めて個人的に酒を飯みに行ったのは、一年後のことだった。
 九三年暮れ、A君は事情でB社をやめることになった。そのころ、前川は、A君をJリーグ観戦に誘うが断られ、A君がプロレスが好きだとわかると、「友達からチケットをもらった」と称して、A君をプロレス観戦に誘い出した。A君がB社をやめるときには、前川は同僚を集めて「送別会」を主催した。A君がB社を辞めて、その一ヵ月後に前川もB社を辞めた。A君がB社をやめてからも、前川は二ー三ヵ月に一回のぺースでA君とプロレスを観戦して、酒を飲む関係を続けた。だいたい前川がおごった。
 こうした関係をつくり出しても、前川の工作は慎重で、けっして政治の話には深入りしなかった。「おれの職場には、警察の関係者も出入りしている。君が運動やってるのに、そういうのがつき合ってると、まずいだろう。もうつき合うやめておこうか」と持ちけ、そのことによって逆にA君を信用させ、巧みにスパイ化の布石を敷いていった。
 また、前川は、さまざまな方法で何とかA君の関心を引こうとした。
 「いらない」と拒否するA君に無理やりアタルトビデオを渡そうとしたこともあった。

「勉強したい」と資料を要求

 九五年秋、ついに前川は一つの踏み込みを行った。「今、おれは国体関係の仕事やってる。国体に反対する運動をやってる人たちがいるだろう。あの人たちはなんで反対してるのだろう。そういう関係のものを君も持っているだろう。勉強したいから見せてくれないか」とA君に協力を迫った。前川を信用していたA君も、これには応じなかった。
「あともう一歩」と総括した前川は、さらに慎重な工作を続けた。

家族も動員し花見に誘う。5年にもおよぶ周到な工作

 九六年春には、前川は、家族をも動員して、A君を花見に誘った。前川は、前川の妻と三人の娘(中学生二人と小学生一人)、それに娘の友達まで動員した。そして花見の帰りに前川は初めて「自宅」にA君を案内した。この「自宅」なるものは実は工作用にセットした空き家だった。現場で前川はA君に「今、新しい所に引っ越しの最中でね」などと言い訳した。この過程で前川は、A君と同居している母親をも信頼させるに至った。
 そして、九六年暮れに、前川は決定的な踏み込みを行った。例のごとく、プロレスを見て、酒を飯んでいる席だった。前川は、「今日、国体関係で職場に来ていた警察が、君のいる地域の中核派の話をしていた。Cという活動家が中心的に動いているらしいね。カクマルもいるんだってね。Cって、知ってるんじゃないの。カクマルも近くにいるって言ってたけど、大丈夫なのか。余計なお世話かもしれないけれど、危ないことはやらない方ががいいんじゃないかおれが相談にのるよ」と言い寄ってきた。
 前川はこう言って、さもA君を心配しているかのように装って、革共同とA君の関係をしゃべらせ、からめ取る策に出てきた。それまで前川を信用していたA君も、「これはおかしい」と思わざるをえなかった。
 A君から報告を受けたわが革共同は断固として粉砕・糾弾の決意をうち固め、十二月某日、A君とともに、前川が指定してきた場所に向かった。するとどうか。現場周辺は、私服の公安刑事がうろつき、事前に二人組のレポがこちらの動向を監視しているではないか。ついに前川は現れなかった。A君が前川の携帯電話に電話を入れた。前川はあわてて「娘が交通事故で、今は救急車の中なんだ」などとこの期に及んで見苦しい言い逃れをしようとし、「どこの病院だというんだ。」と、A君が追及すると前川はたまらず電話を切ってしまった。その後、この携帯電話はスイッチが切られ、数日で解約された。以来、前川は、A君の前からすっかり姿をくらました。

家族にも正体隠す専門部隊

 今回のA君に対するスパイ化工作は、何よりも、警察庁秘密スパイ化工作専門部隊による、本格的な革命党壊滅攻撃の一環である。前川の正体は、警察庁警備局警備企画課に籍を置く責任者が直接指揮する、大阪府警に配置された秘密スパイ化専門部隊員である。彼らは、警察内部に部屋を持つこともなく、家族・親類や隣近所にも正体を隠し、表向きの住所と実際の居住を使い分けて、人民の目をあざむきつつ、日々スパイ活動に励んでいる極悪のやからなのである。
 この前川が、A君に狙いをつけ、何とかして中核派の中にスパイをつくり出し、革命党壊滅を図ろうとじたのである。しかも、九二年初頭以来、五年にもおよぶ用意周到かつ執拗な本格的スパイ化工作だ。
 前川はまずB社の経営者を協力者にし、身分を偽って、B社に「アルバイト 」として潜り込んだ。明白な国家公務員法等違反の非合法活動である。前川がA君に教えた電話も、A君をだますための万全の体制がとられていた。「A君と会うときは、いつ革共同に摘発されるかと戦々恐々としながら、レポと防衛隊の体制をとっていた。
 スパイ摘発・粉砕の勝利をはっきり確認すると同時に、このような人を人とも思わぬ極悪のスパイ化工作に対して、革命的な断を下すことを宣言する。

