「再考・集団的自衛権」  浅井基文

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投稿者 付箋 日時 2001 年 7 月 06 日 17:06:56:

    「再考・集団的自衛権」  浅井基文

 なぜいま集団的自衛権が問題となっているのか、国民にとって「どうでもいい」類の話なのか、ということについて考えたいと思います。結論から言いますと、この問題は日本の国としてのあり方に直結する重大な問題、私たち自身の問題ということであり、決してゆるがせにできない、ということです。

 アメリカは、世界でもっとも経済成長が著しく、アメリカにとってますます重要性が増しつつあるアジア太平洋地域を自国の支配のもとにおくことを考えています。そのためにこの地域でアメリカにとって都合が悪い存在があらわれることを、手がつけられなくなる前につみ取ることが必要だと考えます。私たちの常識を越えることですが、アメリカはそういう存在を押さえこむための軍事的な態勢づくりが必要だと考えるのです。

 アメリカ本土から遠く離れたアジア太平洋地域ですから、アメリカが軍事力行使をするためには拠点(基地)が必要です。アメリカは、そういう基地として日本を重視します。アメリカにとって、ユーラシア大陸の東縁に位置する日本ほど重要な戦略的拠点はないのです。したがってアメリカとしては、日本が「戦争ができる国」にならないと困るのです。

しかし日本には戦争を禁止した平和憲法があります。平和憲法の存在こそ、アメリカにとってもっともやっかいな障碍です。この障碍を乗り越えなければならない。その手段と考えられているのが集団的自衛権です。

 集団的自衛権とは何でしょうか。国際法において、他の国のために戦争ができる法的な根拠とされるのが集団的自衛権という考え方です。たとえば、アメリカがアジアで戦争をすることを考えた場合に、日本がアメリカに協力することが不可欠になります。そういう軍事協力を可能にするためには、「日本には集団的自衛権がある」といえることが不可欠の条件となるのです。

しかし日本憲法は、日本が過去において侵略戦争をしたことの反省にたって、二度とその過ちを繰り返さないことを国際社会に対して厳粛に約束しました(第九条)。アメリカに対して軍事協力をするという形であっても、日本が戦争をすることには変わりはありません。つまり、集団的自衛権という考え方は憲法の立場と根本的に相容れないのです。だからこそアメリカとしては、憲法第九条の存在が邪魔になるということなのです。

 そういう重大な問題が内在している集団的自衛権ですが、いま日本国内では、「集団的自衛権を認めるべきか、認めるべきでないか」という次元でしか議論されていないのが実情です。このような議論においては、私たちは、集団的自衛権という権利は確立しているという前提をおいてしまっています。しかし、じつはそう決め込むこと自体に問題があるというのが私の理解です。もっと平たくいいますと、本質において「他の国が戦争するのに協力する」ことを本質とする集団的自衛権という考え方は、本来の自衛権という考え方とは異質なものなのです。その単純明快な事実さえふまえれば、「集団的自衛権を認めるべきだ」、「認めるべきではない」という議論に入りこむこと自体が、じつはきわめておかしいことが分かるでしょう。

 集団的自衛権は国連憲章が認めたものですから、今さらそんな議論をするのはおかしいという主張が出てくると思います。とくに日本国内では「国連中心主義」ということがいわれるように、国連がやること、といえば無批判にうけいれてしまう雰囲気がありますから、なおさらです。

しかし本当にそれでいいのでしょうか。国連がやることでも、それがつねに正しいとはかぎりません。私たちはあくまでも主体的にものごとを判断することが求められていると思うのです。いまの憲法を変えようと主張する人たちは、「国連がやることは正しいのだから、憲法の平和主義の考え方は非現実的だ」と決めつける傾向がありますが、それは根本的に間違っていると思います。

 しかも国連憲章に定められた考え方がそのまま実現されてきたわけではありません。とくに湾岸戦争以来の現実を見ると、集団的自衛権が大国とくにアメリカの都合によってもてあそばれてきたというきびしい現実があります。つまりアメリカは、ほかの国々と語らって戦争するときに、集団的自衛権行使という名目を使い、国連はそういうアメリカの主張を正当化する道具にされてきたのです。集団的自衛権はアメリカが行う戦争を正当化する隠れ蓑といっても、いいすぎでないのです。

 このように本質に立ち返って考えますと、集団的自衛権という考え方に疑いをもたず、その権利を前提にした議論、つまり日本において行われているような、「集団的自衛権を日本も行使できるようにするべきだ。そのためには憲法を改正するべきだ」といったたぐいの議論を鵜呑みにすることは許されないことが分かるのではないかと思います。

私たちに求められることは、集団的自衛権の問題を含め、国際政治にかかわるなにごとについても、一つ一つの物事にそくして是非を判断する能力を養うことではないでしょうか。その際に私たちの指針となるのは、過去の侵略戦争を反省し、二度とその過ちを繰り返してはならないという憲法が指し示している精神だと思うのです。




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