本当なら切腹もの〜田中真紀子の天皇内奏漏洩(週刊新潮10/18号)

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投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2001 年 10 月 11 日 14:42:46:

本当なら切腹もの〜田中真紀子の天皇内奏漏洩(週刊新潮10/18号)

この人の失態は、とどまるところを知らない。今度は天皇陛下に向かって小泉批判を展開した挙句、その会話、つまり「内奏」の中身を漏らしてしまったという。小泉内閣のお荷物となったのは仕方ないとしても、保身のために皇室まで利用するとは・・・このオバサン、もはや日本の“汚点”である。

また真紀子大臣である。
テロ事件以来、脱線だらけの暴走機関車と化した彼女がしでかした失態は、米国務省の極秘の避難場所を自慢げにバラしてしまったり、重要任務のパキスタン訪問を「これは官邸のワナね」などと言って拒否するなど、国益を損ねることばかり。
お守り役の野上義二事務次官もすっかり匙を投げ、次は何をやるか戦々恐々の日々だというが、今度は何と天皇陛下への内奏を漏らしてしまうという疑惑が起きてしまった。
つまり、陛下に向かって小泉首相の政策批判をくりひろげ、おまけに、陛下も味方になってくれたと、周囲に自慢して回ったというのだ。
内奏漏洩といっても、ピンとこないかも知れないが、実際に閣僚が更迭された前例がある。
昭和48年、田中角栄内閣の増原恵吉防衛庁長官が、会見で天皇陛下にご進講したことを取り上げ「専守防衛は難しいが、国の守りは大事なのでしっかりやってほしい」と励まされたことを披露したのである。
この発言は防衛二法の審議前ということもあって野党が猛反発。国会は紛糾し、ついに増原長官は辞任に追い込まれてしまったのだ。
当時のマスコミは、皇室のタブーを犯したために起きた“ハラキリ”ともてはやした。
この例に倣うなら真紀子大臣も“内奏漏洩”だけでなく“天皇の政治利用”“現職閣僚の首相批判”という3つの責任がある。まさに“切腹もの”の疑惑なのだ。
そもそも、この疑惑が持ち上がったのはテロ事件翌日の9月12日のことだった。
官邸詰めの記者が言う。
「テロのあった9月11日深夜、田中外相は官邸別館の3階にある危機管理センター(内閣情報集約センター)での閣僚会議に遅刻してしまい、小泉首相や麻生太郎政調会長から完全に無視されてしまったのです。やることがない田中外相は仕方なくウ一ロン茶を注いで回ったりしていました」
この直後に1発目の失態が起きる。翌午前2時半の会見で真紀子大臣が米国務省の避難先をバラしてしまうのである。
真紀子大臣の発言は攻撃してくれと言っているようなもの。後でこれを知った小泉首相は激怒したが、今となってみれば、この失態さえ予兆に過ぎなかった。
同じ9月12日の午後3時、真紀子大臣は加藤良三新駐米大使ら4人の新任大使の認証式に出席するため皇居に向かう。
「ここで田中外相は“侍立”といって、大使らと一緒に認証式に立ち会うのですが、それが終わった後、しばらく天皇陛下と話す時間があったのです。正確には内奏とは言えませんが、それとほぼ同じものと考えてよいでしょう」(外務省幹部)
ちなみに内奏とは、現職の閣僚だけが天皇陛下に行うもので、その時々の政情などをご進講したりする。宮中の小部屋でテーブルを挟んで天皇陛下と2人だけで向き合い、20〜30分ほど話すのが通例だという。だが、侍従であってもその様子を覗くことはできないし、閣僚が内奏の内容を外に漏らすことは絶対にあってはならない。
ところが真紀子大臣、このタブーをあっさり破ってしまったというのだ。
別の外務省幹部が言う。
「田中外相は、認証式が終わると外務省のオペレーション・ルームに戻り、上気した顔で陛下とのやりとりを披露し出したのです」
オペレーション・ルームとは情報集約のために作られた施設で、新庁舎の地下1階にした大部屋と小さなデシジョン・ルームに分かれており、この時は50人以上の職員が詰めていた。
「部屋には副大臣、政務官、それに北米局や総合外交政策局の幹部、領事移住部長などがいたのですが、彼らを前にして田中外相は“1時間も内奏したの。最長記録らしいわよ”と自慢話を始めたのです」(同幹部)
その場にいた関係者の話を総合すると真紀子大臣、こう言ったという。
<私が“小泉首相は今回のテロをきっかけにどんどん自衛隊を派遣したいと考えているようですが、やりすぎで問題ではないでしょうか”って言ったら陛下は“そうですね”って同意されたの>
<野上次官が、これだけのテロを起こす能力があるのはイランとイラクだけだというから、それを陛下に伝えたら“イランは違うのではありませんか”とお答えになったのよ>
また、真紀子大臣は別の日にも国会関係者に内奏を漏らしたとも言われている。これだけ触れ回ったのならマスコミに漏れるのはもはや時間の問題だったのだ。

●信濃毎日の“特ダネ”

この内奏問題を最初にスッパ抜いたのは、意外なことに地方紙の信濃毎日新開だった。
同紙の9月22日付記事は、ずばりと指摘している。
<外相は先の内奏でも首相を批判、その内容を外部に漏らし、同僚議員から強くたしなめられたとされるなど二人の間の亀裂は深刻な事態へと発展しっつある>
記事を書いたのは同紙ではなく、大手通信社の記者といわれているが、ともかく、これがきっかけで話は燎原の火のごとく広がり出したのだ。
「9月28日には杉浦正健副大臣が噂として広まっていることを小泉首相に報告しています。田中外相もこのままではまずいと思ったのか、10月3日になって、自分から外相懇談会を開いたのです」(外務省クラブ記者)
だが、この懇談も奇妙なものだった。
「夕方になって田中外相から申し入れがあったのですが、現れた田中外相は“ここ数日問い合わせがありますが内奏で何か言ったという事実はありません。内奏したかどうかも答えられません。以上です”と一方的に言うだけ。しかも実名は出すなという。まったくふざけた懇談でしたよ」(同記者)
翌10月4日の朝刊は一斉に懇談内容を報じたが、むしろ逆効果となってしまい疑惑は5日の予算委員会でも取り上げられてしまったのである。
「田中外相が内奏漏洩を必死で否定する以上、外務省としてもこれを守らねばなりません。しかし、この一件を目撃した職員がいることも事実です。もともと人気のなかった田中外相ですが、これで省内の信頼を決定的に失いましたね」(外務省幹部)
元衆院議長の田村元氏(77)が言う。
「私も運輸大臣のときに何度か内奏したことがありますし、今の天皇陛下とも会食させていただいたことがあります。しかし、天皇陛下は、政治的な話題について絶対に自分の意見を言うことはありません。ましてや、小泉首相についてどうこうなんてあり得ない話。天皇陛下を政治利用しようなんて全く怪しからん話です」
折りしも10月8日、米軍がタリバンに空爆を開始したが真紀子大臣は、またもやカヤの外だった。
「田中外相は、“1時15分に北米局長から連絡があったが、それ以前からメディアを通じて情報を得ていた”と言っていましたが、これは精一杯の強がりでしょう。パウエル国務長官から官邸に空爆の連絡があったのは8日の午前0時。1時間以上も放っておかれて面子まる潰れの田中外相は、官邸内で藤崎北米局長を怒鳴りつけていましたよ」(外務省クラブ記者)
誰かこのオバさんを早く辞めさせてくれ。

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