港千尋:「神」ではなく,「命令」こそが至上のものとなっている・抄(現代思想)

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投稿者 YM 日時 2001 年 11 月 08 日 00:04:53:

『現代思想』10月臨時増刊号「これは戦争か」より

ウロボロスの世界
港千尋

初期報道を友人と聞きながら、「arroseur arros氏v(水を浴びせられた水撒
き人)と思わず一緒につぶやいた。リュミエール兄弟がつくった最初期の映画
(「庭師」)の一場面──庭にホースで水を撒いている人夫が、いつの間にか自
分のほうへ向いたホースの口から水を浴びせられてしまうという悪戯──から取
られた表現である。同時多発テロを受けたアメリカとウサマ・ビンラディンおよ
びタリバンは、アフガン戦争時に前者が後者をソ連に対抗するために育てたと聞
いて、映画好きの連想が出てしまったのだろう。実際アフガニスタンには、ソ連
製だけでなく米国製の武器も多数の凝っていると報じられている。飼い犬に手を
噛まれるという表現もあるが、しかしビンラディンは一度も「飼い犬」であった
ためしはない。やはり水撒き人が水を浴びせられたと言ったほうがいい。
合衆国大統領がなんと言おうと、現在進行中の「戦争」は、元をたどれば冷戦体
制崩壊後にアメリカが「世界の警察官」として君臨し、「世界新秩序」をあまね
く世界に押し付けてきた過程のなかから出てきたものである。わたしたちは一九
九六年に刊行した『原理主義とは何か』(西谷修・鵜飼哲との共著)において、
一九九〇年代以降の宗教的原理主義の台頭が冷戦構造の崩壊から直接的に出てき
ていることや、拡散する原理主義(イスラムだけではなく、ユダヤ原理主義、ヒ
ンズー原理主義なども含む一般化された原理主義化)の背後に常にひとつの固有
名詞としてのアメリカが存在していることを指摘した。旧ユーゴの民族紛争、コ
ソヴォ、マケドニアヘの拡大、アルジェリアにおける原理主義者と体制の血で血
を洗う壮絶な内戦、インドにおける原理主義の拡大と核の脅威、さらにインドネ
シア、フィリピンにまで及ぶ世界各地での原理主義的内乱……タリバンもまたこ
うした一連の拡散過程のなかで出てきたものであり、それが直接的にはパキスタ
ンによって育てられ、さらに「敵の敵は味方」という論理に従い、アメリカが多
額の援助をつぎこんだビンラディンというカリスマ的指導者を生んだという意味
で、ソビエト連邦瓦解後一〇年の構図が明確になったと言うべきであろう。
ウサマ・ビンラディンとタリバンは、対立の構図を「西欧諸国対イスラム世界」
にしようと躍起になる。世界に対して「敵につくかそれともわれわれか」と桐喝
したアメリカは、「国際テロリズムに対する闘い」であることを強調する。誰が
見ても明らかなテロ事件を、「戦争である」と宣言したのが「世界新秩序」の側
だったことには、それなりの意味がある。「二一世紀型の戦争」という非常に暖
昧な表現によって何が意味されているのかは分からないが、ともかくビンラディ
ンという固有名詞をもつ個人が命令して起こしたテロを「戦争」と認めたこと
は、今後世界で起きるであろうテロが、多かれ少なかれ「戦争」として扱われる
可能性を示しているからである。ブッシュ大統領は、「戦争である」という判断
を公表した時点で、取り返しのつかないことをしたと思う。ひとりの人間が国家
に対して戦争を起こしたというこの判断は、「歴史的な判断」として、長く長く
尾を引くに違いない(その長い尾がどうなるかは、最後に述べる)。
一見すると敵対しているように見える構図も、視点を変えれば、同じ一本のホー
スでつながっている様が見えるかもしれない。そうした第三の視点が、どこから
も示されないことに、今日の世界の全面的閉塞状況があるように思う。進行中の
事態であることを前提としたうえで、ここでは個人的に気づいた点をふたつだけ
挙げておきたい。
ひとつは犯行の高度の機密性である。
(中略)
だが犯行の機密性は、情報通信の現実だけに帰されるものではない。「二一世紀
型の」という形容詞は魅力的であるが、その核心にあるのは少なくとも千年の時
を遡るような秘密性ではないかと思う。それは誰にも知られずに遂行しなければ
ならない殺人である。犯行前はもとより、犯行後においても徹底的に秘密であり
つづける。米軍と英軍による空爆が開始されても、「動かしがたい決定的な証
拠」が公にされていないという、一種不気味なほどの機密性は、情報技術だけに
帰されるものではありえない。絶対に秘密を守るという「命令」がなければ、そ
してその命令が常識を超えた「硬度」をもっていなければ、このようなことはあ
りえないと思う。
命令について深く考察した思想家として、エリアス・カネッティは、いまこそ読
み返されるべきである。カネツティはこのような「秘密の命令」の典型を「ハ
シーシーン派」に見ている。11世紀にイランのハサン・サッバーが創始した、
シーア派の分派に属する暗殺団のハシーシーンは、暗殺者を意味するアサシンの
語源として知られ、刺客が麻薬を用いたことからこの名で呼ばれる。この暗殺団
の刺客が受け取る命令は、第一に犠牲者を殺すことであるが、同時にその顛末を
他人に絶対に漏らしてはならないという禁止を含んでいる。『群衆と権力』のな
かでカネッティはこのような「秘密殺人」の特徴を次のように要約する。

