「ディスクロージャー・プロジェクト」no証言2

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投稿者 Masai 日時 2001 年 10 月 23 日 00:03:54:

「ディスクロージャー・プロジェクト」のET、UFO 関連の証言を
舘野洋一郎氏のHPより一部転載。

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ドキュメンタリー・シリーズの概要
ETが実在するという揺るがせない証拠を持った証人が存在し、産軍共同の隠れたグループが、この真実に50年間、しっかりとふたをしていた。事実、最近得られた証拠は人を動かさずにはいられないものがあり、深く隠された政府機関や軍で働く証人は、命がけで、秘密を話したいと言う意志を持っているため、このドキュメンタリー・シリーズは事実上、政府による秘密公開と言える。非営利団体であるCSETIの創立者でありインターナショナル・ディレクターである、スティーブ・グレア医師の調査と研究をもとに、このドキュメンタリーはUFOとETに関する最善で最も信頼性のある、検証済みの証拠から成っている。
(中略)

証人の概要
次のリストはグレア医師がみつけた、公の場で証言したいと望んでいる最高機密を知っている一部の証人の証言である。

証人A:1963年8月、南大西洋でICBMテスト・ミサイルの回収の仕事を請け負った船の船長。ある晩、UFOがレーダーで捉えられ、その後急に見えなくなった。よく朝、船長はUFOが姿を消した場所に誘導され、3人のETを乗せた、およそ1.8m四方の脱出装置を見つけた。一つずきの飛行服に覆われたそれぞれのETは背丈1mでオリーブ色の顔をし、4本指であった。この証人はETを動かしたり、運んだりしたため、それらのETの生態について詳しい情報を持っている。この証人はこれらのETがいかに海軍の原子潜水艦に運ばれたか、そして脱出装置がいかに他の艦艇に移され、運ばれたかを知っている。

証人B:MSM;1981年10月、ノーフォークにある北大西洋司令部に勤務する、最高機密と特別に隔離された情報機関のクリアランスを持ったこの証人は、宇宙から飛来した直径100mの円盤型のUFOが米国東海岸に現れ、複数のレーダーとKHー11スパイ衛星によって長時間追跡された事件当時、北大西洋司令部に居合わせた。この証人はこの事件の初めから終まで、その一部始終を北大西洋司令部のコントロール・ルームで目撃した。ホットラインによりそれがソ連のものでもアメリカのものでもなくUFOであることが確認された。海軍元帥X(我々はこの元帥が誰であるか知っている)はこの飛行物体を強制着陸させるかあるいは撃ち落とすよう命令を下し、ジェット戦闘機が陸と大西洋上にいる空母から緊急発信した。UFOの推進装置は想像を絶するほどのもので、レーダースクリーンの走査線が1周回る間にニューファウンドランド(カナダ)の海岸線からフロリダのジャクソンビルまで飛行した。1機の戦闘機が写真を撮れるほどの近距離に瞬間、近ずいてこの飛行物体の写真を撮った。この写真は後で拡大され、海軍元帥Xのために大西洋司令部の大きなスクリーンに映しだされた。この証人は遭遇、追跡のすべてに居合わせ、それに続き、巨大な金属の円盤の写真を見た。

証人C:GF少佐、ニュージャージー州マクガイア空軍基地の空軍情報部(21空軍情報部)、1978年11月のある朝仕事にやって来たところ、コントロール・ルームが大騒ぎになっていた。UFOが昨夜、基地の境界線を破って基地に侵入し、その後、滑走路の外で射たれ殺されたと分った。そしてその朝、基地の将軍にこの出来事を説明するよう言われた。GF少佐はこの事件の詳細を集め将軍への説明の準備を始めた。ところがその後オハイオ州デイトンにあるライト・パターソン空軍基地から「ブルー・ベレット」が飛来し、指揮権を取ってしまった。Cー141輸送機が来てETの死体をライト・パターソン空軍基地へ運んでいった。証人Dは憲兵で、場所を移すまでETの死体を守って死体のそばに立っていた。(証人Cは証人Dを知らない)