革命党圧殺の基軸的な手段

 今日、日帝・橋本は、新ガイドライン締結を突破ロに、日帝自身の戦争として、朝鮮侵略戦争に突進していこうとしている。そのための戦争国家づくりにとって、革共同の壊滅は死活的となっている。日帝は、革共同の壊滅、そしてあらゆる労働者階級人民の闘いを圧殺するために、組織的犯罪対策法を臨時国会に提出しようとしている。こうした中で、革共同や戦う労働者人民に対するスパイ化の攻撃は、ますます激しさと悪らつさを強めている。そもそも、スパイ化攻撃とは、日帝の伝統的で基軸的な革命党圧殺の手段である。日共ス夕ーリン主義の歴史は、日帝のスパイ化攻撃への屈服と敗北の歴史でもある。カクマル・黒田の反革命への転落はスパイ大川への協力・加担を重大な契機にしている。革命党にとって、国家権力のスパイ化攻撃との闘いは、前衛としての試金石なのだ。
 革共同の五月テーゼの決断に恐怖した日帝・国家権力は、五目テーゼを打ち出した九二年以来、革共同へのスパイ化攻撃を圧倒的に強化した。さらに、九四年九・二○宣言体制のもとに、革命党壊滅の攻撃は次元を画するものとなっている。これらのことをしっかりと見据え、日帝・国家権力の革命党壊滅、スパイ化攻撃を革命的に粉砕していかなければならない。

原則的な闘い貫きスバイ化粉砕して非・非の党建設を

 日帝・警察庁−前川によるA君へのスパイ化工作摘発・粉砕の勝利の教訓の核心は、原副的なボルシェビキ的細胞活動である。細胞が、会議・機関紙・財政の組織三原副を基軸にすえきって、警察権力の弾圧やスパイ化工作、反革命の攻撃などを、しっかりと組織的に対象化していくことであり、大衆との討論状況や、オルグ方針などについて、しっかりと組織的に討論していくことである。
 こうした原則的活動を不断に貫徹していけば、スパイ化工作は必ず粉砕できる。逆に言えば、原則的細胞活動の崩れこそが、前川のスパイ化工作のスキをつくり出していたということだ。その上で、権力のスパイ化工作の手□を大衆的に暴露し、宣伝していくことが重要である。今回、前川は、身分を偽り、A君の職場に就職までして五年がかりで工作をしてきた。その巧妙なやりロにA君はいったん信用させられ、わが革共同としても対象化が遅れたと言える。しかし、その中でも、A君は「スパイはビラや情報をほしがるもの」 「ピラや情報を流すことはスパイにつながる」という武装がしっかりとされ
ていた。だから、けっしてスパイ行為に加担させられるということがなかった。このことがスパイ化工作粉砕の大きな力であった。前川摘発・粉砕の勝利に続いて、日帝・国家権力のスパイ化攻撃を打ち破り、蜂起に勝利する、本格的な非合法・非公然の革命党を建設しよう。九月新ガイドライン最終合意粉砕−池田・久間訪米阻止の政治的蜂起戦に総決起しよう。

前進 1831号 1997年9月29日

権力のスパイ攻撃との闘いのために(上)

