ゴーマン教科書テキスト(日本と中国・朝鮮の反応 P174-75)

 ★阿修羅♪

[ フォローアップ ] [ フォローアップを投稿 ] [ ★阿修羅♪ Ψ空耳の丘Ψ13 ]

投稿者 ソウルトレイン 日時 2001 年 6 月 08 日 23:52:13:

第4章近代日本の建設
1 欧米の進出と幕末の危機
40産業革命と市民革命
41欧米列強のアジア進出
42アヘン戦争の衝撃
・アヘン戦争と英国の中国分割
・日本と中国・朝鮮の反応
清がイギリスに敗れ、香港を割譲し開国したという情報は、「オランダ風説書」をと
おしてわが国にただちに知らされ、幕末の指導者や知識層に深い衝撃を与えた。しか
し、朝鮮では危機意識がうすく、9か月もたってから、報告書が提出された。その内
容も簡単なものだったので、指導者層も国際情勢の急変に気がつかなかった。戦争に
敗れた当の中国人自身も、日本人を驚かせたほどの衝撃は受けなかった。
 中国は古代から何度も異民族に侵入されて、その支配を受けることも多かった。し
かし、支配する異民族を逆に自国の文明の中に取り込み、同化させてしまう傾向が強
かった。
 現に、清は満州人の支配する国である。中国人は異民族に支配されることに慣れ、
支配されても自分は変わらないという自信をもっていた。欧米列強の進出という、今
度ばかりは問題の質が少し違う重大事にあっても、彼らは同じ姿勢を崩そうとはしな
かった。
さらに、中国の儒教の教えでは、皇帝が人民を徳で治めるのが正しい統治であるとい
う徳治主義の考えが強く、武力の卓越をを尊ぶのは野蛮であるとみなされがちであっ
た。実際には武力を用いて物事に当たることも多かったが、文官が優位を占める官僚
中心のこの国では、建前としては、武官が尊重きれなかった。そのため、イギリスに
戦争で敗北しても、徳ではなく、武力に敗北したにすぎないと考え、自国の文明に射
する自信はゆらがなかった。
 そのうちに、欧米列強の圧力はさらに強まったので、清は西洋の軍事技術を取り入
れざるをえなくなった。しかし政治、社会でのあり方や、文明そのものを見直そうと
いう考え方はまだ、おこらなかった。
 見直しが必要だと清が思うようになるのは、のちに日清戦争で日本に敗れてからで
ある。清は近代国家の建設の仕方を学ぼうとして、大量の留学生を日本に送ってきた
。古代の遣唐使とは逆の連動が始まったのである。



フォローアップ:



  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。