米と小麦の戦後史


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投稿者 たけしくん 日時 1999 年 3 月 26 日 02:07:13:

 なにかおかしい?なんだろう?

小学校の時、家ではコメしか食わないのに、学校では
パンがでる。毎日毎日パンがでる。

 近くの田んぼでは米をつくっているが、近くの畑では小麦を
つくっていないのに、、、

 小学校の時に時々思ったけど、それ以上は考えなかった。

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どきゅめんと日誌
米と小麦の戦後史
より


 1954年(昭和29年)、米国のアイゼンハワー大
統領は余剰農産物処理法案を制定すると、そのターゲッ
トとして日本への小麦輸出キャンペーンを大々的に展開
していく。米国における農務省の権限はペンタゴンに次
ぐ大官庁であり、米政府の穀物戦略にかける期待は大き
い。彼らはまず日本政府機関の食糧庁が穀物輸出入の実
権を握っていることを調べ上げると、アメリカ西部小麦
連合会の日本支部をアメリカ大使館に近い赤坂に設置す
る。ここで米国は22年間に渡って小麦の日本浸透を画
策していくのである。当時のカネで1億5000万円の
資金が用意されると、彼らは厚生省と文部省に接近して
いく。文部省を動かした彼らはその年のうちに学校給食
法を日本に制定させ、子どもたちに小麦の味を覚えさせ
る。この時に小麦連盟から5700万円の資金が提供さ
れた。


元文部省学校給食課・河村寛

「向こう(米国)はパンの普及奨励ですけど、我々とし
てはパンの学校給食普及をやろうじゃないかと、その焦
点を農村の方にぶつけたんですよ。都市部では昭和25
年からパンの学校給食は始まっていたんですが、それを
栄養の偏っている(?)農村の子どもたちまで広げよう
と考えた。その時に小麦連盟から5700万円のカネを
もらったんです」


 ここで問題となるのが『栄養の偏っている農村の子ど
もたち』というところである。後に彼らは「白米は体に
悪い」というキャンペーンを展開していくことから、最
初から米より小麦優先の対策を立てていたことになる。
つまり米国の穀物戦略の主導に沿った考えが日本政府機
関に浸透していた。国内事情を考えれば、米の生産を先
に奨励して充実させるべきだろう。日本政府の食糧に関
連する機関がもっとも魅力的だったのは、米国が「外貨
不足の国はその国の通貨で取引ができる」とし、さらに
「その資金の一部は穀物奨励金として還元させる」こと
にあった。この利権に飛びついたのではなかったのか?
日本政府のワシントン詣が始まったのにもそうした利権
が背景にあったからである。公表された奨励金が氷山の
一角であり、もっと多額の資金が使われたとする疑惑が
消えない。これは昭和31年から日本全国を走り回った
キッチンカーと、その母体である日本食生活協会にも言
えることである。


日本食生活協会副会長・松谷満子

「アメリカは当初12台のピカピカの車を提供してく
れ、運転手と栄養士の経費、材料とガソリン代と、必要
経費の殆どを出してくれたんです。だからそれはアメリ
カのおかげだと言うんです。アメリカのそういう市場開
拓の経費から出てきたんでしょうね。こういうのは言わ
なかったことにしてください(笑いながらもかなりの動
揺が見られる)。だからどのくらいだか覚えていません
けどね。アメリカからは献立の中に小麦と大豆を使った
ものを必ずそれぞれ一品ずつ入れてくださいという要望
がありました。それは米中心の日本人の偏った食事が健
康の弱点となっていた時代(?)に、アメリカの小麦は
栄養改善に役立ったわけです」


 昭和31年に登場したキッチンカーは当初の12台か
ら100台へと増えながら、日本各地の農村を「走る栄
養教室」とか「走る台所」と呼ばれて回っていく。その
一方で彼らは『白米は食べ過ぎると頭脳の働きが悪くな
る。それどころか早死にする』や『飯の食べ過ぎは早老
短命』といったパンフレットを配っている。これらも日
本食生活協会が「小麦促進キャンペーン」の陰で流布し
たことであり、これを協会側は認めながらもマスコミが
短兵急に騒ぎすぎたのだとする。米と死を結びつけると
いう悪質なキャンペーンにどれほどの正当性があると言
うのだろう。


米国西部小麦連合会のリチャード・バウム(左)と曽根
康夫(右)

 この『食卓のかげの星条旗・米と小麦の戦後史』とい
うNHKの番組は1978年に放映されたが、その取材
中にもアメリカ西部小麦連合会(本部・オレゴン州ポー
トランド)の会長リチャード・バウム(Richard
 K Baum)氏55歳が日本を訪れている。これを
迎えるのは小麦連合会の駐日次席代表の曽根康夫氏、彼
は連合会で18年間働いているが、元々は戦後において
GHQの通訳をしていた。バウム氏と曽根氏のコンビは
米国における日本国内の小麦浸透キャンペーンからの付
き合いになる。


 この日、バウム氏は曽根氏と共に食糧庁長官の沢辺守
氏を訪問、さっそく商談に入っている。1978年当時
でもすでに米国は320万トンという小麦売却を完了、
さらに売り込むべく食糧長官に会いにきたのだ。


その一方で国内の米生産は40万ヘクタール減反されつ
つも豊作となり、余剰米530万トンの負担1兆円(国
民一人1万円)が重く国民の生活にのしかかっていた。
こうした中で日本政府は小麦の輸入を続け、その反面、
日本農家に減反を奨励して米価を据え置いてきた。これ
に日本全国の農民は激しく抵抗、7月3日には東京武道
館で米価要求全国大会が開催された。しかし当時の中川
農林水産大臣(後に自殺)は、現段階では米価据え置き
もやむなし、としてこれを退けている。日本の食生活も
米からパンなど小麦指向に移っており、24年前に端を
発した米国の小麦浸透キャンペーンが成功したことを何
より米国は喜んでいただろう。しかしそれは国内の農業
を犠牲にしたゆえであったことを我々は忘れてはならな
いと思うのだ。




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