新安保ガイドラインと一体革命党壊滅攻撃の基軸政策

国家権力と革共同の〈組織対組織〉の死闘戦に勝ち抜け

 われわれは今、新安保ガイドライン粉砕・三里塚戦勝利をかけた歴史的闘いの真っただ中にいる。中間報告が出されて以降のわずか三カ目余の間に米・日帝国主義の朝鮮侵略戦争に向けての策動、日帝の参戦体制づくりが恐るべき勢いで進んでいる。だが、このような米帝の対日争闘戦の激化に必死に対応した日帝の朝鮮侵略戦争への参戦攻撃に対して、朝鮮・中国−アジア人民は激烈な怒りをもって闘いに決起している。そして、日帝の参戦攻撃は各地で日本の労働者人民の怒りの決起を生み出している。
 労働者人民との内乱的激突なくして日帝の参戦などあり得ない。日本階級闘争は、四半世紀を超える長期の内戦を戦い抜いてきた革共同を中心とする内乱勢力が厳として存在して、その骨格を守り抜いてきた。したがって、日帝の朝鮮侵略戦争参戦国化攻撃の本格化は、労働者階級人民の総反乱を不司避に爆発させてしまうのである。それゆえ総翼賛化の中で唯一の労働者階級の党として、この反戦闘争の最先端で闘っている革共同の破壊なしに、日帝の侵略戦争への突入など不可能なのだ。
 だからこそ、日帝の侵略戦争への突入は、日帝権力と唯一の革命党である革共同との組織と組織の死闘戦への突入を絶対的に不可避としているのである。九・二三決戦を前にして九月八日から、日帝権力は全国三十一都道府県、約二百カ所で、わが中核派の拠点や闘う労働者の個人宅、労組、大学の自冶会室寮などへの不当捜索を行い、同志一人をデッチあげ逮捕するという許しがたい予防弾圧を強行した。
 日帝権力はわが革共同の新安保ガイドライン粉砕闘争に追い詰められ、危機感を持って九・三二決戦圧殺の特別体制を敷き、総力をあげた大弾圧体制をとっているのである。われわれは、自国帝国主義が戦争に突入する時はまた、国家権力(とりわけその直接の弾圧部隊である警察権カ)と革命党との組織対組織の死闘戦への突入の時であることをはっきりさせよう。その闘いに勝利することなく反戦闘争を貫くことはできないのである。日帝権力は破壊活動坊止法の適用をもって革命路線の放棄ないレ革命路線の右翼的転換を強要し、それに従わなければ五条(組織活動の制限)と七条(団体解散)の適用による組織解散によって革共同の壊滅を狙ってくる。そして今、組織的犯罪対策法の大攻撃をかけてきている。しかし、革共同への破防法の組織適用をもって壊滅に逼い込むためには.日帝・国家権力は革共同の全体を組織的に明
らかにしていなければその実効性はない。
 九○年天皇・三里塚決戦での破防法適用ができなかった原因は、非合法・非公然体制を強めていた革共同に対して破防法の実効性がないことであった。つまり、破防法を適用しても、むしろ革命的武装闘争はより激化して発展し、爆発してしまうことを権力・冶安警察が明白に認識したからである。そのために、公然面・非公然面の双方の全体的解明に権力は躍起になっているのである。
 それは、公然面の組織実態と活動形態を徹底して解明する「ガラス張り化」と非公然面での組織をいったんつかんだら徹底して観察・監視し、機をみて一網打尽に弾圧するという「泳がせ」政策であり、その最大の弾圧手段とレて「スパイ潜入政策」を本柊的に開始したのである。
 本稿の目的は、朝鮮侵略戦争に参戦するための国民総動負体制に突入した日帝の冶安弾圧の中で権力の革命党弾圧政策の最も基軸をなす破防法攻撃と、その破防法攻撃を実行あるものにするスパイ政策と対決し、これに勝利するために、攻撃の実態を暴露しスパイ攻撃に対する全党の武装を強化する闘いを提起
するこ とにある。