彼は確実な死のなかへ送り込まれようとしているが、このことは歯牙にもかけら
れない。というのは、彼が進んで受け入れる彼自身の死は、別の人間つまり指名
された犠牲者を殺すために利用されるからである。命令はこの場合、二重の死刑
判決にまで拡大される。すなわち、一方の死は予期されてはいるものの、依然と
して言い渡されていないし、他方の死は充分かつ明確な意識をもって狙われてい
るのである(岩田行一訳)。

旅客機を乗っ取り、偶然乗り合わせていた一般乗客もろとも高層ビルめがけて
突っ込んだテロリストたちは、「自ら進んで受け入れた死」を、何も知らずに乗
り込んでいた乗客を殺し、さらに世界貿易センタービルのなかにいた人々や周辺
にいた人々、さらには救出に駆けつけた人々すべてを殺すために利用したのであ
る。世界を震憾させたテロの核心にあるのは、カネッティの表現を借りれば、ま
さしく「二重の死刑判決」にほかならない。いままでもそうであり、これからも
そうであろうが、今回もまた「命令とは何か」という視点は生かされていない。
しかしわたしは、これらの行動に、常に「命令している誰かがいる」という事実
が重要であると思う。繰り返すように、世界的なテロリストネットワークがあろ
うがなかろうが、あるいは彼らが原理主義であろうがなかろうが、「二重の死刑
判決」という特殊な命令がなければ、完全な秘密状態で遂行されたテロは不可能
だったはずだ。もっとも残酷かつ極限的な形式が「二重の死刑判決」であろう。
その命令の起源をイスラムに帰する論調が支配的になっているが、論理的に考え
れば、もはやこの時点で「神」は必要ではない。このようなテロ攻撃において
は、そしてテロ攻撃でなく報復攻撃においても「命令」のほうが至上の存在であ
る。もしまだ「神」が必要とされているのならば、それは「命令」のためにあ
る。テロを命令する人々もそれに報復する国家も、そのディスクールには常に神
の名が使われるが、実際に全能であるのは「命令」のほうであり、「神」ではな
い。重要な点は命令というものがもつ、驚くべき一貫性にある。タリバンの兵士
が受ける命令と、米軍の兵士が受ける命令は、方向が違うだけである。「全能者
としての命令」が一般化している状況のなかで、「二重の死刑判決」の発動を認
めるのならば、テロリストという存在そのものも考え直す必要があるだろう。ど
こかにテロリストという特殊な人々がいるのだろうか。彼らはその日が来るま
で、あるいは「その瞬間」まで、普通の市民である。特殊な訓練を受け、恐るべ
き計画を心の奥底に秘めて生きてはいるが、見かけはわたしたちと変わらない市
民であり、近所づきあいも友人もいて、だからこそ隠密裏に計画を遂行すること
ができた。彼らが引きこもりであれば、逆に注意を引いたかもしれない。要する
に、彼らとわたしたちとの本当の違いは、彼らが「二重の死刑判決」を受けてい
るということだけである。逆に言えば、「二重の死刑判決」をなくさないかぎ
り、地上からテロリストを一掃することはできないだろう。報復攻撃が敵をひと
り残らず繊滅してもなお、「命令」は生き残るからである。今日、地球上の誰が
「命令」から自由であると言えるだろうか。現代社会のあらゆる「命令」を対象
にした、命令の人類学的な考察が緊急に必要であると思う。
第二の点は、第一点より導き出される。もし冒頭で述べたように「arroseur
arros」だとするなら、ビンラディンを追う米国は、自分の尻尾をくわえている
蛇である。あらゆる最新兵器を投入して尻尾を飲み込もうとしているが、飲み込
み終わるには少なくとも数年かかるとさえ言われている。だが「命令」に関する
短い考察からも明らかなように、問題は何年かかるかではない。蛇は自分自身に
「命令」しながら、敵と信じている自分を飲み込もうとする。結果がどうなろう
と、「命令」だけは生き残る。そして最大の問題は、日本も含めて、地球全体が
この蛇になろうとしている点にある。(みなとちひろ・写真家)


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