証人E:エドワード空軍基地の航空管制官で、1965年エドワード基地の施設の上に現れた7機のUFOの長時間に渡る詳細な遭遇に居合わせた。UFOは4時間以上に渡りレーダーに捕捉され、それを追跡するためジェット戦闘機が緊急発信された。機上のレーダーでUFOを「ロックオン」するたびに、UFOは消え、すぐに他の空に現れた。またある時点でUFOは着陸もした。我々は以前から、UFOの遭遇で緊急発信した際の航空管制官とジェット・パイロットの交信を録音したテープを見つけ、所持している。そのテープの記録はこの重要な証人の証言を証明している。

証人F:旧ソ連宇宙飛行士PP、この最も多くの勲章を受けた旧ソ連の宇宙飛行士はパイロットの時代と宇宙飛行士の時代の両方で数回に渡りUFOに遭遇し目撃している。この元宇宙飛行士はそれらの遭遇について詳しい説明をしたいと願っている。

証人G:サンディア国立研究所の技術者、この技術者はETによりもたらされた素材と先進技術を研究、利用しようとしている仕事に直接従事しいるため、このようなプロジェクトの事を良く知っている。この証人はまた、そのようなETの技術を転換しようとしているプロジェクトを取り巻く、秘密を守るための保護組織や、どのような装置がどのように応用されているか説明することができる。

証人H:GB、海軍パイロット、1951年、海軍のVIPを乗せ北大西洋を飛んだ飛行機の機長で、その時副機長と一緒に海の真ん中に浮かぶ小さな都市のようなものを見た。彼等はガンダー・レーダーと連絡をとり、その物体がレーダーに映っていることを確認した。そのUFOは1、2秒で50Kmを飛行し、その飛行機の目の前に現れた。衝突を避けるため自動操縦装置が外された。UFOはその飛行機の側を飛び、そしてものすごいスピードで遥か彼方に飛び去った。UFOが非常に接近した時、UFOから受けた電磁作用によりジャイロスコープが回転し、コントロールが出来なくなった。この時のUFOの大きさは直径100mと推定される。この遭遇の証拠となる公式な政府の書類、報告書はこのパイロットが手に入れ、現在、我々が保管している。

証人Iと証人J:お互いに知らない2人の別々な証人、これらの証人は異る場所で、違う時に、NASAでUFOの写真やETの月面基地の写真を見たことがある。証人Iはフォード・エアロスペースのコントラクターとして、ジョンソン・スペースセンターで働いていた時、衛星が捕らえた昼間のはっきりと写った、地上に影を落している円盤型のUFOの写真を見た。彼女がこの写真をどうするのか聞いたところ(彼女はその写真が公開されるものと誤解していた)、その写真は、他の写真と同じように、NASAの秘密でない部門や他の政府機関に渡される時は、あらかじめ修正され、UFOは写真から取り除かれると聞かされた。証人Iは月面軌道衛星が捕らえた月の暗い面にある広大な人口建造物を示す写真を見た。

証人K:SL少佐は尊敬の厚い弁護士で、1959年から1961年の間、国防省で暗号解読の専門家として働いていた。1940年代の後半、ニューメキシコ州でUFOが墜落し、その時回収した金属の残骸を見せられ、その異常な特性に驚かされた。彼はその残骸に書かれたETの文字を見た、そしてそれが陸軍の暗号解読班によって研究されたがまだ(1959年の時点で)その暗号は解読されていないと言われた。また彼は、時の大統領アイゼンハゥワーがこの事に興味を持ち、この事を知っていたが、ETの先進技術に関わるプログラムについての重要な情報から遠ざけられていた事実も知っている。SL少佐は当時から現在まで、陸軍予備少佐として、最高機密のクリアランスを持っている。