90年破防法破産で革共同全体の掌握と壊滅ヘ弾圧拡大

 権力のスパイ政策による革命党破壊攻撃は、戦前・戦後をとおして一貫して行われてきたが、革命的共産主義運動に対しては七○年安保・沖縄闘争で本格的な武装闘争に着手して以降、特に激化してきた。日帝・国家権力の革命党破壊攻撃は、まず警察=カクマル連合とそのもとでのカクマルの白色テロル攻撃の激化であった。
 他方において、わが革共同が八一年に先制的内戦戦略の第二段階に突入したことを契機として、権力の総力をあげたわが革命運動破壊攻撃が強まり、スパイ攻撃は一層本格化する。この第二段階への突入に前後してのスパイ潜入攻撃の激しさは、本紙一一〇二号(八二年九月二十日付)野村隆夫論文に詳しく暴露されている。
しかし、この権力によるスパイ政策(スパイの潜入と党員およびシンパに対するスパイ化攻撃)を、わが革共同ばレーニン主義に立脚した原則的な組織活動によってことごとく粉砕してきた。とりわけ、七○年闘争で本格化した武装闘争とそれを継承した火を噴くような激しい二重対峙・対カクマル戦争への突入は、「人は金と脅しでどうにでもなる」と高をくくっている腐敗した人間観しか持っていない権力のスパイ政策に根底的打撃を強制した
のである。
 労働者階級の前衛党、本格的な革命党としてはまだ途上にあるとはいえ、八○年代を貫く三里塚決戦と国鉄分割・民営化をめぐる階級的激突において、わが革共同は必死に闘い抜き、八六年の地下党・地下軍の直接的壊滅をめざした権力の「五・七宣言」攻撃をもぶち破って、九○年天皇・三里塚決戦勝利にまで上り詰めた。追い誌められた日帝権力は、九○年決戦の敗北の総括をとおして「攻めの警備」への転換を打ち出した。それは九四年春の朝鮮侵略戦争切迫情勢と結合して警察庁長官国松による九四年「九・二○革共同壊滅宣言」体制として、革共同の党としての存在そのものの壊滅を、日帝権力の冶安政策の根幹にすえる攻繋に出てきたのである。
 「九・二○宣言」は単なる言葉の上の決意ではない。それは具体的内実を伴った決定的攻撃である。
  (a)革共同破壊攻撃を地下党攻撃にのみ集中するあり方から、革共同全体をガラス張りにする方針へとエスカレートさせた。その最も基軸的な手段としてスパイ潜入政策の圧倒的な強化があった。これは戦前の日共壊滅の教訓に基づくものである。
(b)非公然面は、たとえ部分的にキャッチしても、即攻撃を発動せず、「泳がせる」政策をとることをとおして、近い将来、破防法(さらには組対法)適用攻撃などで一挙にせん滅しようと準備する凶暴な攻撃である。
 日帝権力は、九五年春のオウム真理教事件の発生を徹底的に活用して、それを口実としてありとあらゆる警察権力の強化を図り、戦後的階級関係の中で踏み破れなかった「人民の生活領域への踏み込み」という暴挙をやった。それは人民の警察権力への協力の組織化、地域全体の掌握・制圧をとおした人民監視攻撃としてある。
 九○年天皇決戦の敗北の総括をとおした「攻めの警備」への転換のもとで、九二年から推し進めてきた掌握・監視のための「地域警察カの強化」攻撃は、日帝支配の破綻(はたん)と危機としてあったこのオウム真理教事件を逆テコとし、あくどく利用することで初めて可能となった。すなわち、オウム真理教事件は、戦後警察史を画する事件となり、新安保ガイドライン攻撃と一体の治安弾圧攻撃を一挙に推し進めるテコとなったのである。
 九六年四・一七日米安保共同宣言=日米新安保体制として日帝の参戦国家化に向けた攻撃は、米・日帝国主義による朝鮮侵略戦争情勢を一層切迫させ、敗戦帝国主義である日帝の体制的危機を突破する攻撃を一挙に激化させた。それは、一方では新ガイドラインの策定をとおして日帝と自衛隊が朝鮮侵略戦争へ全面参戦していく体制をつくろうとするものであり、他方では戦争国家体制構築=有事体制=内乱鎮圧のための自衛隊の冶安出動と破防法発動による革命党破壊攻撃を激化させるものである。それゆえ日帝権力は、革命党とプロレタリアート人民を掌握し、直ちに弾圧できる状態に持ち込もうと全力をあげているのである。それが権カの革命組織に対するガラス張り化攻撃をむき出しにしているのである。文字どおりの組織破防法攻撃である。
 このガラス張り化攻撃は@公然面に対する逮捕・不当捜索・尾行・張り込み・盗聴などによる党員の動態の把握、A非公然面に対する「泳がせ政策」としてあり、さらには、B革命党総体をスパイ政策をもって組織内部から掌握し破壊しようとする攻撃であり、基本的には組織破防法の適用による革命党の一挙的壊滅をめざすものである。
 とりわけ、スパイ政策はそれらの中でも重要な基軸をなす政策である。戦前の日本共産党は、天皇制ボナパルティズム体制の治安的根幹をなした特高警察によるこのスパイ政策によって基本的に壊滅に追い込まれたのである。
「誰を捕まえようとおもえば、ぃつでも捕まえられる状態にはあったですね。昭和七、八年(一九三二、三年)ごろには。どこそこの連絡線へ行けば誰と誰ということは、共青でも共産党でもだいたいみんなわかっていました」「『赤旗』でも、配布ルー卜のどこかで入手できたし、のちには印刷直後に入手できるようになりました」 (富下弘『特高の回想−ある時代の証言』より)
 もちろん、ス夕ーリン主義ゆえの革命戦略における誤りや権威主義・官僚主義かさまさまな組織の弱点をつくっていたという点はあったとしても、労働者階級人民の中に一定の権威をもっていた戦前の日本共産党が、日帝権力のスパイ政策でここまで掌握され、基本的に壊滅に追い込まれていったことをしかっりと教訓化する必要がある。敵権力の側は、戦争と大失業の時代=革命的戦争の時代を前にして、スパイ政策を「勝利の教訓」として再び治安政策の其軸にすえて攻撃に出てきたのである。
 新安保ガイドラインという形をとって、日帝の朝鮮侵略戦争への参戦準備がすさまじい勢いで行われている情勢下で、スパイ政策との闘いに勝利することなしに非合法・非公然の党の建設は不可能である。また真の意味で反戦闘争を貫き、革命運動の勝利をかちとることも不可能である。わが革共同は、九一年五月テーゼをもって戦争と革命の時代における日帝権力との組織的死闘戦を闘い抜き、労働者党建設の闘いを推し進めてきた。革命党破壊攻撃の基本手段である権力のスパイ政策と全力で対決してきた。以下、その勝利の経験と教訓をとおして、権力のスパイ政策との闘いの方向性を具体的に提起したい。

スバイ潜入工作の具体例と摘発した原則的闘いの経験

@−1【首都圏で活動家として活動している時、○○動員で逮捕されたB氏の例。出獄後、半年くらいで活動から離れる。その後就職した職場に公安調査庁が仕事にかこつけて度々訪れ、酒をおごられる関係になる。そのうちに「情報を提供してほしい。○○○に入って活動してほしい」と要求された。B氏は指導部であった同志と会って討論し、すべてを報告し、公調との一切の関係を絶った。
@ー2【A地方委員会の活動家L氏の 例。活動から離れてしばらくしてから職場の同僚に誘われて飲みにいくと、そこに男が待ち受けていて一緒に飲む。その後、昼休みに同僚と一緒に会う。その時、組合のことや中核派のことを聞き出そうとするので、「なぜそんなことを聞くのか」とただすと「県警だ」と答える。L氏はA地方委員会の関係者と会って討論し、その後は誘われても一切拒否した】
これは、権力の最もオーンドックスな工作の手ロである。われわれと疎遠になったり、活動をやめた人やシンパが再決起・再結集してくる場合には渾身(こんしん)のカでオルグし、政治的・路線的・思想的にしっかりと獲得することが必要である。元活動家の再獲得の闘いは重要であり断固としてやるということだ。その場合指導部は、再決起した活動家と真剣に向き合い、獲得の立場から政治討論をしっかりとやり抜き、活動をやり抜くことができなかった困難をともに解明するという闘いに全力をあげることが決定的に重要である。
A【九五年三目ごろ、C氏からK支社に「『前進』を購読したい」という内容の手紙が届いた。「七○年代に○○で働いていた。職場の先輩から紹介されて『前進』を読んでいた。現在は実家に戻り、下請けの職場で働いている」というもの。S地方委員会に照会し、直接会ってもらったところ、地元県警公安が接近し、酒を飯む関係になっており、警察の指示で申し込み、代金も警察が支払っていたことが分かった】
本社や支社に『前進』購読を申し込んでくるケースは、基本的には党の闘いと路線に共感して「ぜひ『前進』を読みたい」という支持者である。だからこそ、こちらから政治的・路線的・思想的に真剣に獲得することが可能であり、心底からの信頼関係を形成することが可能なのである。しかしもちろん、さまさまな動機をもって『前進』の購読を申し込んでくる者もあり、その中に権力およびそのスパイとなっている者もいる。だが、にもかかわらず真剣な獲得=思想闘争をとことんやり抜くことが、ここでも勝利を切り開くのである。特に今回の例では、S地方委員会との実際の関係があった者の『前進』購読申し込みだったので、支社からの照会に文書で回答するだけではなくS地方委員会の前の担当者が直接オルグに行ったという真剣な態度が勝利を切り開いたのである。担当者の真剣な態度にC氏も心を打たれ、権力の攻撃を打ち破って決起し、すべてを報告するという決定的な勝利になった。重要な勝利の教訓である。
B【Eは八七〜八八年ごろ、○○街宣でオルグした男で、次回の会合をその都度約束するという形で『前進』を売り始めた。定期的に会うが住所はあいまいなままであった。そういう状況の中で、さらに活動家の家族的心配事まで相談にのるようになる。三〜四年後、別の件でEを調査していた同志が、Eは公安調査庁であることを究明し、直ちに絶縁した】
大衆運動や宣伝活動における街頭行動は、それ自体は革命連動にとって不可欠なきわめて重要な闘いである。しかしそれは権力にも完全に自らをさらす場となっているという観点に立ってオルグすることが大切である。大衆に広く門戸を開いて大胆に闘いへの決起を呼びかけるからこそ、権力との真剣な闘いが死活性を持ってくるのである。したがって、街宣活動で獲得した対象者のオルグは、基本的にはその組織のキャップの指導のもとで、きわめて原則的に組織的に行われる必要がある。以上の四件の勝利の事例は、権力がスパイを直接潜入させようと工作したケースである。これに対して、路線に基づく治討論と思想闘争を重視し、組織的・原則的闘いでB氏、C氏、L氏の獲得に成功した結果、権力のスパイ工作を摘発発・粉砕する勝利をかちとることができたのである。
(つづく)


前進 1832号 1997年10月6日

権力のスパイ攻撃との闘いのために(中)