証人L:1940年代の戦略情報部隊の将校で、UFOの墜落場所に直接行ったことがあり、UFOで使われている機器、装置も墜落で死んだETの死骸も直接見たことがある。

証人M:DD、空軍の特別調査部で働く、数々の勲章を受けた将校で、アリゾナ州のフォート・ホシュカ(陸軍情報本部)にある地下施設に勤務していた。彼はUFOに関する最近の秘密プログラムについて詳く知っていて、フォート・ホシュカの貯蔵所にある数機の回収したETの飛行物体とETの死骸を誰にも知られずに見たことがある。彼はUFOに関する事を操作している超機密グループの本質も知っている。証人Mは非常に信頼性の高い証人であるが、自分が知られるのを恐れているため、秘密(変装)にしておく必要がある。

証人N:JW中佐、尊敬の厚い空軍将校で広報担当、1969年NE空軍基地の戦略核兵器施設上空を飛行した巨大な、推進音のしない三角形のUFOによる長時間の遭遇に居合わせた。そのUFOはレーダーでも捕捉され、その地域の他の人々にも目撃された。広報担当官としてこの証人は、この様な事件がいかに何もなかったように否定され、秘密にされ、視点が転換させられるかを知っている。

証人O:旧ソ連宇宙飛行士、数多くの勲章を受け、テストパイロット、宇宙飛行士として勤務している間、数回に渡る、疑いのないはっきりとした遭遇を経験している。

証人P:JW空軍大佐、墜落したETの飛行物体の回収と研究に関わる秘密プログラムで働き、利用しようと研究しているETの先進技術がどの様に応用されているか、そしてこの事に関する秘密の組織と情報操作について詳しく知っている。また、国家安全保障委員会や他の情報機関、そして軍のプログラムにも参加し申し分なく信頼できる。

証人Q:KS、最高機密クリアランスを持った、米国空軍航空管制官であり、レーダー・オペレーターであるこの証人は、ミノットND戦略空軍司令部(ICBM)に勤務している時、レーダーで数回に渡り異常なUFOを捕捉した。その時、垂直に真上に向かって、重力に逆らって、静止から時速1万Kmに加速すると言うような驚くべき飛行性能を記録、報告した。

証人R:マーキュリー計画の宇宙飛行士で米国の英雄であるゴードン・クーパーは1959年代円盤型のUFOをはっきり目撃した。また彼の部隊がエドワード空軍基地に着陸したUFOのフィルムを撮ったという経験もある。そのフィルムは将軍の乗る飛行機で国防省に運ばれたが、以来そのフィルムを見ていない。

証人S:海軍元帥ヒル・ノートン卿(5つ星の将軍)、英国国防大臣、そしてMIー5、MIー6の長官でもあったこの証人は知るべき地位の人が何も知らないと言う逆説の例である。この証人は彼の事例を記録に残したいと願っている。彼は現在、ET、UFOが存在すること、そして彼の在任期間中にUFOに関するプロジェクトが運営されていたことを知っているが、彼の英国国防大臣としての在任期間中、そのようなUFOに関するプロジェクトについては何も知らされず、闇の中に置かれていた。この逆説はこの事を取り巻く機密の異常な深さを物語っている。20世紀で最も数多くの勲章を受た軍人の一人として、彼の見識は歴史的な価値があり、注目せざるを得ないし、彼の経験はこの事に関する先例のない機密保持の深さを示している。

証人T:MS、米国空軍レーダー・オペレーター、航空管制官であるこの証人は1972年オレゴン州カラマス・フォルにある施設の上空を数機のUFOが飛行した時そこに居合わせた。彼は、コロラド州チェイン・マウンテンにあるNORADが、決められた手順としてUFOの情報を流し、UFOの飛来を警告し、軍用機をUFOの進路の付近に誘導していることを知っている。またオハイオ州で低空飛行をしているUFOをレーダーで捕捉したことがあり、このあと警察の車が田舎町でUFOを追いかけ周すことになった。


追記:ここに取り上げた人々と同じのような体験をしている証人が他にも数名いるが、ここに取り上げた証人が、広範囲に渡る時代と地域の、様々な軍と情報機関の活動を代表するものなのでこれだけに留めた。これらのすべての証人はその情報が真実であることを宣言する文章に署名することを強く望んでいて、その事件とプログラムについて米国議会で誓約の基に証言を行ないたいと願っている。

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THE DISCLOSURE PROJECT
http://www.disclosureproject.org/

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