権力の工作の具体的ケースにみる卑劣な手口を暴く

逮捕などの直接的接触の機会を利用してス八イ化攻撃

 前号に続き、スパイ攻撃の具体例と摘発した勝利の
経験を見ていきたい。
逮捕時の取り鯛べをとおして屈服・転向させスパイ化する。
 @−1【九三年春、Q地区委員会のシンパR氏は、闘争で逮捕されたが、釈放になった。その後、R氏の自宅に○○署公安二人が数回来て協力を要請した。これは、R氏の逮捕時の対応にやや甘いものがあったのでそこに付け込もうとして訪問したものと思われる。R氏からの報告を受けて政冶的・思想的討論をとおして対権力の武装を強め、その後の公安の訪問には拒否する態度を貫いた】
@−2【U県委員会のシンパだったVは、逮捕時に権カに屈服し、基本的にはそのことを契機にスパイ化した。政冶警察の指導を受けながら、摘発されるまでの数年問、わが党周辺でスパイ活動を行っていた。集会などの三次会に参加しては新しいメンバーを家まで送って住所氏名を特定して権力に知らせたりしていた。Vは日ごろから金遺いも荒く、何かと不透明な部分も多かったため、原則的に闘う他の同志やシンパから浮き上がりあぶり出されて摘発された】微罪事件や不祥事で逮捕・拘束した時に「無罪釈放」し、その後工作する

A【九二年未、ちよっとした不祥事で逮捕されたD氏が活勲家と分かって、警察権力は内密に一晩ですぐに釈放した。後日、その警官がD氏を呼び出してきた時に、事件を内密に処理してもらった弱みから断れず、一緒に酒を飲んで話す関係になってしまった。当時「D氏は家庭の事情もあり、もともと酒好きということもあって生活が乱れ、財政は破産的状態になっていた。酒食の供応や現金も受け取るという中で、徐々に情報提供に応じるようになっていった。しかし、警察の要求が会議や集会の報告にエスカレートしていく一方で、D氏は会議での同志たちの真剣な討論や姿勢に触れ、強要されたスパイ活動を続けることに耐えられずにキャップに報告して事態が判明した】

交通事故や「落とし物」事件の取り調べなどで接触した機会を利用し工作する

B【九○年ころ、S県委員会のシンパだったTは『前進』の入ったカバンを落とし、それが権力に届けられ連絡がきた。引き取りに行った際に「誰からもらっているのか」と聞かれ、○○支部のキャップの名前などを話した。Tはこの事件の後で連絡が切れる。しばらくしてS県委員会のオルグを担当していた同志あてに手紙があり「就職した。『前達』を定期購読したい」と連絡してくる。しかし、連絡が突然切れる前に「自分は権力や暴力団と話ができる。○○社に出入りしている」と周辺に自慢していたという経過もあって、県委員会はTをスパイと断定し、関係を切るよう指導した】
 逮捕時の屈服・転向やAのケースのように事件を不問に付した弱みをついてスパイ化するという攻撃は、権力にとって豊も古典的でオーソドックスなやり方である。それゆえ、出獄後の指導と討論、何よりも正面からの政治的・思想的討論が決定的に重要である。とりわけ、最近の逮捕攻撃は「実家に住民票をおいているが活動しているのでたまにしか帰れない」というような、一般的にはなんらの違法性もないのに「公文書不実記載」や「免状等不実記載」などのデタラメな理由をこじつけて弾圧し てくることが多い。これらの弾圧は、逮捕理由のいかんを問わず権力の「切り落とし」攻撃との真剣勝負であり、一瞬の気の緩みも敗北につながるので、本人と組織とが一体となって全力で闘わなければならない。また、完黙・非転向の闘いの重要性を日常不断に提起し討論することが決定的である。臭体的には『弾圧とのたたかい』 (「弾圧と一のたたかい刊行委員会)一や『救援ノート』 (救援連絡セン夕ー)に基づく討論』と指導を日常的に目的意識的に行うことが、実際の弾圧に直面した時に圧倒的に力を発揮する。弾圧は予想.していない時に受けること.が多いので、基本会議で日常的に指導するという原則的組織指導こそが勝利を保証するのである。

長期間の基礎調査によつて活動家の弱点を捜して接近

 親類・知人・同僚などをとおして顔見知りになり、人間関係を形成する 
@【九○年ごろ、○○シンパのG氏の遠い親類に当たる現職警察官が訪ねてきて、その後何度か酒を酌み交わすことがあった。当時のG氏のオルグ担当だった同志との間でこの問題についての真剣な討論が行われ、G氏はキッパリ断る決意をし、拒否する態度を貫いた結果、それ以降来ていない】
権力のスパイ化攻撃のマニュアルに、警察官自身の親類・同級生・同郷者を調査して接近するという方法が重要な戦術の一つとしてある。したがって、われわれが「親類だから」「同級生だから」ということで、もし原則的態度をとらなかったら、それはスパイ化攻撃のえじきにされてしまう。このケースの場合、指導をとおして正しい方針が貫徹された結果かちとった勝利である。職場に同僚として入り込んだり、社長や上司を使って意図的に警察権力と接触するような仕事につけて人間関係を形成する
A【現職の警察官=警察庁スパイ専門部隊員・前川による、関西労組交流センター活動家A氏に対する職場への就職=潜り込みをとっかかりとする、断じて許すことのできないスパイ化工作(本紙九月八日付一八二八号5面で既報)】この例は、五年間にわたる接近工作という点では非常に本格的な攻撃であり、カクマル問題から不審性をかぎ取り、スパイを摘発したA氏と彼に対する指導は賞賛に値する。このように「用意周到に準備した」攻撃でも、やはりしよせんは反革命的動機で接近してくる政泊警察であり、原則的な闘いであぶり出すことが可能だということを見事に証明している。

犯罪捜査に名を借りて強制的に関係をつける

G【九六年五月ごろ、I同志のアパートに「鉄道妨害事件の特捜班○○を名乗って事情聴取したいと権カが訪問する、この時点では操作を口実としたスパイ化工作だとは本人は思わなかった。六ー七月に留守電に「会いたい」のメッセージがあり再度訪問する。「君は優秀な社員だから七月の集会など行かない方がよい」といった趣旨のことを言う。I同志の報告を受けて組織的な検討と討論が行われ、権カによる捜査をロ実とするスパイ化工作と断定。I同志はその後の訪問をキッパリと拒否する】
このケースは、たとえ事実に基づく犯罪捜査(事実でない場合が多々ある)であろうとも、警察権力との接触があった場合、きわめて原則的に報告を行うことが重要であることを示している。敵の側も日常的に活動家の墓礎調査を行いわれわれとの接蝕の機会を虎視肱々(こしたんたん)と狙っているのである。

飲み屋・飲食店で偶然を装って接近する

C【J同志の行きつけの飲み屋で知り合った男が、何度も家に来て付き合う関係になり、そのうちに権力を名乗ってスパイ活動を強要するようになった。また本人が拒否してもドアの外に土産を置いて帰ったりしたことも度々ある。一切対応しなかったら、その後は来なくなった】
これは、権力が活動家の尾行・監視行動をとおして「行きつけの飲み屋」をつかんだ上で、目的意識的に接近してきた典型的なケースである。この例は、われわれの日常生活といえども権力から秘匿することがいかに大切か、ということを明らかにしている。とりわけ、「行きつけの飲み屋」が政冶警察の攻撃対象に選はれるというケースが圧倒的に多いことを、厳しく見ておかなくてはならない。権力の尾行に対する摘発・粉砕の闘いもなく、武装解除された状態で行きつけの食堂や飲み屋を利用す
るのは、スパイ化攻撃の対象となるのだという自覚を持つことが必要である。

活動家の山登りなどの趣味に合わせたス卜ーリーを作って関係を形成する

D【八九年ごろ、W県委員会Y同志は病気療養後、療養先の医師の世話で野良仕事をやっていた。そのころ、魚釣りに行ったらたまたまそこで一緒になり、何度か一緒に釣りにいった。その後Y同志が留守の時に、手士産を持ち「その辺まできたから」と言って訪問してきたりした。不審に思って職業を問いただすと「県警の公安だ」と名乗る。一切関係を断った】
これらは、基礎調査に基づいて活動家の趣味などをつうじて自然に接近し、関係を形成しようとしたケースである。権力は、活動家の生活条件や趣味を基礎調査で把握して、その条件に合わせたストーリーを作って援近してきている。われわれに接近してくる人問は、その身元、家族関係などをすべて掌握して付き合うという戦闘的姿勢と作風が、この勝利をかちとる力となっている。だが、この力は三原則に立脚した組織活動とスパイ攻撃に対する具体的なケーススタディという組織的取り組みによって初めて形成されるものであることをしっかりと確認しよう。

自動車の事故や故障といっ偶然を装って接近して「親切」を引き出し、その「お礼」をとおして関係を形成する

E−1【M同志は公務員労働者で実家のすぐ近くの自宅に住んでいた。九四年秋、自宅の隣地に車を突っんだと言って四十五歳位の男が訪ねて来る。数日後、男は菓子折りを持って謝罪に来る。その時、自分の趣味が写真であることを話して写真を撮って帰り、その後の訪問の口実を作った。その後一〜二ヵ月に一度のぺースでM同志宅を訪問、M同志は顔を合わせることが少ないがすっかり家族ぐるみの付き合いになっていた。夏には「お祭りを見にこないか」と招待され、家族三人で訪問した。会議で報告し、討論した結果、不審だという結論が出て、男が来た時M同志が職場を聞いたら、「県庁の○○課」と実在しない課を答え、権力のスパイ工作だとハッキリした】

病気療養中の活動家を狙って接近工作する

E−2【N同志は持病により活動を離れ、組合活動もできない状態になっていた。九七年三目に近所に公調を名乗ってN同志のことを聞いたうえでN同志宅を訪問してきた。 「公安調査庁の○○」と名乗り「話がしたい」と言ってきたがドアを開けずに追い返した。自宅の最寄り駅の近くでも声をかけられたが「何も話すことはない」と拒否した。

近所の家を訪ねる口実で場所を尋ねるなど

E−3【九四年ごろ、P同志が住んでいるアパートを○○が訪れ、 「このアパートに入りたいのだが」といって話しかけてきた。その後、うどんなどの土産を持って何度か訪問してきた。P同志が仕事中にも、偶然を装って何度か現れたことがある。P同志は一度、○○のアパートに行ったことがあるが、生活のにおいはしなかった。それらの ことについて不審を感じたP同志は会議で報告した。その後の調査に墓づいて○○は公調だと判明した。

 これらのケースは、親切心や病気で苦しんでいる人間の気持ちを利用して攻めるという最も悪質で非人間的な攻撃である。これらのケースでは、関係の形成が家族ぐるみになるということが多く、最も卑劣なやり方である。怒りをもって粉砕する闘いに決起することがボイントである。この攻撃に対する闘いは、知らない人間との付き合いにおいては、全力で身元の解明を行うことである。このことは分かり切ったことだが、やはりその原則的闘いをきちんと貫徹するということが最良の対策なのである。特に、ここで扱ったケースは、大衆運動や『前進』の購読申し込みの例とは異なって、非政冶的関係をとおして接近してくる例が多いところに特徴がある。こういう場合、人間関係に配慮して相手の身元を聞いたり調べたりすることをためらってしまうことが多いが、それが政冶警察の狙い目なのだ。積極的にこららから相手を訪問するなどの踏み込みをとおして実態を掌握することが重要である。
 この章で紹介したケースは、三カ月から半年間の基礎調査を踏まえて、活動家の弱点を探して接近している例である。権力は、活動家の全体像を対象化し、弱点を探して、巧妙に日常生活の中に滑り込むように接近してこるので、直接の当事者事者となった本人には気付きにくいケースが多い。したがって、基本組織日常的会議などをとおしての原則的討論・組織指導、スパイとの闘いに対する具体的なケースス夕ディなどを活用しての武装・思想闘争がきわめて重要なのである。そして接近工作の初期の過程で、摘発し粉砕することが勝利につながる。
 次に、公刊物で明らかにされたスパイ潜入の手□について若干紹介する。
《『公安調査庁の暴走』(宮岡悠ー現代書館)から》
「(マスコミ関係やシンクタンクの)社員として事務所の中に机や電話まで用意してもらっていたらしいですよ。……シンクタンクの研究員という肩書なら、相手もごまかしやすいし、何よりも偽装じゃないから気が楽」
「協力者と接触するだけのために専用のアパートを借りることすらあるという。調査官が経費で民間アパートを借りておき、ここで協力者との接触を行うという方法だ。こうした場合、事前に接触日時を決めておいて別々にアパートに入り、室内で落ち合って情報のやり取りをした後に別れるのだという」

善意につけ込んで金銭・酒食で買収狙うのが常套手段

 以上の暴露してきたスパイ攻撃の手口について整理しておこう。
まず第一に接近のの手口の狡猾(こうかつ)さである。人のよさや善意・親切心につけ込んでくる卑劣さ、うす汚さは権カの本性からくるものだ。
その一は、権力が正体を隠して接近してきていることである。権力の身分偽装の典型がルボライ夕ーやジャーナリス卜である。これは公安調査庁の正体隠しの常道である。
そのニは、交通違反や軽犯罪法違反などの微罪にひっかけて、違反もみ消しの恩を着せたり、あるいは逮捕・勾留のつぶしの攻撃をかけたりすることである。
その三は、家族ぐるみの力でがんじがらめにしようとしていることである。独身者には「家庭の味」を味わわせ、家族持ちには妻子ともどもの交際へと発展させ、対象を逃れがたくとらえてしまおうという狙いなのである。
 第二に、権力は金銭で買収すること、酒食で誘惑することで対象を取り込むこと常套(じょうとう)手段としている。
 第三に、権力はスパイ強要策動を長期計画と用意周到な準傭のもとで実行して
きているということである。身分を隠して接近し、対象に関する調査をすると
ころまでやってきている。
(つづく)





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